Volume 30, No.1 Pages 25 - 27
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
12th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy with Accelerator-based Sources (WIRMS 2024)報告
Report on 12th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy using Accelerator-based Sources (WIRMS) 2024
(公財)高輝度光科学研究センター 利用推進部(兼)放射光利用研究基盤センター User Administration Division/Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

1. はじめに
加速器をベースとした赤外光源とその利用に関する会議である12th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy with Accelerator-based Sources(WIRMS 2024)が2024年10月7日から11日の日程で、スペインのバルセロナで開催された。加速器から供給される赤外光として会議に含まれるのは放射光の赤外成分に加え、赤外自由電子レーザー、コヒーレントシンクロトロン放射などで、これらの発生から利用までを包括的に議論する場である。2年毎に開催されるWIRMSは、前回は日本が主催で、筆者がChairpersonを務めた。本来2021年開催予定だったが、COVID-19の影響で1年延期し、2022年に広島の会場とオンラインのハイブリッド形式で開催した。今回は、温暖な気候のバルセロナの海に程近いホテル(Gran Hotel Rey Don Jaime)の会議室が会場となった(図1、図2)。対面のみの開催は、前々回2019年のブラジル開催以来5年ぶりとなった。なお、本稿では、赤外を意味するInfraredの略称としてIRを使用する。

図1 会議場

図2 会議場入り口から後ろを振り向くと木々の間から海が見える
2. 会議報告
本会議前日の10月7日には、pre-conferenceとしてData Analysis Workshopが行われた。筆者はスケジュールの都合上参加できなかったが、IRスペクトルの多変量解析プラットフォームOrangeの開発者であるSOLEIL(フランス)のDr. Ferenc Borondicsや、近接場分光で精力的な仕事をしているSirius(ブラジル)のDr. Raul de Oliveira Freitasらが講師を務め、若い方が多く参加して活発な質疑応答が交わされたと伺った。10月7日の夜はWelcome Receptionで、最初にSpecial TalkとしてスペインのDr. Antoni Roca Rosellがバルセロナにおける芸術と科学の歴史に関する講演を行い、興味深く聞いた。その後、ホテル内のプールのほとりでReceptionが行われ、久しぶりの再会を喜んだ。10月8日の朝からの本会議はシングルセッションで行われた。カテゴリーを以下に示す。
●Facility Developments and Extreme Conditions
●Far-IR and THz Spectroscopy and Coherent Synchrotron Radiation & Free Electron Laser
●Nano FTIR & Sub-diffraction Imaging
●FEL IR Spectroscopy
●Biological & Biomedical Applications
●Environmental Science and Renewable Energy
●Condensed Matter and Cultural Heritage
講演数は、招待講演が10件、口頭発表が36件、ポスター発表は21件であった。
手法は大別すると顕微分光と近接場分光である。顕微分光では、まず、二酸化炭素の水素還元反応における触媒の役割を理解するため、温度・圧力・反応材料の供給を可能にするセルを作成してオペランド測定を行った、スペインのDr. Patricia Concepcionの報告が目を引いた。波数領域も遠赤外に拡張しており、放射光の特徴を生かした研究であった。Australian Synchrotron(オーストラリア)のDr. Jitraporn Vongsvivutは、独自に開発しているピエゾ駆動のATR(Attenuated Total Reflection、全反射測定法)技術を電池や触媒反応に応用する研究を紹介した。ATR結晶と試料の接触圧力をピエゾ素子で制御しつつ、試料環境制御やマッピング測定も可能な装置で、Australian Synchrotronの赤外ビームラインでは10年以上この技術に磨きをかけ、さまざまな産業利用に展開している。また、ある種の癌や慢性病で糖鎖長が疾病の指標になることに着目して、n-アルカンと蜜蝋を類似した鎖長の糖タンパク質に吸着させてプローブするWax-physisorption-kinetics-based Fourier-transform infrared(WPK-FTIR)imagingの研究を、台湾のDr. Yao-Chang Leeが紹介した。TPS(台湾)では、彼を中心にした生物・医学利用が盛んに行われている。
近接場分光は、測定原理が異なる3つのタイプが利用されている。1つは、IR照射による試料の熱膨張をAFM(Atomic Force Microscopy、原子間力顕微鏡)のプローブの振動数の変化から感知してスペクトルを解析する手法、2つ目はAFMプローブの先端にIRを集光し散乱光を測定するs-SNOM(Scattering Type Scanning Near-Field Optical Microscopy)と呼ばれる手法、3つ目は、原理としては熱膨張を利用する手法に近いが、AFMプローブではなく、IRと同軸で入射する可視光の散乱光の変化で検出する手法である。1つ目の手法はDiamond(イギリス)で主として行われている。2つ目の手法は、多くの施設が採用し、成果も多数報告されている。3つ目の手法は、前回WIRMSのころに出始めた手法だが、今回のWIRMSで複数の施設が装置を導入していることが報告された。3ついずれかの近接場分光の実施に際し、測定対象としては、生物試料や高分子材料、超薄膜、環境試料など多岐にわたる研究が報告された。また、中赤外からTHzにわたる広帯域で測定を行うための装置開発の発表も複数見られた。その中で、NSLS-II(アメリカ)のDr. G. Lawrence Carrの発表が印象に残った。IR用の検出器は様々存在するが、放射光分光においては、中赤外領域の観測にはMCT(HgCdTe)、遠赤外からTHz領域ではSi-Bolometerが利用されることが多い。MCTは、光照射によって電子が励起されて変化する電流あるいは電圧を検出する。素子は液体窒素で冷却する。感度が高く、応答速度も速いことが特徴で、応答速度は数十KHz以上で測定可能である。一方Si-Bolometerは熱伝導型素子で、光照射による温度変化を抵抗の変化で検出する。液体ヘリウムによる冷却が必要である。感度は高いが応答速度が遅く10 kHz以下で使用する。MCTは通常、低波数側は450 cm-1(~56 meV)程度で感度が切れるが、Dr. Carr等はMCTを液体ヘリウムで冷却し、低波数側が200 cm-1(~25 meV)まで伸びることを見出し、遠赤外領域の近接場分光の測定効率を上げた、という発表であった。MCTを窒素温度よりも冷やすと感度が上がることは知っていたのだが、帯域もこれほど伸びるのは驚きであった。ただ、液体ヘリウムは扱いが煩雑で、国内では価格も高騰している。クローズトタイプの検出器を構築できれば、利活用の広がりが期待できるように感じた。
昨今、世界中の放射光施設で第4世代リングへのアップグレード計画が進んでいるが、大きな取り込み角を要するIR領域の放射光とは相性が良くない。今後、IRはどうするのか。WIRMSでも長く議論されてきたが、今回は少し具体性が増していた。会議に先立つ2024年5月に、[1]がJournal of Synchrotron Radiationに掲載された。第4世代放射光リングとして稼働しているSirius(ブラジル)でIRビームラインのコミッショニングが完了し、良好なnanospectroscopyの結果が得られた、との論文である。取り込み角は制限され、アップグレード前のブラジルの放射光施設であるLNLSにおけるIRビームラインのフラックスと比較すると一桁程度落ちているが、明瞭な近接場スペクトルが観測され、およそ25 nmの空間分解能も達成されている。この成果は、会議中何度もencouragingな成果として取り上げられた。第4世代放射光リングでIRを取り出すための方策はすでに出尽くしており、初段ミラーをできるだけ光源に近づけて立体角を稼ぐこと、できれば取り出し近辺の真空チャンバーを大きめに改造すること、取り出した光を実験ホールに導く経路を充分確保することである。いわばIR用に特殊なリングの設計を要求することになるが、ALS(アメリカ)、SOLEIL(フランス)、ELETTRA(イタリア)、Diamond(イギリス)はこれを実行しアップグレード後もIRを利用する前提で計画を策定・進行している。上述の施設には共通点があり、nanospectroscopy装置を、場合によっては複数台導入している。第4世代リングで、IR領域の光を取り出すための工夫を施したとしてもフラックスの低下は避けられない。顕微分光では実験室光源(グローバーランプなどの熱輻射光源)との差異を示しにくくなる。今回のWIRMSの議論を聞き、第4世代リングの赤外ビームラインにおける利用技術としてはnanospectoroscopyがメインになるだろうと思われた。ただなぜSiriusで、フラックスが多少低下してもnanospectroscopyの性能がそれほど落ちなかったのか、現段階では明確な説明はなされていない。s-SNOMの場合、近接場光はプローブ先端にしか生じないため、プローブ先端を含む領域に集光されたIRのごく一部のみを測定に利用することになる。フラックスの低下は近接場光の低下に直結しそうに思える。集光性が向上すれば近接場光も増えそうだが、そもそもIR領域の放射光は第3世代リングですでに計算上は100%のコヒーレンスを達成しており、第4世代リングでもコヒーレンス向上による集光性向上は見込めない。[1]を発表したSiriusのDr. Freitasは光のqualityが良かったのではないかとコメントしていた。つまり、SiriusのIRビームラインで、ステーションに至るまでの距離を極力短くし、ミラーの数を減らした設計にしたことが功を奏したと、現段階では解釈されている。
3. おわりに
会議の参加者は80名と報告された。スペインからの参加が最も多く、ドイツ、フランス、イギリス、アメリカから多く参加していた。ポーランドのSOLARISやヨルダンのSESAMEは比較的新しい施設にIRビームラインが稼働し、前回に引き続き参加して、高いアクティビティを示していた。アジア地域からは、台湾、タイ、中国、日本、オーストラリアからの参加であった。次回はALS(アメリカ)が主催となり、Los Angelsで2026年に開催される。その頃ALSはアップグレードの停止期間で、どのような姿で再スタートを切るのか、情報を得るのを楽しみにしている。
参考文献
[1] T. M. Santos et al.: J. Synchrotron Rad. 31 (2024) 547-556.
(公財)高輝度光科学研究センター
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