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Volume 01 ,No.1 Pages 98 - 102

4. SPring-8/SACLA/NanoTerasu通信/SPring-8/SACLA/NanoTerasu COMMUNICATIONS

ナノテラス事業推進室、共用開始にあたって
NanoTerasu Promotion Division: Launching Public Use

大石 泰生 OHISHI Yasuo

(公財)高輝度光科学研究センター ナノテラス事業推進室 NanoTerasu Promotion Division, JASRI

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JASRI

 

1. はじめに
 第4世代放射光源である3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu[1][1] https://nanoterasu.jp
は、国側の主体者である量子科学技術研究開発機構(QST)が、光科学イノベーションセンター(PhoSIC)を代表とする地域パートナーと共に、官民地域パートナーシップに基づき、東北大学青葉山新キャンパスに建設した放射光施設(Fig.1)である。NanoTerasuはSPring-8やSACLAと同じく特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律(以下「共用促進法」という)によって、「特定先端大型研究施設」と位置付けられている。
 NanoTerasuは、日本国内で培われた高度な加速器技術を継承し、特に蓄積リングにはマルチベンドアクロマットラティス技術を採用することで、世界トップクラスの低エミッタンスと高コヒーレンス特性を実現した高輝度放射光施設である[2][2] N. Nishimori: Proc. IPAC’22, Bangkok, Thailand, Jun. (2022) 02402-2406(doi:10.18429/JACoWIPAC2022-THIXSP1)
。光源としてはアンジュレータとマルチポールウィグラー(MPW)の挿入光源のみを備え、軟X線からテンダーX線領域での高度利用が期待され、特に軟X線を用いた物質の機能発現に関わる電子状態の可視化能力に期待が寄せられている。また、MPWを用いることで硬X線も発生可能であり、20 keV程度の領域ではSPring-8の偏向電磁石光源より高い輝度が獲得できる。これらの卓越した性能は、物質の構造や機能を原子・分子レベルで詳細に解析することを可能にする。これら光源特性によって、材料科学、エネルギー科学、環境科学、生命科学など、幅広い分野における研究開発を飛躍的に加速させることが期待されている。
 NanoTerasu は、コロナ禍の影響を若干受けたものの、2023年3月に基本建屋が竣工され、それを取り戻す早さで加速器調整が進捗し、同年12月7日にはファーストビームの取り出しに成功した。2024年の4月9日からはコアリション利用が、同年度の2025年3月3日からは共用利用(後述)が開始され、いよいよ本格的な定常運営に至った。これらの経緯について予定通りの運転開始に向けて取り組まれた関係者の方々とその尽力に対して、敬意と感謝の意が表されるべきである。

 

Fig.1 NanoTerasu全景写真(2024年8月)

 

2.NanoTerasuの利用・体制
 NanoTerasuには共用利用とコアリション利用という2つの利用制度がある。コアリション利用[3][3] https://www.phosic.or.jp
は、担当機関であるPhoSICと放射光施設の利用を希望する企業・学術機関が有志連合(コアリションメンバー)を組み、加入金を拠出することでPhoSICが整備したコアリションビームラインを利用できる仕組みである。コアリションメンバーは課題審査を経ず利用予約が可能で、成果を専有することができる。放射光に関する専門知識がなくとも高度な研究開発が可能となり、産業界のニーズに基づく利用と学術界との連携促進が実現すると考えられている。
 一方、共用利用は、国内外の産官学研究組織に属する全ての研究者による研究課題の申請が可能で、審査を経た課題の成果については全て公開義務がある。共用利用の対象となる共用ビームラインについてはQSTが建設とそれらの運転を行う。高輝度光科学研究センター(JASRI)は、2024年3月27日に公布された改正共用促進法に基づき、同年4月1日からNanoTerasuの登録機関に認定され、共用に関わる公平で公正な利用課題選定と、共用ビームラインでの利用者支援に責任を持つこととなった。
 NanoTerasuはその用地が東北大学から提供され、地域パートナーによるサポートの下、基本建屋と加速器がそれぞれPhoSICとQSTによって建設、設置された施設である。運営についてもこの関係に従っているが、各機関を束ねて円滑に管理・運営を行うためにQST組織の中に総括事務局が設置されている。JASRIはこれら組織と連携して、共用ビームラインの課題選定と利用者支援を行う役目を担っている。

 

3.ナノテラス事業推進室
 JASRIにおいては上記の登録機関認定に先立ち、タスクフォースとして共用制度や利用者支援体制、管理体制等の準備のためJASRI企画室(当時)が中心となって、研究支援部、利用推進部、及び安全管理室が共同して議論が重ねられた。そして認定後の2024年4月1日より、利用課題選定と利用者支援を主業務とする「ナノテラス事業推進室」が立ち上がり、室員は兵庫県播磨地域を離れ、当地の宮城県仙台市での業務活動が開始された。(以降、本稿ではJASRIである勤務地の「仙台」、「播磨」といった記述での表現、主に施設自体或いはこれに関わる記述については「NanoTerasu」、JASRI ナノテラス事業推進室に関しては「ナノテラス」表記とする。)
 ナノテラス事業推進室の室長には筆者が、研究業務課の課長には坂本つぐみが、そして利用研究推進グループのグループリーダーには本間徹生が就任し、同グループには保井晃と菅大暉が参加して、たった5名からの第一陣出発となった。2024年度後半からは順次、事務系職員、研究員、技術員人事の採用と着任があり、QSTとPhoSICとのクロスアポイント制度も取り入れながら室員人数の増強が着々と進められてきた。
 ナノテラス事業推進室の利用研究推進グループからは各共用ビームラインに2名以上のビームライン担当者が配置され、それぞれに技術員が確保されている。また、データ解析と理論計算や機器制御ソフトウェア開発を主務とする研究員を確保しており、測定試料等の化学物質管理や試料環境制御システム開発を行う研究員も着任する予定となっており、従来の放射光施設では実現できていなかった体制にて、共用利用の包括的サポートの実現を目指したい。

 

4.共用ビームライン
 今回の共用開始時において、NanoTerasuの共用ビームラインとして、軟X線領域での世界最高のエネルギー分解能を有するBL02U:軟X線超高分解能共鳴非弾性散乱(Fig.2[4][4] J. Miyawaki et al.: Journal of Physics: Conference Series. 2380 (2022) 012030.(doi:10.1088/1742-6596/2380/1/012030)、現状を記す情報については、https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/2380/1/012030
、10 μm以下の空間分解能を実現するBL06U:軟X線ナノ光電子分光[5][5] K. Horiba et al.: Journal of Physics: Conference Series. 2380 (2022) 012034~、 https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/2380/1/012034
、偏光特性の高速切替え可能なアンジュレーターを世界初導入したBL13U:軟X線ナノ吸収分光[6][6] Yoshiyuki Ohtsubo et al.: Journal of Physics: Conference Series. 2380 (2022) 1. 012037-012037、https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/2380/1/012037
の3本が稼働しており、それぞれが世界最高性能で最先端の研究推進を担うことを目標としている。同ビームラインの性能や研究成果の詳細については、本情報誌の記事として順次紹介が予定されているのでその際はご一読いただきたい。QSTとJASRIでは、それぞれビームラインの建設と運転に責任を持つビームライン責任者と利用者支援を担当するビームライン担当者を選任して、共用ビームラインの運営のため協働している。
 2025年3月の共用開始直前まで、QSTが実施する試験的共用の合間を縫って、ビームライン担当者は標準試料に対するデータ取得を行いながら測定器使用に対する習熟やビームラインの性能確認を進め、共用利用開始に向けて必要な機器・実験環境の整備を行なってきた。利用研究推進グループは、これらビームライン担当者を中心とした現場での利用者支援・管理を行うとともに、利用研究の多様化や高度化を目的とした調査研究および手法開発として試料環境整備や解析・制御ソフトウェアを含むシステムの開発・導入に挑戦している。
 2024年9月の研究課題申請の開始に先立って、共用利用への関心と理解を深めるための説明を目的として、計4回の利用説明会が、地域性を考慮した各地域(東京、京都、福岡、仙台)で実施された。NanoTerasuの全般的説明の他、JASRI 利用推進部から共用利用制度が説明された他、PhoSICからはコアリション利用研究成果が、QSTのビームライン責任者からは共用ビームライン整備・進捗状況の報告が、JASRIのビームライン担当者からは標準試料測定を通じて得られた測定器評価等の報告が行われた。

 

Fig.2 NanoTerasu BL02U(2025年1月)

 

5.いよいよ共用利用の開始
 JASRI播磨の利用推進部が主体となり基幹システムDX推進室(当時)のサポートを受け、ナノテラス事業推進室とQST総括事務局が連携・協力して、共用利用制度に関わる利用選定手続きと支援・管理体制の構築が進められた。利用及び管理制度については「ユーザーガイド」に集約され、ユーザーズオフィスの立上げに多くの時間を充当した。また、研究課題申請に関わるホームページが整備され、従来のSPring-8/SACLAと同じWEBページ画面から○NanoTerasuを選択することで、SPring-8/SACLAと共通のユーザー番号から研究課題申請を行うことが出来るようになった。実際には施設の安全管理区分等の背景から、安全審査や技術審査方法、利用前の来所手続き等の差異が発生する。例えば入館手続きについてはNanoTerasu独自のルールが設定されており、実験ホール自体が非放射線管理区域化されているため、現在の軟X線共用ビームラインではメインビームシャッター(MBS)の開閉を行わない実験者については、放射線業務従事者として登録・管理される必要がなくなっており、利用者にとって大幅な負担低減が実現されている。
 SPring-8/SACLAに対して独立したNanoTerasu選定委員会と利用研究課題審査委員会(PRC)の体制整備と編成が進められ、2回の選定委員会を経て同年9月26日から2025A 期に対する利用研究課題募集が開始された。同年11月6日の応募締切り後、レフェリーによる科学的妥当性評価と同時に安全審査と技術審査が行われ、PRCでの審査を経て選定委員会の場で各課題の採否が決定された。2025A期については最初の課題募集にも関わらず総ビームタイム時間を超えた研究課題申請があり、採択されたのは3本の共用ビームラインに対して計38課題となった。
 2025A 期の共用開始すなわちNanoTerasuの共用利用開始は2025年3月3日であった。当日はプレス発表の場でJASRI 雨宮慶幸理事長からの挨拶と共用制度の説明、QST 高橋正光NanoTerasuセンター長、川上伸昭総括事務局長による質疑応答が行われた。共用ビームラインに関する取材においては、BL02Uのファーストユーザーである東北大 鈴木博人助教、BL06Uの同じく東北大 湯川龍准教授に囲み取材等にご対応いただいた(Fig.3)。
 現在、共用利用の形態は一般課題のみに限定されている。SPring-8で行われているような成果専有課題(時期指定課題、測定代行)や大学院生提案型課題等の特色ある利用制度については、今後検討が重ねられ適宜整備されていく予定である。

 

Fig.3 共用利用開始記者発表(2025年3月3日)

 

6.今後について
 NanoTerasuは総計28本のビームラインが設置可能であるが、現在共用利用の3本とコアリション利用の7本を加えて10本しか整備されていない状況にある。今後、共用ビームラインはいくつかの段階を経て充足されて行くことが計画されている。次の段階として2027年度までの共用開始を目指してさらに1本の共用ビームラインの増設が承認され、現在その建設準備作業が進行している。新ビームラインではマルチポールウィグラー光源が採用され、テンダーX線領域での共鳴X線回折をメインとするビームラインが検討されており、高エネルギー側の到達範囲を20 keV程度まで拡張したタンデム利用による汎用的なX線回折・X線小角散乱ステーションとの併用が計画されている。
 また2026年度からは、コアリションビームラインの一部共用供出が計画されている。ナノテラス事業推進室はこれにも関与する予定であるが、コアリション利用と共用利用では運営システム・理念が異なるため、その共用制度確立に新たな工夫が求められている。また、コアリションビームラインは本数や種類も多く、運営や利用者支援に関してこれまで以上にPhoSIC、総括事務局、及びJASRI内での部・室間の機構・組織を跨いだ連携がなお一層求められている。一方、ビームラインの装置・検出器・試料環境制御系やそれらを利用する分野については、SPring-8との共通性が高いと考えられ、JASRI内での播磨と仙台にまたがる研究資源(研究員、測定・制御装置、その他)の相互活用が期待されている。
 2025年3月1日よりNanoTerasuとSPring-8/SACLAそれぞれのユーザー団体が統合し、新しく特定放射光施設ユーザー協同体(SpRUC)が発足した。NanoTerasuの本格運用が開始されたことを受け、2025 年度は特定放射光施設シンポジウムの開催が予定されている。また、2026年放射光学会年会は、東北大や東大物性研も参加して仙台で開催される予定である。NanoTerasuの運用開始をきっかけに、その他多くの学会等も仙台での開催が計画されていると聞く。これらについても、利用者拡大と成果最大化に向けてナノテラス事業推進室が積極的に関与・貢献していく予定である。

 

7.おわりに
 ナノテラス事業推進室は、東北大学青葉地区に置かれたNanoTerasu基本建屋に近接する国際放射光イノベーション・スマート研究センター棟(通称SRIS棟)の208室と209室に居室を構える。室員人数は着々と増加し、設置2年目を迎えた2025年4月在では総勢16名(室長+研究業務課3名+研究グループ12名)を数える推進室となった(Fig.4)。今後の共用利用拡大に対応するため、人員補強を含めた業務機能の増強が求められており、関係各機関との連携・協力をいただきながら今後とも発展して行きたい。
 JASRI はこれまでSPring-8、SACLAの共用利用について豊富な実績と専門性を有しており、本格的な運用が始まったNanoTerasuが世界最先端の放射光施設として、日本だけではなく、世界の放射光コミュニティーの中でインパクトのある研究成果を創出できるよう、組織的に一体となり全力で取り組みたいと考えている。

 

Fig.4 ナノテラス事業推進室職員(2025年4月3日)

 

 

 

参考文献
[1] https://nanoterasu.jp
[2] N. Nishimori: Proc. IPAC’22, Bangkok, Thailand, Jun. (2022) 2402-2406(doi:10.18429/JACoWIPAC2022-THIXSP1
[3] https://www.phosic.or.jp
[4] J. Miyawaki et al.: Journal of Physics: Conference Series. 2380 (2022) 012030.(doi:10.1088/1742-6596/2380/1/012030)、現状を記す情報については、https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/2380/1/012030
[5] K. Horiba et al.: Journal of Physics: Conference Series. 2380 (2022) 012034~、https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/2380/1/012034
[6] Yoshiyuki Ohtsubo et al.: Journal of Physics: Conference Series. 2380 (2022) 1. 012037-012037、https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1742-6596/2380/1/012037

 

 

大石 泰生 OHISHI Yasuo
(公財)高輝度光科学研究センター ナノテラス事業推進室
〒980-8572 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉468-1-208
TEL : 050-3502-5840
e-mail : ohishi@jasri.jp

 

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