Volume 01 ,No.1 Pages 1 - 3
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
リュウグウの砂に見つかった塩の結晶
Sodium salt minerals found in Ryugu samples
[1]京都大学 白眉センター The Hakubi Center for Advanced Research, Kyoto University
- Abstract
- 日本の探査機はやぶさ2によって持ち帰られた小惑星リュウグウの砂の分析が世界中で行われてきた。今回、SPring-8 のBL20XUで開発された放射光X線トモグラフィー、X線回折とともに、電子顕微鏡による微小分析技術を組み合わせることで、これまでに地球外物質で全く見つかっていなかった塩類の結晶をリュウグウの砂から発見した。具体的には、炭酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウムを含む結晶脈が見出され、これらは豊富な塩水がリュウグウの母天体の環境に存在したことを示唆する。塩結晶はリュウグウの母天体を流れた塩水が蒸発したか凍結した際に成長したと考えられる。現在のリュウグウは液体で満たされておらず、どのように母天体から液体が失われたのかこれまで謎であった。塩の結晶は、液体の水が消えていった道筋を示した初めての証拠である。また、ナトリウム炭酸塩や岩塩は、土星の衛星エンセラダスなど内部に海をもつ天体の表層にも、海の成分の析出物として見つかっている。塩の結晶はリュウグウとこれらの海洋天体の水の成分や進化を比較できる新しい手がかりになると期待される。
1. はじめに
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の探査機「はやぶさ2」は、小惑星リュウグウ(図1)を探査し、2020 年に表面の砂を地球に持ち帰った。リュウグウの砂の初期分析から、その化学的・岩石学的な特徴が、隕石の中でも極めて希少なCI 炭素質コンドライトと呼ばれる隕石種に対応していた[1, 2][1] T. Yokoyama et al.: Science 379 (2022) eabn7850
[2] T. Nakamura et al.: Science 379 (2022) eabn8671。リュウグウやCI 隕石の大きな特徴は、水の中で生まれた鉱物が岩石の大部分を構成していることである。リュウグウの砂の主成分は層間に水を含む粘土鉱物であり、次に存在の高い硫化鉄、磁鉄鉱、カルシウム- マグネシウム炭酸塩はいずれも水環境で生成した鉱物である。
現在のリュウグウは900メートル弱程度の大きさであるが、かつては数十キロメートルの大きさをもつ母体となった天体‒ 母天体(ぼてんたい)‒ が太陽系の始まった頃の約四十五億年前に存在したと推定されている。その内部は放射性元素の崩壊熱によって温められ、百度以下のお湯で満たされていたと考えられている。こうしたことから、リュウグウの砂は太陽系の形成初期の時代で水の環境がどのように発展したかを知るための重要な試料である。
小惑星から直接持ち帰った砂には、地球に落下する隕石では見られないような未発見の物質があることも期待されていた。そのひとつは、水に溶けやすい、もしくは吸湿しやすい物質である。湿気を含む地球大気の下で変化してしまう物質は、宇宙空間から持ち帰ったままの新鮮な状態でなければ気付くことも難しいからである。その点で、リュウグウの砂は小惑星から直接的に地球に持ち帰った物質であり、地上で想定される変質を免れている。また、砂が地球へ帰還して以降、JAXAの試料保管施設(キュレーション)において純度の高い窒素ガスの環境下において注意深く保管されてきた。そこで、本研究では、小天体の水環境に関連する新しい手がかりを探るために、リュウグウの砂を大気から極力隔離した上で、鉱物組織に対する微小領域分析を行なった。
図1 はやぶさ2が撮影した小惑星リュウグウ(©JAXA、東京大学など)
2. リュウグウの砂の分析
分析に用いたリュウグウの砂は国際公募分析により配布された試料である。筆者らは、まずJAXA/宇宙科学研究所のキュレーションを利用して、空気に触れることなく小惑星の砂を観察できる設備(グローブボックス、密閉型試料容器、エアロック付き電子顕微鏡)を活用した。大気から隔離した状態で、リュウグウの砂を光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡で観察したところ、砂つぶの表面に白い脈が発達していることを見出した(図2)。特性X線による元素種の分析から、それらがナトリウムに富む見慣れない元素比の特徴を示すことから、リュウグウや地球外試料でこれまでに見つかっていない種の物質である可能性に気づいた。
そこで、この砂の内部の岩石学的な特徴を捉えるために、SPring-8 のBL20XUに設置されたX線トモグラフィーとX線回折を利用することで、砂つぶに対する三次元的かつ非破壊での観察を行うことにした。X線トモグラフィーの分解能は約0.5μmであり、構成鉱物の種や形状を高分解能で撮影することができる。また同時にX線回折モードに切り替えることができ、主な構成鉱物の相同定が可能である。本研究では、撮影中にリュウグウの砂が大気に暴露されることを防ぐために、X線を透過するカプトンの筒に粒子を封入できる小型容器を開発した。窒素ガス環境のグローブボックス内で粒子を容器に密閉してビームラインに持ち込んだ。撮影の結果、構成鉱物はリュウグウの大半の岩相と同様に粘土や硫化鉄で構成されており、鉱物と水との相互作用が進んでいることがわかった。Naの鉱物を示すX線回折ピークは見られず、白い脈も砂つぶのごく表層にのみ分布することがわかった。次に結晶脈に対する透過型電子顕微鏡観察を行うことで最終的な相同定を行うことにした。透過型電子顕微鏡による観察を行うためには、電子線が透過可能な、厚さ100nm程度の切片を粒子の表面から切り出す必要がある。この目的のために収束イオンビーム装置を用いた。狙った位置から正確に切片を切り出すためには、粒子の三次元的な形状の情報が必要であった。そこでX線トモグラフィーによって撮影した粒子の外形を用いることで、切片の切り出し位置や向きの詳細を検討することができた。
透過型電子顕微鏡で観察した結果、結晶脈の主成分はナトリウム炭酸塩(Na2CO3)であり、塩化ナトリウム(NaCl)の結晶や、ナトリウム硫酸塩(Na2SO4)も含むことがわかった。ナトリウム炭酸塩と塩化ナトリウムは電子線回折と特性X線による構成元素の解析から同定された。一方で、ナトリウム硫酸塩は、UVSORの放射光走査型透過X線顕微鏡を利用することで、軟X線の吸収量の特徴から同定した。
発見された鉱物はいずれも水に非常に溶けやすい性質をもつ塩の結晶である。水に溶けやすいということは、液体が極めて少なく塩分濃度が高くなければ結晶が析出できなかったと推定される。そのため筆者らは、リュウグウの砂を作る多くの鉱物が母天体で沈殿したあとに、液体の水が失われる現象が存在し、その際に塩の結晶が沈殿したと考えた(図4)。液体がなくなる現象として考えられる可能性のひとつは、塩水の蒸発である。母天体の内部から表層の宇宙空間へまでつながる割れ目が生まれれば、天体内部の液体は減圧されて蒸発すると考えられる。地球上では大陸内部に取り残された湖が干上がった時に高い濃度の塩水が生じ、ナトリウム炭酸塩や岩塩などが析出することが知られている。これらは「蒸発岩」と呼ばれており、リュウグウ母天体でも蒸発岩が生まれたのかもしれない。もうひとつの可能性は、液体の凍結である。母天体を温めていた放射性元素が乏しくなると天体は冷えてゆき、塩水は徐々に凍結するはずである。塩水に溶けた陽イオンや陰イオンは氷には取り込まれにくいので、凍結が進むと残された塩水の濃度は高くなる。すると濃い塩水からは塩結晶が析出する。凍結した氷はやがて現在に至るまでに宇宙空間へと昇華してしまったと考えられられる。現在のリュウグウに大量の液体は見られず、そしてリュウグウの砂つぶも湿っていることはなく、母天体を流れたはずの液体の水がどのように失われたのか分かっていなかった。今回の研究により、リュウグウの母天体では蒸発、もしくは凍結によって液体の失われる現象が起こったことが初めてわかった。また、この考察が示唆する重要な点は、急激な水の消失が起こるほど、もともと母天体は水に富んでいたという点である。つまり、母天体の材料となった氷の、無機物質に対する量比が高かったことを示唆している。
図2 リュウグウの砂表面に発達した塩結晶の脈。二次電子像の擬似カラー画像。
図3 インジウムに固定したリュウグウ粒子の光学顕微鏡画像(左)とトモグラフィーのデータから再構成した三次元像。
図4 リュウグウの母天体での塩結晶の形成過程
3. 波及効果
リュウグウの砂で見つかったナトリウム炭酸塩は地球に飛来する隕石では見つかっておらず、小惑星の砂から発見されたことは全くの予想外であった。一方で、準惑星のセレスや木星の衛星エウロパ、土星の衛星エンセラダスなど地下に海が広がっていると予想される天体で塩類が検出されている。たとえばセレスには内部海の物質が凍って吹き出す氷火山があり、ナトリウム炭酸塩は噴出物の主要な成分である。エンセラダス表層の氷の裂け目から噴き出す間欠泉にはナトリウム炭酸塩や塩化ナトリウムが含まれる。種々の塩類は天体の水の成分や進化を反映している。そのため、塩の結晶はリュウグウと太陽系の海洋天体との水環境の共通性や違いを比較できる新しい手がかりになると期待される。とりわけ太陽系の水環境に注目することは、生命の材料である有機物の水中での化学反応を理解することにもつながる。
参考文献
[1] T. Yokoyama et al.: Science 379 (2022) eabn7850
[2] T. Nakamura et al.: Science 379 (2022) eabn8671
京都大学 白眉センター
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