Volume 30, No.1 Pages 43 - 46

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

11th Annual Ambient Pressure X-ray Photoelectron Spectroscopy Workshop(APXPS 2024)会議報告
Report on 11th Annual Ambient Pressure X-ray Photoelectron Spectroscopy Workshop (APXPS 2024)

高木 康多 TAKAGI Yasumasa

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室 Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 2024年12月3日(火)~6日(金)の4日間、宮城県仙台市にある東北大学片平キャンパスのさくらホールにて第11回雰囲気制御型光電子分光国際ワークショップ(Ambient Pressure X-ray Photoelectron Spectroscopy Workshop(APXPS2024))が開催された[1][1] https://apxps2024.jp/。会議の名前となっているAPXPSとは、通常の光電子分光装置(XPS)が真空中での測定が必須であるのに対し、この制限を克服してガス雰囲気下で動作し測定できるようにしたXPS装置の呼び名である。APXPSは2000年前後から開発が活発に進められ、近年では1気圧以上のガス圧力下での測定も可能になっている[2, 3][2] S. Yamamoto et al.: Synchrotron Radiation News 35 (2022) 19-25.
[3] 高木康多、横山利彦 : 日本放射光学会誌 35 (2022) 191-199.
。現在では世界各地の放射光施設に導入されるに至り、そのコミュニティーでの情報交換と研究の発展を目的に本会議の第1回目のワークショップが2014年にフランスのパリで開催された。その後、このワークショップは毎年12月に世界各地の持ち回りで開催されている。第2回は2015年にアメリカのバークレー、第3回の2016年はイギリスのオックスフォードで開催され、その後、中国の上海、ドイツのベルリン、スウェーデンのルンドと続いた。2020年と2021年はコロナ禍のためオンラインとなったが(主催地はそれぞれ韓国の浦項とアメリカのブルックヘブン)、2022年からは再び対面となりスイスのブルッグ、去年の2023年の第10回は台湾の台北で開催され、そして2024年の今回はいよいよ日本の仙台での開催となった。
 ワークショップの規模としては、参加者は毎回100人を超える程度であり、4日間で30件を超える講演が行われる。会議はシングルセッションで行われ、APXPSに関する話題が取り上げられる。具体的には新規ビームラインの建設計画や最新の装置開発状況などの施設側からの報告に加え、APXPSを用いたガス雰囲気環境下や溶液中の固気、固液界面の状態測定など基礎的な物性研究だけでなく、触媒や電気化学反応のオペランド計測の応用分野の報告もあり、近年ではエアロゾルなどの環境科学分野の講演も行われている。本会議は測定装置と手法を軸にしたワークショップであり、取り上げられる話題はAPXPSが測定対象とする広い分野にまたがっており、参加すると普段なじみのない分野の情報を得ることができる面白い会議である。
 今回の会議は東北大学の国際放射光イノベーション・スマート研究センター(SRIS)[4][4] https://www.sris.tohoku.ac.jp/がホストとなった。ご存じのようにNanoTerasuが東北大学の青葉山キャンパス内に建設され2024年の春から運転を開始している。APXPSについても東大所有のAPXPS装置がSPring-8のBL07SUからNanoTerasuのBL08Uに移設され稼働している。このような背景もあり、今回の主催に選ばれ、同じ東北大学の片平キャンパス内さくらホールを会場として本会議が開催される運びとなった。またChairは同センターの山本達准教授と松田巌客員教授(本務 東大物性研究所)が務められた。筆者自身も現地実行委員会の一員として本会議の準備および運営に関わらせていただいた。本稿では通常の研究会報告に加えて、実行委員としての裏方からの視点から合わせて記載したい。

 

図1 APXPS2024が開催された東北大学さくらホール講演会場(上)とポスター会場(下)

 

 

2. 会議の概要
 本会議では2件のPlenary講演、8件のInvited講演、34件のContributed講演があり、またポスター講演は38件であった。全日程は4日間であり、初日と2日目の最初にPlenary講演があり、その後にInvited講演を挟みながらContributed講演が行われた。またポスター講演は初日の夕方に行われた。2日目の夕方にNanoTerasuツアーがあり、3日目の夜には近くのホテルにてバンケットが開催された。最終日は午前中のみの講演でClosing sessionを経て閉会となった。本会議の参加者は125名であり、日本に次いで参加者が多い国はドイツ、台湾、韓国でそれぞれ10名ほどだった。
 本会議は原則現地での対面式であったが、協賛いただいた物性研にはオンラインでの講演配信を行った。対面に加えオンラインを準備するのには手間がかかったが、このオプションが功を奏した点があった。招待講演者のひとりが会議直前に怪我をされ来所が不可能になるアクシデントがあった。しかし、そのような事態にも関わらず講演者が講演を切望され、急遽オンラインでの講演をいただくことができた。このようなことがあるとオンラインと現地のハイブリッドのメリットが現れてくる。ただし、オンラインをトラブルなく完璧に遂行するには時差の問題や設備の準備など多くの手間がかかることも事実であり、運営側がどの程度まで許容して準備するか、オンラインが一般化してきた今後の研究会ではひとつの検討事項になると考えられる。
 本会議はシングルセッションで行われたため口頭講演はすべて図1の上段の写真の部屋で行われた。一方、ポスター発表は下段の写真のさくらホール1階のホールで行われた。また企業展示もポスター発表と同じ場所で行われ、装置開発メーカーが出展していた。また初日午後にスポンサーセッションが設けられ、これら出展企業による口頭講演が行われた。APXPSは装置としてもまだまだ発展の余地があり、企業の方針や開発状況は参加者にとっても関心事であり、このようなセッションが通常講演と同様にプログラム内に用意されていることは個人的には非常に良いことだと思っている。
 また、3日目のNanoTerasuツアーは会場の片平キャンパスからバスで20分ほどの青葉山キャンパスのNanoTerasuに移動し見学するツアーであった。ただし、NanoTerasuが会議参加者のほとんどの100名近い人数がツアーの参加を希望したことで余裕があまりなく、またNanoTerasuが運転期間中でユーザー実験に支障がでる可能性が懸念されたため、NanoTerasuの実験ホールに入らずに見学ホールでの概要説明と一部のビームラインのオンライン中継という形式になった。せっかく新しくできた放射光施設内の見学を期待されてきた参加者には大変申し訳なく思う。その一方で、ビームラインの中継は急遽用意した点もあり進行が拙いところもあったが、担当者に直接質問し議論する機会などもあり、多少は満足いただけたかとも思う。ご協力いただいたビームラインの担当者の方にはこの場を借りてあらためて感謝申し上げます。

 

表1 口頭講演セッション名
Technical Innovations in Operando Spectroscopy
Technical Update Session I & II
In Situ Observations at GasSolid Interfaces I & II
In Situ Observations on Metals and Alloys
In Situ Observations on Functional Materials
In Situ Observations at LiquidSolid Interfaces
In Situ Observations on Electrocatalyst Surfaces and Interfaces
In Situ Observations during Reactions with Oxygen
In Situ Observations on Catalysts and Electrodes
Real Applications in Environmental Science
In Situ Observations on Metal Oxides

 

 口頭講演の各セッションには表1に示す11の名がつけられていた。このセッション名を見てわかるように分野が多岐にわたり、APXPSが非常に広い分野に応用されていることがわかる。また当然ながら複数のカテゴリーにまたがるような講演も多く、セッションの分類はあくまでも講演の目安程度のものである。なお、本会議はシングルセッションということもあり、参加者は取捨選択することなくこれらすべての講演を聴き、様々なテーマについて触れることになる。これは装置の開発者だけでなくユーザーにとっても新しい発想に繋がるきっかけをえる貴重な機会となったと思う。

 

 

3. 講演の内容の概略
 この節では筆者が聴講し、興味深かった口頭講演についてPlenary講演やInvited講演を中心に紹介する。APXPSにおける最近のトピックについて雰囲気が伝わればありがたい。
 初日のPlenary講演ではMax Planck InstituteのS. DeBeer氏によるアンモニア合成についての報告があった。ハーバーボッシュ法ではなくタンパク質を用いた合成の研究であり、APXPSだけでなく高分解能XAS測定(HERFD XAS)や発光分光測定(XES)の結果も交えて総括的にわかりやすく紹介していた。一方、2日目のPlenary講演ではOsaka UniversityのY. Morikawa氏が金属表面でのCO2の水素化やCOからのメタノール合成など計算からの分析について報告した。特に密度汎関数理論(DFT)計算を機械学習で補完することにより大規模な反応系を高精度で行う方法を紹介しており、APXPSの主たる対象のひとつである反応中の状態分析について、各分子原子レベルで反応を理解するための強力なツールとして重要な成果であると考えられた。
 Invited講演では本会議のCo-chairのひとりであるTohoku UniversityのS. Yamamoto氏がNanoTerasuおよびそこに導入されるAPXPS装置について包括的な報告を行った。すでに立ち上がっているBL08Uの軟X線のAPXPS装置だけでなくBL09Uに硬X線のAPXPS装置も導入する計画が紹介された。これらのNanoTerasuのAPXPS装置については筆者が管理しているSPring-8の装置とともに日本におけるAPXPS測定の拠点として相互に協力して発展していけると良いと思う。またLawrence Berkeley National LaboratoryのB. S. Mun氏はPt3Ni(111)とPt3Co(111)の単結晶金属表面の酸化状態をAPXPSと大気圧走査トンネル顕微鏡(AP-STM)によってオペランド計測しており、表面反応の構造と化学反応を結び付けて分析した結果について報告された。燃料電池触媒などの理解のためにも単結晶表面というwell definedな系の探索は重要であると考えられる。University of InnsbruckのJ. Kunze-Liebhäuser氏は実験室のAPXPS装置を用いた電気化学反応のオペランド計測の報告を行った。電気化学計測では電解質の溶液が含まれており、試料の配置には大きな制限がある。今回報告された装置では水平の溶液面に合わせてアナライザーを上方向に設置してビームを斜めから入射することで対応していた。放射光に比べると実験室のAl線源では強度は弱いが、そのかわり装置の配置に自由度を活かした測定を行っていた。
 Lawrence Berkeley National LaboratoryのEthan J. Crumlin氏はAdvanced Light Source(ALS)のAPXPSについて総括的に報告した。ALSは初期の頃からAPXPSの開発を進めてきた先駆者であり、今回の報告ではテンダー領域のAPXPSについて開発を進めているとのことである。University of OuluのN. Prisle1氏はエアロゾルの研究について報告した。海面からのエアロゾルの発生に水滴表面の状態が重要であり、その状態をAPXPSによって分析している。これまでにないAPXPSの適用対象であり、今後の発展に注目したい。
 この他Contribution講演で興味深かったものをあげると、University of CaliforniaのS. Nemsak氏による定在波とAPXPSを組み合わせた測定がある。これはそのまま微小角入射X線散乱(GIXS)との測定につながり、電子状態と構造の同時計測となり表面反応の現象を詳細に知るための大きな手段となる。また、dip&pull法による電気化学の測定の報告も多くあった印象がある。dip&pull法は電解質の溶液で満たしたビーカーを装置内にいれ、電極を浸したのち引き上げて測定する手法である。SPring-8やMAX IVの装置ですでに実施されているほかに、現在計画中のSOLARISのAP-HAXPESのステーションでもターゲットとなる手法として紹介されていた。また実験室ベースの装置での報告もあり、APXPSの対象として電気化学反応の分析の需要が多いことが伺いしれた。ただし、dip&pull法は安定した測定が非常に難しく、SPring-8でも実施されているが測定に苦労している。この手法の改善もしくは画期的な電気化学の測定方法の開発が必須であると感じた。新しい技術として、Lund UniversityのA. Shavorskiy氏はMAX IVでのPt表面でのCO酸化の時間分解APXPS測定を報告した。40 µsの時間分解能をもち、表面化学反応において重要な問題である非平衡な時間発展の状態を理解するための手法として今後発展していくと考えられる。

 

 

4. おわりに
 Closing sessionでは次回APXPSワークショップの概要が報告された。APXPS2025はNSLS IIのBrookhaven National Laboratoryが主催となり、2025年12月にニューヨーク州で開催される。本会議は毎年の実施であるが、それでも次々に新しいことが報告され、この分野が非常にアクティブなことが実感できる会議である。その波に負けず来年に向けて、我々も日々の研究開発に精進していこうと思う。

 

 

 

参考文献
[1] https://apxps2024.jp/
[2] S. Yamamoto et al.: Synchrotron Radiation News 35 (2022) 19-25.
[3] 高木康多、横山利彦 : 日本放射光学会誌 35 (2022) 191-199.
[4] https://www.sris.tohoku.ac.jp/

 

 

 

高木 康多TAKAGI Yasumasa
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : ytakagi@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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