Volume 29, No.4 Pages 317 - 321
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
SRI2024 会議報告
Report on 15th International Conference on Synchrotron Radiation Instrumentation (SRI2024)
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research JASRI
1. はじめに
シンクロトロン放射計測に関する国際会議SRI(International Conference on Synchrotron Radiation Instrumentation)は、シンクロトロン放射光(SR)と自由電子レーザー(XFEL)のコミュニティーであり、3年に一度開催されている。SRIは1982年にドイツの北部に位置するハンブルクで最初に開催された。今回は、40年以上の時を経て、第15回目の国際会議SRI2024としてハンブルクにて開催される運びとなった。会議は、2024年8月26日から30日の日程でハンブルクの中心付近に位置するダムトーア駅近傍のCCH–Congress Center Hamburgで開催された。
会議の日程としては、8月26日にDESYキャンパスにて施設見学とウェルカムレセプションが、27日から30日の講演会に加え、27日にオープニングセッションが、29日夜にカンファレンスディナーが、30日にクロージングセッションと授賞式が行われた。DESYキャンパスの施設見学後に行われたウェルカムレセプションは、DESYキャンパス内のCFEL施設内において開かれ、活発な交流が行われた。オープニングセッションは、ハンブルクの音楽家Mahoinの音楽とともに開始し、学会の開催を歓迎するスピーチが行われた。ポスターセッションやコーヒーブレイクにおいては、ハンブルクオリジナルのFranzbrötchenやFischbrötchenなどがふるまわれ、これらの軽食や飲み物を片手に、活発な議論が行われる様子も見られた。JASRIからは、SPring-8、SACLA、NanoTerasuに関する展示を中心としたブースを8月27日から29日に出展し、ポスターセッションやコーヒーブレイクの時間を中心として、他施設の研究者、企業関係者、今後放射光施設の未来を担うであろう学生などの多くの来訪者があった。また、学会の講演における口頭発表は273件(Keynote talks 3件、Plenary talks 11件、Invited talks 111件、Contributed talks 148件)、ポスター発表は541件、企業の展示は57件であり、幅広い分野の発表が行われた。
図1 DESYキャンパスで開催されたウェルカムレセプションの様子
図2 SRI2024が開催された会場CCH–Congress Center Hamburg
2. 施設見学
施設見学が行われたPETRA IIIはドイツの北部ハンブルク市内に存在する。市の中心地にある学会会場近くに位置するハンブルク中央駅から西に直線距離で10 km弱、電車とバスで30分程度の距離に位置し、ハンブルク空港からは約1時間で到着できる郊外に位置する。一帯に、ドイツ電子シンクロトロン(Deutsches Elektronen Synchrotron: DESY)キャンパスが位置する。DESYキャンパスへのアクセスについては、最寄りのバス停が主に2つあり、ゲストハウスの存在するメインゲート付近のバス停は、工事が行われており、キャンパスから離れた別のバス停で下車する必要があった。このような工事は定期的に行われているようであり、後日確認したところDESYのホームページに記載されていた。DESYを訪問する際は事前の確認が必要である。
1982年の第1回のSRIが開催された当時は、ハンブルクで稼働していた唯一のシンクロトロン施設はDESYのDORISだけであった。今回の会議が開かれた2024年現在では、この一帯には、European XFEL、PETRAIII、DESYのFLASHという3つのユニークな研究施設が存在している。これら3つの施設は相互に補完し合い、国際的なシンクロトロン放射および自由電子レーザーコミュニティの科学者や産業ユーザーに新しい研究の機会を提供している。今回のSRI2024では、これら全施設の見学が学会の参加者向けに行われた。FLASHビームラインとEuropean XFELにおいては、ガイド付きのツアーが実施された。European XFELはDESYキャンパスからハンブルク郊外にかけて、トンネル全長約3.4 km(うち17.5 GeVの超伝導線形加速器は約1.7 km)の巨大施設である。見学希望者はシャトルバスにより、DESYキャンパス内のCFELビル近くから移動し、担当者の案内のもとビームラインの説明が行われた。DESYキャンパスのMax von Laueホール、Ada Yonathホール、Paul P. Ewaldホールに位置するビームラインにおいては、15:00~18:30の間、参加者は興味のあるビームラインや実験室に直接訪問することが可能であり、各ステーションでは、ビームラインや最新の研究成果を紹介するポスターに加えて、ビームラインサイエンティストの方々が説明を行っていた。施設見学では、実際の実験機器を用いたビームラインの紹介、動画による実験・解析結果の説明、ロボット制御の実演に加えて、建設中のビームラインについては、今後の構想について伺うことができた。例えば、P64(Advanced X-ray Absorption Spectroscopy)/P65(Applied X-ray Absorption Spectroscopy)においては、ガス雰囲気下の触媒反応などを対象としたXAFS計測を実現するガスシステムや、分光結晶とロボットアームに搭載された2次元検出器を用いた最先端のXAFS計測法についての紹介がなされた。また、PETRA-IIIの複数のビームラインをはじめとした施設横断型であり、オペランドリモート計測の実現を目指すプロジェクトROCK-IT(Remote、Operando Controlled、Knowledge-driven、and IT-based)についての紹介がなされた。これについては、最大40 kgの重さの対象物を取り扱えるロボットアームを先行してビームラインに導入し、オペランド計測用試料の交換について、具体的な実施方法を検討しているとのことだった。後のポスターセッションにおいて、一例として、ガス用のオペランド試料セルの自動交換と配管の自動取り付けの構想について説明していた。また、建設中のビームラインであるP25(Medical Imaging, Powder Diffraction and Innovation)では、生物医学の分野をメインターゲットとして、50-60 keVのX線蛍光イメージング、多連装MYTHEN-II検出器を用いたハイスループット粉末回折計、およびPETRA-IVに向けた光学・機器開発を対象としたビームラインの建設計画について発表していた。見学したハッチには、現在はモノクロメータしか置いていない状況であったが、のちに見学したP02.1(Powder Diffraction and Total Scattering Beamline)において26連装1次元半導体検出器MYTHEN-IIの立ち上げを進めるなど施設内メンバーの連携のもと開発が進められているとのことであった。
3. 講演内容
学会講演1日目午前は、Argonne National LaboratoryのLaurent Chapon氏、RIKEN SPring-8 CenterのHitoshi Tanaka氏の2つのプレナリートーク、午後は、Argonne National LaboratoryのYuri Shvyd'ko氏のプレナリーレクチャー“Scandium-45 Nuclear-Clock Isomer Driven by X-ray Laser”が開かれた。Laurent Chapon氏のレクチャー“First Light at the Renewed Advanced Photon Source”では、Advanced Photon Source(APS)のAPS-Uへのアップグレードに関する進捗状況についてのサマリーが報告された。2023年4月17日からの約1年間の停止期間を経て、ストレージリングの撤去や設置を含む約18カ月の活動が報告された。また、アップグレードした蓄積リングにおいてカギとなる、トップアップでの電子ビームの補充に替わる新たな手法として、スワップアウトによる電子の注入に成功したことが報告された。続く、Hitoshi Tanaka氏の“SPring-8-II and Beyond - Challenge to a High-Performance Greener Light Source”のレクチャーでは、SPring-8-IIへのアップグレードの検討状況についての講演が開かれ、高い光源性能とともに、環境にやさしいシステムへとアップグレードする戦略や、これらの光源を最大限に活かすための検出器の開発動向についての報告があった。さらに、SPring-8-IIに続くプロジェクトとしてSACLA-IIのコンセプトや進行中の研究開発について報告が行われた。また、昼・夜において、ポスターセッション1が開かれた。
図3 SRI2024のメイン会場の様子
学会講演2日目の午前は、The Crick InstituteのAndreas T. Schaefer氏のキーノートレクチャー“X-ray Tomography for Circuit Neuroscience - Towards X-ray Connectomics”、およびInstitute of High Energy Physics CASのYuhui Dong氏の“The Recent Status of the High Energy Photon Source(HEPS)”、DESYのShan Liu氏の“Status of the Hard X-ray Self-Seeding at the EuXFEL”の2つのプレナリートークが行われた。午後は、Paul Scherrer Institute/EPFLのManuel Guizar-Sicarios氏のプレナリートーク“Instrumentation and Latest Advances in X-ray Ptychographic Nanotomography”が開かれた。Andreas T. Schaefer氏の講演では、ネズミの脳の処理について解明するための、ネズミの脳部などのマルチスケールのX-ray microtomography(cm3の領域のμm分解能)とX-ray nanoholotomography(mm3の領域の100 nm以下の分解能)に関する最先端の計測・解析結果に関する講演がなされた。Yuhui Dong氏の講演では、北京周辺地域に新たに6 GeVリングをもつ大型放射光施設HEPSの立ち上げ状況についての詳細な報告がなされ、High-energyを特徴とした2本のビームライン(Engineering Materials、Hard X-Ray Imaging)、高輝度を特徴とした4本のビームライン(NanoProbe、Structural Dynamics、High Pressure、Nano-ARPES)、高コヒーレンスを特徴とした2本のビームライン(Hard X-ray Coherent Scattering、Low-Dimension Probe)、汎用計測をターゲットとした6本のビームライン(Tender spectroscopy、XAFSなど)、光学ベンチビームライン1本についての建設計画・進捗状況や計測ターゲットについて報告がなされた。また、学会講演2日目および3日目の昼の時間帯において、ポスターセッション2が開かれた。ポスターセッション2において、“Development of in situ powder diffraction methods for observing high-temperature crystalline phase changes of functional materials using a high heat-resistant sapphire cell”(小林)、“High-throughput PDF measurement at BL04B2 in SPring-8”(山田)という題目にて発表を行い、当該分野に限らず多くの方からご意見を伺うことができた。
学会講演3日目の午前は、SLAC National Accelerator LaboratoryのMike Dunne氏のキーノートレクチャー“The LCLS-II: High Repetition Rate Free Electron Laser driven by a Superconducting CW Linac”が開かれ、その後、LBNLのThorsten Hellert氏の“ML-Based Transverse Beam Size Control at ALS”およびSLAC National Accelerator LaboratoryのJana Thayer氏の“LCLS Big Data Handling - Working Smarter and Harder”の2つのプレナリーレクチャーが開かれた。午後は、Argonne National LaboratoryのLinda Young氏の“Attosecond Pump-Probe Spectroscopy of Liquid Water”のプレナリーレクチャーが開かれた。Thorsten Hellert氏のレクチャーでは、ALSでのビームタイム中のIDの変化の影響により、横方向のビームサイズ(40-50 μm)の10%程度に相当する変動がユーザー実験中のビーム変動の主要因として確認されるという光学系の課題に対応するための、過去に導入されたディープラーニングを用いた手法の紹介から、新たにニューラルネットワークベースのフィードバックシステムの実装によるオンラインファインチューニング法についての紹介が行われ、従来のフィードバックシステムに比べて優れたビーム安定性を実現できることを実証したことが報告された。聴衆からは、他施設においても導入可能な手法かという具体的な問い合わせがあった。
学会講演4日目の午前は、Max Planck Institute for Chemical Energy ConversionのSerena DeBeer氏のキーノートレクチャー“Catching Catalysts in Action”が開かれ、その後、Brookhaven National LaboratoryのGabriella Carini氏の“Overview Detector Development”、Brazilian Synchrotron Light Laboratory - LNLSのHarry Westfahl Jr.氏の“Science and Innovation at the SIRIUS Light Source”の2つのプレナリーレクチャーが開かれた。Gabriella Carini氏の検出器についての講演では、各放射光施設で開発が進められている検出器についてのサマリーについて報告がなされた。高エネルギーでの検出効率に優れたCdZnTe(CZT)を素子として用いた検出器の開発状況に関して、各施設の検出器(XIDERなど)についての利点や特徴が報告された。他素子の検出器についても特徴がまとめられ、例えば、理化学研究所とSONYの共同研究で開発された電荷積分型のCITIUS検出器についての高い飽和計数率やフレームレートについての性能が紹介されていた。
また、27日から30日の学会講演の午前および午後については4から5つのマイクロシンポジウムがパラレルセッションとして開催され、放射光施設やFELのアップグレードや新規施設の建設状況、新しい検出器の開発、ビームライン光学機器の開発、オペランド計測技術の開発などについての講演が行われた。データ処理および計測の自動化やAIの活用を対象としたシンポジウムについては計4回開かれ、活発な議論が行われていた。例えば、Synchrotron SOLEILのLaura Munoz-Hernandez氏の“Robotics developments at SOLEIL”では、6軸ロボットアームをビームラインに横断的に導入した成果と、ロボットアーム自身の併進ステージなどを組み合わせたフレキシブルな計測の実現について報告がなされた。また、Canadian Light SourceのStuart Read氏の“Data analysis using Al and HPC at CLS”の講演では、機械学習・AIを活用したCTデータの再構成の自動化、光学条件などの実験条件の最適化、単結晶試料位置の自動調整についての報告がなされ、例えばループ内の単結晶位置を9割程度の高い精度で画像認識できることが報告された。また、ChatGPTと音声認識を取り入れた実験への展開(BAM、Martin Radtke氏、ChatGPT and EPICS: Pioneering LLM-Enhanced Control Systems for Synchrotron Beamlines)などについての講演が行われた。Helmholtz-Zentrum HereonのMalte Storm氏からは放射光XRD測定の統合解析ソフトウェア“Pydidas”の紹介があった。並列化やキャリブレーション、ワークフローの設定によるデータの自動処理などユーザーフレンドリーな機能がPythonベースのオープンソフトウェアとして実装されており、自身のビームラインでも試験的に使用してみたいと感じた。施設のアップグレードの恩恵についての報告も多数あった。ESRFのAngelika Rosa氏の“Extreme condition research at ESRF”の講演では、ESRFのEBS upgradeにより約20倍のフラックスの向上が実現し、さらにCCD検出器からEiger2 9M CdTe検出器の更新も行うことにより、以前では数時間必要だった計測が数分で達成可能になったことが報告された。
午前、午後のセッションの間にはランチョンセミナーとして1日目に放射光測定用の光学素子を開発しているApplied nanotools社やCosine社、2日目にはPilatusやEigerなどの2次元半導体検出器を開発しているDectris社、3日目にはLambda検出器を開発しているX-SPECTRUM社の講演が行われた。現行の最新の機器類の性能がわかりやすく紹介され、また現在各社で開発を進めている次世代機器の開発の方向性が提示されていた。
図4 JASRIの出展ブースの様子
4. おわりに
最終日の午後には、ポスターセッションの優秀ポスターについての授賞式と各賞の受賞講演が行われた。大阪大学・理化学研究所の山田純平氏が、X線自由電子レーザーの7 nmのスポット集光のトピックスにおいてFELs of Europe Awardを受賞し、“Ultimate focusing of X-ray free-electron laser down to 7×7 nm spot for achieving 1022 W/cm2 intensity”という題目の受賞講演が行われた。また、SLAC National Accelerator Laboratory/Stanford UniversityのAgostino Marinelli氏がKai Siegbahn Awardを受賞し、“Attosecond X-ray Free-Electron Lasers”という題目の受賞講演が行われた。クロージングセッションでは、会議全体の参加者は約1,200人であり、参加者の多い国順でドイツ(約43%)、中国(約11%)、日本、アメリカ(約8%)、フランス、スイス、イギリス(約4%)などであり、のべ34の国と210の組織からの参加があったとの報告があった。日本からは3番目に多い100人近くが参加したことになる。実際に、SPring-8、SACLA、KEK-PF、NanoTerasu、佐賀シンクロトロン光研究センターなど多くの施設および企業からの参加があった。前回の会議が開催されたSRI2021については、COVID-19の影響により、オンライン開催であった。SRI2024は、対面で開催された会議として大きな盛り上がりを見せた。最後に、LNLS-CNPEM(Laboratório Nacional de Luz Síncrotron - Centro Nacional de Pesquisa em Energia e Materiais)がホストとして、新しい大型放射光施設SIRIUSが立ち上げられたブラジルにおいて、2027年8月23日から27日を候補日として、次回のSRI2027が開催されることがアナウンスされた。
SRI2024の学会期間において、DESYの見学や多くの最先端の発表を通じて放射光の広い領域を網羅した多くの情報を収集することができ、大変刺激となった。また自身の発表の際にディスカッションした多くの外国の研究者と親睦を深めるとともに、連絡先を交換しSPring-8で一緒に実験をする話が進むなど、新しい研究が展開する非常に貴重な機会となった。このような学会を主催していただいたオーガナイザーに謝意を示すとともに、次回のSRI2027にも参加し、最新の成果をまた発表することで放射光科学の発展に微力ながら貢献していきたいと感じる学会であった。
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : kobayashi.shintaro@spring8.or.jp
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : h_yamada@spring8.or.jp