Volume 29, No.4 Pages 322 - 325
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
34th European Crystallographic meeting 報告
Report on 34th European Crystallographic meeting
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 構造生物学推進室 Structural Biology Division, Center for Synchrotron Radiation Research JASRI
1. はじめに
2024年8月26日~30日にかけてイタリアのパドヴァで34th European Crystallographic Meeting(ECM)が開催された。ECMは結晶学における会議であり、国際結晶学会が開催される年以外は毎年ヨーロッパで開催されている。2020年以降は新型コロナウイルスの感染拡大があり、報告者は海外での学会参加を控えていたが、今回約4年半ぶりに海外の学会に参加することが出来た。ECMに参加するのは今回が初めてである。
今回開催地となったパドヴァは北イタリアに位置しており、観光地として有名なヴェネチアから約40 km西に離れている。日本との時差はサマータイム時で7時間である。最寄りの空港はマルコポーロ空港であり、バスでパドヴァ駅まで45分の距離である。空港の周りは見渡す限り平地であり、山は見られなかった。空港から外に出ると気温は日本の真夏と同じくらいの35°C前後であるが、日差しが強く、日なたにいるのは辛かった。一方、湿度が低いため、日陰に入ると涼しく、風も気持ち良かった。
学会はPadova Congressで開催された。Padova Congressはパドヴァ駅から徒歩約10分の距離に位置している。写真1は会場となった建物である。見た目は新しく、綺麗であった。会場周辺のお店はスーパーマーケットがあるくらいで、観光地からは離れた場所であった。ホテルから会場までは徒歩で移動したが、日本では珍しいラウンドアバウトが多く存在していた。私が横断歩道の前に立っていても、車は止まってくれなかった。現地の人達は車が止まるのを待たずに横断歩道を渡り、無理矢理車を止めていた。また、ヘルメットを被らずに電動キックボードで移動する人も多かった。よく交通事故が起こらないものだと感心すると共に、日本との違いを感じた。
写真1 34th ECMの会場となったPadova Congress。
写真2 会場入り口に設置されていた学会の開催場所と会期を知らせる看板。
2. 学会の内容
34th ECMでは口頭とポスター発表があった。学会の基本スケジュールは8:30-9:30が1人の講演者によるKeynote、9:30-10:00がポスター発表とコーヒー休憩、10:00-12:00が複数の講演者によるマイクロシンポジウム、12:00-14:00が昼食休憩、14:00-16:00がマイクロシンポジウム、16:00-17:00がポスター発表とコーヒー休憩、17:00-18:00がKeynote、18:00以降は授賞式や懇親会といったイベントが開催された。ポスター発表は4日間あり、毎日発表者は交代する形式であった。ECMでは研究分野は41に分かれており、細分化されていた。受付時に各日にちでのスケジュールが記載され、メモの出来る40ページ程の小さな冊子を貰ったが、発表の要旨を見るためにはスマホにアプリをインストールする必要があった。報告者は学会の2日目途中までは冊子を見ていたが、冊子に記載されていた演題と発表者が変更されていることがあったため、以降アプリで最新の情報を入手するようにした。学会期間中は学会ホームページでもプログラムを確認出来なくなっており、アプリで確認するように表示されていた。冊子は配布されなくなり、アプリで情報を確認する時代になっているのだと強く感じた。最新の情報を知ることが出来るので、参加者にとって利点がある方法である。
報告者は現在の開発テーマと関係がある「蛋白質の微小結晶を用いた時分割構造解析」分野を中心に情報収集を行った。以下では、今回の学会で印象に残った内容について紹介していく。分野に偏りがあることはご容赦いただきたい。
1日目:
パドヴァ駅に15:00ごろに着いたので、ホテルに荷物を置いてから学会会場に行き、受付を済ませた。この日は招待講演とPerutz賞の受賞公演のみがあった。招待講演ではフランスの欧州分子生物学研究所のKristina Djinovic氏による筋肉のZ-diskと呼ばれる場所に存在する蛋白質の研究についての発表があった。X線結晶構造解析だけでなく、X線小角散乱やNMRといった複数の手法を組み合わせて研究を進めていた。複数の手法を用いることは現在では一般的ではあるが、用いた手法の多さに驚いた。Perutz賞の受賞公演ではAdam Mickiewicz大学のMariusz Jaskólski氏による、これまでに関わった蛋白質の結晶構造解析の発表があった。治療薬に関する研究ではエイズのプロテアーゼ阻害剤、白血病の治療薬となるアスパラギナーゼの研究が紹介された。また、蛋白質の超高分解能構造解析も行っており、クランビンとZ-DNAの研究が紹介された。薬の開発につながる応用面の研究だけでなく、超高分解能構造決定という基礎的な研究も行っているので、研究分野の広い方だと感じた。講演が終わった後は、19:00-20:00まで会場内でWelcome Cocktailというイベントが開催された。お酒を飲みながら自由に雑談をする時間で、参加者は楽しんでいた。
2日目:
午前のマイクロシンポジウムではMS-04 : AI, software developments and Machine learning applied to MX and CryoEMを聴講した。ローレンス・バークレー国立研究所のPavel Afonine氏の発表では深層学習AIを用いた構造精密化がX線とクライオ電子顕微鏡共にPhenixというソフトウェアで実行出来るようになったという内容であった。従来の方法よりも、決定された構造の精度は向上するとのことであった。現段階では、蛋白質のみにしか適用出来ないこと、構造多形には対応していないこと、計算時間がかかることを問題点として挙げていた。AIを利用したデータ処理と構造精密化用ソフトウェアの開発は今後ますます盛んになると感じた。
リバプール大学のDaniel Rigden氏の発表ではProtein Data Bank(PDB)に登録されているクライオ電子顕微鏡で決定された蛋白質の構造とAlphaFold2というAIプログラムを用いて同じ蛋白質を構造予測し、比較を行ったという内容であった。その結果、クライオ電子顕微鏡で決定された蛋白質では間違った構造が多く登録されているとのことだった。クライオ電子顕微鏡で決定された蛋白質では分解能が3から4 Å程度と低いものが多いことが原因とされていた。他にも、活性に関係する部位に研究者は興味を持っているので、それ以外の部分は注意して構造を決めていないことも理由の一つではないかと思った。PDBに登録されている蛋白質の構造は全て正しいと思わず、間違っていることはないか疑いの目を持つことの大切さを感じた。
午後のKeynoteではDESYのHenry Chapman氏の発表を聴講した。X線自由電子レーザーを用いた蛋白質の時分割構造解析の歴史について説明された。強力な光源、蛋白質結晶の搬送、読み出しの速い検出器の開発、データ処理ソフトウェアの開発という4つの技術が合わさり、時分割構造解析が可能になったとのことであった。また、波長に幅のあるX線を用いた方が単波長のX線を用いるよりも測定効率を上げられることを説明していた。Chapman氏はこの分野の第一人者であり、私の開発テーマと関係があるので、興味深く聞くことが出来た。
ポスター発表ではMS3-Serial crystallography and dynamics / room temperatureを中心に情報収集を行った。フランスの第4世代放射光施設のESRF-EBSに建設された蛋白質用のビームラインのビーム強度は報告者が関わっているSPring-8 BL41XUのビーム強度の約100倍となっていた。時分割構造解析ではビーム強度が強くなる程より高い時間分解能を実現出来る。ビーム強度を強くするためにもSPring-8-IIの早期の稼働を実現していきたい。ヨーロッパの放射光施設では時分割構造解析の出来るビームラインの開発が進んでおり、決定された蛋白質の構造から反応機構を提唱するところまで進んでいた。報告者もSPring-8 BL41XUにおける時分割構造解析に向けた開発状況をポスター発表した。標準試料を用いて、静的構造を決定出来るところまで装置開発が進んでいることを報告した。まだ、時分割構造を決定するところまで進めていない段階なので、2025年度中までには反応機構を提唱するところまで進めていきたいと強く思った。ポスター発表では物理、化学系の発表数が生物系より多かった。日本の結晶学会では生物系の発表数の方が多いので、地域による違いが面白かった。
3日目:
午後のマイクロシンポジウムではMS03-Serial crystallography and dynamics / room temperatureを聴講した。Diamond Light SourceのSofia Jaho氏の発表ではX線自由電子レーザーSACLAとDiamond Light SourceのI24で、微小結晶を用いた固定ターゲット法でミオグロビンという蛋白質の時分割構造解析を行っているという内容であった。O2がヘムに結合する様子を観察するためには、光を照射するとO2を放出するcaged化合物と、ミオグロビン結晶とを嫌気条件かつ暗所で混ぜなければならず、大変だと感じた。O2が結合した後と考えられる電子密度が得られていたが、分解能が低く、まだはっきりしたことは言える段階ではなかった。研究に関わっている人数が22と多く様々な分野の人が連携して、行われている研究であった。現在では、時分割構造解析が可能な装置のアイデアは一通り試されており、どんな蛋白質を用いて、何を明らかにしていくかが問われている段階だと強く感じた。結晶中で各分子の反応が始まるタイミングを揃える必要があるので、光を受容する蛋白質やcaged化合物を適用出来る蛋白質が研究対象として選ばれやすいのも仕方がない面がある。
ポスター発表では結晶を含む昆虫細胞を用いて、固定ターゲット測定をするという話が興味深かった。細胞中で結晶が出来ることを初めて知ったし、蛋白質を精製して、結晶を作成する手間が省けるところが利点だと思った。適用出来る蛋白質に条件はあるのか、昆虫細胞にX線を照射して回折データのバックグラウンドが上がらないのか、後から疑問に思ったが、聞きそびれてしまった。
4日目:
午前のKeynoteではIBM社のHeike Riel氏の発表を聴講した。コンピューターの歴史、コンピューターのエネルギー消費量は年代が上がるにつれて減少していること、ChatGPTが学習に使うエネルギー消費量などを説明していた。学問的な内容ではなく、コンピューターの実用的な話であった。コンピューターとAIの内容で1つのKeynoteを設けたことから幅広い分野を受け入れるヨーロッパ結晶学会の度量の大きさを感じた。ただ、学会の講演なので、学問的な話も聞きたかった。
午後のマイクロシンポジウムではMS07-MX and cryo-EM membrane Protein structuresを聴講した。パドヴァ大学のAlessandro Grinzato氏の発表ではミトンコンドリア呼吸鎖に存在する分子量が約100万のNADH : ubiquinone oxidoreductaseのクライオ電子顕微鏡で決定された構造についての内容であった。この蛋白質はL字型をしており、結晶を得ることが困難な膜蛋白質であった。疎水性領域のみ[1][1] R. G. Efremov and L. A. Sazanov : Nature. 476 (2011) 414-420.や親水性領域のみ[2][2] J. M. Berrisford and L. A. Sazanov : J. Biol. Chem. 284 (2009) 29773-29783.で結晶を作製し、部分的な構造は3から4 Å程度の分解能で決定されていたが、全体での結晶構造はX線では決定されていなかった。クライオ電子顕微鏡では結晶を用意する必要がないので、全体構造を3から4 Å程度の分解能で決定出来るようになったという経緯がある。Slack状態という新しい状態が見つかったが、この状態の生理的な意義については不明とのことであった。X線では全体構造が決定出来なかったが、クライオ電子顕微鏡では可能になった例の一つである。今後もクライオ電子顕微鏡の利用が進んでいくと感じた。
5日目:
午前中は口頭発表があり、昼食休憩を挟んで、15:00からポスター賞の授賞式があった。様々な名前のポスター賞があり、総勢12名が受賞した。受賞者の研究テーマがどういう分野なのか賞の名前からは分からなかった。日本の結晶学会では物理、化学、生物系のそれぞれに分けて受賞者を決めているので、各学会での考え方の違いが出ていた。授賞式が終わると、学会を支えてくれたスタッフ達をステージ上で讃える時間が設けられていた。これだけ大きな学会を開催し、問題なく運営していくことはとても大変なことなので、学会関係者には感謝している。その後、本学会の国別参加者数が発表された。地元のイタリアが最も多く、130人程であった。日本の参加者は5人であった。学会会場では日本人をあまり見かけなかったので、妥当な数字だと思った。次回の開催時期は2025年8月25日~29日で、場所はポーランドのPoznanの予定である。
16:00-17:00まで、ECMの閉会とEPDICという粉末結晶の学会の開会を兼ねる講演があり、ECMは閉会した。
写真3 口頭発表会場の様子。講演中ではないため、人は少ない。
3. おわりに
本稿では、34th ECMの学会内容を紹介した。結晶学の学会ではあるが、結晶を用いないクライオ電子顕微鏡やAIについての発表もあり、内容は多岐にわたっていた。また、新型コロナウイルスの感染拡大後で初めての海外学会への参加であり、久しぶりに外国の雰囲気を味わうことが出来た。同じ夏でも日本と違いがあり、日差しの強さが印象に残った。他との兼ね合いもあるが、地球温暖化の影響があるので、開催時期を涼しい時期にしてくれた方が、もっと楽しむことが出来たと思う。機会があれば、またECMに参加したい。
参考文献
[1] R. G. Efremov and L. A. Sazanov : Nature. 476 (2011) 414-420.
[2] J. M. Berrisford and L. A. Sazanov : J. Biol. Chem. 284 (2009) 29773-29783.
(公財)高輝度光科学研究センター
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