Volume 30, No.1 Pages 7 - 11
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
放射光分析で構造歪が誘起する特異な電子状態を発見
Discovery of unique electronic states induced by structural strain through synchrotron radiation spectroscopy
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター International Center for Synchrotron Radiation Innovation Smart, Tohoku University
- Abstract
- 金属酸化物ナノ粒子におけるサイズ効果は、多くの興味深い現象を引き起こす。我々は、超臨界水熱法で合成したCeO2ナノ粒子を対象として、化学状態が粒径によりどのように変化するのかを、SPring-8の様々な放射光分光法を駆使して議論してきた。その結果、粒径6 nm以下の極微小なCeO2では、酸素原子の位置が乱れ、構造に歪みが生じていることがわかった。さらに、この構造変化によってCe 4fと酸素の電子的相互作用が弱まり、電子がCe 4f軌道上に局在することを突き止めた。これは、酸素欠陥がない状況でもナノ粒子内の電子状態が実際にCe3+になりうることを示唆しており、超微小なCeO2は、酸化還元能を超える新たな機能を有しえることを示す。

1. はじめに
金属酸化物ナノ粒子におけるサイズ効果は、多くの興味深い現象を引き起こす。例えば、酸化ジルコニウムでは、粒子サイズによって結晶構造が変化する[1, 2][1] S. Tsunekawa et al.: Nano Letters 3 (2003) 871.
[2] X. J. Jin et al.: Mater. Sci. Eng. 438 (2006) 399.。また、二酸化スズに関する研究では、格子膨張の臨界サイズは表面積と体積の比で決まることが報告されている[3][3] R. Nakamura et al.: ACS Appl. Nano Mater. 4 (2021) 9938.。これらは、ナノ粒子の結晶構造に対するサイズ効果である。我々は、化学的な性質に対しては、どのようなサイズ効果が生じ得るのか、に興味を持っている。
超臨界条件下で合成した{100}面露出型酸化セリウムナノ粒子(CeO2-NPs)は、単分散であり、低温でも高い酸素吸蔵放出能(Oxygen Storage Capacity; OSC)を示す。加えて、粒径が小さくなるにつれて格子の膨張と歪みが大きくなり、粒径が6 nm以下になると3価のセリウム(Ce3+)が粒子内部に存在することが報告されている[4][4] X. Hao et al.: Small 14 (2018) 1802915.。一方で、6 nmより粒径が小さくなると、格子膨張や歪はどうなるのか、そもそもCeO2として存在しうるのかなど、興味は尽きない。しかしながら、化学結合状態の粒径依存性を検討するためには、シングルナノでかつ、粒径の揃ったCeO2-NPsを合成する必要がある。そこで我々は、超臨界水熱法による各種金属酸化物の合成に取り組まれている東北大学材料科学高等研究所阿尻教授、横講師(現、国際放射光イノベーション・スマート研究センター准教授)のグループと連携し、粒径の揃ったシングルナノのCeO2-NPsの合成に取り組んだ。その結果、セリウム(IV)オクタン酸を水と混合し、340°C、30 MPaの超臨界条件下で一定秒間反応させることにより、粒子径が2 nm以下に制御されたCeO2の作製に成功している[5][5] A. Yoko et al.: J. Am. Chem. Soc. 146 (2024) 16324-16331.。我々は、この超臨界水熱法で合成したCeO2-NPsを対象として、化学状態が粒径によりどのように変化するのかを、SPring-8の様々な放射光分光法を駆使して議論してきた。
2. 粒径に応じたCeの化学状態変化:Ce L3-edge XAFSとCe 3d PES
まず考えるべきことは、粒径によるCeの平均価数の変化である。元素の平均原子価を求めるには、X線吸収分光(X-ray absorption spectroscopy; XAS)が非常に有効である。X線吸収スペクトルには、様々なピークや振動構造が生じる。これが、X線吸収微細構造(XAFS)と呼ばれるものである。XAFSスペクトルは、2つの領域に分けられる。高エネルギー側の波打ち構造は広域X線吸収微細構造(Extended X-ray Absorption Fine Structure; EXAFS)と呼ばれ、結合距離や配位数の情報を含むものである。一方、この吸収端から約50 eVまでの領域はX線吸収端近傍構造(X-ray Absorption Near Edge Structure; XANES)と呼ばれ、原子価、局所対称性、3次元局所構造の情報を含んでいる。そこで我々は、まず、CeのL3吸収端XAFSスペクトルから、セリウムの平均価数を見積もった。
CeのL3吸収端は、Ce 2p軌道からCe 5d軌道への遷移に相当する。図1では、ピークA、B、DがCe4+に、ピークCがCe3+と関連している。つまり、ピークC位置の強度が増加すると、3価で存在するCeが含まれることを意味する。図1から、本研究で得られたスペクトル形状の変化はとても小さく、Ce3+に対応するピークの増え方はわずかであることがわかる。

図1 粒径に応じたCe化学状態変化。測定はSPring-8 BL01B1で実施した。左)Ce L3-edge XAFS、右)線形結合フィッティングで求めたCe平均価数。
ここで我々は、平均価数を半定量的に評価するために、硝酸セリウム(Ce (NO3)3・6H2O)をCe3+の、市販のCeO2をCe4+の標準物質として、得られた測定スペクトルに対して線形結合フィッティングを行った。その結果、Ceの平均価数は粒子サイズとともに減少するものの、6 nm以下の粒子サイズでの変化はかなり小さいことがわかった(図1)。このことは、粒子径を2 nm以下という極微小サイズまで小さくしても、CeO2の結晶構造を維持していることを示唆するものであり、走査型透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope; STEM)観察に基づく既報の報告からは説明が難しい。
既報のSTEM観察では、粒子表面に存在していたCe3+が、粒径6 nmからは内部にまでCe3+が存在することが示されていたが、我々の今回の結果においては、粒径2 nm程度とより表面が多い条件にもかかわらず、それほどCe3+が多く存在していないように考えられる。そこで、CeO2-NPsの内部と表面でのCeの価数を区別して評価することを試みた。ここでは、入射X線エネルギーを変えることで光電子の運動エネルギー(=分析深さ)を調整した光電子分光法(photoemission spectroscopy; PES)により、粒子内部と表面での価数の違いを検討した。深さ分解で得たCe 3d PESスペクトルを図2に示す。なお本測定では、入射X線エネルギーに1070 eV(表面からの情報)および1800 eV(内部からの情報)を用いた。得られたスペクトルのCe4+とCe3+に相当するピークの面積比からCe3+の割合を推定したところ、粒径6.4 nmの場合は内部の34.2%、粒径1.9 nmの場合は内部の48.3%に相当することがわかった。この結果は、粒径に関わらず、CeO2-NPsの内部にかなりの量のCe3+が存在することを示している。

図2 深さ分解Ce 3d PESスペクトルによるCeO2粒子の内部と表面での化学状態の違い。
測定はSPring-8 BL07LSUで実施した。
ここで、Ce L3吸収端XAFSの結果と、Ce 3d PESの結果について考えてみる。まず、Ce L3吸収端XAFSスペクトルからは、Ceの平均価数はCe4+であり、結晶構造はホタル石型のCeO2を維持していることが示唆された。一方、Ce 3d PESスペクトルでは、粒径に関わらずCe3+が粒子全体に存在することを示していた。これらの結果は一見矛盾しており、我々がこれまでに見積もったCeの平均価数は何を示しているのか、という疑問が生じる。そこで、それぞれの測定では何の情報が得られ、どの物性を評価しているのかを再考してみた。
Ceは希土類元素であり、Ce3+は4f軌道に1個の電子を持っている。Ce 3d PESでは、入射X線によって放出される3d軌道上の内殻電子が直接観測され、Ceの価数はいわゆるケミカルシフトとして評価される。一方、Ce L3吸収端XAFSでは、Ceの2p軌道から5d軌道への励起に対応するX線吸光度の変化を測定する。この場合も、価数はケミカルシフトとして評価されることとなる。このように、これらの測定においては、価数変化、すなわち4f電子配置は、間接的に評価される。
3. 粒径に応じたCeの化学状態:Ce M5,4-edge XAFS
Ceの価数に関する決定的な情報は、Ceの4f電子を直接観測することで得ることができる。そこで我々は、Ce 3dから4fへの遷移に対応するCe M5,4吸収端でのXAFSスペクトルを計測し、Ce 4f電子の直接的な情報を得ることを試みた。その結果を図3に示す。なお、このスペクトルは、部分蛍光収量法で測定したため、CeO2のバルク情報を反映する。Ce L3吸収端でのXAFSスペクトルと比べて、スペクトルの形状が粒径に依存して大きく変化していることがわかる。これまでに報告されている結果[6][6] V. K. Paidi, D. L. Brewe, J. W. Freeland, C. A. Roberts, J. van Lierop: Phys. Rev. B 99 (2019) 180403.を基にして、測定したスペクトルを帰属して価数を見積もると、粒径8 nmではCe4+が多く、一方で、粒径1.9 nmではCe3+が多く存在していることがわかった。

図3 Ce M5,4-edge XAFSスペクトルによる粒径に応じたCe化学状態変化。測定はSPring-8 BL27SUで実施した。
ここで、CeのL吸収端とM吸収端の結果を考察すると、構造的にはホタル石型のCeO2にもかかわらず、Ce 4f軌道に電子が存在することを示唆する。CeO2における一般的なCeの価数変化の考え方は、酸素欠陥の形成によるものである。しかしながら、今回の結果を酸素欠陥の形成で説明しようとすると、Ce L3吸収端XAFSスペクトルが示す「6 nm以下でもCe4+として存在する」に矛盾が生じる。
超微小なCeO2-NPsでは、CeがCe3+とCe4+のどちらで存在しているのが正しい状態なのか?また、酸素の欠陥やその化学状態は、Ceの価数に何かしらの影響を与えるのだろうか?こういった疑問を解決するために、我々はCeに結合した酸素からの考察を試みた。
4. 粒径に応じたOの化学状態変化:O K-edge XAFSとO 1s RXES
図4に、測定したO K吸収端XAFSスペクトルと、シミュレーションで求めたO K吸収端XAFSスペクトルおよびCeの部分状態密度(partial density of states; PDOS)を示す。なお、XAFSスペクトルシミュレーションは密度汎関数理論および有限差分法に基づくFDMNES[7][7] O. Bunau, Y. Joly: J. Phys.: Condens. Matter. 21 (2009) 345501.コードを用いて実施し、電子状態およびX線吸収スペクトルシミュレーションで考慮するクラスタ半径は7.0 Åとした。これらの結果から、スペクトルに見られるピークはO 2p-Ce 4f、O 2p-Ce 5d,eg、O 2p-Ce 5d,t2gの混成軌道に起因すると考えられる。O 2p-Ce 4fのピーク強度は、粒子径が小さくなるにつれて減少した。これは、O 2pとCe 4fの軌道混成の低下、あるいは4f軌道の占有を示唆する。一方、O 2p-Ce 5dのピークは、粒径3 nm以下でブロード化した。これは、結晶場が乱れていることを示しており、酸素原子位置が乱雑化していることを示唆する。この理解をより深めるために、共鳴X線発光分光(resonant X-ray emission spectroscopy; RXES)で各軌道の化学状態を検討した。

図4 上)測定したO K-edge XAFSスペクトル、下)シミュレーションで求めたスペクトルおよびCeのPDOS。測定はSPring-8 BL27SUで実施した。
RXESは、特定の入射X線を試料に照射し、試料から放出される蛍光X線をさらに分光することで得られる。化学状態・軌道選択性を有する電子状態計測であり、化学種固有のスペクトル形状と強度情報を活用した定量解析が可能である。図5に、O K吸収端XAFSスペクトルと、これらの軌道で励起したCeO2-NPsのO 1s RXESスペクトルを示す。O 2p-Ce 4f軌道で励起したスペクトルには大きな変化が生じなかったが、O 2p-Ce 5d軌道で励起したスペクトルには、粒子径が小さくなるにつれてショルダーピークが現れた。これは、Ce 5d軌道と混成した酸素の電子状態が広がっていることを示す。

図5 左)O K-edge XAFSスペクトル、右)それぞれの軌道で励起したO 1s RXESスペクトル。測定はSPring-8 BL27SUで実施した。
ここで、CeO2がナノ粒子化することでエネルギーギャップがどう変化するかについて考察する。紫外可視近赤外分光法(Ultraviolet-Visible Absorption Spectroscopy; UV-vis)でCeO2-NPsのバンドギャップを評価したところ、粒径が小さくなるにつれてバンドギャップエネルギーが減少することがわかった。一般に、粒径が小さくなるとエネルギー準位が離散的になり、バンドギャップが広域化する。しかしながら、本研究で測定したXAFSおよびRXESスペクトルは、粒径が小さくなるにつれて価電子帯の上部のピーク強度が増加していた。これは、粒径が小さくなるにつれて、バンドギャップが小さくなることを示している。つまり、これらのピークは粒子径効果によるものではなく、新たなエネルギー準位が生成したものと考えることができる。
O 2p-Ce 5d軌道で励起したスペクトルでは、粒径が小さくなるにつれて、ショルダーピークが現れた。これは、Ce 5d軌道と混成したOの電子状態が広がったことを示唆する。つまり、局所的な対称性が低下して、Ce 5d軌道がEgやT2gのエネルギー準位からさらに分裂したと考えられる。これはやはり、粒子径が小さくなるにつれて、酸素の格子位置が乱雑化していることを示唆している。
我々が得た結果は、2 nm程度の超微小CeO2-NPsはCe 4f軌道上に電子を持ち、Oの原子位置が乱れていることを示唆している。ではなぜ、酸素の原子位置が乱れた状態でCe 4f軌道に電子が存在するのか?その理由を探るために、我々は、Ce 3d4f共鳴X線非弾性散乱(resonant inelastic x-ray scattering; RIXS)測定から、Ce-O間の電子的相互作用を検討した。
5. Ce-O間の電子的相互作用:Ce 3d4f RIXS
測定したCe 3d4f RIXSスペクトルを図6に示す。横軸はエネルギー損失を示しており、強度の強いピークが弾性散乱に対応する。既報のピークの解釈[8][8] A. Amorese, G. Dellea, M. Fanciulli et al.: Phys. Rev. B. 93 (2016) 165134.から、この-7~-3 eVに見られるピークは、Ce 4fからO 2pへの電荷移動遷移に起因すると考えることができる。CeO2-NPsの粒径の減少とともに、このピーク強度が低下した。つまりこれは、CeO2-NPsの粒径が小さくなるにつれて、Ce 4f電子と酸素イオンの相互作用が弱まっていることを明確に示している。

図6 Ce M5,4-edge XAFSスペクトルによる粒径に応じたCe化学状態変化。測定はSPring-8 BL27SUで実施した。
この結果は、一体どういった現象を反映していると考えられるのか?粒径6 nm以下の極微小なCeO2-NPsでは、酸素原子の位置が乱れ、構造に歪みが生じていた。この構造変化によってCe 4fと酸素の電子的相互作用が弱まり、電子がCe 4f軌道上に局在するようになったと考えられる。この結果は、酸素欠陥がない状況でも、ナノ粒子内の電子状態が実際にCe3+になりうることを示唆している。これはつまり、超微小なCeO2は、酸化還元能を超える新たな機能を有しえることを示す。
6. おわりに
超微小なCeO2-NPsが新たな機能を有しえる可能性を引き出せたのは、放射光分光により物質の情報を様々な角度から眺めたことに尽きる。この研究を開始した2021B期は、西堀は九州大学に所属しており、二宮は博士課程3年の学生であった。そこから、コロナ禍を跨ぎつつ、SPring-8での数多くの利用課題で測定を進めてきた。この間に、西堀は東北大学に異動し、二宮は九州大学で学位を取得して、東北大学に助教として赴任している。東北大学では、AIMRの阿尻教授、横准教授(当時は講師)と合流し、材料合成チームと密接に連携しながら、楽しく研究を進めることができた。2024年5月にようやく論文がアクセプトされたが、ここまでたどり着けたのは、ひとえに真実を見極めることを諦めなかった二宮助教の力によるものである。
JASRI分光推進室の片山真祥様、加藤和男様、新田清文様、伊奈稔哲様、菅大暉様、河村直己様には、面倒なリクエストを幾度となく聞いていただいた。また、東京大学物性研究所の原田慈久教授、松田巌教授、木内久雄助教、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの山本達准教授には、軟X線分光のイロハをご指導いただいた。加えて、SAGA-LS様、あいちSR様には、SPring-8の課題申請不採択時に、優しく手を差し伸べていただいた。この場を借りて、関係者の皆様に深く感謝申し上げる。
放射光X線測定はSPring-8 BL01B1(2022A1029、2022B1061)、BL07LSU(2020A7479)、BL14B2(2021B1859)、BL27SU(2020A1667、2021B1696、2022A1028、2022B1041)、およびBL39XU(2023A1033)で実施した。本研究はJSPS科学研究費助成事業 基盤研究S「超臨界水熱合成によるハイエントロピー・ナノセラミクス創成」(grant numbers 21H05010)の支援を受けて行った。
参考文献
[1] S. Tsunekawa et al.: Nano Letters 3 (2003) 871.
[2] X. J. Jin et al.: Mater. Sci. Eng. 438 (2006) 399.
[3] R. Nakamura et al.: ACS Appl. Nano Mater. 4 (2021) 9938.
[4] X. Hao et al.: Small 14 (2018) 1802915.
[5] A. Yoko et al.: J. Am. Chem. Soc. 146 (2024) 16324-16331.
[6] V. K. Paidi, D. L. Brewe, J. W. Freeland, C. A. Roberts, J. van Lierop: Phys. Rev. B 99 (2019) 180403.
[7] O. Bunau, Y. Joly: J. Phys.: Condens. Matter. 21 (2009) 345501.
[8] A. Amorese, G. Dellea, M. Fanciulli et al.: Phys. Rev. B. 93 (2016) 165134.
東北大学
国際放射光イノベーション・スマート研究センター
〒980-8572 仙台市青葉区荒巻字青葉468-1
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