Volume 26, No.1 Pages 38 - 41
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
Pacific Rim Meeting on Electrochemical and Solid State Science(PRiME 2020)報告
Report on the Pacific Rim Meeting on Electrochemical and Solid State Science (PRiME 2020)
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

1. はじめに
2020年10月4~9日にかけて開催された、国際電気化学会Pacific Rim Meeting on Electrochemical and Solid State Science 2020(PRiME 2020)に参加した。PRiMEは米国のThe Electrochemical Society(ECS)、日本のThe Electrochemical Society of Japan(ECSJ)と韓国のThe Korean Electrochemical Society(KECS)が主催者として、4年毎にハワイで開催している国際会議である。PRiMEは毎年春と秋に開催されるECS meetingも兼ねており、ECS meetingは今回で第238回を数える歴史と権威のある学会である。報告者は2019年に開催された236th ECS meetingに続き2回目の参加であった。余談であるが236th ECS meetingでは移動日の10月12日に大型の台風19号が日本に上陸したため、報告者を含む多くの日本人は参加の取りやめor日程の大幅削減という苦い経験をしていた。そのために「2020年のハワイは全日参加で」と心に決めていた日本人研究者が多かった(と思う)。しかし、結果としてPRiME 2020はCOVID-19の影響を受けて初のオンライン開催に変更されることとなった。現地開催が取り消されたことは極めて残念であったが、視点を変えれば初のオンラインPRiME(およびECS)会議へ参加する機会に恵まれたとも言える。第1回オンラインPRiMEということで、参加者側だけでなく運営側にも様々な局面で試行錯誤が強いられる会議となった。本稿では記念すべき初オンラインPRiMEの会議形式や会議内容について、自身の体験や感想を交えながら報告する。
2. オンライン会議の形式
PRiME 2020では、事前に講演者が学会へ提出した資料を期間中に閲覧するOn-demand形式が採用された。この形式ではその場限りの「Live感覚」は失われてしまうが、講演を繰り返し視聴できる利点を持つ。この利点は英語の聞き取りが苦手な報告者にとって、大変有難いものであった。特にInvited talkなどの講演では、研究背景から結果・考察に至るまで分かりやすくまとめられている講演が多く、繰り返し見直すことでその研究分野に対する理解を深めることができた。これに加えてOn-demand形式では、普段はパラレルで開催されているために聴講できない分野へも自由に参加できる。その結果、従来よりも幅広い分野の講演を聴講できたことも利点として指摘しておきたい。
PRiME 2020では口頭発表者が提出するデータ形式として、自身が作成したプレゼンテーションに音声を入れた動画データ(.mov、.mp4や.fbr)が指定された。さらに希望者は資料データ(.pdf)の提出が可能となっており、閲覧者は資料データを自由に保存できるようになっていた。またポスター発表者は資料データを提出することが必須であったが、希望者は口頭発表者と同様に動画データも提出できた。そのために今回のオンライン会議では口頭発表者とポスター発表者の違いは皆無で、講演者は本人の意欲次第で資料を充実させることができた。PRiME 2020参加者はログイン後に講演者ページへアクセスすることで、講演者が提出した動画や資料を視聴することができた。例として報告者の講演者ページを図1に示す。このページではチャットも用意されており、参加者は講演に対する質問・コメントを書き込むことが可能であった。

図1 PRiME 2020の個人ページの概要[1]https://ecs.confex.com/ecs/prime2020/meetingapp.cgi。図の上部は予稿、下部が動画(および講演資料)となっており、参加者はこれらを自由に視聴できた。(現在は予稿のみ閲覧可能となっている。)
学会の発表によると、講演者が提出した資料の75%は学会の前々日10月2日までには閲覧できるようになっていた。残念ながら報告者は残りの25%側に該当してしまったようで、web上に動画が無事掲載されたのは学会3日目の10月6日であった。このような遅れが起きた理由には、学会側の作業の遅れが原因として考えられる。(学会側は雑音の大きい動画や声が聴きとりにくい動画に対して再録を求めていた。申請者が再録の指示を受けた日は、学会初日の3日前10月1日であった。)このような運営側の試行錯誤もあってか、動画を含めた全資料は学会終了後の11月4日頃まで閲覧できる措置が取られていた。
またOpening Ceremony、Plenary Talkといった学会の大きなイベントがLiveで配信されただけでなく、各セッション内でもLive sessionと呼ばれる企画が日本時間の9:00~10:00、21:00~22:00に毎日開催された。報告者が予稿を提出していたシンポジウムI01D-11 Pt and Pt-Alloy Cathode Catalystsでは、いくつかの講演についてChair personが事前にメールで質問を送付しておき、講演者がLive session中に回答するという試みが行われていた。以上のような学会の工夫もあって、緊張感のあるオンライン会議が実現していた。
3. 会議報告(Live形式)
初日はOpening Ceremonyと題して、Executive directorのC. Jannuzzi氏を皮切りにS. Kuwabata氏、W. Shin氏、S. D. Gendt氏から開会の挨拶があった。挨拶の中では、ECSの歴史や初のオンライン開催に至った経緯、学会の参加者数などを紹介していた。
2日目のPlenary Talkでは、N. G. Park氏によりペロブスカイト型太陽電池の開発に関する講演が行われた。ペロブスカイト型太陽電池は、2012年にPark氏らが光電変換効率9%を達成して以降、現在では25%を超えるなどシリコン系の太陽電池に匹敵する高い性能が報告されている材料である。Park氏の発表前半では10年間のペロブスカイト型太陽電池分野の開発歴史について紹介があり、後半では今後の展望として高効率、大面積化、長寿命化といった項目を挙げ、これらに関連する最新の研究成果が紹介されていた。
3日目はThe Electrochemical Energy Summitと題して、Panel discussionが行われた。話題提供として、H. Nishikori氏から次世代電池の開発に関するNEDOの活動状況、C. H. Kim氏からHYUNDAIの電気自動車の開発状況、S. Satyapal氏から米国における燃料電池開発状況についてそれぞれ報告があった。Panel discussionでは次世代電池と車との関わりが話題の中心となって3者間で活発な意見交換が行われていた。
4日目には、A. Yoshino氏とM. Whittingham氏によるノーベル賞受賞記念講演が行われた。Yoshino氏は、2019年のノーベル賞授賞理由となったLiイオン電池(特にアノード材料)開発について、氏の生い立ちや苦労話を交えながら紹介していた。続くWhittingham氏は、カソードとして用いられているLixTiS2の発見とカソード材料の変遷について、当時の実験データを交えながら紹介していた。
以上の講演は、動画共有サイトで公開されており、PRiME 2020参加者以外も視聴可能となっている[2][2] https://www.youtube.com/c/ECSTheElectrochemicalSociety。
4. 会議報告(On-demand形式)
報告者は、燃料電池触媒粒子評価のための同一視野小角X線散乱(SAXS)、X線吸収分光(XAS)測定技術開発と放射光実験専用チャンネルフロー電気化学セルの開発に関する報告を行った。報告では開発したチャンネルフロー電気化学セルの詳細な説明、同一視野SAXS、XAS測定技術(主に試料周辺)とこれらを用いて得た測定結果を報告した。参加者からは、開発した電気化学セルの材料や測定時間に関する質問をいただいた。幸いオンライン会議では自分のペースで質問に回答することが可能であったため、いただいた質問に対して丁寧に回答することができた。この様なオンライン会議の恩恵を受けることで、有益な情報交換をすることができた。
また報告者は、自身が登壇した燃料電池分野に加えて、電子・光デバイス分野を聴講した。以下では特に印象に残った講演を紹介したい。なおOn-demand形式であるため基本的に全講演の聴講が可能であったが、報告者の興味・関心によって聴講した分野にも偏りが生じていることをご容赦いただきたい。
燃料電池分野の聴講では、電池特性に影響を与えるカソード触媒に関連するセッションを中心に聴講した。このセッションではPtやPt合金触媒に関するセクション(5セクション)と、Ptフリー触媒のセクション(2セクション)に大きく分かれていた。特に報告者が聴講したPtやPt合金触媒に関するセクションでは、新規触媒や担体の開発、素過程の解析結果の紹介、新しい解析手法の開発と多岐に及んでいた。
J. Brattern氏からは、ラボX線CT装置に搭載可能とする膜/電極接合体(Membrane Electrode Assembly: MEA)評価用電気化学セルの開発に関する報告があった。講演では詳細な内部構造の紹介に加えてセルを用いた詳細な測定結果が示されていた。発表ではセルの作製で工夫した点や苦労した点の解説があり、大変参考となった。T. E. O'Brien氏からは、カーボン担体の結晶状態や形態がPtやPt合金触媒の形態に及ぼす効果についての報告があった。彼らのグループではPt合金触媒やカーボン担体の形態観察に、透過電子顕微鏡とAdvanced Photon Source 9-IDのX線散乱を用いていた。9-IDはBonse-Hart光学系を採用しているビームラインであるために超小角散乱(USAXS: 測定波数領域は10-4~1 Å-1 [3][3] J. Ilavsky et al.: J. Appl. Cryst. 42 (2009) 469-479.)測定が可能となっている。このためSAXS測定を用いて、触媒試料だけでなく担体の形態評価も定量的に実施していて大変興味深い講演であった。続いてG. Shi氏からはNbドープSnO2をPt触媒の担体として利用した際の、酸化還元反応の活性に関する報告があった。Shi氏らが作製したSnO2担体とPt触媒の組み合わせは、一般的に広く用いられるカーボン担体とPt触媒の組み合わせよりも高い耐久性を示しており、温度や担持量を系統的に変えながら活性を評価することで高活性を示す要因を検討していた。
学会の後半では電子・光デバイス分野、特に薄膜トランジスタに関するセッションを聴講した。本セッションでは、IGZOなどの酸化物半導体トランジスタが話題の中心であったが、カーボンナノチューブや有機半導体を用いたトランジスタに関する報告も数件あった。例えば、Y. Lee氏らは有機トランジスタの電荷輸送機構に関する検討を報告していた。共同研究者に名を連ねていたHorowitz氏は、長年にわたって有機薄膜トランジスタの電荷輸送機構を研究してきた第一人者である。講演では彼らが提唱してきた電荷輸送モデルについて説明が行われ、初学者にも大変勉強になる講演内容としてまとめられていた。一方、C. Jiang氏らは完全印刷によって作製された低ゲート電圧駆動(ゲート電圧-1 V程度で駆動、電界効果移動度は1.0 cm2V-1s-1)有機薄膜トランジスタに関する報告を行っていた。講演の後半では、実際にモーションセンサーを作製して自身の瞼付近に取り付け動作試験を実演していた。実演の様子は動画で示されており、感度の高いセンサーであることが一目でわかる内容にまとめられていた。有機トランジスタに関する発表件数は少なかったが、どれもインパクトの大きい発表であった。上に挙げた2件の講演からも、本学会がターゲットとする研究者の裾野がいかに広いかが伺えた。
5. おわりに
本稿では、PRiME 2020の会議形式や会議内容について紹介させていただいた。今後の世界状況にも依存するが、オンラインの国際会議はますます増えていくと感じるほど充実した会議であった。最後にオンライン会議へ参加する際に苦慮した点を紹介したい。それは学会聴講に集中できる環境をいかに整えるかという点である。今回はオンライン国際会議ということで日中8:00~17:30にかけて聴講したのだが、学会中は業務の一環とはいえPCに向かって動画を見る日々が1週間ほど続いた。10月4~9日というとユーザータイムが始まった頃で、頻繁にビームラインと居室を行き来するスタッフが多かった。この中で動画を見続けることは何とも言えない後ろめたさを感じた。(報告者は普段は誰も行き来しない部屋で聴講することで、後ろめたさを軽減させた。)この後ろめたさを避けるには、やはり現地開催が最善…かもしれない。
参考文献
[1] https://ecs.confex.com/ecs/prime2020/meetingapp.cgi
[2] https://www.youtube.com/c/ECSTheElectrochemicalSociety
[3] J. Ilavsky et al.: J. Appl. Cryst. 42 (2009) 469-479.
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