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Volume 29, No.4 Pages 343 - 346

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第21回SPring-8産業利用報告会
The 21th Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8

上原 康 UEHARA Yasushi

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 サンビーム共同体、兵庫県、(株)豊田中央研究所、高輝度光科学研究センター(JASRI)およびSPring-8利用推進協議会(推進協)の5団体の共催で、第21回SPring-8産業利用報告会が9月10日、11日に科学技術館(東京・北の丸公園)において開催された。
 本報告会は2004年、専用ビームライン(BL)としての利用が本格化していた産業用専用ビームライン建設利用共同体(旧サンビーム)と兵庫県および共用BLでの産業利用支援を加速し始めたJASRIの3者が、それぞれの利用成果を報告する会を合同開催する形で始まった。2010年の第7回は、その前年より専用BLの運用を開始した豊田中央研究所が主催に加わり、また第12回からはそれまで協賛団体であった推進協も主催側となって回を重ねてきた。報告会の目的とするところは開始当初から揺らぐことなく、1)産業分野における放射光利用の有用性の広報、2)SPring-8の産業分野利用者の相互交流と情報交換の促進にある。今回は、SPring-8-II計画の本格始動を間近に控え、文部科学省からの基調講演および「SPring-8-IIへの産業界からの期待」に関する4件の企画講演を設けるといったプログラムの下、5年ぶりの関東での開催となった。2日間の参加者数は216名で過去の関東開催回の参加者数と比較すると少なかったが、口頭発表、ポスター発表共に活発な交流が行われ、報告会の開催目的に叶ったものになったと考える。

 

 

2. 口頭発表・1日目
 1日目、2日目共に、口頭発表は地下2階の「サイエンスホール」にて行われた。口頭発表会場の様子は写真1に示す通りで、年季を感じさせるものではあったが、参加者に対する席数やOA環境など、本報告会に適した会場であった。

 

写真1 口頭発表会場の様子

 

 

 今回は前節にも述べたように、SPring-8-II計画に対する産業界からの期待度を示すことを目的に、冒頭に企画講演を設けた。主催団体を代表してJASRI・雨宮理事長からの開会挨拶(セッション1)の後、文部科学省の髙谷浩樹・大臣官房審議官から「イノベーションの創造拠点としてのSPring-8」というタイトルで講演があった(セッション2:企画講演1、写真2)。日本からの学術論文発表数やトップ10論文数が世界ランキングで相対順位が低下する中、異分野融合の場となる先端科学施設が発信する成果、特に産業面での成果発信に対する期待が高いことを力説された。

 

写真2 文部科学省髙谷審議官の講演

 

 

 続くセッション3(企画公演2)では、日本製鉄(株)の河野氏、住友電気工業(株)の宮永氏、(株)豊田中央研究所の長井氏、パナソニックエナジ―(株)の浅利氏といった各社R&D部門の責任者に講演をお願いし、自社における放射光利用の現状とSPring-8-IIへの期待について語っていただいた。4社はそれぞれ鉄鋼、電子材料、自動車、電池の製造或いは研究会社として日本を代表する企業であり、講演では自社製品やそれらを製造する上での環境負荷に関する取り組みも含め、放射光利用の現状とアップグレードに対する期待が示された。このように両企画講演では文部科学省、企業双方からのSPring-8-IIへの期待が具体的にアピールされ、SPring-8-II計画実現に向けての機運を醸成する格好の場となった。
 休憩を挟んでのセッション4(JASRI共用BL実施課題報告会)では、JASRI・佐藤氏から今年度より取り組みを始めた新たな利用支援体制についての説明の後、利用研究に係る5件の発表が行われた。日本特殊陶業(株)の金子氏からは、リチウム固体電池用として開発された固体電解質材料の状態をBL14B2でのXANES測定を始め複数の量子ビーム施設を用いて解析し、ストロンチウム(Sr)添加による伝導率向上のメカニズムについて考察した結果が紹介された。続く住友ゴム工業(株)の金子氏は、自動車タイヤ用ゴムの実環境下での劣化要因究明のため、一般には真空中での測定が必須となる軽元素のX線吸収スペクトルと対応が良いとされるBL39XUでの大気中でのX線ラマン散乱分光を適用した実験結果を紹介した。X線ラマン散乱に関し、会場の理研・矢橋氏から「SPring-8-IIでは輝度向上により測定時間の短縮や空間分解能の高い測定が期待できるが、同時に試料の放射線損傷には気を付けてほしい」とのコメントがあった。続く大阪大学の佐伯氏は、自研究室に機械学習と自動測定を組み合わせた高効率有機太陽電池材料の探索装置を開発し、そこで見出された高い光変換効率を示すCs-Bi-Sb-I系材料の結晶性や配向性が高いことをBL13XUでの微小角入射X線回折測定により確認した。SAGA-LSの馬込氏は、佐賀県林業試験場が開発した新品種「サガンスギ」が早い成長速度の割に木材強度が高い要因を明らかにするため、BL19B2での小角X線散乱測定により木材の基本骨格を構成するミクロフィブリル(Cellulose Micro-Fibril, CMF)の配向度を評価し、サガンスギを含む複数品種において「木材の曲げヤング率とCMFの配向度(Micro-Fibril Angle, MFA)との間に負の相関、CMF体積との間に正の相関がある」という過去の研究例が再現され、サガンスギはMFAが小さくCMF体積が大きいといった高強度木材の特徴を遺伝的に継承していることを示した。本セッションの最後は酪農大の金田氏からの報告で、チーズ製造の初期段階である凝乳挙動をBL19B2の極小角X線散乱測定で時分割的に評価し、乳中のカゼインミセルが凝乳酵素の添加後数十分後には見かけ半径が初期(50~60 nm)の数倍に大きくなるといった結果が紹介された。今回の5件の利用報告はいずれも、放射光による評価結果と他の特性や物性との関係性をうまく説明しており、放射光利用がそれぞれの研究の中で根付いていることを改めて感じることができた。

 

 

3. 技術交流会
 セッション4の終了後、技術交流会(懇親会)が科学技術館・地下1階の「カフェ・クルーズ」にて開催された。報告会参加者数の半数を超える117名が参加し、議論と懇親を深めた(写真3)。本報告会の特徴は、セッション4の報告内容からも分かるように異分野のオンパレードであり、交流会の場においてそのような異分野間の会話が行われることは更なる放射光利用の広がりを期待させるものと考える。

 

写真3 技術交流会の様子

 

 

4. ポスター発表
 ポスター発表は、2日目の昼食休憩を挟んだ11時25分からと13時20分からの2つのコアタイムを設けて、科学技術館1階の「イベントホール2号館」にて行われた(写真4)。主催団体別にはサンビーム9件、兵庫県13件、JASRI 19件、豊田中央研究所7件の他に、協賛団体であるFSBLから1件、他施設や推進協等の紹介ポスターも合わせて総数57件の発表がなされた。発表件数は、第16回(2019年)と比較すると半数以下で、専用BLの利用縮小と企業の成果専有利用の増加が主な要因と考えられる。件数は多くなかったが、各ポスター前には人だかりができて熱心な議論が続いた。ポスター発表者の一人からは「1時間喋り続けたので疲れた」との感想が聞かれた。意見交換が進み新たな研究開発の発想が生まれたことを期待したい。

 

写真4 ポスター発表会場の様子

 

 

5. 口頭発表・2日目
 セッション5(サンビーム研究発表会)では、組織の現状報告と2件の技術発表があった。旧サンビーム共同体は今年3月で専用BLの運用を終了し、現在は元の構成13社の内の6社が、理研に移管されたBL16XU/B2の外部利用でビームタイム枠を確保して利用を継続している。現在同組織の代表を務める川崎重工業(株)の三輪氏から、上記の状況に加えてSPring-8-II計画に対する意気込みが示された。個別の利用研究成果として、まず住友電気工業(株)の徳田氏から、電線の高強度化を目指した研究で銅の引張試験における局所変形と結晶中の応力分布をBL16XUでの「その場XRDマッピング」により調べ、破断直前の局所変形領域において応力が集中し破断後に解放されたという結果が紹介された。(株)豊田中央研究所の高橋氏は、月面有人与圧ローバ用トランスミッション開発の中で、真空中での摩擦試験後における摺動面の状態をBL16XUのHAXPESにより調べ、摩擦抑制が認められた潤滑油を用いると油に添加された硫黄により表面に硫化鉄が生成されているという結果を示した。
 セッション6(豊田BL研究発表会)ではBL33XUを用いた2件の報告がなされた。田島氏は、インフラ材料として重要なセメントの固化過程を明らかにするため、結像型X線顕微鏡光学系を用いて水和時間が異なるセメントのX線ナノCT解析を行い、水和時間が長くなると水酸化物や繊維状非晶質物質が析出する様子を直接観察できることを示した。宇山氏は、同社が開発した貴金属を用いないCO2還元・O2生成触媒の触媒反応機構を明らかにするため、オペランドXAS・XRD計測系を構築して実験を行い、触媒反応中のCO2還元を担う2種類のCo(コバルト)錯体のCo周りの局所構造、O2生成を担う水酸化鉄の結晶性に関する知見が得られた。
 ポスター発表時間後のセッション7(兵庫県成果報告会)では、県の産業利用への取り組みの説明と4件の研究報告がなされた。まず兵庫県立大の原田氏から、SPring-8の兵庫県BL(BL24XU/BL08B2)は今年度末で専用BLとしての運用が終了しサンビームと同様に理研BLの部分利用となる予定であること、構内の県立大放射光施設ニュースバルは半導体リソグラフィと軟X線分光の2本立てで産業界に貢献していることが説明された。利用研究の最初はヒガシマル醬油(株)の眞岸氏から、醤油の醸造過程における原料分解の可視化についての報告があった。諸味の成熟過程のBL24XU/BL08B2でのX線CT観察から、麹菌が入り込んだ箇所で大豆の分解が進行していると考えられる像が取得された。(株)東レリサーチセンターの中田氏は、生体適合性ポリマーで重要な役割を担うとされる表面の中間水と呼ばれる水の状態を冷却から昇温下でのBL08B2での小角/広角X線散乱測定により調べ、中間水が低温結晶化することを捉えることに成功した。休憩を挟んだ後半はニュースバルを利用した研究例で、県立大・原田氏は半導体のEUVリソグラフィ開発においてニュースバルがそれに用いられる各種材料の多角的評価に貢献してきたことを概説し、Beyond EUVへの取り組みについても説明した。最後に同大学・神田氏から、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)薄膜の研究開発において、膜質評価法のISO規格策定にニュースバルでの評価結果が貢献したこと、また最近の第3元素含有DLC膜の構造解析もニュースバルで研究が進んでいることが紹介された。
 セッション8(講評と閉会挨拶)では、理研・石川センター長による講評があり、『産業利用の広がりが年を追うごとに進化しており特に今年は「第1次産業」での利用成果が目立ったこと』、『SPring-8-II計画が本格化し今は“見えない”ものが“見える”ようになることが期待される中で“見えた”先を考えてほしい』、といったコメントがあった。最後のJASRI・山口常務理事による閉会挨拶で、本報告会開始当時と比べてSPring-8における産業利用の利用形態や主催団体のSPring-8への関わり方が大きく変化しており、反省会等を通して次年度の運営方法を考えていきたい旨の告知を以って全プログラムの終了となった。

 

 

6. おわりに
 初日開始前に1階ロビーで来場者を案内していたところ、来着される方はほぼ皆同様にげんなりとした表情で一言「あつい・・・」。酷なまでの残暑厳しい2日間だったが、本年も産業利用報告会を盛会裏に終えることができた。準備段階から当日の運営、さらに事後のとりまとめ等、主催団体の事務局のご尽力と後援団体の関係者各位のご協力に、この場を借りてお礼申し上げます。
 閉会挨拶で山口常務理事が述べられたように、本報告会の運営も変革が迫られている。世界にも類を見ない大規模な放射光産業利用の発表の場を、来年以降どのように発展させるか、一緒に考えていきたい。

 

 

 

上原 康 UEHARA Yasushi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2706
e-mail : yasushi.uehara@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794