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Volume 09, No.2 Pages 119 -128

3. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

SPring-8の科学捜査への応用
Application of SPring-8 X-rays to Forensic Samples

二宮 利男 NINOMIYA Toshio

前兵庫県警察本部 科学捜査研究所長 Former Director, Forensic Science Laboratory, Hyogo Prefectural Police Headquarters

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1.はじめに
 警察庁の統計による平成14年のわが国の犯罪情勢を振り返ると刑法犯の認知件数は、戦後最悪の285万件で昭和期の約2倍となり、検挙率もおよそ20%で先進国中最低のグループにある。そして、来日外国人による犯罪は、昭和期のおよそ10倍となり、侵入盗や、すり、ひったくりなどの重要窃盗犯はこの10年間で約7倍に増加し極めて憂慮すべき状態にある。このような状態を打破し、安全な社会を回復するためには、より積極的、かつ、より高度な科学捜査活動が必要である。
 科学捜査研究所では、犯罪に関係した種々の“証拠資料”の鑑定等を行うが、以下においては、“証拠資料”を単に資料として記述する。


2.乱用薬物中の成分分析
 WHO(世界保健機関)によれば、乱用される依存性薬物としては、「アルコール」、「アンフェタミン」、「バルビツレート」、「大麻」、「コカイン」、「幻覚発現薬」、「カート」、「オピオイド」、「有機溶剤」の9タイプに分類される[1][1]鈴木勉:科学、Vol.74 (1), (2004) 81.。欧米では、コカイン等の乱用が問題となっているが、我が国では、現在、第3次覚せい剤乱用期にあるといわれ、圧倒的に「アンフェタミン」タイプの覚せい剤メタンフェタミンの乱用が問題となっている。
 覚せい剤メタンフェタミンは、東南アジアや朝鮮、中国方面から大量に我が国へ密輸されている可能性が高く、その密輸ルートや密造場所の解明は、取締り上、非常に重要である。
 白い結晶である覚せい剤メタンフェタミン塩酸塩の化学構造を図1に示す。不斉炭素(*)が1個存在し、密輸品にはd体のものが多い。図2にメタンフェタミンの化学合成ルートの例を示す。このメタンフェタミンは種々の化学合成ルートによって作ることが可能である。この合成ルートによって使用される原料や触媒が異なることから、製品であるメタンフェタミン塩酸塩中に、微量の反応成分や触媒成分が残存しており、化学的に純品とされるメタンフェタミン塩酸塩(融点:170-175℃[2][2]The Merck Index (Thirteenth edition).)でも、極微量成分を含有している。メタンフェタミンの密輸ルートや密造場所の解明のために、メタンフェタミン中に含まれる有機性不純物成分を指標としてGC-MS法などを用いて調べられている[3][3]Verweij A.M.A. : Forensic Sci. Rev., 1 (1989) 1.。GC-MS法による分析にはメタンフェタミンとして数十mgから数百mgが有機溶媒の溶液として使用されている。我々は、科学捜査専用に特別に全反射蛍光X線分析装置を開発し[4][4]二宮利男:公開特許公報、特願平 5-194381.それを用いて、メタンフェタミン中に含まれる微量元素成分等について報告してきた[5][5]村津晴司 他:衛生化学、45 (3) (1999) 166.。この方法では、資料1mg中のppmレベルの微量成分を分析でき、また分析後では、そのまま固形成分を回収できる長所を有する。さらに、シンクロトロン放射光を用いることで、実験室では測定できなかった微量資料を測定できる。




図1 覚せい剤メタンフェタミン塩酸塩の化学構造式(*は不斉炭素)




図2 メタンフェタミンの化学合成ルート例


 国の予算を得てSPring-8用に特別に開発した科学捜査用蛍光X線分析装置MultiX110-SR(Technos製)を用いて種々の薬物(資料を超純水に溶解し、薬物量として2μgをシリコンウエハ上に保持)中の微量成分分析(全反射蛍光X線分析モード:励起X線エネルギー20keV、X線入射角0.02度、計測時間500秒、検出器:Si(Li)半導体検出器)をBL24XU・Cハッチで行った。その結果を図3〜5に示す。




図3 メタンフェタミン資料Aの全反射蛍光X線スペクトル




図4 MDMA資料Bの全反射蛍光X線スペクトル




図5 ヘロイン資料Cの全反射蛍光X線スペクトル


 図3に押収されたメタンフェタミン資料A(融点的には純品と判定された)の全反射蛍光X線スペクトルを示す。Clは、塩酸塩のClに由来し、I(ヨウ素)やFe、Brが微量成分として認められた。また、図4に、押収された通称“エクスタシー”とよばれる錠剤型のMDMA(3,4−メチレンジオキシメタンフェタミン)資料Bの全反射蛍光X線スペクトルを示すが、Pの大きなピークは、MDMAのリン酸塩に由来し、Caの大きなピークは賦形剤として加えられたカルシウム塩に由来すると考えられる。また、SやClの小さなピークから少量の硫酸塩や塩酸塩が含まれていることが考えられ、他に微小ピーク元素として、Fe、Zn、As、Br、Srが認められた。図5に、押収されたヘロイン資料Cの全反射蛍光X線スペクトルを示すが、塩酸塩に由来する強大なClのピーク以外に、Ca、Fe、Zn、Pb、Br、Srが認められた。なお、図中のSiピークは、各資料の保持に使用されたシリコンウエハ単結晶板に由来する。
 これらの微量元素成分スペクトルは、それぞれの押収資料を特徴付けるもので“化学指紋”としての特性を有しており、密造場所や密輸ルートの解明に有用なデータとなる。
 通常の実験室では、X線励起エネルギーの低い蛍光X線分析装置を用いて重い元素のL線スペクトルを分析するが、その場合、比較的軽い元素のK線のスペクトルと重い元素のL線のスペクトルが同じエネルギー領域に混在して、元素の解析が困難な場合がある。東京理科大学の中井泉教授、寺田靖子助手(現JASRI)らは、世界に先駆けてSPring-8の高エネルギーX線(116keV)を利用した蛍光X線分析法を開発し、種々の資料に応用し重い元素のK線スペクトルを利用した明瞭なスペクトル解析を行った[6][6]I. Nakai, Y. Terada, M. Ito and Y. Sakurai : Use of highly energetic (116keV) synchrotron radiation for X-ray fluorescence analysis of trace rare earth and heavy elements, J. Synchrotron Rad., 8 (2001) 360.
 この方法は、科学捜査分野でも非常に有用で、乱用薬物やガラス片、顔料、塗膜片などに応用されている[7, 8][7]下田修 他:日本鑑識科学技術学会誌、7 (Supplement), (2002) 7.
[8]中西俊雄 他:日本鑑識科学技術学会誌、7 (Supplement), (2002) 9.
。図6に、押収したメタンフェタミン資料Dの分析例を示す。図6では、押収されたメタンフェタミン資料Dに含まれる水銀とヨウ素のK線スペクトルが認められた(Pbピークは、散乱X線による)。




図6 メタンフェタミン資料Dの高エネルギー蛍光X線スペクトル


 色調外観が極めて類似している2種の赤色パールマイカ系車両塗膜片(資料EとF)の異同識別にもこの手法は有効である。図7に塗膜片資料EとFの顕微鏡外観を示すが、パールマイカ顔料の分散状態は類似している。パールマイカ顔料による虹彩色は、見る角度や場所によってさまざまに変化する特徴を有しており、顕微測色法で一定の測色データを得ることは難しく、測色的に異同識別することは困難である。一方、これらの資料の高エネルギー蛍光X線スペクトルを、図8(a)、(b)に示す。図8(a)、(b)を比較すると明らかなように、この2種の塗膜片資料EとF中の元素成分パターンに明らかな違いが認められた。このように、SPring-8による車両塗膜のデータベースを構築することにより、従来の分析手法では困難である超極微細塗膜片による車種特定が、将来容易となるであろう。




図7 赤色パールマイカ系車両塗膜片資料EとFの顕微鏡外観
(a) 車両塗膜片資料E (b) 車両塗膜片資料F




図8 赤色パールマイカ系車両塗膜片資料E、Fの高エネルギー蛍光X線スペクトル
(a) 車両塗膜片資料E (b) 車両塗膜片資料F


3.“いん石よう物体”の鑑定
 科学捜査研究所においては、基本的には、事件に関係しない学術的な研究を行うことはない。しかし、事件性のある鑑定資料が学術的にきわめて貴重な資料と判明することがある。
 1999年9月26日(日曜日)、午後8時23分ごろ“建造物損壊容疑事件”が発生した。警察官が神戸市北区の民家の現場に駆けつけたところ、屋根を打ち破って2階の子供部屋を直撃し、岩石ようの物体が多数散乱していた。さいわい、その折り、この部屋には住人は不在で被害はなかった。翌日、この資料Gが鑑定嘱託され科学捜査研究所に届いた時には、すでに、朝刊各紙が大きく紙面をさいて報道し(図9参照)、県民の多くが注目するところとなった。




図9 平成11年9月27日神戸新聞(朝刊)記事


 早速、いん石かどうかを、鑑定することになったが、いん石であれば、学術的な資料となることから、できるだけ、非破壊的手法で鑑定することに配慮した。いん石か否かの判定ポイントとして、次の4項目が知られている[9][9]島正子著:隕石 宇宙からの贈りもの(東京化学同人)、(1998) 33.
・表面が焦げている。
・比重が通常の岩石よりも重い。
・化学組成の特徴として、鉄の中に、3〜25%のニッケルを含む。
・宇宙線生成核種が存在する。

 図10に資料Gの外観を示すが、大小20個の破片からなり表面は、確かに焦げた状態が認められた。また、比重は、3.44(25℃)であった。参考として、建材などに使用される花崗岩は、現在、比重が2.58から2.86のものが市販されている[10][10]http://www.stone.co.jp/dairiseki/index.html。また、実験室の全反射蛍光X線分析装置(斜入射法)で資料の一部を測定した結果、鉄とニッケルが検出された。宇宙線生成核種については、資料Gの中の最も大きな破片について、金沢大学の小村和久教授の協力をえて、鉱山跡の極めてバックグラウンドの低い「金沢大学・尾小屋・極低レベル放射能測定室」(横穴式トンネルの入り口から295m入った厚さ135mの地層の下にある地下研究室。水深270m相当)で測定した。図11、12に尾小屋・極低レベル放射能測定室への入り口および、地下の極低レベル放射能測定室内のガンマー線測定室部分を示す。この測定で、いん石の指標元素である宇宙線生成核種Al-26(半減期72万年)が確認された(図13参照)。なお現在、地球誕生からおよそ46億年が経過したとされており、地球上では天然にはAl-27しか存在していない。この宇宙線生成核種の測定において同時に半減期の非常に短い元素であるNa-24(半減期15時間)、Mg-28 (半減期20.9時間)、K-43(半減期22.3時間)を確認でき、いん石からのMg-28やK-43の検出は世界で初めてとなる幸運にも恵まれた[11][11]前田豊長 他:科学警察研究所報告法科学編、54 (1),(2001) 11.




図10 “いん石よう物体”資料Gの外観(1目盛:1mm)




図11 金沢大学・尾小屋・極低レベル放射能測定室(地下研究室)への入り口




図12 尾小屋・極低レベル放射能測定室内のガンマー線測定室部分




図13 “いん石よう物体”資料G中のAl-26 ガンマー線スペクトル


 さらに、この資料が磁石に引き寄せられると言う特性があったことから、姫路工業大学の松井純爾教授と篭島靖助教授の協力をえて、SPring-8のBL24XU・Cハッチの1ミクロン×2ミクロンのマイクロビーム径で50ミクロン×20ミクロンのエリアの元素マッピングを行った。その結果を図14に示す。ここで、カルシウム成分濃度が比較的高い部分(図14の右端の上方エリア)には、鉄やクロム成分の濃度が低く、一方、カルシウム成分濃度の低い部分(図14の右端の下方エリア)は、鉄やニッケル、クロムの成分濃度が比較的高く、その中でも、鉄とクロムが強く共存している部分(図14の鉄とクロムのマッピングエリアの下方部分)が認められ、この部分が、磁石に感応するマグネタイト構造を有している可能性があることも明らかとなった。これらの結果を総合し、証拠資料は、いん石である、と断定し[11][11]前田豊長 他:科学警察研究所報告法科学編、54 (1),(2001) 11.、社会的に非常に大きな反響がもたれた事件であったことから記者会見して鑑定結果を素早く県民に報告するとともにいん石は所有者に返却された。
 なお、その後のいん石専門家の研究によりこのいん石(後に「神戸」と命名された)が、我が国初の炭素質いん石であると同時に、世界でも3例目の貴重な資料であることも判明した。事件資料が一転して、貴重な学術資料となったきわめて希有な例である。




図14 資料Gの元素マッピングデータ(50μm×20μmエリア)


4.筋弛緩剤のX線回折
 臭化ベクロニウムは、筋弛緩剤として使用される医薬品で、しばしば、犯罪に関係して登場することがある。分子式は、C34H57BrN2O4で、分子量は637.74、融点は227-229℃[2][2]The Merck Index (Thirteenth edition).である。
 この資料Hを300ミクロンのガラスキャピラリーに10mm充填しX線回折スペクトルをBL02B2で測定した(測定15分間)。その結果を、図15(a)に示す。また、上述のガラスキャピラリーの先端部分にわずかに付着した状態(写真図16参照)で15分間測定したX線回折スペクトルを図15(b)に示すが、このように微量な資料でも、臭化ベクロニウムの主要なX線回折ピークが認められた。
 また、白色の酸化チタン顔料は、塗料分野において、用途に応じてアナターゼタイプとルチルタイプが使い分けられている。この2種の酸化チタン顔料や種々の犯罪に使用され“毒物”に格上げ指定されたアジ化ナトリウムの微量X線回折測定も行なった[12][12]Tohio Ninomiya et al. : X-ray Diffraction Analysis of Trace Forensic Samples, SPring-8 User Experiment Report No.7 (2001A), (2001) 266.




図15 臭化ベクロニウム資料HのX線回折スペクトル
(a) 資料をキャピラリーに10mm充填
(b) キャピラリー先端部分に付着した資料




図16 キャピラリー(300ミクロン径)先端部分に付着した臭化ベクロニウムの 状態


5.X線透視法の応用
 周知のように1895年11月、レントゲンは、X線を発見した。その際、X線を直ちに利用して、妻ベルタ夫人の手のX線透過画像を得て、レントゲン自ら、X線が科学捜査手法としても非常に有用であることを示唆した。この結果を基礎として、1896年2月には、散弾銃の暴発事故で被害者の手の中に食い込んだ多くの鉛弾丸の状態がレントゲン写真として報告されている[13][13]フィリップおよびフィリス・モリソン、チャールズおよびレイ・イームズ事務所 共編著、村上陽一郎・公子訳:POWERS OF TEN , 日経サイエンス社 (2001) 104.。しかし、このレントゲン写真法は、X線の吸収効果を利用しているため、軽元素からなる資料では鮮明な透過画像が得られないという欠点がある。その後、X線の全反射現象や屈折現象が1923年にコンプトンによって発見された[14][14]A. H. Compton : Phil. Mag. 45 (1923) 1121.が、X線の屈折効果を利用したX線透過観察法が開発されたのはごく最近である[15, 16, 17][15]A. Momose, T. Takeda, Y. Itai and K. Hirano : Nature Med. 2 (1996) 473.
[16]S. W. Wilkins, T. E. Gureyev, D. Gao, A. Pogany and A. W. Stevenson : Nature 384 (1996) 335.
[17]A. Snigirev, I. Snigireva, V. Kohn, S. Kuznetsov and I. Schelokov : Rev. Sci. Instrum. 66 (1995) 5489.
。篭島らは、このX線の屈折効果を利用して、生きたカエルや昆虫などの非常に鮮明なX線透過画像をリアルタイムで得ている[18][18]Y. Kagoshima et al. : Jpn. J. Appl. Phys. 38 (1999) L470.
 種々の殺人や強盗事件において、粘着テープが犯行に使用される場合があり、その由来などを早急に解明する必要にせまられることがある。通常、メーカーを特定するには、色調外観や粘着剤成分などを参考にするが粘着剤主成分はメーカー間の違いが少なく、粘着テープメーカーの特定が困難な場合がある。図17に、BL24XUで測定した4種類の黒色粘着テープ資料I-A〜I-DのX線屈折コントラスト画像を示す。これらは、各資料からX線フィルムを3メートル離し1秒間の露光時間で得た画像である。参考として黒色の4種の粘着テープ資料I-A〜I-Dの外観写真を図18に示す。図17では、4種類の違いがわかりにくいので、画像を拡大して図19に示す。これらの拡大画像を観察すると、瞬時に4種類の粘着テープを識別することが可能である。すなわち資料I-AとI-Bは画像パターンが全く異なっており、また資料I-CとI-Dは、画像パターンがやや類似しているが、横方向の画像パターンがI-Dの方が明瞭である。




図17 黒色粘着テープ資料I-A〜I-DのX線屈折コントラスト画像(1目盛:1mm)




図18 黒色粘着テープ資料I-A〜I-Dの外観(1目盛:1mm)




図19 黒色粘着テープ資料I-A〜I-Dの拡大X線屈折コントラスト画像(1目盛:100μm)


 図20(a)、(b)に、ポリエステル布片資料JのX線吸収コントラスト画像J-0(X線フィルムを資料に密着して置き、1秒間露光した)と資料から30㎝離してX線フィルムを置き、1秒間露光したX線屈折コントラスト画像J-30を示す。また参考として布片資料Jの外観写真を図21に示す。吸収コントラスト画像J-0(図20(a))では,ほとんど何も写っていないが、屈折コントラスト画像J-30(図20(b))では、布片の編み目構造が明瞭に写し出されている。すなわち資料から30㎝離してX線フィルムを置くことでX線の屈折効果が明瞭に現れている。この画像J-30を拡大した画像J-30M1を、図22(a)に示す。図22(a)では、およそ100ミクロンの糸が布の織物構造を構成していることを示している。さらに拡大した画像J-30M2(図22(b))では、およそ100ミクロンの糸がさらに細い繊維の束で構成されていることが明らかである[19][19]二宮利男、村津晴司 : 放射光、15 (2) (2002) 96.
 図23(a)、(b)、(c)に、針が入った食パン資料K(厚さおよそ2㎝)の外観、食パン資料Kから1.7メートル離してX線フィルムをおき1秒間露光したX線屈折コントラスト画像、および食パンに入れられた針の外観をそれぞれ示す。図23(b)において、食パン内に針が入っている状態が確認されるとともに、パン内部の発酵による微細な空洞構造を明瞭に観察することができた。




図20 ポリエステル布資料JのX線画像
(a) X線吸収コントラスト画像J-0(1目盛:100μm)
(b) X線屈折コントラスト画像J-30(1目盛:100μm)




図21 ポリエステル布資料Jの外観(1目盛:100μm)




図22 ポリエステル布資料Jの拡大X線屈折コントラスト画像
(a) J-30M1(J-30画像の拡大)(1目盛:100μm)
(c) J-30M2(J-30M1画像の拡大)




図23 食パン資料Kの外観とX線屈折コントラスト画像と針外観
(a) 食パン資料Kの外観(1目盛:1mm)
(b) 資料KのX線屈折コントラスト画像 
(c) 針の外観(1目盛:1mm)


 朝鮮朝顔の種子には、スコポラミンやアトロピンなどの有毒なアルカロイド成分が含まれており、この種子や組織部分を誤って摂取して中毒症状となったことがしばしば報告されている。図24(a)、(b)に二種の朝鮮朝顔の種子資料L1とL2の外観写真を示す。資料L1は1998年採取のもので、資料L2は1999年採取のものである。また、図24(c)、(d)に両資料のX線屈折コントラスト画像を示す。図24(c)、(d)を比較すると明らかなように資料L1とL2の内部構造が非常に鮮明に観察できており、両者で内部組織構造に少し違いが見られる。この手法を利用することで、植物種子の発芽までの内部状態の変化などを非破壊で継続的に詳細に観察することが可能である。皮革と合成皮革の内部構造の違い、さらに、ポリウレタン、ポリスチレン、ポリプロピレンからなるそれぞれの発泡構造体の内部構造の明瞭な違いについてもこの手法を利用して明らかにした[19, 20][19]二宮利男、村津晴司 : 放射光、15 (2) (2002) 96.
[20]Tohio Ninomiya et al. : Phase-Contrast X-Ray Imaging of Trace Forensic Samples Using Both Vertically and Horizontally Expanded Synchrotron Radiation X-Rays with Asymmetric Bragg Reflection, SPring-8 User Experiment Report No.6 (2000B), (2001) 21.





図24 朝鮮朝顔種子資料(L1,L2)
(a) 資料L1の顕微鏡写真画像 (b) 資料L2の顕微鏡写真画像 (c) 資料L1のX線屈折コントラスト画像 (d) 資料L2のX線屈折コントラスト画像(上記のすべての図の1目盛:100μm)


 上述したX線屈折コントラスト画像に関して、それぞれの資料をアルミフォイルで包んだ状態でもほぼ同質の鮮明なX線屈折コントラスト画像が得られることを確認している。
 平成7年5月16日に、東京都庁で知事宛の不審な郵便物をあけたところ爆発し、知事秘書が重傷を負うという事件が発生したが、X線屈折コントラスト画像手法を応用して郵便物などの不審物件を調べることで、見かけ上、軽元素からなる不審な物件の内部を非破壊で詳細に観察することが可能であり、これからの新しい科学捜査手法として活用が期待される。


6.おわりに
 本稿では、SPring-8の科学捜査への応用についてほんの一部を紹介した。科学捜査分野におけるSPring-8のデータが国民のすべてに役立ち、また、世界中の難解な事件解決に役立つためには、種々の科学捜査資料に関するデータベースの構築が不可欠であり、そのためには測定時間的制約を受けない科学捜査専用のビームラインが是非とも必要である。
 ここに述べた科学捜査資料のSPring-8における測定には、JASRIをはじめ、姫路工業大学松井純爾教授、篭島靖助教授、津坂佳幸助手、東京理科大学中井泉教授、寺田靖子助手(現JASRI)、広島大学早川慎二郎助教授、名古屋大学高田昌樹助教授(現JASRI)、西堀英治助手の方々やその他の大学や企業、警察など、数多くの関係者のご協力をえて行われたものであり、ここに、あらためて関係各位に深く感謝申し上げる。



参考文献
[1]鈴木勉:科学、Vol.74 (1), (2004) 81.
[2]The Merck Index (Thirteenth edition).
[3]Verweij A.M.A. : Forensic Sci. Rev., 1 (1989) 1.
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[12]Tohio Ninomiya et al. : X-ray Diffraction Analysis of Trace Forensic Samples, SPring-8 User Experiment Report No.7 (2001A), (2001) 266.
[13]フィリップおよびフィリス・モリソン、チャールズおよびレイ・イームズ事務所 共編著、村上陽一郎・公子訳:POWERS  OF TEN , 日経サイエンス社 (2001) 104.
[14]A. H. Compton : Phil. Mag. 45 (1923) 1121.
[15]A. Momose, T. Takeda, Y. Itai and K. Hirano : Nature Med. 2 (1996) 473.
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[19]二宮利男、村津晴司 : 放射光、15 (2) (2002) 96.
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