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Volume 16, No.4 Pages 255 - 260

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

軽量気泡コンクリート建材の材料評価法の開発 -水熱反応過程のin-situ計測-
Development of Material Characterization Method for Autoclaved Lightweight Aerated Concrete

松野 信也 MATSUNO Shinya

旭化成(株) 基盤技術研究所 Analysis and Simulation Center, Asahi Kasei Corporation

Abstract
 セメント・コンクリートの分野では各種性能を改善する目的で高温高圧の水蒸気を用いた養生が行われている。この反応過程を追跡する目的で、高温高圧XRDによるin-situ計測技術の開発が10数年前から行われてきたが、用いられてきたセルは、金属チューブやガラスキャピラリーをベースとしたものであり、金属チューブ由来の回折線の重なりや、ガラスキャピラリー内の温度・圧力の安定性、なにより反応の再現性が十分でなかった。今回、モノづくりの発想に基づいた独自のその場計測用セルを創作し、セメント・コンクリート系材料の水熱反応過程において、これまでにない高精度in-situ X線回折を実現した。放射光および半導体ピクセル検出器との組み合わせによりセルの性能は最大限に発揮され、従来の研究を大きく凌駕するデータが得られ、ブラックボックスであった結晶性珪酸カルシウム水和物であるトバモライトの詳細な生成メカニズムが明らかになった。
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1.はじめに
 セメント(珪酸カルシウム)の水和反応、鉱物の生成過程、ゼオライト合成など、高温、高圧水蒸気下のいわゆる水熱環境が反応場となる研究分野は多い。セメント・コンクリートの分野では、各種性能を改善する目的で高温高圧の水蒸気を用いた養生(オートクレーブ)が古くから行われ、工業的にも広く利用されている。オートクレーブ養生を行うことにより、原料組成や養生温度に応じたさまざまな種類の結晶性ケイ酸カルシウム水和物が生成することが知られている[1][1] 光田武:岩石鉱物鉱床学会誌、3 (1982) 317.。CaO-SiO2-H2O(C-S-H)系の物質は多様な構造をとり、化学組成は変化に富むが、中でもトバモライト(5CaO・6SiO2・5H2O)は軽量気泡コンクリート(ALC)の主成分をなし、工業的にも特に重要なケイ酸カルシウム水和物といえる。また、熱を伝えにくい性質(断熱性)と燃えない性質(耐火性)を併せ持つことから、近年、不燃断熱材としてALCへの期待が高まりつつある。さらに、リサイクルも比較的容易なことから、断熱による省エネ、低炭素化プロセスという視点からも社会への貢献が期待される。トバモライトは、図1(a)に示すように、Ca-Oの八面体に結合する四面体シリケート鎖が2重に重なり、その間にCa-Oのシートが存在するという層状化合物であり、c軸の層間隔は11 Åである。図1(b)にトバモライトの結晶構造の模式図とALCに含まれるトバモライト結晶のSEM写真を示す。形態は板状の結晶であり、ALCの構造中ではそれが折り重なって、いわゆる「カードハウス構造」を形成している。

 

  

図1 (a) 11 Åトバモライトの結晶構造の模式図 紙面の上下方向が結晶のc軸方向(層方向)である。

(b) ALC中のトバモライトの走査型電子顕微鏡写真。

 

 トバモライトの合成反応過程は古くから研究されているが、多くの場合、いくつかの反応ステージで反応を止めて試料を取り出し、各ステージごとに組成や構造を調べるという方法が行われている[1-7][1]光田武:岩石鉱物鉱床学会誌、3 (1982) 317.
[2] T. Mitsuda: Mineral. J., 6 (1970) 143.
[3] M. Sakiyama and T. Mitsuda: Cement and Concrete Res., 7 (1977) 681.
[4] C. F. Chan and T. Mitsuda: Cement and Concrete Res., 8 (1978) 135.
[5] T. Mitsuda, K. Sasaki and H. Ishida: J. Am. Ceram. Soc., 75 (1992) 1858.
[6] H. Sato and M. Grutzeck: Mater. Res. Soc. Symp. Proc., 245 (1992) 235.
[7] O. Watanabe, K. Kitamura, H. Maenami and H. Ishida: J. Am. Ceram. Soc., 84 (2001) 2318.
。しかしこの方法は、反応を止めてから常温・常圧に戻すまでに起こる変化や、温度による溶解度の違い、異なるステージで用いる試料間のばらつきなどの問題を含んでいる。このような問題を避けるためには、途中で反応を止めることなく、反応中の変化をその場(in-situ)解析する必要がある。しかしながら、オートクレーブ中の反応が圧力容器内での反応であるため、これをその場解析することは容易ではない。
 近年、放射光を利用することにより、これら水熱反応場におけるin-situ X線回折(XRD)が可能になってきた[8-16][8] A. N. Christensen, T. R. Jensen and J. C. Hanson: J. Solid State Chem., 177 (2004) 1944.
[9] T. R. Jensen, A. N. Christensen and J. C. Hanson: Cement and Concrete Res., 35 (2005) 2300.
[10] A. C. Jupe, A. P. Wilkinson, K. Luke and G. P. Funkhouser: Ind. Eng. Chem. Res., 44 (2005) 5579.
[11] A. C. Jupe, A. P. Wilkinson, K. Luke and G. P. Funkhouser: Cement and Concrete Res., 38 (2008) 660.
[12] D. O’Hare, J. S. O. Evans, R. J. Francis, P. S. Halasyamani, P. Norby and J. Hanson: Microporous and Mesoporous Mat., 21 (1998) 253.
[13] S. Shaw, S. M. Clark and C. M. B. Henderson: Chem. Geol., 167 (2000) 129.
[14] N. Meller, C. Hall, K. Kyritsis and G. Giriat: Cement and Concrete Res., 37 (2007) 823.
[15] S. L. Colston, P. Barnes, A. C. Jupe, S. D. M. Jacques, C. Hall, P. Livesey, J. Dransfield, N. Meller and G. C. Maitland: Cement and Concrete Res., 35 (2005) 2223.
[16] P. Norby: Current Opinion in Colloid Interface Sci., 11 (2006) 118.
。放射光を用いるメリットとしては、(1)X線強度が大きいため短時間での測定が可能であり時分割測定に適していること、(2)X線エネルギーが可変であるため試料の透過率に応じて最適なエネルギーを選択できること、などが挙げられる。
 セルの形状としては、今までキャピラリーや直径数ミリメートルのパイプが用いられてきた[8-14][8] A. N. Christensen, T. R. Jensen and J. C. Hanson: J. Solid State Chem., 177 (2004) 1944.
[9] T. R. Jensen, A. N. Christensen and J. C. Hanson: Cement and Concrete Res., 35 (2005) 2300.
[10] A. C. Jupe, A. P. Wilkinson, K. Luke and G. P. Funkhouser: Ind. Eng. Chem. Res., 44 (2005) 5579.
[11] A. C. Jupe, A. P. Wilkinson, K. Luke and G. P. Funkhouser: Cement and Concrete Res., 38 (2008) 660.
[12] D. O’Hare, J. S. O. Evans, R. J. Francis, P. S. Halasyamani, P. Norby and J. Hanson: Microporous and Mesoporous Mat., 21 (1998) 253.
[13] S. Shaw, S. M. Clark and C. M. B. Henderson: Chem. Geol., 167 (2000) 129.
[14] N. Meller, C. Hall, K. Kyritsis and G. Giriat: Cement and Concrete Res., 37 (2007) 823.
。しかしこれらのセルでは、セル内の温度や圧力のモニターが困難であり、X線窓がセルの材質と同じ(ガラスやステンレス)であるため窓材からの回折線の重なりやバックグラウンドの上昇(ガラス由来のハローがC-S-Hゲルのハローと重なること)が避けられない。また、反応の再現性にも課題があった。更に、エネルギー分散XRD[12-16][12] D. O’Hare, J. S. O. Evans, R. J. Francis, P. S. Halasyamani, P. Norby and J. Hanson: Microporous and Mesoporous Mat., 21 (1998) 253.
[13] S. Shaw, S. M. Clark and C. M. B. Henderson: Chem. Geol., 167 (2000) 129.
[14] N. Meller, C. Hall, K. Kyritsis and G. Giriat: Cement and Concrete Res., 37 (2007) 823.
[15] S. L. Colston, P. Barnes, A. C. Jupe, S. D. M. Jacques, C. Hall, P. Livesey, J. Dransfield, N. Meller and G. C. Maitland: Cement and Concrete Res., 35 (2005) 2223.
[16] P. Norby: Current Opinion in Colloid Interface Sci., 11 (2006) 118.
においては、得られる回折パターンの角度分解能が低い(ピークがブロードになる)という問題もある。
 我々はこれらの問題を解決すべく、ベリリウム(Be)を窓材とした透過XRD用高温耐圧セルを開発した。開発したセルと放射光(SPring-8)高エネルギーXRDの組み合わせにより、オートクレーブ環境下できわめて安定して水熱反応を追跡することが可能になった。印象的に言えば、セメント・コンクリートを始めとする古くからある複雑な材料に放射光という科学の光を当てることで新しい反応メカニズムを見出そうと言う試みである。本報では測定系の概要とともに、この測定系をトバモライト生成過程のin-situ計測に適用して得たいくつかの結果について報告する。



2.実験
2-1 オートクレーブセル[17,18][17] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, A. Ogawa et al.: J. Synchrotron Rad., 16 (2009) 683.
[18] 菊間淳、綱嶋正通、石川哲吏、松野信也、松井久仁雄、他:分析化学、59 (2010) 287-292.

 本研究で用いた高温耐圧セルの概念図を図2に示す。材質はSUS316で、本体と蓋が完全に分離する直方体型のセルである。セルの大きさは、高さ10 cm程度で容量は35 mlで、下部はオートクレーブの際の水だめとして用いることができる。今回の実験では5 mlの精製水を使用した。冶具を用いてセルの中央部に試料をセットし、下部の水と試料が直接接触しないようになっている。蓋を通して2つの温度センサーと圧力センサー、および減圧用のバルブが接続されている。2つの温度センサーは各々、水温と水蒸気温度のモニターに用いられる。側壁の中央部には入射用と出射用のBe窓(各々 厚さ0.5 mm、直径4 mmおよび20 mm)が溶接されている。Beを窓材に用いることで、窓材からの回折ピークやバックグラウンドの影響を受けない回折パターンを得ることが可能になった。本体と蓋は、耐熱o-ringにより密閉され、200℃、1.2 MPaの水蒸気圧下で漏れがないことを確認した。密閉したセルを、銅ブロックを用いた専用の加熱炉に入れることにより、水熱環境下でのin-situ測定を行った。

 

図2 その場X線回折用オートクレーブセルの模式図。R:水溜め、T1, T2:熱電対、M:サンプルホルダー、I:テフロン製熱絶縁体、V:ニードルバルブ、S:試料、W1, W2:ベリリウム窓。

 

2-2 試料[19-21][19] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, K. Matsui et al.: J. Am. Ceram. Soc., 93 [9] (2010) 2667–2674.
[20] K. Matsui, J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno et al.: Cement and Concrete Research, 41 (2011) 510–519.
[21] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, K. Matsui et al.: J. Solid State Chem., 184 (2011) 2066-2074.

 トバモライト生成過程のin-situ測定用試料は、軽量気泡コンクリートの製造条件を参考にして調製した。すなわち出発原料として、条件に応じて粉砕珪砂、生石灰(CaO)、早強セメント、二水石膏(CaSO4・2H2O)等の混合物を用いた。これらに水を加えてミキサーで混合し、60℃で12時間以上保持し、予備硬化体を得た。この予備硬化体を厚さ3 mmの小片に切り出す、または専用のホルダーにセットしてin-situ測定に供した。



2-3 測定条件とデータ解析法[19][19] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, K. Matsui et al.: J. Am. Ceram. Soc., 93 [9] (2010) 2667–2674.
 測定は、セルを銅ブロックを用いた専用の加熱炉に入れることにより,高温高圧でのin-situ測定を行った。実験システムの概略を図3に示す。
 in-situ XRD 測定は、100〜190℃までを1℃/minとし、その後190℃で所定の時間保持した。実験期間を通して、セル内圧力は水蒸気の飽和蒸気圧であることを確認した。in-situ XRDを行うにあたり、大型放射光施設(SPring-8)のBL19B2ビームラインを使用した。X線エネルギーは30 keV、カメラ長約800 mmである。検出器として半導体検出器(PILATUS-2M)を使用し、1データあたりの露光時間は2分、測定時間間隔は3分とした。図4にPILATUS-2M上のXRDイメージを示した。このデータを図に示す扇型部分を積分して1次元XRDパターンに変換した。PILATUS検出器を用いることにより、イメージングプレートを用いた検討[17,18][17] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, A. Ogawa et al.: J. Synchrotron Rad., 16 (2009) 683.
[18] 菊間淳、綱嶋正通、石川哲吏、松野信也、松井久仁雄、他:分析化学、59 (2010) 287-292.
に比べて、時間分解能および検出器の位置再現性の向上というメリットがあった。

 

図3 実験システムの模式図。T:温度センサ、P:圧力センサ、V:圧力開放バルブ、W:ベリリウム窓。

 

図4 PILATUS-2M検出器によるX線回折パターンの例を示す。図中の矢印で示した範囲の扇形積分および平均処理により1次元回折パターンを得る。



3.トバモライト生成過程のその場計測[19-21][19] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, K. Matsui et al.: J. Am. Ceram. Soc., 93 [9] (2010) 2667-2674.
[20] K. Matsui, J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno et al.: Cement and Concrete Research, 41 (2011) 510-519.
[21] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, K. Matsui et al.: J. Solid State Chem., 184 (2011) 2066-2074.

 図5に典型的なin-situ XRDパターンの重ね書き(3次元表示)を示す。石英と水酸化カルシウムが反応し、まず非晶質相を形成することから、回折パターンはブロードないわゆる“ハローパターン”を示し、その後トバモライト結晶になる様子をはっきり見て取ることが出来る。本稿では、比較的最近の結果である原料として用いるシリカ(SiO2)の粒度と水/固体比(w/s)の影響について、高純度粉砕珪石(純度99.4%)と試薬Ca(OH)2と水のみを用いた系における結果の概要を説明する。更に詳細な考察やAlの添加効果、速度論的解析の詳細については、参考文献[19][19] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, K. Matsui et al.: J. Am. Ceram. Soc., 93 [9] (2010) 2667-2674.から[21][21] J. Kikuma, M. Tsunashima, T. Ishikawa, S. Matsuno, K. Matsui et al.: J. Solid State Chem., 184 (2011) 2066-2074.を参照して頂きたい。

 

図5 時分割X線回折パターンの3次元表示の例。温度は100℃から190℃まで上げ、190℃で保持する。T:トバモライト、P:水酸化カルシウム、Q:石英, 石英Q(101)のピークの初期部分がフラットになっているのは、図の表示範囲をオーバーしているため。


3-1 珪石(石英、Quartz)粒度の影響
 図6に3種の珪石(平均粒径2.2 μm(Q-A)、4.2 μm(Q-B)、25 μm(Q-C))を使用した実験(w/s = 1.5)における、石英、水酸化カルシウム、トバモライトの各ピークの平均強度の時間変化を示す。図中、90分以降が190℃保持の領域に相当する。Q-Aを用いた実験系においては、全くトバモライトを生成せず、2 θ = 29.4°(Cu-Kα換算)付近にブロードなピークを有するC-S-H相のみが生成した。ALC組成系においてハローのみが認められた非晶質C-S-Hとは明らかに異なるため、ここでは擬結晶質C-S-Hとして区別した。さらに、図には示していないが、粗い石英(Q-C)を用いた実験系において、反応後半にゾノトライトの生成がわずかに見られた。いずれの試料においても、反応の進行に伴い石英と水酸化カルシウムの消失が明瞭に認められる。特に、水酸化カルシウムの消失とほぼ同時に、擬結晶質C-S-Hとトバモライトが生成することが明らかである。擬結晶C-S-Hとトバモライトの生成のタイミングは、珪石粒度と密接に関連し、粒度が大きい石英ほど、生成タイミングは遅れ、初期の生成速度(グラフ傾き)は遅くなっている。また、特筆すべき結果として生成水和物が生成する時点での石英ピーク強度(残留珪石量)は3つの試料で一定であり(石英の粒度によらず)、かつ生成物の種類にも依存しないという大変興味深い結果が得られた。

 

図6 w/s = 1.5の条件で反応させた時の各鉱物の平均ピーク強度の時間変化。



3-2 水/固体比(w/s)の影響
 水/固体比w/s = 1.5ではトバモライトを生成しなかった微粒石英(Q-A)を用いた組成系にて、w/s = 3および6と、水/固体比を大きくした実験系における各相の時間変化を、図7に示す。なお、トバモライトのピーク強度は、結晶面ごとに3つのグループに分けて示している。w/sを3以上にすることで、トバモライトの生成が明瞭に観察された。さらに、w/s = 6の系では、(201)、(222)ピーク強度がわずかに減少するのに対して、(002)ピークは反応後半において徐々に増加しており、トバモライトの結晶構造へ水/固体比が何らかの作用を及ぼしていることが推定された。一方、原料系のQuartz、Ca(OH)2の溶解挙動は、w/sによらず一致している。すなわち、溶解速度は水の量ではなく、固体側の比表面積が支配的であることが示された。
どのような条件でトバモライトができ、また擬結晶質C-S-Hができるのかは現状でもはっきりわかっていない。この分野の先駆的研究者である光田は、CaO-SiO2-H2O系の熱水合成を研究する上で、最も難解なそして避けて通れない問題はシリカの熱水反応時の挙動であり、同時に擬結晶-非晶質様の初期生成物質C-S-Hのキャラクタリゼーションであると参考文献[1][1] 光田武:岩石鉱物鉱床学会誌、3 (1982) 317.の最後に綴っている。我々は、この難問に答えるために、X線回折以外に我々の開発したセルとSi-NMR(Siの核磁気共鳴)を併用して結晶化する直前の構造を調べているところである。近い将来、その問いに答えられるように。

 

図7 w/s = 3, 6の条件で反応させた時の各鉱物の平均ピーク強度の時間変化。石英は原料Q-Aを使用した。



4.まとめと今後の展望
 本研究は、当時ALC研究者であった旭化成の松山博圭博士と筆者と共にその場計測に取り組み始めた菊間淳博士との、“ALC(CaO-SiO2-H2O系)の水熱反応過程を見たら新しいことがわかるのでは”と言う話から始まった。2005年のことである。数年のアンダーグラウンド実験を経て、2007年から本格的な検討を始め、過去の文献も調べた。それまで主に中性子散乱と白色X線による研究が行われていたが、我々は単色X線を使うことを考えた。実験室で試行錯誤の後、生産プロセスにおける化学反応を再現でき、かつ高精度X線in-situ計測可能なセルを開発できた。このセルとSPring-8の高エネルギーX線および開発されたばかりのPILATUS-2M検出器を組み合わせることによって、セルの性能は最大限に発揮され、再現性と角度分解能の向上、そして非晶質の増加減少とトバモライトへの結晶化がはっきりと確認されるなど今までにないデータが得られるようになった。その結果、例えば本稿で示したように、以下のようなin-situ計測ならではの興味深い事実が明らかになった。

(1)トバモライトの生成は原料の石英粒度に大きく影響され、特に微粒な石英を用いた系では、トバモライトは生成せず擬結晶質C-S-Hが生成したが、トバモライトの生成いかんに関わらず生成時の残留珪石量は同じであることがわかった。

(2)トバモライトを生成しない微粒な石英を用いた実験系においては、原料系Quartz、Ca(OH)2の溶解速度は同じであるにも関わらずw/s = 3以上とすることでトバモライトの生成が認められた。

 今後、本研究で得られた成果をもとに、生産プロセスの改良、高耐久性かつ高断熱性に優れる建材の開発、更には国の掲げた「200年住宅ビジョン」および「低炭素社会」の実現へ貢献していきたい。



5.謝辞
 本研究は、旭化成の菊間淳博士、松井久仁雄博士、綱嶋正通、石川哲吏、小川晃博、橋本康博博士、名雪三依、東口光晴博士との共同研究として、SPring-8のビームラインBL19B2(課題番号2008A1905, 2009A1911, 2010A1831他)にて行った。実験にあたってはJASRI産業利用推進室の佐藤眞直博士に、PILATUS-2M検出器の使用についてはJASRI制御・情報部門の豊川秀訓博士の尽力に感謝する。



参考文献
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松野 信也 MATSUNO Shinya
旭化成株式会社 基盤技術研究所
〒416-8501 静岡県富士市鮫島2-1
TEL:0545-62-3191
e-mail:matsuno.sb@om.asahi-kasei.co.jp


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