Volume 29, No.3 Pages 172 - 179
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告
はやぶさ2リターンサンプルのX線CTを用いた初期分析と詳細分析
Initial and detailed analysis of Hayabusa2 return samples using X-ray tomography
[1]東北大学 理学研究科 Graduate School of Science, Tohoku University、[2]立命館大学 総合科学技術研究機構 Research Organization of Science and Technology, Ritumeikan University、[3](公財)高輝度光科学研究センター 散乱・イメージング推進室 Research and Utilization Division, JASRI
- Abstract
- 本長期課題では先行長期課題を引き継いで小惑星探査機はやぶさ2が持ち帰った小惑星リュウグウサンプルの放射光X線CT分析を実施した。空間分解能の異なるCTシステムを組み合わせてサンプル分析を実施することでリュウグウサンプルの岩石鉱物学的特徴をマルチスケールで明らかにすると共に、リュウグウ母天体内で起こった水質変成プロセス(水–岩石化学反応による二次鉱物の生成プロセス)や宇宙塵衝突による小惑星リュウグウ表面物質の変化のプロセスを詳細に明らかにした。また本課題のX線CT分析はリュウグウサンプルの初期分析および後発の国際公募分析課題において一連のサンプル分析の序盤に実施され、後続の顕微分析を補助する役割を担い成果の創出に貢献した。
1. はじめに
日本の小惑星探査機はやぶさ2は小惑星リュウグウからのサンプルリターンに成功し、2020年12月に約5.4 gのリュウグウサンプルを地球へと送り届けた。リュウグウサンプルは黒色のマイクロ~ミリメートルサイズの岩石粒子で(図1)、その一部はJAXAのサンプルキュレーション(粒子の外見、重量、表面の光学特性などの特徴を調べる作業)[1, 2][1] T. Yada et al. : Nat. Astronom. 6 (2022) 214-220.
[2] S. Tachibana et al. : Science 375 (2022) 1011-1016.を経て2021年6月に国内の研究機関へ送られ、詳細な特徴を調べるサンプル初期分析が行われた。
図1 小惑星リュウグウサンプルの光学顕微鏡像。
リュウグウは地球近傍軌道を公転する直径900 m程の小惑星で、赤外域の表面反射スペクトル(構成物の種類を反映する)から水や有機物を含むとされるC型小惑星に分類されており、太陽系の天体、水、生命の起源と進化の解明に繋がる情報を含む天体と考えられている。サンプル初期分析では、リュウグウサンプルが実際に含水鉱物や有機物を含むことや、それらの物質がかつて天体内部で起こった水質変成(水–岩石間の化学反応)により形成したことが明らかになった[3-8][3] T. Yokoyama et al. : Science 379 (2022) eabn7850.
[4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.
[5] M. Ito et al. : Nat. Astronom. 6 (2022) 1163-1171.
[6] E. Nakamura et al. : Proc. Jpn. Acad. Ser. B 98 (2022) 227-282.
[7] H. Naraoka et al. : Science 379 (2023) eabn9033.
[8] H. Yabuta et al. : Science 379 (2023) eabn9057.。筆者らは、この初期分析の一環として先行長期課題でSPring-8の放射光を用いたリュウグウサンプルのX線CT撮影を実施した。これにより、硫化鉄粒子内に閉じ込められた液体の水を発見するなどの成果を報告している[4][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.。この水はかつて天体内部で水質変成が起こっていた時の水で、後の元素分析により塩や有機物を含む炭酸水であることが明らかとなった[4][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.。炭酸水の存在は、リュウグウが太陽系誕生から間もなく太陽から遠く離れたCO2雪線(初期太陽系においてCO2が気体/固体として存在する領域の境界線で木星付近に位置していたと考えられている)以遠の低温領域で形成したことを示す[4][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.。液体の水が存在したことから、形成当時のリュウグウは現在よりも大きく、キロメートル以上のサイズをもつ天体であったと推定されている[4][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.。この天体は形成後、木星などの巨大惑星の軌道変化の影響を受けて太陽系の内側方向に移動し、他の天体と高速衝突して破砕され、その破片が集積することで現在の小惑星リュウグウが形成されたと考えられている[4][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.。リュウグウが前身天体(母天体という)の破片の寄せ集めからなる小惑星(ラブルパイル天体と呼ばれる)であることは、筆者らのX線CT撮影により得られたサンプルの密度(1.79±0.08 g/cm3)[4][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.が小惑星リュウグウの密度(平均1.19±0.02 g/cm3)[9][9] S. Watanabe et al. : Science 364 (2019) 268-272.に比べ有意に大きく、天体内部に隙間が多く存在すると推定されることからも支持される。
このように小惑星リュウグウは、太陽系誕生から現在に至るまでの様々な天体イベントを記録した天体である。本長期課題では、小惑星リュウグウのより詳細な特徴と形成履歴を明らかにするため、多数のリュウグウサンプルについてX線CT撮影と電子顕微鏡観察を組み合わせた複合分析を実施した。
2. リュウグウの放射光X線CT分析
本課題では数百マイクロメートル~ミリメートルの比較的大きなサンプルをBL20XUの統合X線CTシステム[10][10] M. Uesugi et al. : Geochim. Cosmochim. Acta 116 (2013) 17-32.で撮影し、それよりも小さいサンプルはBL47XUの分析型ナノCTシステム[11, 12][11] A. Tsuchiyama et al. : Geochim. Cosmochim. Acta 116 (2013) 5-16.
[12] A. Takeuchi et al. : J. Synchrotron Radiat. 20 (2013) 793-800.を用いて撮影した。また統合X線CT撮影により大きなサンプル中に見出した関心領域を集束イオンビーム法[13][13] A. Miyake et al. : Microscopy 63 (2014) i24-i25.により小さなブロック状サンプルに加工して取り出し、BL47XUの分析型ナノCTシステムで詳細な特徴を調べるビームライン横断型の分析も実施した。分析型ナノCT分析を実施したサンプルの一部は、集束イオンビーム法により薄膜試料に加工し透過型電子顕微鏡観察を実施した。
2-1. 統合X線CTシステム
BL20XUの統合X線CTシステムでは、30 keVのX線を用いることにより、数ミリメートルまでの比較的大きな試料を高空間分解能で撮影することが可能である。共通のサンプルステージを用いてX線光学系と検出器を切り替えることにより、同一サンプルについて広視野CT撮影(X線吸収像を用いたサブミクロンの画素サイズでの高精細CT)、X線回折、局所CT撮影(X線吸収像/微分位相像を用いた100 nm以下の画素サイズでの超高精細CT)が行える(図2)[10][10] M. Uesugi et al. : Geochim. Cosmochim. Acta 116 (2013) 17-32.。
図2 BL20XUの統合X線CTシステムのセットアップ概念図。同一サンプルを広視野CT、X線回折、局所高分解能CTで分析可能。
2-2. 分析型ナノCTシステム
リュウグウサンプルはサブミクロンのサイズをもつ構成物からなり、組織観察にはナノスケールの分解能を持つCTシステムが必要である。BL47XUには7-15 keVのX線を用いて超高分解能(画素サイズ10-100 nm程度)でCT撮影が行える結像CTおよび走査結像CTシステムが整備されている。本課題では、前者を用いてFeのK吸収端(7.11 keV)を挟んだ2つの異なるエネルギー(7、7.35 keV)で吸収CT像撮影を行うDET(Dual Energy Tomography)[11][11] A. Tsuchiyama et al. : Geochim. Cosmochim. Acta 116 (2013) 5-16.と後者を用いて8 keVのX線で位相CT像を撮影するSIXM(Scanning Imaging X-ray Microscopy)[12][12] A. Takeuchi et al. : J. Synchrotron Radiat. 20 (2013) 793-800.を実施した。DETでは異なる化学組成をもつ多種の鉱物同定が可能である。一方SIXMの位相CT像は物質の密度差に対応するコントラストをもち、DETでは困難な水や有機物など軽元素からなる物質の識別が可能である。DETとSIXMで取得した3つのCT像を重ね合わせてカラーCT像を作成することで鉱物や有機物の3次元分布をイメージングし、色の違いで鉱物を判別することができる(DET-SIXM法: 図3)。またDET、SIXM法によるCT撮影で得た各構成物質のCT値を既知の組成をもつ標準サンプルのCT値で較正することで物質のX線線吸収係数(LAC: linear attenuation coefficient)と屈折率減分値(RID: refraction index decrement)を得ることができる。これらの値は物質の化学組成(Fe/Mg比など)や密度を反映しており、これに基づいてサンプルの物質科学的な特徴を調べることも可能である(分析型ナノCT: 図3)。
図3 分析型ナノCT(DET-SIXM法)で得られるデータの例。(A)DETの7 keV X線の吸収CT像(凡そ原子番号Zに対応するコントラスト)、(B)7.35 keV X線の吸収CT像(Feの濃度を反映したコントラスト)、(C)SIXMの8 keV X線の位相CT像(密度を反映したコントラスト)を重ね合わせることで(D)3次元鉱物カラーマップが得られる。各鉱物相のCT値を既知の組成をもつ標準物質のCT値で較正してLAC値、RID値を求め、それらの値をヒストグラムにプロットすることで鉱物相の密度や化学組成の情報が得られる。(E)Serp:serpentine、Toch:tochilinite、Cal:calcite、Pen:pentlandite、TCI:tochilinite cronstedtite intergrowth。
以上の実験により、リュウグウの岩石鉱物学的特徴を明らかにすると共に、リュウグウの構成鉱物が生成した水質変成過程の詳細、小惑星リュウグウ表面で起こった微隕石の衝突現象を明らかにした[4, 14, 15][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.
[14] A. Tsuchiyama et al. : Geochim Cosmochim. Acta 375 (2024) 146-172.
[15] M. Matsumoto et al. : Sci. Adv. 10 (2024) eadi7203.。以下ではその概要を紹介する。
3. リュウグウの岩石鉱物学的特徴と水質変成過程
筆者らは先行課題および本課題において、合計50個以上のリュウグウ粒子をBL20XUの統合CTシステムで分析した。得られたCT像とX線回折パターンを組み合わせて解釈することで、サンプルの大まかな岩石鉱物学的特徴を得た。CTおよびX線回折データの一例を図4に示す。リュウグウ粒子は主に細粒な含水層状ケイ酸塩(サポナイト、saponite: Ca0.25(Mg,Fe)3((Si,Al)4O10)(OH)2 · nH2O、サーペンティン、serpentine: (Mg,Fe)3Si2O5(OH)4)のマトリクスからなり、様々なサイズ、形状の鉱物粒子を含む。鉱物粒子は主に酸化鉄(マグネタイト、magnetite: Fe3O4)、硫化鉄(ピロータイト、pyrrhotite: Fe1-xS、ペントランダイト、pentlandite: (Fe,Ni)9S8)、炭酸塩(ドロマイト、dolomite: CaMg(CO3)2、ブリュネライト、breunnerite: (Mg,Fe)(CO3)2)、リン酸塩(ヒドロキシアパタイト、hydroxyapatite: Ca5(PO4)3(OH))からなる。主として含水層状ケイ酸塩からなるマトリクスの化学組成は数十~数百マイクロメートルのスケールで不均質で、大小多数のクラックが発達している。このような鉱物の組み合わせ、岩石組織は分析したリュウグウサンプル全てに共通して見られることから、リュウグウは比較的均質な天体であると推定された。このことは電子顕微鏡観察などの他の分析手法によっても確認されており、探査機が行ったリュウグウ表面のリモート観測の結果とも整合的である[16][16] K. Kitazato et al. : Science 364 (2019) 272-275.。
図4 統合X線CTシステムを使って得たリュウグウサンプルのCT像とX線回折パターン。(X線のエネルギーは30 keV)
リュウグウの母天体は木星以遠の低温領域で石と炭酸水氷の塵が集積して形成し、その後、天体内部では氷が融けてCO2-H2O流体が生じ、これが石の成分と化学反応することで水質変成が起こった[4][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.。現在のリュウグウを構成する含水層状ケイ酸塩、酸化鉄、硫化鉄、炭酸塩、リン酸塩はこの時に生成した二次鉱物である。これらの鉱物生成がどのようにして進行したのか調べるため、筆者らは70個以上のリュウグウ粒子にBL47XUの分析型ナノCTを実施した。BL20XUの統合X線CTで選定したリュウグウサンプル内の様々な領域から集束イオンビーム法で小さなブロック状試料を(~30 µm)作製し分析型ナノCTを行うと、そのうち少数に無水ケイ酸塩鉱物(カンラン石や輝石)が含まれることが明らかになった。これらの試料を薄膜に加工し透過型電子顕微鏡観察を行うと、そのうちいくつかにはナノサイズの硫化鉄粒子のインクルージョンを含む非晶質ケイ酸塩粒子が観察された。これによく似た特徴をもつ非晶質ケイ酸塩は彗星塵の主要な構成物として知られており、太陽系の始原的な物質と考えられている[17][17] L. P. Keller and S. Messenger : Geochim Cosmochim. Acta 75 (2011) 5335-5365.。リュグウウサンプルに見つかった無水ケイ酸塩鉱物や非晶質ケイ酸塩もまた水質変成を免れ生き残ったリュウグウの始原的な構成物と推定される。準安定な非晶質ケイ酸塩は反応性が高く、氷が融けて生じた流体に溶解し、高過飽和度の水溶液を生成する[18][18] Y. Igami et al. : Geochim Cosmochim. Acta 293 (2021) 86-102.。リュウグウ母天体の水質変成初期には、このような水溶液から二次鉱物が析出し天体内の鉱物学的特徴が変化していったと考えられる。
分析型ナノCT撮影では鉱物の3次元形状や鉱物相同士の包有関係を詳細に明らかにできる。本課題ではこれらを解析することで水質変成過程(二次鉱物の析出過程)の推定を行った[14][14] A. Tsuchiyama et al. : Geochim Cosmochim. Acta 375 (2024) 146-172.。リュウグウの構成鉱物はそれぞれ特徴的な結晶形状をもっており、例えばピロータイトの大部分は六角板状の外形をもつ(図5)。これに対しマグネタイトは球晶状、プラケット状、木苺状、棒状、多角形状など複数の異なる外形を示す(図6)。また炭酸塩の多くは扁平した菱面体の外形を示し、アパタイトは多角形状の外形をもつ物が多い。これらの鉱物相の包有関係を調べると、最初にマグネタイトが含水層状ケイ酸塩と共に生成し始め、続いて硫化鉄が生成し、次にアパタイト、炭酸塩の順に二次鉱物の生成が進行したことが明らかになった(図7)。結晶の外形は水質変成の進行に伴って変化し、水質変成初期には高過飽和度の水溶液から不規則形状をもつ球晶状やプラケット状、木苺状のマグネタイト結晶が析出し、次第に過飽和度が下がると多角形状など規則形状をもつマグネタイトや他の鉱物相が水溶液中から析出したと考えられる(図7)。
図5 リュウグウサンプル中の六角板状ピロータイトのナノCT像。aは粒子の外に繋がるクラック。bで示した閉じた空間中に炭酸水の包有物が見出された[14][14] A. Tsuchiyama et al. : Geochim Cosmochim. Acta 375 (2024) 146-172.。
図6 リュウグウサンプル中のマグネタイトのナノCT像。(A)球晶状、(B)木苺状、(C)プラケット状、(D)多角形状など様々な形態をとる[14][14] A. Tsuchiyama et al. : Geochim Cosmochim. Acta 375 (2024) 146-172.。Ir-mt: irregularly shaped magnetite。Sph-mt: spherulitic magnetite。
図7 分析型ナノCTにより明らかになったリュウグウ母天体の水質変成モデル[14][14] A. Tsuchiyama et al. : Geochim Cosmochim. Acta 375 (2024) 146-172.。AmSil: amorphous silicate、Fo: forsterite、En: enstatite、Po: pyrrhotite、Pen: pentlandite、M-S-H: magnesium-silicate-hydrates、f-PhySil: fine-grained phyllosilicates、c-Physil: coarse-grained phyllosilicates、LPx: low-Ca pyroxene、Breun: breunnerite、Sph: spherulitic magnetite、Plq: plaquette magnetite、Frm: framboidal magnetite、Eqt: equant magnetite、Rod: rod magnetite。
パリ・サクレ大学の研究者らと協働し、分析型ナノCTと赤外線(IR)CT(放射光施設SOLEILで実施)を組み合わせて実施したサンプル分析では、鉱物と共存する有機物の3次元分布を詳細に調べた。これにより有機物の多くは水質変成の初期に生成したと考えられる細粒な層状ケイ酸塩粒子の隙間に分布していることが明らかになった[19][19] Z. Dionnet et al. : Meteorit. Planet. Sci. (2023) doi: 10.1111/maps.14068.。水質変成の進行に伴って細粒の含水層状ケイ酸塩が粗粒の結晶へと成長する際には、これらの有機物の一部が隙間から押し出されて細粒/粗粒含水ケイ酸塩の境界に濃集する有機物の再配置が起こっていたことも明らかになった[19][19] Z. Dionnet et al. : Meteorit. Planet. Sci. (2023) doi: 10.1111/maps.14068.。
4. 小惑星リュウグウ表面への微隕石衝突
大気をもたない月や小惑星などの小天体の表面では、長期間太陽風(太陽から吹くプラズマの風)の照射や微隕石(宇宙の塵)の衝突に曝されることで表面物質の特徴が変化する。このような天体表面プロセスは宇宙風化と呼ばれている[20][20] T. Noguchi et al. : Science 333 (2011) 1121-1125.。宇宙風化は天体表面の光学特性(見かけの特徴)を変化させることから、探査機や望遠鏡による天体観測データの解釈に影響を及ぼす。そのため宇宙風化が天体表面の物質に及ぼす変化の解明は、今後の宇宙探査を進める上で重要な課題である。宇宙風化作用の物質科学的な研究は、小天体表面の物質を採取することで初めて可能になる。リュウグウサンプルは世界で初めて実際のC型小惑星表面から採取された物質であり、C型小惑星の宇宙風化過程の解明はサンプル分析の重要な科学目標の一つである。初期分析では、少数のリュウグウサンプル表面に宇宙線照射や微隕石衝突、レゴリス粒子(小惑星表面の堆積物)の摩擦加熱によって生じた薄い宇宙風化層(数十~数百ナノメートル)が見つかっており、これらの層は非晶質で小惑星内部の物質に比べて水(水酸基や水分子)に乏しいことが明らかになっている[21][21] T. Noguchi et al. : Nat. Astronom. 7 (2023) 170-181.。本課題では微隕石衝突によりリュウグウ粒子表面に形成したと考えられるマイクロクレーターと衝撃溶融物をターゲットとして集束イオンビーム法によりブロック状試料(~30 µm)を切り出し、BL47XUの分析型ナノCTを用いて3次元観察を行った。これらのCT像を図8に示す。衝撃溶融物は大きさ数十µm程度で飛沫状の外見をもつ。またマイクロクレーターは直径5 µm程度で、微隕石衝突によって生成した流理組織をもつ衝撃溶融物がクレーターの壁面を覆うように分布していることが分かった。衝撃溶融物はいずれも主にケイ酸塩ガラスからなり、大小様々なサイズの気泡や球形状の硫化鉄を含んでいる。CT像を基に選定した衝撃溶融物の特徴的な断面について集束イオンビーム法による薄膜加工を行い透過型電子顕微鏡分析を実施したところ、衝突した微隕石の融け残りと考えられる物質を含んでいることや、リュウグウ表面物質と彗星塵の中間的な化学組成を持つことが明らかになった。融け残りと考えられる物質は彗星塵と類似した特徴をもっており、衝撃溶融物は彗星塵が小惑星リュウグウの表面に衝突することで生成した可能性が高い。彗星塵が小惑星リュウグウに衝突するとリュウグウの表面物質と衝突した塵が高温に加熱され融けて混合する。リュウグウの主な構成物である含水ケイ酸塩鉱物は水を含んでおり、高温に加熱されると水が蒸発して水蒸気が発生する。融けたリュウグウ表面物質と彗星塵の混合物は、急冷されガラス化し、このときガラス中に水蒸気の気泡が閉じ込められる。今回見つかった溶融物は、このようなプロセスで形成したと考えられる。衝撃溶融物はリュウグウ表面物質や彗星塵に比べ酸素に乏しく、硫化鉄の加熱還元によって生成したと考えられる金属鉄を少量含むことから、高温かつ還元的な条件で形成したと考えられる。彗星塵衝突によるC型小惑星表面物質の変化を明らかにしたのは本研究が初である。
図8 リュウグウサンプル表面に形成した(A、B)衝撃溶融物と(C)マイクロクレーターのカラーナノCT像。マイクロクレーターの壁に沿って衝撃溶融物(melt splash)が付着している[15][15] M. Matsumoto et al. : Sci. Adv. 10 (2024) eadi7203.。Pt-coating: サンプルの表面を保護するため施した保護膜層。
彗星は太陽系遠方の低温領域で形成され、生命の材料となり得る有機物を多く含むことが知られているが、衝撃溶融物中にはこのような有機物の融け残りと考えられる炭素質物質が含まれていた。この炭素質物質は多孔質でスポンジ状の構造をしており、見かけは彗星塵に含まれる有機物とよく似ている(図9)。一方で、窒素や酸素成分をほとんど含んでおらず、彗星塵有機物とは化学的な特徴が異なる。これはリュウグウに彗星の塵が衝突したとき、塵の中に含まれていた有機物が高温に加熱されることで窒素や酸素が揮発し失われたためと考えられる。実際にリュウグウ粒子のごく表面を覆う窒化鉄(Fe4N)の薄い層が見つかっているが[22][22] T. Matsumoto et al. : Nat. Astronom. 8 (2024) 207-215.、この窒化鉄中の窒素成分は彗星塵がリュウグウ表面に衝突した際に、塵に含まれる有機物が加熱されることによって放出、供給された可能性がある。
図9 衝撃溶融物中に含まれる炭素質物質の透過型電子顕微鏡像。スポンジ様の多孔質な組織を示し小さな硫化鉄のインクルージョンを含んでいる[15][15] M. Matsumoto et al. : Sci. Adv. 10 (2024) eadi7203.。
これまでのリュウグウ試料分析の結果を踏まえると、本課題で見出したリュウグウ表面への彗星塵の衝突現象は小惑星リュウグウが現在の地球近傍軌道に位置しているとき(現在から約500万年前頃までの期間)に起こった可能性が高い[23][23] R. Okazaki et al. : Science 379 (2022) eabo0431.。これら太陽系遠方から地球近傍に飛来する彗星の塵は、小惑星に衝突し表面の特徴を変化させ、地球に生命の材料となる有機物をもたらした可能性がある。
5. おわりに
先行長期課題および本課題では非破壊かつ高空間分解能で試料の3次元観察を行うことが可能な放射光X線CTの特性を生かして貴重な小惑星リターンサンプルの分析を行った。これにより先行課題では高分解能非破壊分析の特徴を活かして硫化鉄中に炭酸水の包有物を見出し、リュウグウ母天体の集積形成位置が初期太陽系のCO2の雪線以遠の低温領域である証拠を示すなどの成果を挙げた。また本課題ではナノスケールのCT分析により、2次元の顕微分析では観察が難しい鉱物の3次元形状、包有関係、宇宙風化組織の3次元微細構造を調べ、リュウグウ母天体の水質変成過程、小惑星リュウグウ表面の宇宙風化過程を明らかにするなど、太陽系の誕生から現在に至るまでに起こった天体上の様々なプロセスを明らかにした。また先行課題、本課題の放射光X線CTはサンプル初期分析だけではなく、その後の国際公募分析課題にも取り入れられてサンプル分析フローの上流で実施され、後続の様々な顕微分析を補助する予備的な役割を担った[4, 5, 20][4] T. Nakamura et al. : Science 379 (2022) eabn8671.
[5] M. Ito et al. : Nat. Astronom. 6 (2022) 1163-1171.
[20] T. Noguchi et al. : Science 333 (2011) 1121-1125.。このうち国際公募分析課題は現在も継続中であり、今後の分析によりさらなる成果が期待できる。本長期課題は2023A期で終了したが、2023B期、2024A期において引き続き小惑星リュウグウサンプルの分析および新たにNASAのOSIRIS-REx探査機が持ち帰った小惑星ベンヌサンプルの分析を行い、統合X線CTシステムによるサンプルの3次元形状、密度測定、分析型ナノCTシステムによる流体包有物の探索などを進めており、これによる新たな成果も得られつつある。今後も新たな惑星物質サンプルに本手法を適応し研究を継続することで、太陽系内外で起こった様々な天体プロセスの解明が期待される。
6. 謝辞
本課題の実験は、はやぶさ2初期分析“石の物質分析チーム”、”砂の物質分析チーム”、”Phase2キュレーションチーム”のご協力のもと実施しました。本課題の実験実施にご協力頂いた共同実験者の皆さまに感謝申し上げます。また本課題は日本学術振興会の科研費20H00205、20H05846の支援を受けて実施しました。本課題は先行長期課題「はやぶさ2サンプルのX線CTを用いた初期分析:技術開発、分析手法評価と分析」(2019B-2021A0165および2019B-2021A0166)を引き継いで実施しました。先行長期課題の成果については、本誌の過去の記事[24][24] A. Tsuchiyama et al. : SPring-8/SACLA Information 27, No.3 (2022) 197-206.をご参照下さい。なお本稿の図は参考文献[14]、[15]に掲載済みの図を一部変更したものを含んでいます。
参考文献
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[24] A. Tsuchiyama et al. : SPring-8/SACLA Information 27, No.3 (2022) 197-206.
東北大学 理学研究科
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