Volume 29, No.4 Pages 339 - 342
2. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
第13回X線非弾性散乱国際会議IXS2024 会議報告
Conference Report : IXS2024 (The 13th International Conference on Inelastic X-ray Scattering)
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室 Precision Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
第13回X線非弾性散乱に関する国際会議[1][1] https://ixs2024.jasri.jp(International Conference on Inelastic X-ray Scattering)が姫路市文化コンベンションセンター アクリエひめじで2024年9月8日から13日の日程で開催された。本会議は2年毎の開催であり、前回のIXS2022についても利用者情報誌に会議報告が投稿されている[2][2] H. Fukui: SPring-8/SACLA Information 27 (2022) 354.。前回はイギリスで開催され、その時はDiamond Light Sourceがホストを務めた。先の会議報告[2][2] H. Fukui: SPring-8/SACLA Information 27 (2022) 354.によると、この会議は放射光施設が主催する流れとなっているらしく、今回はSPring-8がホストとなり、RIKENのAlfred Q.R. Baron氏を議長(写真1)に、JASRIのYoshiharu Sakurai氏を共同議長とし、Local Organizing Committee(LOC)のメンバーもSPring-8内の職員で構成された。会場のアクリエひめじは2021年9月に完成した比較的新しい複合施設であり、姫路駅から徒歩10分程度の距離にある。本施設にはコンサートホールや大型展示室、会議室を有しており、本会議は4階の一区画を借りて行われた。なお、両筆者はLOCのメンバーとして会議の運営に携わっており、運営視点からの内容も含め報告する。
写真1 Welcome Partyにてスピーチを行うAlfred Q.R. Baron議長。
2. 講演概要
本会議の講演数は、Plenary Presentationsが4件、Invited Presentationsが30件、Invited Instrumentation Presentationsが16件、Short Oral Presentationsが9件、Poster Presentationsが25件だった。なお、Invited Instrumentation Presentationsの大半はPoster Presentationsにも参加しており、総ポスター件数は25 + 14 = 39件であった。参加登録者の国内外比率を見ると全参加者104名の内、国内研究者は30名であり全体の約3割を占めていた。
1つのセッションはおおよそ1.5時間程度で、その都度Coffee BreakやLunch Breakなどを挟む。各休憩には昼食や軽食が用意されており、Lunch Break中でも会場に留まり熱い議論を続ける参加者が見られた。朝食、Lunch Break、Coffee Breakに提供する飲食物は光都に店を構える欧風家庭料理FUKUTEIにケータリングをお願いした。彼らの料理が好評だっただけでなく、会場に植物を設置していただいたことで見た目にも華やかな会議となっていた。
この会議の主なコンテンツは時流と共に変化しているようで、昨今その殆どが共鳴非弾性散乱(Resonant Inelastic X-ray Scattering、RIXS)、特に軟X線を用いたRIXSについての発表であるのが一般的だという。表1に口頭発表における各セッションのトピック名を示す。表1にはPlenary Talkの一覧も掲載しているが、4件中3件がRIXS関連であった。筆者はあまりRIXSには明るくなかったのだが、会議を通してRIXSの原理や研究対象となる現象や目的を具体例とともに学ぶことができた。ビギナーの筆者としては、適用範囲が非常に広い測定手法であるという印象を受け、その結果として、RIXSの講演が多かったのだろうと納得がいった。一方で、電子励起、スピン(マグノン)励起など多様な励起が検出されるため、目的の物性を調べるためには注意深くデータを解釈する必要があると感じた。
表1 口頭発表についてのトピック一覧(上)とPlenary Talkとその講演者(下)。表中で用いられている略称は以下の通り。RIXS: Resonant Inelastic X-ray Scattering, NRS: Nuclear Resonant Scattering, TR: Time-resolved。
RIXS & Oxides Cuprates, Cuprates & Nickelates RIXS & Kagome Metals Hard X-ray RIXS & NRS RIXS & Raman Liquids and Battery Materials High Pressure & Hard X-ray ~meV Beamlines Chirality and Interference & TR Instruments Strongly Correlated Theory & Furka New / Revitalized Methods |
Squeezing the most out of RIXS spectra of correlated materials / Giacomo GHIRINGHELLI |
Resonant inelastic X-ray scattering of transition metal oxides / Frank De GROOT |
RIXS in strongly correlated electron systems by model computational approach / Takami TOHYAMA |
Solar system evolution, Earth's core composition, and inelastic x-rays scattering / Kei HIROSE |
3. 主な講演内容と感想
多くの興味深い講演があったが、その中から筆者が注目した講演をピックアップして紹介する。
1つ目はA*STARのJian-Rui SOH氏による「Persistent vibronic dynamics despite spin-orbital-lattice order of 5d1 ions decorated on a frustrated fcc lattice」である。これはダブルペロブスカイト構造を持つBa2MgReO6で、静的に長距離秩序を持っていると思われていた電子の自由度が実は動的に揺らぎながら存在していることを実験と理論の両面から検証したという内容である。この物質は幾何学的フラストレーションの舞台となる結晶構造を持ち、そこに軌道やスピンの複合自由度を持つ5d電子が1つ存在することで、多極子秩序や磁気秩序が予測されている系である。講演者はまず共鳴「弾性」X線散乱(Resonant Elastic X-ray Scattering、REXS)により、本系において軌道やスピン等が長距離秩序していることを確認した。その後、理論計算によりこの秩序がサイト上のヤーンテラー効果とサイト間の電子的、磁気的相互作用によってのみ安定化されていることを見出した。しかし、その後の共鳴「非弾性」散乱実験(RIXS)により電子と格子の自由度が動的なままであることを示す結果を得た。そこで、再び理論計算に戻り、動的な揺らぎの起源を探った結果、5d電子系特有の強いスピン-軌道相互作用が原因であるという結論に至った。実験と理論を横断した研究は多くあるが、本研究はそれを高いレベルで行っていると感じた。また、このような動的揺らぎはこの系特有のものなのか、それとも近い構造や組成の物質でも同様に起こる現象なのかが気になるところである。筆者が調べた限り報告は見つからなかったが、格子が揺らいでいるのであればSPring-8の「非」共鳴のIXSビームラインでフォノンの様子を見ても面白いのではないだろうか。
2つ目にPaul Scherrer InstituteのHiroki UEDA氏の発表を紹介する。タイトルは「Chiral phonons probed by X-rays」である。カイラリティは近年幅広い分野で注目されている概念で、ある状態がその鏡像と一致しないことを指す。講演者はカイラルフォノンに注目して研究を行っており、その定義から講演は始まった。筆者も厳密なことは知らなかったが、原子が右巻き、左巻き回転するフォノンモードが回転軸に沿った方向に伝播するものをカイラルフォノンというようで、単なる右巻き、左巻き回転モードで伝播しないものとは区別すべきようだ。いくつかの物質でカイラルフォノンは報告されているが、この定義に従うと、カイラルフォノンはα-HgSで報告されたものが最初になる。α-HgSの報告では、カイラルフォノンは角運動量を持つことが示唆されており、講演者はこの角運動量に注目し、円偏光X線を用いたRIXSによってカイラルフォノンの存在を実証する研究を行った。石英(α- quartz)を対象として円偏光X線を用いてRIXS実験を行ったところ、円偏光X線によりカイラルフォノンが逆格子空間内で観測されることを確認した。これは円偏光X線を用いることで、原理的にはカイラルフォノンの分散が測定可能であることを示す。筆者は本研究によって、新たな研究分野の開拓やその先のフォノニクスといった分野への新たなる指針が示されたように感じ、今後の発展が非常に楽しみである。
最後にポスター発表を1件紹介する。ポスター発表にも興味深い発表が多く見られ、コアタイムになると多くの参加者が会場に集まり、盛り上がりを見せていた。その中で、National Synchrotron Light Source IIのTaehun KIM氏による「Electrical and strain control of spin-excitations in multiferroic BiFeO3」を紹介する。BiFeO3は反強磁性と強誘電性が共存するマルチフェロイック物質として知られている。マルチフェロイック物質の特徴は、交差相関である。通常の物質では電場と電気分極、磁場と磁化のように外場と応答が一対一対応するが、マルチフェロイック物質では、例えば電場を加えることで磁化が生まれるといった現象が見られ、これを交差相関という。この性質だけでも興味深い物質群であるが、BiFeO3は室温でも反強磁性と強誘電性が発現することから、応用分野も含めて広く興味を持たれており、多くの研究がなされている。しかし、これまでに実験技術がなかったために、スピン励起(マグノン)について詳しく調べられていなかったようだ。発表者は、in-situでの電場印加やエピタキシャル歪みを利用して、RIXS実験でマグノンの調査を行った。その結果、マグノンの性質が電場や歪みによって変化している様子を観測することに成功した。また、再現性があることも確認しており、電場や歪みによってBiFeO3の磁気的性質の制御可能性を示唆しただけでなく、NSLS-IIではRIXSによるその場観察の技術を提供しているという視点からも非常に興味深い発表であった。
ここでは、主に物質を対象として非弾性散乱実験を行った研究を紹介したが、このような発表以外にもSPring-8やNanoTerasuをはじめ、APSやESRF等の世界中の放射光施設にある非弾性散乱実験等のビームラインの紹介も随所で行われた。会議の概要で述べた通り、これらの発表は講演後の質疑応答の時間がとられず、その代わりにポスター発表も行う形式であった。各ビームラインの現状を知り、また疑問に思ったことを気軽に質問できる形式となっており、非常に良かったと思う。また、ポスター会場にはスポンサーの企業ブースも設けられ、各種実験装置の紹介が行われており、参加者が熱心に説明を聞く様子も見られた。
4. その他
ここではSocial Programについて報告する。会議初日にはHotel Monterey HimejiでWelcome Partyが行われ、多くの方が立食しながら談笑する様子が見られた。Excursionでは書寫山圓教寺の観光ツアーが実施された。圓教寺は書寫山を約250 m登った場所に位置するのだが、麓までバスで進んだ後の行程として、ロープウェイを使うルートと東坂を登るハイキングルートの2つを用意していた。当日は34°Cの真夏日であったにも関わらず、4割程度の参加者がハイキングルートを選択していた。彼らは想定を超えるハイスピードで登りきり、ガイドたちを驚かせていた。海外にはハイキングが好きな方が多いとは聞いていたが、それがよく現れていたように思う。一方、一足先にロープウェイで圓教寺に到着した参加者たちは、ガイドの説明とともに、摩尼殿や食堂(じきどう)、大講堂等の観光された(写真2)。お守りを購入する参加者や御朱印をいただく参加者もおり、楽しんでいる様子であった。しかし、ハイキングルートを選択した登山者たちが圓教寺を観光しようとした矢先、下山予定時刻に雷雲が来るという予報からロープウェイが運行停止する危険性があると連絡を受け、予定より1時間近くも早く終了せざるを得なくなったのは非常に残念である。Conference dinnerでは灘菊酒造にて、すき焼きを始めとした和食やお酒を楽しんだ。筆者と同じテーブルの皆様は筆者の食べる様子を観察してから料理に手を付けたり、日本酒の枡の使い方を聞いてからそれを他テーブルにレクチャーされていたりと、日本文化を楽しんでいる様子が見られた。また、食事前には日本酒の試飲が可能であり、蔵内には飲み比べながらそれぞれの感想を言い合う様子があった。最終日のClosing Sessionの後、午後からSPring-8見学ツアーを実施し、SACLA加速器とSPring-8で特にIXSに関連の深い5ビームラインを見学して回った(写真3)。
写真2 Excursionにて、会議参加者が圓教寺を観光している様子。
写真3 SPring-8ツアー中のSACLA見学の様子。
Conference dinner中に次回IXS2026の開催について発表があり、次回は米国APSがホストとなり、議長はAyman Said氏が務める。
今回は両筆者にとってLOCメンバーとして初めて運営に携わった国際会議であったが、無事に終了したことに安堵している。参加者とはSPring-8ツアー道中のバスなどで話す機会もあり、そこで多くの参加者から良い会議だったと言っていただけたことは大変嬉しく思う。LOCメンバーのキックオフミーティングがあってから約9か月は会議運営にも多くの時間を割いたが、運営について多くのことを学ぶ良い機会であった。
最後に、本会議は理研SPring-8センター、JASRI、Diamondといった研究機関や、DECTRIS、BESTEC、NIKI/HUBER、JTEC、JEPICO、神津精機といった企業スポンサーからの惜しみないサポートを受けて実施された。また、IUCrからは一部の参加者に対しての旅費をサポートしていただいた。これらスポンサーにはもちろんのこと、Social Programを充実させるために快くSPring-8/SACLA見学ツアーでご説明していただいたSPring-8、SACLAの研究者の皆様、各Social Programで数多くの要望に快く応えてくださった皆様、および会議の円滑な進行にご協力いただいた全ての方に感謝の意を示し、会議報告とする。
参考文献
[1] https://ixs2024.jasri.jp
[2] H. Fukui: SPring-8/SACLA Information 27 (2022) 354.
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : manjo.taishun@spring8.or.jp
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〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
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