Volume 15, No.4 Pages 313 - 317
4. SPring-8 通信/SPring-8 COMMUNICATIONS
成果公開の促進に関する選定委員会からの提言
Recommendations from the Selection Committee on the Promotion of User Publications
登録施設利用促進機関(財)高輝度光科学研究センター 選定委員会 Registered Institution for Facilities Use Promotion, Selection Committee, JASRI
1.はじめに
SPring-8は、多様な物質・材料の構造解析をはじめ、従来の光源では達成できなかった未踏の科学技術領域の開拓や、物質・材料、バイオテクノロジー、情報・電子、化学、医療等広範な分野の研究および技術開発に飛躍的な発展をもたらすものとの期待のもとに建設された世界最高性能の放射光施設である。平成9年10月にその供用を開始して以来、11万人を超えるユーザーによって、ナノテクノロジー・材料、ライフサイエンス、環境、情報通信等の広範な研究分野に飛躍的な発展をもたらす最先端の研究施設として利用されている。
SPring-8は国民の税金で建設・運営されている施設として、それに見合う成果を生みだしているか否かが常に問われてきた。特に、平成21年11月13日に行われた行政刷新会議の事業仕分けにおいて、SPring-8の成果(アウトプット)に関しては、「現状のようにランニングコストとして国費を年86億円投じ続けることに対するアウトプット(メリット)が説明されていない。高額高コストのインフラなら波及効果を含めメリットを説明しきる努力が必要。年86億円に見合うメリットは何か、説明が充分でなければ、国費を認めがたい。メリットそのものの問題ではない。説明の問題。」との評価コメントが示され、1/3から1/2程度の予算縮減との評価結果となった。平成22年度の予算については、SPring-8利用者懇談会、SPring-8利用者協議会などのユーザーコミュニティー、放射光学会をはじめとする学会および数多くの研究者から、SPring-8の十分な運転時間を確保すべしという多数の要望書や意見が寄せられ、結果的には、ほぼ前年度に近い予算が確保された。しかし、この事業仕分けは、SPring-8においてその運転管理に投じられる国費に見合う成果を挙げていることを広く一般国民に分かりやすく説明していくことが、学術・科学技術の飛躍的な発展と産業技術の振興に向けたSPring-8の利用を継続的に進めるために、極めて重要であることを再認識させた。
放射光施設の利用の大部分を占める学術研究利用の成果は「知の創出」であり、その成果物は基本的に査読付論文であると考えられるが、SPring-8における査読付論文の登録数は、SPring-8と同等の第三世代の大型放射光施設である欧州のESRFおよび米国のAPSと比べて少ない。(ビームライン本数、利用単位時間当たりに規格化したSPring-8における論文数は、ESRFおよびAPSのそれの各々約60%および約80%:2007年)学術・科学技術の振興という観点では、論文の数だけではなくそのクオリティーも重要なファクターであるので、論文の登録数だけから判断することはできないが、SPring-8における利用課題についての論文化率が多くの分野で20%から40%程度に留まっていることを踏まえると、この様な状況は、投入国費に見合う成果を挙げていることについての国民の理解を得るためにも早急に改善されるべきであり、成果の公表促進のため具体的な制度の検討が必要である。
ESRFおよびAPSに比べSPring-8における発表論文が少ない原因として、「大型放射光施設(SPring-8)に関する中間評価報告書(平成19年7月)」において、1)発表言語が主として英語であること、2)地域的に欧米とは離れており、研究交流が少ないこと、3)成果非専有課題を実施する利用者に対し、利用実験終了後60日以内に情報量が十分とはいえない利用報告書の提出が義務付けられているのみで、論文発表については利用者の自主性に委ねられており、施設側からの利用者への働きかけが必ずしも充分ではないこと、4)SPring-8の利用申請に際して、論文発表の有無を申請課題の審査に反映する仕組みの周知が十分ではなかったことを挙げている。
選定委員会において、平成21年度より成果公開の促進についての議論が、SPring-8、ESRF、APSにおける成果に関する統計的データやSPring-8における各ビームライン、利用研究分野等における成果についてのデータ解析結果等を基になされた。その中で、航空・電子等技術審議会の「大型放射光施設(SPring-8)の効果的な利用・運営のありかたについて」(諮問第20号)に対する答申(以下、航電審20号答申という。本答申については、参考資料1を参照のこと)に従ってビーム利用料金が免除される条件である「成果の公開」に関して、成果物の定義を実験終了後60日以内に提出することが義務づけられている利用報告書から、成果に係る充分な情報量が公表される論文等に見直すこと等を基本とする促進策が、財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)より提案された。その検討の結果、選定委員会の下に「成果公開の促進に関するワーキンググループ」専門委員会を設置し、成果公開促進の制度についての具体的検討を行うこととなった。
この専門委員会では、平成22年5月から7月にかけて3回の会合を開催し、1)SPring-8における成果の公開の促進に向けた成果非専有課題についての「成果の公開」の定義およびその運用の見直し、2)論文発表数などを課題申請の審査に反映する仕組みの扱い、3)成果非専有課題から成果専有課題への変更の可否、4)SPring-8に投じる国費に十分に見合う成果を挙げていることへの一般国民の理解を得るための情報としての収集すべき幅広い成果物等について検討を行った。平成22年10月25日に開催された選定委員会において、上記専門委員会の検討結果が議論され、以下に「成果公開の促進に関する選定委員会からの提言」としてまとめた。なお、提言の内容をより明確にするため、添付資料にSPring-8における成果の定義および成果物についての記載を加えた。
2.成果非専有課題における「成果の公開」の定義の見直しについて
成果非専有課題では、航電審20号答申の4.研究成果の取り扱いおよび経費負担のあり方(2)利用経費負担のあり方④利用経費設定の考え方における「(略)SPring-8の利用経費の負担に関しては、利用者が成果を専有せず公開するような利用研究については利用者からビーム使用料を徴収しないことが適当である。(略)」との記載に基づき、ビーム料金が免除されている。従来、このビーム料金の免除は当該成果非専有課題の実験終了後60日以内に提出が義務付けられている利用報告書の公開をもって担保されている。しかし、成果の公開の促進の観点から、これを公開することが期待されている成果物その物の公開により成果非専有課題に義務付けられた「成果の公開」が履行されたこととするほうが適切である。但し、当該成果非専有課題の実験から得られた成果について充分な情報を公開する観点から、成果非専有課題における「成果の公開」の成果物は、添付資料に記載された幅広い成果物の中から、以下に示す成果物に限定する。
(1)査読付論文(査読付プロシーディングス、博士学位論文を含む)の公開。これに加え、産業利用の場合には企業の公開技術報告書等の公開も可とする。
(2)上記(1)の公表ができない場合は、当該成果非専有課題実験で得られた成果についての充分な情報を記載したSPring-8レポート(仮称)の公開。SPring-8レポート(仮称)は十分な情報記載を含め、そのクオリティーを担保するためにJASRI(外部の専門家も含む)が査読を行うものとする。
(3)上記成果物には当該成果非専有課題の課題番号を明記することを義務付ける。
「成果の公開」の厳格化は、チャレンジングな課題の申請を妨げるものではなく、仮に実験が不成功に終わってもSPring-8レポート(仮称)によって、他の研究者に有益な報告を行うことができる。また、今回の厳格化の趣旨を鑑み、定められた時期までに「成果の公開」がなされない場合は、義務付けられた成果物の公開が履行されるまで、利用研究課題を受け付けないこととすべきである。
3.「成果の公開」の運用
前章2で定義した成果非専有課題の「成果の公開」の運用は以下のとおりとすることが適切である。
(1)成果の公開は課題実施期終了後1年程度までに行われるのが望ましいが、その期限は3年以内とする。即ち、3年後までには論文掲載済み、またはSPring-8レポート(仮称)等が公開済みとなっていること。
(2)研究分野の特殊な事情や、実施する課題の難易度等により、成果を3年以内に公開できない場合は、その理由が認められれば公開時期を延ばすことができることとする。延期を認定する機関は利用研究課題審査委員会分科会のような専門家のグループとする。
(3)1研究1課題で1論文(以上)を発表することができるような課題申請を基本とするが、SPring-8の課題は半年で実施できる内容の申請であるため、研究が複数の課題に分割して実施されることもある。これらの結果が1論文として発表された場合は、これらの課題すべてについて成果の公開と認める。
(4) SPring-8レポート(仮称)での公表は1課題につき1レポートとする。レポートの言語は日本語または英語とする。実験から期待通りの結果が得られなかった場合には、なぜそれが得られなかったかを詳細に検討して記述することとする。重点領域課題などにおいて、SPring-8レポート(仮称)と同等の報告書の提出を必須としている場合は、その報告書をもってSPring-8レポート(仮称)に代えることができる。
(5)SPring-8レポートの査読を含め成果の公開に関連した成果物のクオリティーの検討・審査等を行う機構をJASRIに設置する。
(6)現在の「利用報告書 Experiment Report」は、今後「成果の公開」の定義の提出物には該当しない。
成果の公開を厳格化したが、今後公開期限が課題終了後3年(延長が認められるとそれ以上)と長くなるので、JASRIは課題実施者のために期限の途中に成果公開の進捗状況を調査して、注意喚起をしておくことが望ましい。
4.論文発表数などを課題申請の審査に反映する仕組みの扱い
「成果の公開」が新しい定義で運用されるまでは、成果の公開状況に基づく利用研究課題選定での減点の方法は現在のとおりでよい。(2010Aの審査時に改訂した方法:過去4.5年前から1.5年前までの3年間に利用したビームタイムの合計が、そのビームラインで1論文発表するのに使われている平均ビームタイムの4倍以上であるのに、そのビームラインで実施した課題の論文発表がない場合に、0.5点減点する(満点は4点))。今後、利用研究課題審査委員会で、新しい成果の公開の定義に則した成果の公表状況の課題選定への反映方法を検討することが必要である。
5.成果非専有課題から成果専有課題への変更の可否について
成果非専有課題から成果専有課題へは、課題終了後60日以内の年度内までに変更することを可とする。すなわち、事務手続き上、年度内にビーム使用料を支払うことができる期限までに変更の申し出があるものについて、成果を非公開とすることは認められる。なお、成果専有課題から成果非専有課題への変更はできない。これは、成果専有課題は課題選定の際に科学的妥当性の審査を受けていないためである。
6.SPring-8が投じられた国費に十分に見合う成果を挙げていることへの一般国民の理解を得るための情報として収集すべき幅広い成果物
SPring-8の貢献が社会により良く理解されるために、論文等に加え、添付資料に記載された総説、招待講演、受賞、特許等の知的財産権、さらに新聞への掲載、テレビのニュースや特集番組での放映など幅広い成果物をデータベースに集めて国民にアピールすることが必要である。
7.おわりに
本提言は、成果非専有課題の利用者に対し本来公開すべき成果物の公開を義務付けることにより、SPring-8における成果公表の促進を図るものである。具体的な運用方法については、必要となる成果物が確実にJASRIに登録されるように留意する等運用上問題がないようにその詳細をJASRIが検討し、平成23年度後期(2011B)における新制度の開始をめざして本提言を実現化することを望む。また、JASRIは利用者や関係機関などへ成果非専有課題における成果公開の新しい定義、また、その運用について周知徹底を行うことが必要である。なお、専用ビームラインについては、その成果非専有課題についての「成果の公開」は従来の定義で行うことで契約が締結されており、本提言を平成23年度後期から適用することは想定していない。しかし、専用ビームラインにおいても成果公開を促進することは極めて重要であり、本提言の趣旨をどのように専用ビームラインにおいて生かすかについてJASRIにおいて今後検討していくことが必要であろう。
今回の提言により成果の公開が促進され、SPring-8からの成果発信がその質および数において世界の放射光施設をリードするものとなることを期待したい。それにより、国民の税金で建設・運営されている施設として一般納税者への十分な説明責任を果たし、SPring-8の発展的な運転が継続的に行われ、学術および産業利用において世界最高のSPring-8の性能をフルに活用した知の創出、新産業の創出、産業基盤技術の創出・発展、事業貢献等の多くの成果が得られ、SPring-8次期計画の実現など更なる放射光科学の飛躍に繋がることを期待する。
以 上
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*本提言は平成22年10月27日に財団法人高輝度光科学研究センター理事長白川哲久宛に提出されたものである。
選定委員会委員名簿
尾形 潔 | 株式会社リガク X線研究所 主幹部員 |
片桐 元 | 株式会社東レリサーチセンター 常務取締役 |
勝部 幸輝 | 国立大学法人大阪大学 名誉教授 |
栗原 和枝 | 国立大学法人東北大学 多元物質科学研究所 教授 |
合志 陽一 | 国立大学法人筑波大学 監事 |
(委員長) | |
坂田 誠 | 国立大学法人名古屋大学 名誉教授 |
佐々木 聡 | 国立大学法人東京工業大学 応用セラミックス研究所 教授 |
鈴木 謙爾 | 財団法人特殊無機材料研究所 理事長 |
高原 淳 | 国立大学法人九州大学 先導物質化学研究所 教授 |
中川 敦史 | 国立大学法人大阪大学 蛋白質研究所 教授 |
南波 秀樹 | 独立行政法人日本原子力研究開発機構 量子ビーム応用研究部門 部門長 |
藤井 保彦 | 財団法人総合科学研究機構 副理事長 |
松下 正 | 大学共同利用機関高エネルギー加速器研究機構 名誉教授 |
選定委員会専門委員会委員名簿
「成果公開の促進」に関するワーキンググループ
片桐 元 | 株式会社東レリサーチセンター 常務取締役 |
金谷 利治 | 国立大学法人京都大学 化学研究所 教授 |
栗原 和枝 | 国立大学法人東北大学 多元物質科学研究所 教授 |
古宮 聰 | 財団法人高輝度光科学研究センター |
(主 査) | |
坂田 誠 | 国立大学法人名古屋大学 名誉教授 |
鈴木 謙爾 | 財団法人特殊無機材料研究所 理事長 |
中川 敦史 | 国立大学法人大阪大学 蛋白質研究所 教授 |
水木純一郎 | 独立行政法人日本原子力研究開発機構 副部門長 |
選定委員会専門委員会審議経過
第1回 平成22年5月24日
第2回 平成22年6月22日
第3回 平成22年7月21日
参考資料
1.「大型放射光施設(SPring-8)の効果的な利用・運営のありかたについて」(諮問第20号)に対する答申
平成8年3月29日 航空・電子等技術審議会
2.SPring-8における供用方針の見直しについての意見
平成16年8月20日 放射光利用研究促進機構諮問委員会
3.(財)高輝度光科学研究センター共用ビームライン運用方法検討委員会答申
平成18年2月23日 共用ビームライン運用方法検討委員会
4.大型放射光施設(SPring-8)に関する中間評価報告書
平成19年7月 科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会
5.特定放射光施設の共用の促進に関する基本的な方針
平成19年10月4日 文部科学省告示第128号
添付資料
成果および成果物について
SPring-8の学術研究利用の成果については、知の創出(種々の学術および学際的な分野における人類共通の資産としての新知識の発見)であり、その成果物は基本的には査読付論文(新知識であることを担保するため、査読付論文としている。この観点から国際会議等のプロシーディングも査読付であれば、査読付論文に準ずるものとすることが適当であろう。)である。技術的価値が大きいものについては、論文に加えて、特許等の知的財産権もその成果物である。また、査読付論文の価値を高める物として、総説、招待講演、受賞なども広い観点における成果物とすべきである。
他方、産業利用の成果は、新産業の創出、種々の産業における基盤技術の創出や進歩(改良および高度化)、各企業における事業貢献(製品開発、品質向上、生産コストの低減など)であり、それらの成果物として、査読付論文、社外報等の各企業の技術報告書、国際会議等のプロシーディング、査読付論文の価値を高める物としての総説、招待講演、受賞、また、特許等の知的財産権およびノウハウ的知見が挙げられであろう。
さらに、国民のより良い理解を得る情報として、学術研究利用および産業利用の両者において、新聞への掲載、テレビのニュースや特集番組での放映などはSPring-8への国民の理解を深める観点で極めて重要であり、広い観点での成果物として積極的に収集することも重要と思われる。