Volume 01 ,No.1 Pages 32 - 35
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
SACLA研修会「シリアルフェムト秒結晶構造解析研修会」
SACLA Workshop for Serial Femtosecond Crystallography
[1]国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学研究センター SACLAビームライン基盤グループ
[2]公益財団法人高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
1.開催の経緯
X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAでは、高強度(~1011 フォトン/ パルス)かつ10 fs 以下の短いXFELパルスを用いて、シリアルフェムト秒結晶構造解析(Serial Femtosecond Crystallography、SFX)実験を行っている。SFXは、連続的に輸送される微小結晶(試料)にXFELパルスを入射し、結晶が破壊される前に得られる回折パターンを収集することで、放射線損傷を受ける前の分子構造を原子分解能で捉える結晶構造解析法である[1,2]。タンパク質などの生体高分子を室温で測定できること、光学レーザーとXFELを組み合わせたポンププローブ型SFX実験で分子の動的構造を時分割観察できることが大きな特長である[3]。このことから、XFEL施設が共用されて以来SFX実験の実施に対する要望は非常に高く、2024年度のSACLAでは、生物系および材料系試料のSFX実験が硬X線ビームラインのビームタイム全体のおおよそ1/4 を占めている。一方、実験の原理上、膨大な試料の消費を避けられないことに加え、ビームタイムにも限りがあるため、実験を「効率よく」進め、限られた試料量と時間の中でいかに多くの有効な回折パターンを獲得できるかが、SFX実験の成敗を分ける。
実験行程の効率を高めるために、SACLAでは、京都大学の岩田想教授らの研究グループと協力し、DAPHNIS実験プラットフォームを開発した[4,5,6,7]。この実験プラットフォームでは、大気圧のヘリウム置換チャンバーに[4]、試料充填やノズル交換が容易な高粘度媒体インジェクターが導入され[5]、4Mピクセルの大面積受光面を有するOctal 型MPCCD検出器を利用できる[6]。1 時間あたり十万枚以上収集される回折パターンをSACLAのHigh Performance Computing(HPC)システムと連携したデータ処理プロセス(Cheetah パイプライン)を通して処理し、ほぼその場で解析結果を順次確認できるようにした[7]。DAPHNISプラットフォームは、その開発と10年強に及ぶ運用実績を経てSFX実験行程の効率と安定性を高め、2024 年現在、米国SLAC研究所のLCLSに続くProtein Data Bankの登録実績を上げている[8]。
一方で、XFELを用いたSFX実験は、従来の放射光を用いた結晶構造解析とは異なる部分も多く、SFXの基礎について学ぶ機会に対する要望が寄せられていた。そこで、SFX実験に興味があるものの、まだXFELで結晶構造解析実験を行ったことがない放射光ユーザーの方々を主な対象として、「シリアルフェムト秒結晶構造解析研修会(SFX 研修会)」が企画された。計測試料としては、生体高分子試料を主なターゲットとして想定した。研修会は、今後の研究提案・実験実施に向けて、現在SACLAで行われている典型的なSFX実験の各行程を体験いただくことを目的とした。そのため、講習と実習を組み合わせた形式とし、参加者が試料調製からデータ処理まで、直接手を動かして体験できるように計画された。
図1.研修会における講義の様子
2.研修会の内容
SACLAで行われる初めての研修会となる本SFX研修会は、2025 年2 月12 日(水)と13 日(木)の2日間、SACLA実験研究棟で行われた。参加者全員に実際に各作業を体験いただくため、参加者は5名に制限させていただいた。内訳は、大学所属の方4
名(うち教員1 名、大学院生3 名)と企業所属の研究者の方1名であった。
研修プログラムは、講義、実験実習、データ解析実習の全3 部で構成された。講義の部は、1 日目の2月12日午前9時30分から12時まで、SACLA実験研究棟2階の小会議室で行った。初めに本研修会の趣旨を説明するともに、SACLAにおける利用研究
課題の申請について簡単に紹介した。その後、東北大学の南後恵理子教授に、SFX実験の概要についての講義を約1時間行っていただいた。この講義では、SFX実験の黎明期から現在の装置開発、研究状況について説明され、従来の放射光を用いた結晶構
造解析との違い(特長)、SFX実験の課題、SACLAにおける実験実施状況、ポンププローブ法や二液混合法による時分割SFX実験などについて紹介された。その後、東北大学の藤原孝彰助教には、ターゲット試料の微結晶化(micro-crystallization)の方法について、約30 分間講義いただいた。その中では、均一な粒径のマイクロメートルスケール結晶を十分な量(~108 個/mL)作るための技術的な要点について重点的に説明された。3 つ目の講義として、JASRI のFangjia Luo 研究員からデータ処理に関する説明が約30 分間行われた。この講義では、SACLAのSFX実験における一般的な回折パターンの解析に関して、データ解析フローの構造と解析に使用される主なアプリケーションが紹介された。
実験実習の部は、試料結晶化の実習とXFEL実験の実習の2 つからなる。試料結晶化の実習は1 日目の午後1時から約3時間、SACLA実験研究棟1階の測定準備室で行った。実習では、SFX実験で標準試料としてよく用いられる鶏卵白リゾチームの微結
晶化を藤原助教の指導の下で行った。ここでは詳細は割愛するが、本研修会では、文献[9] で報告されている方法に倣って微結晶化を行った。参加者がそれぞれ直接手を動かし、粒径4 μm程度のリゾチーム微結晶懸濁液を1 人1 mLずつ調製された。測定の実習は、SACLA実験ハッチ3で行った。1日目の午後4 時から約1 時間、参加者がそれぞれリゾチーム結晶を試料輸送媒体(Synthetic grease)と混合し、インジェクターに充填した[10]。午後5時頃から約1 時間半は、XFEL測定のデモンストレーションを講師が行った。その際、試料の吐出には、研修会中に参加者が組み立てたインジェクターを利用した。1.5 μm に集光されたXFELパルス(光子エネルギー8.5 keV、パルスエネルギー600 μJ)を75 μm径の試料ストリームに照射し、約50,000 枚分の回折パターンを取得した。
続く2 日目の午前9 時からは、約3 時間にわたって参加者自身でデータ測定を行っていただいた。1日目のデモンストレーションと同様の実験条件で、約65,000 枚分の回折パターンを新たに取得していただいた。なお、ここに記した回折パターンの枚数は、以下の2つの要因を考慮した上で、構造解析を行うに十分な量と判断したものである。その要因とは、まず、検出器が記録した全フレーム数の内、有効な回折パターンが記録できたフレーム数の割合(ヒット率)である。もう一つは、有効なフレームの内で、結晶学的データの決定(指数付け)に用いられたフレーム数の割合である。
実際の実習では、ある参加者の調製した試料のヒット率が予想外に低く、試料のストリームも安定しなかったために、途中から別の参加者の試料に取り替えるというハプニングもあった。このような事態は通常の実験でも発生することであり、結果とし
て、試料調製の難しさと重要性を参加者の皆さんに実感いただける機会となった。
図2.参加者によるXFEL実験実習の様子
2日目の午後には、SACLA実験研究棟2階の解析ルームにおいて、Luo研究員の指導によるデータ解析実習が約3時間行われた。午前中の実験実習で参加者らが収集し、Cheetah パイプラインを通して処理されたデータを用いて、構造解析の基礎的なプロセスを参加者には体験いただいた。SACLAのデータ解析には、解析用高性能コンピュータ(HPC)が利用される。そこで、実習に際しては、参加者全員には一時的なHPCアカウントを発行し、Luo 研究員の試演に倣って直接コマンドを打ちながら練習していただけるようにした。配布した研修会資料に入力すべきコマンドをすべて載せ、Unix 系列システムの取り扱いに慣れていない参加者でも、ひとまず一連のプロセスをフォローできるようにした。なお、参加者らは研修会後に各自の所属機関に戻った後も、期間限定で、HPCを用いたデータ解析を遠隔で行なっていただけるようにした。
3.今後の研修会開催に向けて
今回の研修会の参加者に回答いただいたアンケートでは、概ね満足のいく有意義な研修会であったとの声をいただけた。今後の研修会開催に向けて、貴重なコメントを頂けたので、以下にいくつか紹介したい。
今回は、XFELそのものに対する体験的な要素も含めて、SFX実験の行程全般を網羅した内容のプログラム構成としたため、時間が限られる中でそれぞれの内容に割ける時間が短くなってしまった。このような全体像を理解し、習得する研修会とは別に、
試料結晶化や測定、データ解析といったそれぞれの行程を対象とした研修会を開催することも検討して欲しいという声をいただいた。
また、今回の研修会は1 日目の朝から2 日目の夕方までのプログラムで実施された。そのため、移動を含めると参加のために3日程度の時間の確保が必要となり、特に教員や一般企業の研究者にとっては参加の障壁になり得るとのコメントもいただいた。例えば講義などの一部の研修をオンラインで実施するなどして、現地の滞在時間を減らす取り組みも検討する価値があると思われる。
さらに、より複雑な実験に対応する形で、光学レーザーや二液混合システムを用いた時分割のSFX実験に関する研修を希望する意見もあった。SFX実験に興味を持つ利用者のほとんどが、最終的に時分割実験の実施を希望していることを考えれば、こ
れに重点をおいた研修会の需要が大きいことは理解できる。一方、取り扱う内容として研究そのものに踏み込む側面があるため、どこまでを研修内容とするかについては、きちんと検討される必要がある。現在SACLAで実施されているFeasibility check beamtime(FCBT)や試験利用の枠組みも考慮し、利用者のニーズに的確に対応できる形の支援を模索していきたい。
本研修会はJASRIのXFEL利用研究推進室が主催し、開催にあたっては、東北大学の南後恵理子教授および藤原孝彰助教、理化学研究所放射光科学研究センターのSACLAビームライン基盤グループ、JASRI の回折・散乱推進室 回折構造生物チーム(旧・構造生物学推進室)、研究プロジェクト推進室の皆様にご協力いただいた。また、本研究会の開催に当たりご支援いただいたJASRI 利用推進部の皆さまに、心から感謝申し上げる。
参考文献
[1] Nuetze et al.: Nature 406 (2000) 752.
[2] Chapman et al.: Nature 470 (2011) 73.
[3] Nango et al.: Science 354 (2016) 1552.
[4] Tono et al.: J. Synchrotron Rad 22 (2015) 532-537.
[5] Shimazu et al.: J. Appl. Cryst 52 (2019) 1280-1288.
[6] Kameshima et al.: Rev. Sci. Instrum 85 (2014)
033110.
[7] Nakane et al.: J. Appl. Cryst 49 (2016) 1035-1041.
[8] Orville et al.:Time-Resolved Studies of Protein
Structural Dynamics In: Ueda (eds) Ultrafast
Electronic and Structural Dynamics. Springer,
Singapore. (2024).
[9] 南後恵理子他 : 蛋白質科学会アーカイブ 8 (2015)
e081.
[10] Sugahara et al.: Nat. methods 12 (2015) 61.
国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学研究センター
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