Volume 01 ,No.1 Pages 38 - 51
4. SPring-8/SACLA/NanoTerasu 通信/SPring-8/SACLA/NanoTerasu COMMUNICATIONS
SPring-8利用研究課題審査委員会を終えて 分科会主査報告
Proposal Review Committee (PRC) Report by Subcommittee Chairs
[1]SPring-8 利用研究課題審査委員会 小角・広角散乱分科会主査/豊田工業大学/あいちシンクロトロン光センター Toyota Technological Institute/Aichi Synchrotron Radiation Center、[2]X線回折(単結晶)分科会主査/京都産業大学 Kyoto Sangyo University、[3]X線回折(粉末)分科会主査/名古屋市立大学 Nagoya City University、[4]X線回折(汎用・構造評価)分科会主査/東京大学 The University of Tokyo、[5]X線回折(高圧)分科会主査/大阪大学 The University of Osaka、[6]汎用XAFS・汎用MCD分科会主査/関西学院大学 Kwansei Gakuin University、[7]先端X線分光分科会主査/東北大学、[8]光電子分光分科会主査/東北大学 Tohoku University、[9]赤外分光分科会主査/東北大学 Tohoku University、[10]イメージング分科会主査/東京理科大学 Tokyo University of Science、[11]非弾性散乱分科会主査/島根大学 Shimane University、[12]構造生物学分科会主査/大阪大学 The university of Osaka、[13]その他(持込装置利用)分科会主査/近畿大学 Kindai University、[14]産業利用分科会主査/九州シンクロトロン光研究センター SAGA Light Source, Saga Industrial Promotion Organization、[15]人文・社会科学分科会主査/奈良県立橿原考古学研究所 Archaeological Institute of Kashihara,Nara pref.
1. 小角・広角散乱分科会
1-1.審査全般
ここに記したコメント(というよりも印象)は、本分科の審査過程における委員二人(大阪大学 寺尾 憲教授、JASRI 関口博史博士)との議論の中で出てきたものである。
随分と昔、申請課題の審査会などに出席していたが、全体的には審査過程そのものには今も大きな変化はなさそうに思われる。勿論、研究テーマそのものは時代とともに徐々に変わってきている。カーボンニュートラル社会、バイオマス資源などのキーワードと関わるテーマが増えているのは無理からぬことである。数多くの申請書を見る限り、自身のテーマをそうした流行りの言葉と強く関連付けようとする傾向が多いことに気づかされる。発足当初に比べると各ビームラインの設備なども著しく高度化されており、ユーザーにとっては思い切った実験に挑戦できる機会がさらに増えたことは有難い。しかし不思議なことに、せっかくの高度化システムであるにもかかわらず、ラボで出来そうな研究テーマに甘んじている申請が多いのは甚だ残念ではある。たとえば小生らが担当している分科会では、広角・小角散乱同時測定が当然のように行われてしかるべきであろうが、意外とその類の申請は多くない。嘗ての課題審査全体会議では、ラボで出来る実験テーマは出来る限り採択しないようにとのお触れが声高に出されていたが、最近の申請書を見ると、その傾向は緩くなっているような印象をもってしまう。
時期によって課題申請件数に多い少ないがあるのは仕方ないが、多い時には500ページから800ページの書類を見ることになる。読み始めと読み終わりとで審査側の勢いも違ってくる。もう少し、申請を分散させる手はないものであろうか。
1-2.科学審査ならびに審議過程で感じるところ
これら数多くの申請書を読んで、そして分科会での審議において時々感じることをリストアップしておく。特段に目新しいことではないが、今後の申請ならびに審査において参考になれば、と思う。
(1)申請書作成では、その研究のオリジナリティーを強調せよ、と指導されている。ユーザーによっては「初めてである」「全くなされたことがない」「画期的な成果になる」「極めて独創的である」などの語句を連発するだけのものも少なくない。「この研究はこういう点で重大である、これまでの文献ではここまでは分かっているが、この点は未知である、ここが未解決である」とかを理路整然と描かれている申請書は数少ない。その研究テーマの位置づけを審査委員がよく理解できるように書くべきである(科研費と同じはずであるが、残念ながら依然として多くのユーザーには認識されていない)。昨年度に不採択になった申請書をそのまま今年度の申請に使っている場合も決して少なくないが、何故落とされたのか意識が全然ないのには驚かされる。
(2)特に昨今の申請書で目立つのは、海外の研究発表とのかかわりを、全く触れていない申請書が多い点である。申請書と似た内容の論文が海外で出ていても知らぬ顔である。「国内」あるいは「申請者」という井戸の中に平然と住んでいる蛙が増えているのは非常に気になる。ユーザーの皆さんは、果たして他者の論文を一日に何報、読んでおられるのであろうか。
(3)ユーザー自身の研究分野では使い慣れた専門用語であろうが、審査委員にとっては聞いたこともない言葉が山盛りされている申請書が結構多い。難しい表現が如何にも高度な研究を計画しているかの如く誤解してしまっているのであろうか。審査委員の方もあたかも十分理解して審査しましたとばかりに採点をするが、なかなかである。科研費の申請で十分に書き方は熟知しているはずであろうにもかかわらず、難解な申請書には手を焼かざるを得ない。どんなに難しい研究課題であろうが、審査委員にその面白さを分かってもらう努力はすべきである。
(4)似たようなことであるが、全体の文章がやたらに長く、起承転結が明確ではない申請書も増えている印象が強い。頭の中でどれほどに練り上げているのか、簡潔かつ明瞭な表現を心がけてもらえると、ある意味で審査も楽にはなる。
(5)研究テーマが何年にもわたって継続されるのは仕方のない、時によっては必要なことである。ただ、「前回の実験では、この試料でデータを集めた。今回も同じ内容の実験であるが、試料を別のものにした」、では学生実験にすぎない。これまでに実施した実験結果をきっちりとまとめて説明するとともに、そこで出てきた未解決点をクリアーするべく、別の試料で実施する必然性が出てきた、などの説明は不可欠である。
(6)かくして審査点を割り振り、審査結果全体を分科会で検討するわけであるが、結構、きわどい点差の審査にならざるを得ない。面白そうなテーマであっても不採択と結論せざるを得ない場合もある。分科会での審議でも結構悩むところである。逆にビームタイムにゆとりがあるからと、テーマとして十分練られていないものも滑り込みセーフにする場合もある。そのような場合、思い切って不採択として、余ったビームタイムは追加募集するなど、フレキシビリティーがあってもよいようには思うが。おまけとするようでは、施設のレベルアップにつながらない。
(7)昨今、世界中で放射光施設が目覚ましい速度で増えている。有難いことに各ビームラインの機器使用も簡易化されつつあり、光軸調整をはじめとして測定可能なところまで、スタッフが完璧に用意してくれる。それに比例して、ユーザーの幅も広がり、結晶学や散乱理論を全然知らないものが課題申請に合格し、実験データを(曲がりなりにも)集めることが出来るようになってきた。ところが、データ解析が全然できない。現状では、解析を指導するシステムは必ずしも充実しているとは言えず、施設側にとってはアフターケアの充実が今後の大事な課題になる。
SPring-8-II への脱皮も含め、最近の施設側にはすごい熱気が感じられる。設備の質が飛躍的に向上し、今後ますます新しい科学の進展に役立つことは間違いない。しかしながら、ユーザーの意識がそれと並行してどこまで強まっているのか、これまでにない全く新しい科学の展開を目指すうえで彼らの切迫感、危機感が余り見られないと思われるのは、小生だけではないはずである。
(小角・広角散乱分科会主査 田代 孝二)
2. X線回折(単結晶)分科会
2-1.研究の動向
X線回折(単結晶)分科会において対象となる研究分野は、構造物性、有機化学、無機化学など幅広く、また、研究対象も、MOF、有機系結晶、無機系結晶、金属錯体、強相関電子系物質など多様です。SPring-8 の高輝度・高分解能特性や高エネルギーX線を利用することにより、実験室のX線回折実験では困難な複雑な結晶構造を持つ物質の構造解析、大きな結晶が得られていない新規材料の構造解析が可能となっています。また、電子密度分布を高精度で決定する研究、マイクロビームを用いた超微小結晶の構造解析も実施されています。これらの構造解析を主とした実験のほかに、X線散漫散乱測定、時間分解測定、その場観察やオペランド測定など、単結晶試料を用いた多彩な回折・散乱実験が行われています。
2-2.課題審査について
BL02B1は本分科会が審査対象とする主なビームラインのひとつです。このビームラインでは、二次元検出器の導入や測定プログラムの改良など測定環境の高度化により1課題あたりの希望シフト数が少なくなっています。BL02B1では年6回募集になっていますが、2023A第II期から2025A第I期までの約2年間において1課題あたりの平均のシフト数(=希望シフト総数÷申請課題数)を期ごとに計算すると、おおよそ3~6シフトの間で推移していました。実際、単結晶構造解析を目的とする課題では、測定試料の数にもよりますが、3シフトを希望する場合が多いようです。BL02B1における課題の採択率を期ごとに調べてみると比較的大きく変動していることがわかりました。その理由のひとつとして、年6回募集のため年2回募集の場合に比べて1期あたり申請課題数が少なくなり、そのばらつきが採択率に大きな影響を与えてしまうことがあげられます。課題審査が効果的に機能するためには、採択率が適切な値に保たれることが望ましいと考えられますが、現状では、希望シフト数が極端に多い課題については適切かどうかを検討したり、ビームタイムの調整枠を活用したり、といったことが行われています。採択率の変動が小さくなるような効果的な施策を今後も検討する必要があるように思われます。
なお、BL40XUについては、設置されていた微小単結晶構造解析装置がBL05XUに移設予定となっているため、2025A期の課題審査は行われませんでした。
実験装置の更新などといったビームラインにおける実験環境の大きな変化があった場合でもその変化を把握していない申請課題がわずかながらあることに、課題審査を行っていて気がつきました。このことから、特に新規の申請者がビームラインの実験環境に関する最新情報を迷うことなく得られるような広報活動も重要であると感じました。
課題審査は、私を含めた3名の分科会委員が、レフェリーコメント等を参考にしながらレフェリーの評点に基づいて行いました。最後になりましたが、レフェリーの皆様に感謝を申し上げます。
(X線回折(単結晶)分科会主査 下村 晋)
3.X線回折(粉末)分科会
本分科会(DS3)の2023-2024年度の委員は、青柳 忍(名古屋市立大学)、藤原 明比古(関西学院大学)、河口 彰吾(高輝度光科学研究センター)の3名で担当いたしました。主たるビームライン(BL)としてBL02B2とBL13XUに加えて、その他にBL04B2、BL08W、BL19B2、BL40XU、BL44B2で実施を希望する粉末X線回折実験課題について、レフェリーの審査結果に基づきシフト配分を行いました。上記のうち、BL02B2、BL13XU、BL19B2は年6回募集、その他は年2回募集のBLです。またBL44B2は理研BL、その他は共用BLです。
本分科会では、申請課題のうちBL02B2またはBL13XUを第一希望のBLとする課題が8割以上を占めます。またBL13XUを第一希望とする課題のうち、審査の結果、第二希望のBL02B2で採択される課題が多いです。BL02B2とBL13XUを合算した本分科会の平均的な課題採択率は、2023-2024年度において7割程度でした。
BL02B2は2000年度から共用されている汎用的な粉末X線回折BLであり、多連装型一次元半導体検出器と低温・高温ガス吹付装置、サンプルチェンジャにより、多数の試料の粉末X線回折パターンを、広い温度範囲で迅速に測定できます。BL02B2は、常連のユーザーが多いことに加えて、BL13XUを第一希望とするユーザーに第二希望のBLとして利用されることが多いです。そのため新規参入の障壁はやや高く、新規ユーザーが応募してもなかなか利用できないという場合があったかも知れません。BL19B2、BL44B2 でもBL02B2 と同様の実験ができる場合がありますので、その場合はこれらのBLを第二、第三希望のBLとしてご指定いただけると、課題採択の可能性は高くなると思われます。
BL13XUは近年大規模な再編整備が行われたX線回折・散乱BLであり、第3 実験ハッチに新設された高分解能粉末回折装置が2022年度より共用されています。この装置を用いることで、BL02B2では実施できない高エネルギーX線回折や、角度分解能と時間分解能の高い粉末X線回折、各種のoperando測定などが可能になります。ただし、BL13XUには4つの実験ハッチがあり、粉末X線回折以外に表面X線回折やナノビームX線回折などの実験も行われています。そのため課題採択率は低く、BL13XUでないと達成が困難で、かつ意義のある成果創出が期待できる実験課題でないと、採択され難いという状況にあります。現状では、利用するためには課題申請書の内容を工夫する他ありませんが、成果創出を最大化するためには、より多くのユーザーが利用できる方がよいでしょう。そのために今後、例えば少試料、短時間の測定について、有料で代行測定を行うサービスなどが準備されたりすると、よりよいのかも知れません。
最後に、本分科会の課題審査に多大なるご協力をいただきましたレフェリーの皆様と分科会委員の皆様、JASRI利用推進部の皆様に深くお礼を申し上げますとともに、ご応募いただいたユーザーの皆様のご研究の今後の更なる発展を心より祈念いたします。
(X線回折(粉末)分科会主査 青柳 忍)
4. X線回折(汎用・構造評価)分科会
2023A~2024BまでX線回折(汎用・構造評価)分科会(DS4分科会)の主査を拝命しました。主なビームラインとしてはBL04B2、BL08W、BL13XU、BL19B2などです。2年間で多くの申請課題を審査しました。分科会の動向などは既に報告していますのでここではコメントしません。一点だけ、皆さんと情報共有させてください。課題審査をしていると、間違いなく海外からの申請の採択率が低い傾向があります。この点に関してPRCでは何度も指摘してきました。私がSPring-8のユーザーとなった25年前とは状況が異なります。世界中に放射光施設が運用されるようになった現状では、如何に海外から競争的に優秀な提案を採択し、SPring-8から世界に向けてインパクトのある成果を出すかが重要です。良い提案を競って獲得しなければなりません。申し上げにくいことを敢えてコメントさせていただきます。現状、そのような仕組みになっているとは到底いえません。改善はできるはずです。国際化を今よりも格段に進めないと海外の優秀な研究者は世界の他の場所で測定するようになります。どうか、よろしくお願いいたします。最後に、申請課題審査において丁寧なコメントをいただいたレフェリーの皆様、円滑な分科会進行にご協力いただいた久保田委員および小金澤委員に感謝申し上げます。
(X線回折(汎用・構造評価)分科会主査 脇原 徹)
5. X線回折(高圧)分科会
5-1. はじめに
X線回折(高圧):DS5の分科会主査を2年間(2023年4月~2025年3月)にわたって務めさせていただきました。この期間は2023B期から2025A期に相当します。この間を振り返って、いわゆる「コロナ禍後」とも称される時期における申請および採択状況を思い出してみたいと思います。
5-2. 課題審査
まず、DS5は競争率の高い(採択率が低い)分科のひとつであると思います。本分科は高圧力下の地球科学、物質科学であって、対応するビームラインは主にBL04B1とBL10XUになります。競争率の高さは、これらのビームラインのスペックが高く評価されていることを反映していると感じました。つまり、他の施設では実施が困難または不可能なスペックがこれらのビームラインには整備されていて、ユーザーはその研究に必要なスペックを求めて申請しています。従いまして、応募課題は必然的に当該分野において先端的な研究課題が多く、レフェリーの先生方は、課題の評価に相当の時間とエフォートを使っていただいたものと拝察します。
分科会にて審査する際には、レフェリーの先生方の評点とコメントが乖離している(評点は低いのにコメントでは高評価なもの、またはその逆になっている)ことが散見されました。これはレフェリーの先生の“まよい” が原因なのか、評価(コメント)を評点に反映させることの難しさなのか、いまだわかっていません。わずかな評点の差で、採否が決まるので、評価方法は引き続き検討していっていただきたいと感じました。
ビームライン別に具体的に統計データを振り返ります。採択率はBL04B1は80%強、BL10XUは50%強を推移しました。特に、BL10XUは海外申請数が全申請数の60%を超えていることが特筆できます。海外申請は、両BLともに中国からが多数を占めています。海外申請の採択率はそれぞれ50%程度、30%程度と低いですが、今後はさらに競争が激しくなることが予想されます。
国内申請、海外申請ともに、同じグループから複数の課題、似通った課題が申請されています。これは、申請グループの固定化が起こっていることを表しているように思います。一方で、新規のグループからの申請もありますが、結果的に採択率は低くなっているようです。ハイスペックなビームラインにおいても、研究領域が固定化されることのないよう、新しいグループの受け入れによる新しい展開を視野に入れるのは、審査分科会の役目になるのかもしれません。特に新規グループで不採択であった課題に対しては、審査分科会としての評価コメントを作成して送付するなどから始めることが出来るように思います。
5-3.まとめ
分科会の主査として、申請課題のすべてに目を通す機会は、審査の大変さを天秤にかけても有用なものだったと振り返っています。研究課題の内容もさることながら、審査委員の方の着目点、評価の重心など、研究活動において参考になる気づきの機会を多くもつことができました。
技術審査をしていただいた、ビームラインスタッフの皆様をはじめ、JASRI事務局の皆様に深くお礼申し上げます。
(X線回折(高圧)分科会主査 清水 克哉)
6. 汎用XAFS・汎用MCD分科会
本分科会は、XAFSやXMCDに関連する8本のビームラインの課題選定を担当しています。このうちBL01B1とBL14B2では年6回の課題募集を行っており、この2 本だけで半年間に約120件の応募があります。近年、実環境・反応条件下でのXAFS解析が非常に強力な手法として認知され、上記のビームラインでのin-situ/operando XAFSやQuick XAFSによる時間分解XAFS実験の需要が高まっています。筆者が分科会主査を務めたこの2年間でも、実環境XAFS測定の急速かつ継続的な広がりを実感しました。この傾向を受けてBL01B1とBL14B2の申請数は増加しており、採択率は30%前後と非常に競争が激しくなっています。レフェリー評点の基準も他のビームラインよりも高いため、高評点の課題でも不採択にせざるを得ない場合が多々ありました。採択率が低下している理由の一つとして、in-situ XAFSなどでは従来の静的測定よりも長い、多くのシフト数を要求する課題が増加していることがあげられます。このように、2本のXAFSビームラインでは需要を賄いきれない状況となっており、汎用XAFSビームラインの増設を真剣に検討する段階かと存じます。その際には、BLスタッフの人材も併せて増員されることをぜひご検討いただきたいです。
XMCDに関しては、BL25SU、BL39XUとも課題数は増加傾向です。BL25SUの顕微XMCD装置はNanoTerasuに移設されましたが、汎用的なXMCDスペクトル測定に堅実な需要があります。また、機械学習とXAFS/XMCD計測との組み合わせなど、計算科学手法を取り入れた意欲的な課題も提案されています。今後、NanoTerasuのXMCDビームラインの整備がさらに進むと期待されますので、双方の施設の役割分担や課題選定の方法などについて検討する必要があると考えます。
レフェリー評点が僅差の課題の採否選定については、毎回大変苦労しました。その際にはレフェリー評価コメントを参照しながら、分科会委員で申請書を読み合わせました。レフェリー評価コメントの多くは大変参考になりましたが、なかには評点とコメント内容が整合していないように見受けられるものもありました。低い評点をつけているのにもかかわらずコメントは好意的であるもの、あるいはその逆です。レフェリーにお願いしたいのは、各課題について、長所(加点要素)と短所(減点要素)の両方をコメントに含めていただけると分科会としては大変助かりますので、今後レフェリー審査を行われる方にはぜひご留意いただきたいです。
最後に、2年間にわたり分科会委員を務めていただいた奥村和先生(工学院大学)、片山真祥氏(JASRI)には大変お世話になり、深く感謝いたします。また、技術審査を担当いただいたビームライン担当者各位、JASRI利用推進部スタッフの皆様、そしてご多忙の中課題を審査してくださったレフェリーの方々には心からお礼申し上げます。
(汎用XAFS・汎用MCD分科会主査 鈴木 基寛)
7. 先端X線分光分科会
7-1.はじめに
令和5年~令和6年度(2023B~2025A期)の先端X線分光(SP2)分科会の主査を仰せつかり、三村功次郎先生(大阪公立大学)、河村 直己先生(JASRI)と共に、その重責を務めさせて頂きました。この分科会では、主にBL17SU、BL27SU、BL37XU、BL39XUに対して提案された、XAFSやXRFに代表されるX線分光を用いた先端計測について、課題選定とビームタイム配分を行いました。「先端計測」の性質上、比較的長時間のビームタイム配分を希望する課題も多く、選定・配分に苦慮することもありましたが、お二人の委員のご協力のお蔭もあり、何とか滞りなく課題選定を行うことができたと思っております。
7-2.分科会の特長・傾向
この二年間の本分科における傾向を振り返りますと、対象材料としては、以前からに引き続き、セラミックや金属の無機材料(触媒、電池、地学・地質関連)が主流ではありましたが、それらに加えて、環境・生体材料、高分子材料などへの広がりも見られました。一方、計測手法としては、この分科会が「先端計測」を謳っていることもあり、特殊環境やデバイス動作下でのin situ・オペランド計測、顕微分光計測など、高度な計測技術を用いた課題申請が多く見られました。中でも、イメージング分光計測や高分解能計測、高速計測など、より高度な計測手法が材料やデバイス評価に適用されつつあり、この分科のトレンドになりつつあるのを感じました。
7-3.審査について
課題審査は、基本的にレフェリー評点に基づいて行い、評点が僅差の場合にはレフェリーの評価コメントを参考にして、配分を決定しました。これも「先端計測」という分科の性質によるのか、全般に評点の高い課題申請が多かったように感じました。レフェリー間の評点にバラツキが見られるケースも散見されましたが、以前に比べると改善された印象で、分科再編と相まって、より適切な判断が行えるようになってきているように思います。一方で、海外からの申請数は少なく、今後の施設国際化を考えると、この点は少々残念でした。総じて評点も低い傾向にあるようでしたが、これは内容のレベルが低いと言うよりも、海外類似施設での課題申請・審査とやり方や内容が異なることによるのかもしれず、不採択課題申請者へのレフェリーコメントのフィードバックも含め、何らかの対策が必要なのかもしれません。
7-4.おわりに
最後になりますが、ここ数年間、審査を統括する立場を経験させて頂くことで、SPring-8における研究運営・支援が多くの関係者のご尽力により支えられていることを、改めて実感しました。これは、以前の申請者の立場では知り得なかったことであり、分科会委員のお二人はもちろん、レフェリーの皆様、JASRI職員の皆様にも、この場を借りて改めて御礼を申し上げます。今後もSPring-8の研究運営・支援体制がより一層充実し、日本の科学技術を支える役割を担い続けてくれることを願っております。
(先端X線分光分科会 雨澤 浩史)
8. 光電子分光分科会
私は2023および2024年度(2023B-2025A期課題審査)のSPring-8利用研究課題審査委員会(PRC)におきまして、光電子分光(SP3)分科会の主査を務めさせていただきました。本稿ではその簡単な報告をさせていただきます。
この主査を引き受ける前には、分科会委員として齋藤智彦主査のもとで審査(2021B-2023A 期課題審査)に関わっていました。この期間には、分科会の再編とBL09XUの年6回募集制という二つの大きな改革がありました。齋藤主査はさぞかし大変だったかと察しますが、私の任期の期間は大改革後に確立した体制で、比較的淡々と審査を進めることになりました。SP3分科会は、今田先生(立命館大学)、高木先生(JASRI)、私の3名構成で運営し、審査課題数も適切で、綿密な審査が行えていると感じています。会議はすべてオンライン形式で行われ、分科会委員の負担も軽減されていると思います。年6回の審査ですから、もし対面のみだったらさぞかし大変だったと思う一方、審査が機械的になってしまうというオンライン会議の弊害も少々気になりました。
さて、2025年3月からNanoTerasuの共用が開始されました。それに先んじての課題募集である2025A期の審査では、このNanoTerasu稼働による影響がどの程度あるのか興味津々でしたが、現時点ではその影響はほとんど見られておりません。しかし、NanoTerasuの本格稼働に伴って、SP3分科会で取り扱っている軟X線の角度分解光電子分光などは今後大きく影響を受けると思われますので、注意深く推移を見守っていく必要があると思われます。
2021-2022 年に行われた大改革と2025年度以降のNanoTerasu稼働という変革の間に挟まれた比較的穏やかな時期の担当となりましたが、この間にもPRCは細かな事柄も含めて、常に改善・改良を行ってきております。その一つが、不採択だった申請者へのレフェリーコメントのフィードバックです。これはありがたい制度だと思いました。足かけ4年間も審査に触れる機会がありますと、レフェリーが低い点をつけた理由を申請者が理解していない(できない)ばかりに、サイエンスとしては素晴らしいのに採択されない課題を見ることがあります。申請者にその理由を説明したい衝動に駆られることも度々ありました(逆に、過去には私自身が申請者として、課題が何故採択されないか分からなくて憤慨していたこともありました)。この審査員コメントのフィードバックによって、良い課題を取りこぼすこと無く実施できるようになると期待しております。特に、将来のパワーユーザになる可能性の高い大学院生課題に関しては、教育効果も含めてこのフィードバックは重要になると思われます。審査員の方々におかれましては、審査コメントに加えて、新しくフィードバックコメントを記載するのは、大変労力がかかることだと思いますが、可能な限りご協力願えればと思います。
SP3分科会の一つの特徴として、測定装置の開発に関する課題が比較的多いことが挙げられます。その中で、JASRIの方々からの装置開発に関する申請に関しては、施設整備の一環として行った方がいい内容が多々あり、分科会でも議論になりました。「装置開発という研究」と「研究のための装置開発」は異なります。後者を一般課題で審査するのは時間の無駄ですし、施設の調整枠内で処理するのが適切ではないかと感じました。
審査委員・主査の仕事は、施設運営の不断の努力を体感することができ、さらには施設・審査側の立場をより深く知ることで、施設利用の全体像を理解する貴重な機会となるものでした。短い期間でしたが、これまでの単なる一利用者から「共同体の一員」となった感じを受けました。今後の委員となる皆様にも、どうぞご尽力いただければと思います。
最後に、分科会を運営してくださった利用推進部スタッフの皆様、そしてご多忙の中課題を審査してくださったレフェリーの先生方に深く感謝申し上げます。
(光電子分光分科会主査 組頭 広志)
9. 赤外分光分科会
2023-2024年度のSPring-8利用研究課題審査委員会(PRC)の赤外分光分科会(SP4)主査を務め、赤外物性ビームライン(BL43IR)利用研究の申請課題審査に携わらせていただきました。SP4分科会の委員は、私のほかに岡村英一先生(徳島大学)と池本夕佳氏(JASRI)(2023年度)、片山真祥氏(JASRI)(2024 年度)に担当いただきました。2022A期より分科の再編が行われ赤外分光に関しては、独立のSP4赤外分光分科会となり、課題審査に関連するビームラインは、BL43IRのみとなっています。このため、レフェリーが申請課題を評価して相対的評点をつける際に、単一のビームラインの課題のみで相対評価を行うことになるため公平で効率的な審査になっていると感じます。これは、各課題に対するレフェリーによる評価のばらつきが分科再編以前に比べて少なくなっていることに現れています。この2年間のBL43IR利用に対して申請、実施された課題では、長期利用課題や重点課題等の優先的なシフト配分を必要とする課題はありませんでしたので、ほぼすべてをレフェリーによる評価点とコメントに基づき一般課題シフト枠での採択とビームタイム配分を行いました。原則的には各課題の採否はレフェリーによる相対評価点数が高い順に順位をつけた資料をもとに審査が進められました。並行してビームライン担当者による安全審査と技術審査が行われていますが、BL43IRの利用申請においてはビームライン担当者の努力によりほぼすべての課題申請に対して申請者と事前打合せが行われているので、安全審査、技術審査が採否の判断において問題になることはありませんでした。
赤外分光分科での申請課題の特徴は、電子状態の分光測定を行う物性物理系と分子振動観測による状態評価を行う化学系の2つの研究課題群に大きく分けられることです。レフェリーもこの2つのいずれかの研究領域に属されているため、申請課題によってはレフェリーの評価が分かれていることもありました。特に実験室光源に比べて放射光赤外光の特徴である輝度の高さ、遠赤外光領域での微小領域測定に関して、この2つの研究領域での認識の違いが放射光利用の必要性の説明においてレフェリーとの間に相違があるケースはあったかと思います。この点はレフェリーコメントならびに申請内容を委員間で検討、議論し判断を行いました。ただしBL43IRの利用申請における採択率は他のビームラインと比較して高いため、採否のボーダーラインにおいてビームタイム配分の調整となるケースがほとんどでした。このため不採択となる申請課題はあまり多くありませんが、不採択課題に対しては申請書における問題点などをビームライン担当者と共有し、課題申請者と次期申請での検討をしていただけるようなフィードバックを分科会としてお願いしています。
このたび、SPring-8の課題審査という重要な役目を担わせていただきました。担当者と併走して課題審査を無事終えることができたのは、ご協力をいただいた分科会委員、丁寧に審査をしていただいたレフェリー、そして献身的にご尽力いただいたJASRIビームライン担当者をはじめとする関係職員の皆さんのおかげです。この場をお借りして厚く感謝申し上げます。次期SPring-8-IIにおいては、赤外分光ビームラインのクローズが予定されており、赤外光利用が可能な他の放射光施設へのユーザーや実験環境の円滑な移行が課題となっています。放射光赤外光の有用性と設備整備負担のバランスの上で、高度なユーザー利用研究が進むことを期待しています。
(赤外分光分科会主査 佐々木 孝彦)
10. イメージング分科会
2023年度~2024年度の2年間、イメージング(IMG)分科会の主査を務めさせていただき、柳樂知也氏(NIMS)と上杉健太朗氏(JASRI)とともに申請課題の審査に携わりました。スムーズな審査を行うことができ、両氏には改めて厚く感謝を申し上げます。
本分科会が担当する主なビームラインは、BL20B2、BL20XU、BL28B2とBL47XUとなり、大きく分けて材料系・生物系・地学に関する研究課題が申請されています。BL20B2では以前は生物・医学系に関する課題が多くを占めていましたが、多層膜分光器の導入以降は材料系の課題も多くなり、現在約半分が材料系の課題で占められています。その結果、BL20B2の採択率が低下した時期もありましたが、BL28B2にも多層膜分光器が導入されたこともありBL20B2の採択率が向上しています。一方で一時期追加募集を行っていたBL28B2では、多層膜分光器の導入だけでなく自動CT装置の稼働も2023Aから始まり、測定代行や成果専有課題による利用も増加しました。BL28B2の高度化に関してご尽力いただきましたSPring-8スタッフにはこの場を借りてお礼を申し上げます。またBL20XUでは、本分科会の範疇ではありませんが、成果専有課題が上限近くまで使用されていることにより一般課題の採択率を下げていると思われます。
研究課題としては、各ビームラインの特性を生かした動的観察に関する研究が盛んに行われており、特に材料系課題では分~マイクロ秒まで様々な時間スケールでのその場観察に関する研究が多くを占めていました。生物系課題はBL20B2に集中しており、そのうち半分程度は医学系研究、それ以外は生物系の基礎研究でした。この両者はレフェリーによって好き嫌いがあるようで、分科会として採点に戸惑うこともありました。また、近年は植物に関する課題が増加傾向にありました。
2022年度の分科会再編の結果測定手法ベースの編成となり、材料系と生物系などを合わせたイメージング(IMG)分科会となりました。私自身は生物系の課題を申請していますが、一方でバックグランドは機械工学ということもあり、生物系課題だけでなく材料系課題も興味深く読ませていただきました。ビームラインスタッフおよび関係者の皆様のご尽力により様々なビームラインの高度化が行われており、なかでもBL20B2とBL28B2における多層膜分光器の導入は我々分科会にとっては大きなブレークスルーとなりました。今後も優れた成果が次々に産み出されていくことを願っています。
(イメージング分科会主査 世良 俊博)
11. 非弾性散乱分科会
2023年度から2024年度の2年間、非弾性散乱分科会の主査を務めさせていただいた。当分科会は、コンプトン散乱(BL08W)、非弾性X線散乱(IXS)(BL35XU、BL43LXU)、および核共鳴散乱(NRS)(BL35XU、BL19LXU)に関連する課題の審査を受け持った。分科会の運営では、各分野の実情をよく分かっておられる鈴木宏輔委員、北尾真司委員およびAlfred Q. R. Baron 委員には大変お世話になった。 前任の壬生攻先生のご報告にもあるように、当分科会での最も大きな問題は、BL35XUにおいてIXSとNRSの採択課題数および採択シフト数のバランスを取ることができるかどうかであった。2023B~2024Bの3期については幸いバランスが取れており、特別な配慮なしで採択課題を決定できた。しかしながら採択率は徐々に60 から50%程度に低くなった。また壬生攻先生からもご指摘があったように、採択圏内に常連の申請者が目立つ結果となっており、新規のユーザーが参入しづらい状況に変わりはない。これらの問題は、可能な課題をBL43LXUやBL19LXUに引き受けていただいても、残念ながら解決できなかった。
最後の2025A期では、採択率は両分野合わせて38%と著しく低くなり、評価点が高くても採択できない課題が目立った。また、分野別の採択課題のバランスが崩れたため、初めて委員による再評価を行い、4課題について0.02程度の小さな補正を行った。しかしながらこのような状態が続けば、非弾性散乱分野、特にNRS分野が停滞することが危惧されるので、1)ビームラインの高度化によって採択課題あたりのシフト数を減らす、あるいは2)BL35XU以外での非弾性散乱の実験を可能にするなど、施設側の今後の対策に期待する。また、今後SPring-8では高度化が進展するが、それを進める際には、あまりにも採択率の低いビームラインが起きないように、積極的な対策をお願いしたい。なお、新規ユーザーの採択は数課題あったので、今後もそのような状況が続くことを期待している。
コンプトン散乱については、要求課題にビームタイムを充足できる状態が続いており、特別な配慮、対策は不要と考えている。ただ、BL08Wでのコンプトン装置は、磁気あるいは電子構造を探求するユニークな装置であり、新しいユーザー・グループを勧誘する努力が必要である。
この分科では、海外からの申請が多いのが特徴的である。しかしながら採択率は非常に低く、評価点も最下位の周辺に多くが集まっている。ただ申請書を見てみると、テーマは他グループの成果を引用したのち、実験方法その他は全ての申請書でコピー・ペーストを繰り返しており、とても高い評価点をつける要素が見られないものがほとんどで、レフェリーの皆さんの正しい評価であると思われる。他分科からは海外からの採択を増やしたいというご意見をお聞きするが、非弾性散乱分科に限ってはその必要をあまり感じない。むしろ、1グループあたり2課題くらいに申請数を制限するような方向で対策を施すことが、レフェリーをお引き受けいただいている先生方のご負担を軽くできると考えている。
(非弾性散乱分科会主査 細川 伸也)
12. 構造生物学分科会
構造生物学分科会を代表し、23年4月から25年3月までの分科会における議論、課題審査、申請の動向について報告します。
構造生物学分科会は、生体分子の結晶構造解析(BL41XU、BL45XU、BL26B1、BL32XU)、BioSAXS(BL38B1)、およびBL付帯設備のクライオ電子顕微鏡を利用する課題を対象としています。他の分科会とは異なり、構造生物分科会では課題審査を年2回、実験責任者への希望調査と審査結果に基づく優先順位を考慮したビームタイム配分会議を年5回実施し、利用希望者にビームタイムを割り当てています。ビームタイム配分においては、最近の検出器の更新や測定の自動化の進展により1試料の測定にかかる時間の短縮が進んだことから、最小配分シフトを0.5シフトで運用しており、より多くのユーザーの希望に柔軟に応えられる体制を組んでいます。
さて、この2年間の申請動向ですが、クライオ電子顕微鏡法の急速な発展と普及を反映し、増え続けていたクライオ電子顕微鏡を併せて利用する課題申請の増加が落ち着きを見せ始め、ここ数年続いていた結晶解析課題申請の減少も収まってきました。結晶解析課題では、コロナが蔓延した時期に一気に伸びた自動測定の利用数はコロナが終息してからも堅調に推移しており、各期約200件の実験が行われています。また、申請内容も天然蛋白質の解析だけではなく、最近の進展の著しい合成生物学やAIによる構造予測法に基づいた、人工的に設計した蛋白質や非天然構造を持つ蛋白質の構造解析を対象とする課題が増えています。
次に課題審査における問題点ですが、中・上位の点数がついた課題で審査員の評価点のばらつきが多く見られるようになってきました。各レフェリーが科学技術的価値と成果創出可能性のいずれを重視するかによって評価が大きく割れるように見受けられます。また、一部のレフェリーにおいて、放射光利用前の予備実験を強く求めるなど、実際の利用の実態に合わないコメントも見られました。これらについては、課題審査における議論を踏まえた上で審査で考慮すべき内容をレフェリーにフィードバックするしくみが必要ではないかと思われます。一方、下位の課題では、申請書の記載内容が不十分で誤解を招きかねないものや包括的内容で科学技術的価値や成果創出への期待度にばらつきのある複数のターゲットを含む申請であることが多く見られました。申請書の記載の仕方について、申請者に周知する試みを特定放射光施設ユーザー協同体(SpRUC)研究会等と連携して進める必要があるとの認識で一致しました。申請者、レフェリー双方に情報発信することで適切な審査が行われ、より多くの価値ある成果が出る体制を今後も目指したいと思います。
(構造生物学分科会主査 今田 勝巳)
13.その他(持込装置利用)分科会
SPring-8 利用研究課題審査委員会(PRC)の「その他(持込装置利用)(OTH)」分科会主査を仰せつかり、河野委員(関西学院大)、田尻委員(JASRI)とともに2023B期~2025A期の課題審査を担当いたしましたので以下に報告します。
13-1.OTHにおける研究の動向
OTH分科会は『持込装置利用』のため、ビームラインBL47XUまたはBL37XUでの実施に限られる課題がほとんどでした。基盤開発要素の比率が高い課題の応募が多く、蛍光X線ホログラフィーが80%以上を占めていました。どちらのビームラインも複数の分科会にわたる複数の実験技術が競合する激戦区であったため、表1に示すように、2023Bから2024Bまでは採択率がもっとも低い分科会の1つであったと思います(全課題の平均採択率は65-70%)。一方、2024Bから理研ビームラインBL32B2にOTH分科専用の共用枠が設けられビームタイムの枠が増したことにより、2025A期は1件を除いたすべての課題が採択されました。
| 申請期 | 申請件数 | 採択率 |
|---|---|---|
| 2023B | 17 | 35.3% |
| 2024A | 12 | 58.3% |
| 2024B | 14 | 57.1% |
| 2025A | 7 | 85.7% |
13-2.OTH分科会で問題になっていたこと
2024A期の課題の採択に際し、総ビームタイムの1/3以上を常設装置使用課題が確保するという従来のルール(1/3ルール)のために不採択となった課題が出て大きな問題となりました。輪をかけて、2024年7月には施設側から「常設装置利用課題に配分すべきビームタイムの割合をビームラインあたり60%とし、持込装置利用課題に配分するビームタイムの上限を20%とする」というルールが提案されました。これはOTH分科課題にとって、1/3ルールよりもさらに厳しい提案であり、PRC委員会にて異議を唱えました。おかげさまで2025A期からはこれらに抵触するような課題に対しては、PRCにて審議され採否を決定する是正案が認められています。
13-3.今後に向けて
現在SPring-8では常設装置のハイスループット化に主眼が置かれていますが、世界の放射光施設との差別化を図るためには、SPring-8から新しい技術を世界に向けて発信する必要があると思います。そのためには、次世代の基盤技術となり得る『持込装置利用』課題の採択率を上げる方向に舵を取るべきだと思っています。ところが、現状では『持込装置利用』できるビームラインは限られています。特にBL47XUにおいては、恒常的に「持込装置利用課題に配分するビームタイムの上限を20%」に抵触する課題が出続けることが予想されるため、PRCでの審議は続くことになるでしょう。
一方、BL37XUについては、他の分科会からの意見もあったように、多数の分科会が利用する激戦区となっているため、ビームラインの利用方法や課題の審査方法に改革が必要だと思います。具体例を挙げれば、特定放射光施設ユーザー協同体(SpRUC)ソフト界面科学研究会で立ち上げた「溶液界面X線反射率計」はBL37XUの『持込装置』に分類されるのですが、物質開発に携わる利用者が多いため、先端技術よりも汎用性が望まれています。しかし現状では先端技術開発に属さない『持込装置』の立場は最悪で、2023Bから2025A期における当該装置利用課題の採択率はわずか18%と苦しみました。その結果、継続して申請していた利用者もついには諦めてしまったようですので、今後は不採択の多い申請者への救済措置についてもご検討いただきたいと思います。
なお、OTH以外の申請課題にも『持込装置』は存在します。それらは自己申告制になっており、申請時に「希望ビームライン・装置」の中の選択肢「その他」を選択すると『持込装置』と認定されます。申請書の中には同じ装置を使っているのに異なる選択をしているケースがありました。施設として『持込装置』に制限をかけるならば、『持込装置』の定義を明確にする必要があるということを今後の課題として付け加えさせていただきます。
以上のようにOTH分科会にとってはたくさんの問題があり、PRC委員会にはいつも臨戦態勢で臨んでおりました。PRC委員会では、提議した問題を真摯に受け止め、改善してくださったことに深く感謝します。今後も公平性の高い審査が継続的に行われることを期待します。最後になりますが、素人同然の主査を支えてくださった委員の皆様とJASRIのスタッフの皆様に感謝します。
(その他(持込装置利用)分科会主査 矢野 陽子)
14. 産業利用分科会
14-1.分科会の概要と本報告
本記事の対象となる分科会の概要は以下の通りです。
期間:2023A第II期より2025A第II期までの2年間
メンバー(敬称略):妹尾与志木、木村正雄、宮﨑司、岡島敏浩、堂前和彦の5名
募集:全期間を通じ年6回募集
この分科会メンバーはひとつ前の期の2021A第II期よりの2年間と同一でした。またこの前期および今期を通して見えてくる傾向もありましたので、本報告にはそれらを併せて記述させていただきます。
14-2.分科会の基本姿勢
本分科会では産業応用の形が十分見通せる課題を取り扱っています。課題提案に対して以下のような独自の要件を設けています。
1) 提案者に産業界の人物を含めること
2) 産業界と学術界との共同提案の場合、それぞれの役割分担を明記すること
産業界の視点からその課題の発展性なども記述してもらうようにしており、学術的価値では説明の困難な課題も審査対象としています。また、2022A期まで、BL14B2、BL19B2、BL46XU の3 本のビームラインを本分科会専用のビームラインとしており、本分科会とこの3本のビームラインだけが年6回募集だったものが、B期より年6回募集の分科会が7分科会に拡大するとともに対応するビームラインも9本に増加しました。これを機に3本のビームラインを本分科会専用とする制限も廃止しました。
14-3.課題申請の傾向
前期(2021A第II 期~)の本報告に書かせていただいたとおり、年6回募集の枠の拡大とともに、
a) 希望ビームラインの種類が大きく広がった
b) 申請課題数が減った
c) 民間企業所属の課題責任者の比率が増加した
の傾向が顕著に出てきました。この傾向は今期も同じでした。企業の方々が主導する申請課題が多く集まり、その技術範囲が多岐に渡っていることが示されたと考えられます。「慣れ」が災いしてか、非常に記述が不足している申請書が散見されることも同じでした。
この中で、a)およびc)は前期の報告でも記したように本分科会としては望ましい傾向でしたが、b)の点は問題です。企業利用の場合、機密に抵触してくるような本格的な利用は成果専有利用で行われると考えられます。共用BLの成果専有利用に関わる収入(含測定代行)のデータによれば、2022年度頃から顕著な増加傾向が見られ、2021年度を基準にした場合、2022年度、2023年度は20~30%の増加です。この増加のすべてが本分科会に関わるものではないでしょうが、成果非専有利用での予備検討から成果専有利用の本格検討への移行の状況の一端が現れていると考えています。見方を変えればb)の傾向は予備検討の課題が年々枯渇していっていることを示していることになります。実際に審査をしていても、産業利用分科会に申請して来られるメンバーが非常に固定化しているのを感じます。
SPring-8の産業利用を推し進める立場からは、新たにSPring-8利用に加わる産業分野や企業の発掘をお願いしたいと考えます。難易度の高い業務になるとは思いますが、ご関係の方々の奮起を期待します。
(産業利用分科会主査 妹尾 与志木)
15. 人文・社会科学分科会
15-1.概 要
人文・社会科学分科会は、他の分科会への応募課題とは若干性質が異なると考えられる。文化財、あるいは考古学に関連するものは成果として完了するまでに、長い時間が必要とするものが多い。また、課題自体が非常にマイナーな問題に見えてしまうこともある。このことから、当分科会の方針は、提出された課題をしっかり検討し継続的な放射光利用を支援していくこととしたい。
課題申請は、2023Aから2024Bでは2~4件であったが、2025A期は科研費研究の最終年度であったり、2024B期の実験が未実施であったことからタイミング悪く申請が出来なかったユーザーがいたようである。なお、2025A期は1件のみであった。
15-2.研究動向
手法としては、イメージングと蛍光X線分析がメインである。これまでは布、炭化米などの軽元素系の課題が多かったが、最近は金属製品(青銅、鉄など)と陶器の分析が多い。1つの課題では、高エネルギーX線を利用したラミノグラフィーを利用するものであり、最新の技術を積極的に利用しており期待が持てる。また、放射光X線CTであれば、鉄と鉄錆の区別もつくので、そのような事例を提示し、特定放射光施設ユーザー協同体(SpRUC) 研究会などに示すことで、今までの知見で「測れない」と思い込んでいる試料への利用を想起させられるのではないかと期待している。
2023B期の課題の中に、初めてX線回折を利用するものが出てきた。X線回折は蛍光X線分析と同様に、文化財試料の物質同定や産地同定を行うために利用することができる。特に結晶鉱物相の特定が得意であるため、蛍光X線分析との相補的な利用も可能となる。今後の同様な技術を利用した展開が期待できる。また、2025A期は青銅器に関する課題が提案され、SPring-8 の計測技術の進歩によりこれまで見えなかった構造が見えるようになり、そこから当時の製造技術を推測するような研究となっている。これは青銅器以外の物にも応用可能で、最新の技術が昔の技術や文化を明らかにして行くことに期待が持てる。
15-3.今後に向けて
ユーザー数、課題数を増やすという事では、いわゆる歴史的遺物の分析、という名目だけでは限界があるかもしれない。異分野への拡大という意味で、Education / Culture という方向に目を向けるのはどうだろうか。たとえば、目に見えないサイズの小さな生物を放射光X線CTでスキャンし、それを3Dプリンタで大きく印刷、目で見て「触れる教材」を作成する。文化財でも同じようなことをすれば「触れる文化財博物館」に繋がる可能性がある。近年、誰でも楽しめる博物館を目指す活動が活発になり、視覚障害者にも楽しんでもらえる展示「触れられる展示」の必要性が認識されつつあり、これらの活動に寄与することができる。また、サポートの面も重要となる。上記のようなユーザーは、必ずしも理系教育を受けている訳ではなく、データ処理につまずくかもしれない。個々のユーザーでは限界があり、スタートにおいては、ある程度の規模の共同研究体制を作ることが有効と思われる。そのために、コーディネーターあるいは協力的な研究者の確保を期待する。
「触れる教材」「触れる文化財博物館」を挙げてきたが、具体的な取り組みとして、分科会メンバーが中心となり「触れる教材」「触れる文化財博物館」の検証と試験を行った。たとえば、50μm程度の珪藻を100mm以上のサイズに3Dプリントすると、顕微鏡下や画面では気づかなかったことが発見できた。つまり「手に取る」という事の重要性を認識することができた。これは視覚障害者向けだけの技術ではなく、一般的な研究や初等・中等教育にも有効であると思われる。
引き続き検討と試験を進めていきたいと考える。
(人文・社会科学分科会主査 奥山 誠義)
豊田工業大学
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京都産業大学 理学部
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東北大学 多元物質科学研究所
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
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東北大学 金属材料研究所
〒980-8577 宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
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東京理科大学 先進工学部
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大阪大学 大学院理学研究科
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