Volume 29, No.4 Pages 312 - 314
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
第6回核共鳴ワークショップおよび第15回放射光装置技術国際会議(SRI2024)
Report on 6th International Nuclear Resonance Workshop and 15th International Conference on Synchrotron Radiation Instrumentation (SRI2024)
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室 Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research JASRI
1. はじめに
略称SRIと呼ばれる放射光装置技術国際会議の15回目が2024年8月26日から8月30日の5日間に渡りハンブルグで開催された。またSRI2024のサテライト会合として第6回核共鳴ワークショップが8月24日から8月26日の3日間、ハンブルグのDESYで開催された。このワークショップで核共鳴といっているのは核共鳴散乱のことで、原子核の共鳴準位によるX線の散乱を指す。エネルギー幅が通常、neVからµeV程度と非常に狭く、この特徴を活かしてダイナミクスや局所的な電子状態の研究に利用されている。
筆者は2つの会合とも出席したので、その様子を報告したい。特にSRI2024については核共鳴散乱関係の発表を中心に紹介する。
2. 第6回核共鳴ワークショップ
第6回を迎えた核共鳴ワークショップはもともと核共鳴非弾性散乱ワークショップとして1997年にアメリカのAPSではじめて開催された。日本のSPring-8でも第3回ワークショップを2007年に開催している。不定期ではあるが、おおよそ5年おきに開催されていたが、コロナ禍もあり前回2015年の開催から今回、9年ぶりの開催となった。
このワークショップは核共鳴散乱そのもの、もしくは核共鳴散乱を利用した手法に焦点を当てており、利用成果の報告というよりは、新しい技術開発や手法開拓、その根幹となる技術の進展に関する発表が中心となっている。途中オンライン形式でのワークショップはあったが、対面での開催は久しぶりであり再会を喜ぶ姿がいたるところで見られた。
DESY内、FLASH seminar roomが会場であった。初日に地図を頼りに会場に向かっていると、California Institute of TechnologyのSturhahn氏に出会い再会を喜んだが、入口が分からなくてウロウロしているという。昔DESYに居たんじゃない?と尋ねるとあの頃はこの辺りは草ぼうぼうだったという。確かに今年はDESY60周年とのこと。近年でもFLASHやEuropean XFELなどの新施設やそれに伴う新しい建物ができ、進化し続けるDESYを印象付けている。
ワークショップの初日は午後から始まり、SRIの議長のひとりDESYのWeckert氏の挨拶の後、核共鳴散乱実験がおこなえるビームラインからの報告が続いた。発表者はDESYのSergeev氏、ESRFのChumakov氏、APSのZhao氏、Hu氏、SPring-8からは本著者であるYoda氏、HEPSのXu氏であった。また第4世代放射光であるPETRA IVに関してDESYのWille氏から、European XFELに関してDESYのLeupold氏、Röhlsberger氏の発表があった。ESRFでは低エミッタンス化に伴い、核共鳴散乱用ビームラインを新設したが、これまでの知恵をすべて詰め込んだというビームラインは2つの光学ハッチと4つの実験ハッチから成り、スペースの確保に苦労している我々としてはうらやましい限りであった。もちろん性能も高く、高分解能モノクロメータとFeBO3単結晶による反射を加えた光学系では世界最小の集光ビームが実現されており、ビームタイムの90%がFe-57を利用した実験であることが報告された。APSとHEPSでは第4世代放射光のコミッショニングが順調に進んでおり、特にAPSでは50 pm.radを超える低エミッタンスが確認されたとの報告があった。
初日の晩と2日目のお昼はセミナー室に隣接するテラスでの食事となった。穏やかな風が抜ける、これぞヨーロッパの夏といった心地良いひと時であった。
図1 第6回核共鳴ワークショップの様子
2日目は核共鳴散乱を利用した新手法、ソフトウェア開発、検出器、光学系に関するセッションが開かれた。特に岡山大学のYoshimi氏がおこなった超精密時計に関わるTh-229励起に関する発表、東北大学のSaito氏がおこなった高速2次元検出器CITIUSによるエネルギー領域での準弾性散乱測定は、新規性という点で非常に注目を集めていたようにみえた。
ワークショップ最終日は滞在しているアルトナ駅近くのホテルから歩いてDESYに向かった。バス通りから何本か入った道は住宅街の中を通り、ドイツらしい街並みの朝の散歩を1時間ほど楽しむことができた。しかしこれまで利用していた門とは違う正門に着き、seminar roomまでどうやって行ったものかとiPhoneをいじっていると、APSのToellner氏が一緒に行こうと声をかけてくれた。これまで1対1で話したことはほとんどなかったが、20分ほどの間にお互いの発表の非常に細かいことを聞いたり、聞かれたりして、対面での会合の良さをあらためて実感することができた。
最終日は加速器のセッションでDESYからAgapov氏、APSからEmery氏、ESRFからRevol氏、Roche氏、SPring-8からはMasaki氏といった加速器の専門の方々が発表をおこなった。特に核共鳴散乱はバンチモードを利用する実験が多く、第4世代放射光で実現されるバンチモードやバンチ純度に関して非常に興味深い発表があった。
3. 第15回放射光装置技術国際会議
CCHと呼ばれるハンブルグ国際会議場のSRI会場に入ると、Best scientific image contestと称して、科学が関係する美しいイメージの数々が展示されていた。その中で案内板のすぐ横に見たことのある画像を見つけて驚いた(図2)。横軸はneV、縦軸はnsecのオーダーの核共鳴散乱の時間スペクトルの等高線図である。有名なヤングの実験では距離の位相差により干渉が生まれるが、この画像では振動数の差により干渉が生まれており、量子ビートと呼ばれている。A comb for quantum statesとタイトルがつけられ、詳細な説明書きが添えられていた。さすが、量子論の父と呼ばれるマックス・プランクを産んだドイツであると感じた。
図2 Best scientific image contestに選ばれた核共鳴散乱スペクトル
発表初日のPlenary Lecture 3としてアルゴンヌ国立研究所のShvyd'ko氏が“Scandium-45 Nuclear-Clock Isomer Driven by X-ray Laser”というタイトルで発表をおこなった。原子核時計とは原子核の中でも特にエネルギー幅の狭い核種を利用した、これまでの原子時計をしのぐ超精密時計である。もし実現すればダークマターの探索、物理定数の恒常性の検証(物理定数は本当に定数なのか)、測地学などに利用できると提案されている。話は前後するが、後日エルベ川沿いの時計塔(図3)を見た時に、あれっこれどこかで見たと即座に感じた。確かShvyd'ko氏は発表のタイトルページに時間を象徴するものとして、ハンブルグのランドマークである聖ミヒャエル教会の時計塔を映していたのではないだろうか。発表はEuropean XFELを利用してSc-45の12.4 keV準位の励起に初めて成功したというものであった。エネルギー幅ΔEは1.4 feVで、E/ΔEで定義されるQ値は~1019にも及ぶ。他の原子核時計の候補としてSPring-8でも岡山大学のグループがその準位の特性を調べ、多くの成果を出しているTh-229があるが、今年世界中でVUVレーザによる励起に立て続けに成功している。2023-2024年は原子核時計元年として記憶されるだろう。
図3 聖ミヒャエル教会の時計塔
会議場のまわりには美しい公園が広がっており、市民らしき人がくつろぐ姿は絵画にでも出てきそうな風景であった(図4)。もちろん私にとっても快適な気候と相まって、良い気分転換になっていた。
図4 CCH周辺の公園の様子
最終日にはKeynote Lecture 3としてマックスプランク研究所のDeBeer氏が“Catching Catalysts in Action”というタイトルで講演をおこなった(図5)。DeBeer氏のグループはSPring-8も利用しており、彼女自身は実験で来所されたことはないが、いつも実験に関するやり取りの際にはccに入っていた。今回せっかくなので、直接会ってデータについて相談したいと連絡があり、APSのHu氏と3人でcoffee Break中に30分ほど議論することができた。発表はおもにメタンをメタノールに変換する酵素、メタンモノオキシナーゼに関するもので、その反応の中間状態をさまざまな手法を駆使して解き明かしているというものであった。近年、二酸化炭素と水素からメタンを生成するメタネーションが注目されているが、その反応の先をいくものである。彼女のグループはSPring-8では水素を酸化還元するヒドロゲナーゼ、窒素とアンモニアの間を触媒するニトロゲナーゼを核共鳴散乱を利用して研究しており、メタンモノオキシナーゼの核共鳴散乱スペクトルに関してはStanfordのグループがSPring-8で取得した結果を紹介していた。
図5 SRI2024でのDeBeer氏の発表の様子
4. 終わりに
今回、第4世代放射光が光を放ち始めた黎明期でもあり、多くの興味深い発表や活発な議論がおこなわれていた。またサテライトワークショップ、SRI本会議ともコロナ禍明けの最初の会合であり、再会を喜ぶ姿がワークショップでもSRI初日のwelcome partyでもいたるとことでみられた。テレワークのデメリットのひとつとして信頼関係の構築が難しいことが挙げられているが、今回対面により多くの信頼関係が築けたと思ったのは私だけではないと思う。
(公財)高輝度光科学研究センター
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