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Volume 29, No.3 Pages 209 - 211

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第74回アメリカ結晶学会年会
American Crystallographic Association’s 74th Annual Meeting

長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 構造生物学推進室 Structural Biology Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 American Crystallographic Association's 74th Annual Meeting(ACA、アメリカ結晶学会年会)は毎年7月頃に開催される結晶学の会議である。74回目の今年はコロラド州デンバーで7/7~7/12の日程で開催された。会場は、デンバーの中心部から電車で約30分のデンバーテクノロジーセンターという落ち着いた雰囲気のビジネス地区にあるThe Denver Marriott Tech Centerという4つ星ホテルであった。
 初日の7日は日中にサテライトワークショップが5つ開かれ、夜に基調講演とopening receptionが開催された。私が参加したのは翌8日からであるが、この日から11日の4日間は午前と午後に6つのパラレルセッションがあり、それぞれ4~7件の発表があった。ポスターセッションは8~10日の3日間設けられ、口頭セッション終了後の午後5時から7時半まで開かれた。合計106件の発表ポスターはいずれも3日間掲示され(写真1)、発表者は3日間の内1日だけポスターの前で説明するという仕組みであった。

 

写真1 ポスター会場

 

 

 ポスター会場から少し離れたホールには企業展示会場(写真2)があり約20件の出展があった。展示会場ではコーヒーなどの飲み物が提供され、セッションの途中に設けられた30分間の休憩中に参加者が集まり交流の場となった。また、ポスターセッション中には軽食やビールなどのアルコールも振る舞われ、直ぐ近くのポスター会場では飲み物を片手に和やかに議論する様子も見られた。

 

写真2 企業展示会場

 

 

2. Scientific program
 生物分野でのクライオ電子顕微鏡(CryoTEM)による構造研究の広まりを受け、ACAでは結晶解析や溶液散乱だけではなくCryoTEMに関するセッションも設けられている。今回もCryoTEMによる単粒子解析に加えトモグラフィーや電子線回折(MicroED)によるによる構造解析に関するセッションがあった。また、金属タンパク質に関するセッション、創薬に関するセッションなどもあったが、いずれもX線結晶解析とCryoTEMによる研究が混ざった構成となっていた。今年のACAのテーマが“A Golden Future for Structural Science”であることが示すように、ACAは今や結晶学というよりも手法によらず構造科学研究を議論する場となっている。
 ここからは筆者の専門である放射光構造生物学に関わる放射光ビームライン、シリアル結晶解析、生体高分子結晶解析へのAI・機械学習の利用に関する発表について報告したい。
 放射光ビームラインについては2日目の午前と午後に「Light Sources Through the Decades - Part 1」、同「Part 2」のセッションが開催された。アップグレード後のコミッショニングが進んでいるAdvanced Photon Source(APS)を念頭に組まれたプログラムと推察され、Part 1では粉末回折や生体高分子の分野において放射光利用の黎明期からこれまでを振り返る以下のような発表があった。

•「The Early Days of Powder Diffraction at NSLS-I」D. Cox氏(ブルックヘブン国立研究所)

•「Building the Power of Modern Macromolecular Crystallography」R. Sweet氏(ブルックヘブン国立研究所)

•「From X-ray Synchrotrons to Storage Rings–Revolutionizing Determination of Biological Structure」K. Hodgson氏(スタンフォード大学)

これを受ける形で午後のPart 2ではアルゴンヌ国立研究所のU. Ruett氏とR. Fischetti氏がそれぞれ「The New Era of Structural Science」、「The renewed GM/CA@APS Structural Biology Facility and APS-Upgrade」というタイトルでアップグレード後のビームラインに関する発表を行った。U. Ruett氏はAPS-Uで目指すサイエンスとして回折・散乱・分光など“Core technique”とGrain mapping・XPCS・タイコグラフィーなどの“Exploratory technique”の2つの方向性を示した。放射光施設で得られる成果は、マシン・光源・検出器・ビームライン等に加えてユーザーやスタッフの相乗効果であるとし、放射光にかかわる人材の重要性を強調されていたのが印象的であった。
 R. Fischetti氏はタンパク質結晶解析(以後MX)ビームラインGM/CA@APS(23ID-B、D)について発表した。2012年のB. Kobilka氏のノーベル賞受賞等に貢献したビームラインの歴史を振り返った上で、アップグレードした光源を生かすための光学系や制御ソフトウェアについての報告があった。改修後は屈折レンズを用いた光学系によりエネルギー領域5~35 keV、ビームサイズ1~50 µmのX線が利用でき、その強度は1 × 1013(photons/s)になるとのことであった。またX線損傷の観点から高エネルギーX線の利用が有利であることをデータを見せながら示し、検出器としては高エネルギー領域まで利用できるEiger2 16M CdTeを使用するとのことであった。SPring-8のBL41XUでは主として超高分解能データ測定のために25 keV以上の高エネルギーX線を用いた測定を提供し続けてきたが、今後は通常のデータ測定においても高エネルギーの利用が広がるように思われる。
 また、このセッションでは現在アップグレードが進んでいるSwiss Light Source(SLS)のV. Olieric氏から3本のMXビームラインの内の一つX06DA-PXIIIについての発表があった。SLSのアップグレード前に改修を終えたこのビームラインでは、50サンプル/時間のハイスループット自動測定を目指しているとのことであった。また、近年本分野で注目されている室温での測定についても言及があった。“Cryo2RT”と名付けられたこの手法では、凍結結晶をゴニオメータに載せた後に室温に戻して回折実験を行うそうである。試料によっては融解にともなう試料の劣化の可能性はあるものの、保存や輸送に便利な凍結結晶の利点を活かした室温測定方法であるように感じた。
 また、別のセッションではあるがMXビームラインに関する発表としてNSLS IIのJ. Jakoncic氏によるThe highly Automated Macromolecular Crystallography(AMX)ビームラインの発表があった。AI等を使い1日1,000個以上のハイスループット測定を目指しているということであった。J. Jakoncic氏の発表と前述のV. Olieric氏の発表に共通に出てきたのは“Autonomous”という言葉であった。20年以上前から自動化が進んできたMXビームラインは、試料の位置合わせや回折画像の認識などにAIの利用が始まりつつある。今後“Autonomous”はMXビームラインのキーワードになるように思われた。
 シリアル結晶解析のセッションでは、XFEL・放射光・電子顕微鏡を用いた微小結晶解析や時分割構造解析等についての発表があった。この中から以下2つの発表を紹介したい。
 コーネル大学のK. Zielinski氏はMix-and-inject serial crystallographyによる酸化ストレスにかかわる酵素の時分割構造解析について発表した。この手法はタンパク質微小結晶の懸濁液に基質溶液を混ぜることで反応を開始し、一定の遅延時間後にX線を照射して回折データを取得する手法である。マイクロ流路を用いた独自の試料セルをAPSのBioCARS(14-ID)ビームラインに持ち込み、ピンクビームを用いた測定で遅延時間3~30秒の間の構造変化を捉えることに成功していた。一つのタイムポイントあたりの測定に1~4時間要したそうであるが、高速検出器の利用により2~10分に短縮されるであろうとのことであった。
 また、Diamond Light Source(DLS)のA. Orville氏は今後5~10年で生体高分子の時分割構造解析をルーチン化させるという大きな目標を掲げ、そのために進めているマイクロ流路やテープドライブによる試料搬送方法や反応開始方法の技術開発について発表した。またXFEL施設に比べてアクセスの容易な放射光ビームラインの利用を強調し、上述の技術開発もDLSのMXビームラインを活用して進めているとのことであった。SPring-8のBL41XUにおいても生体高分子の時分割構造解析の立ち上げを進めているが、XFELで始まったシリアル法による時分割構造解析は放射光の利用へと着実に広まっているようである。
 構造解析へのAI・機械学習の利用については「Biological Structures from Artificial Intelligence」、「AI in Modern Crystallography」といったセッションに加えて「Data Analysis Software & Applications」のセッションでも発表があった。最後にこの中から2つの講演を紹介したい。
 ウィスコンシン大学のM. Schmidt氏は、生体高分子の時分割結晶解析において共存する複数の中間状態を分離するために開発したソフトウェアKINNTREX(kinetics-informed neural network for time-resolved X-ray crystallography)[1][1] G. Biener et al.: IUCrJ 11 (2024) 405-422.について発表した。複数の中間体をもつ反応の場合、反応経路が複数考えられる。従来は反応経路を仮定した上でsingular value decomposition(SVD)法により複数の状態を分離していたが、ニューラルネットワークによる計算を取り入れたKINNTREXでは反応経路の仮定を入れることなく正しい経路を推測しその反応中間体の差電子密度マップを計算することができるということであった。
 またハーバード大学のD.R. Hekstra氏は回折データ処理の最終段階に行う ①回折強度のスケーリング ②等価な回折反射強度の平均化 ③強度から構造振幅への変換への機械学習の利用について発表した。従来の方法ではこの順番に逐次計算しているが、ベイズ推定と機械学習を取り入れワンステップで計算するということである[2][2] K. M. Dalton et al.: Nat. Commun. 13 (2022) 7764.。異常分散による硫黄位置の検出やピンクビームを用いた時分割測定のデータ処理などへの利用例を見せ、精度の良いデータが必要な解析において十分に利用できることを示した。そのソフトウェアの名称はCarelessと名付けられ、従来よりこの分野で広く用いられているAimless[3][3] P. R. Evans & G. N. Murshudov: Acta Cryst. D 69 (2013) 1204-1214.というソフトウェアへの敬意を示しているとのことであった。
 MXビームラインでは先に述べたとおり時分割構造解析が重要なテーマになっている。得られたデータから重要な情報を抽出するためのKINNTREXやCarelessなどのソフトウェアの登場はこのような研究において強力な武器になるであろう。

 

 

3. おわりに
 私がACAに参加したのは2016年以来である。奇しくもその年も開催地はデンバーであったが、その時と比べてACAの規模が小さくなった印象を感じた。その理由は構造解析に関する結果の発表の数が少なくなったからであるように思われた。しかし、ここで紹介したように手法開発にかかわる発表は以前と変わらず活発な発表・議論がなされており、久しぶりに参加して非常に面白い学会であったように感じた。来年はAPSの近くにあるランバード市で7/18~23の日程で開催される。APS-Uの立ち上がりが完了しそこで得られた様々な成果についての報告が期待される。

 

 

 

参考文献
[1] G. Biener et al.: IUCrJ 11 (2024) 405-422.
[2] K. M. Dalton et al.: Nat. Commun. 13 (2022) 7764.
[3] P. R. Evans & G. N. Murshudov: Acta Cryst. D 69 (2013) 1204-1214.

 

 

 

長谷川 和也 HASEGAWA Kazuya
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 構造生物学推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : kazuya@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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