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Volume 29, No.3 Pages 180 - 184

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

大学院生提案型課題(長期型)報告
放射光を利用した酢酸ビニルモノマー合成触媒の構造解析~格子間炭素の発見に基づく触媒性能の解明~
Structural Analysis of Catalysts for Vinyl Acetate Monomer Synthesis Using Synchrotron Radiation -Elucidation of Catalytic Performance Based on the Discovery of Interstitial Carbon Atoms-

中谷 勇希 NAKAYA Yuki、古川 森也 FURUKAWA Shinya

大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 固体物理化学領域 Division of Applied Chemistry, Graduate School of Engineering, Osaka University

Abstract
 本研究は、数十年に渡り酢酸ビニルモノマー合成の工業触媒として使用されている、KOAc添加Pd–Au/SiO2触媒(Pd/Au = 4)において、PdにAuおよびKOAcを添加すると活性・選択性が飛躍的に向上する要因を解明することを目的とした。XRDおよびXAFS測定を軸とし、反応前後における触媒の構造解析を徹底的に行うことで(1)反応中に炭素原子がPd–Au合金ナノ粒子の格子間隙に自発的に取り込まれること、(2)KOAc添加により取り込まれる炭素原子が増加することを初めて見出した。さらに、速度論的検討および理論計算を行うことで高い活性・選択性の発現に対するAuおよび格子間炭素の役割を明らかとすることに成功した。
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SPring-8

 

1. はじめに
 酢酸ビニルモノマー(通称VAM)は工業的に重要な化学中間体であり、塗料や接着剤、繊維、表面コーティング剤などの製造に使用されている。世界全体でのVAM製造量は550万トンに達し(2021年)、2030年には850万トンまで増加すると予想されており、その需要は年々増加している。商業的には主に、KOAc/Pd–Au/SiO2触媒(Pd/Au = 4)を用いたエチレンのアセトキシル化(CH3COOH + C2H4 + 1/2O2→VAM + H2O)により製造されている。Pdに(1)Auを添加することで活性・選択性が向上すること、(2)酢酸カリウム(KOAc)を添加することで活性・選択性がさらに向上することが知られている。このプロセスは数十年に渡り商業的に使用されており、AuおよびKOAcの機能についてこれまで様々な議論がなされてきたが、これらを詳細に解明した報告は未だなく、KOAc/Pd–Au/SiO2を超える新規触媒を開発するための触媒設計指針が確立されていないという大きな課題があった。

 

 

2. 本研究の重要なポイント
 AuおよびKOAcの役割が解明されていない背景には高い相純度で均一に分布した(ナノ粒子のサイズが一定+ナノ粒子中のPd/Au比が精密に制御された)Pd–Au合金ナノ粒子の調製が困難であるというPd–Au系の技術的な課題がある(図1(a))。不均一なPd–Au合金ナノ粒子の使用は本プロセスの理解を複雑化する。そのため従来の検討では、実触媒とは異なる合金組成・表面構造を有するにも関わらず、Pd/Au(111)やPd/Au(100)をモデル表面に用いた研究が進められてきた[1-3][1] Y. Nakaya, and S. Furukawa: Chem. Rev. 123 (2023) 5859-5947.
[2] M. Chem, D. Kumer, C-W. Yi, and D.W. Goodman: Science 310 (2005) 291-293.
[3] Y-F. Han, D. Kumar, and D.W. Goodman.: J. Catal. 230 (2005) 353-358.
。しかしながら、これらのモデルで得られた活性化エネルギー(80–160 kJ mol−1)はナノ粒子触媒で得られた見かけの活性化エネルギー(17–56 kJ mol−1)を再現しておらず、モデルの選択が不正確であることを示唆している。ゆえに実触媒に基づく実験的・理論的アプローチによりAuおよびKOAcの役割を解明することが重要となる。これに対し本研究では、合金組成および粒子径分布が均一な一連のSiO2担持Pd1−xAux合金ナノ粒子(x = 0、0.1、0.2、0.3、0.5、0.75)を調製することに成功し、これらを用いてエチレンのアセトキシル化を行った。反応前後の構造解析から反応中にPd–Au合金のサイズ・組成は変化せず、一方で炭素原子がPd–Au合金の格子間隙に自発的に取り込まれ、格子間炭素が形成されることを初めて明らかにした。さらにこの知見に基づき速度論および密度汎関数理論(DFT)計算による詳細な検討を行った結果、Pdに対するAuとKOAcの役割を解明することに成功した[4][4] Y. Nakaya, E. Hayashida, R. Shi, K. Shimizu, and S. Furukawa: J. Am. Chem. Soc. 145 (2023) 2985-2998.(図1(b))。

 

図1 Pd–Au合金を用いたエチレンのアセトキシル化における(a)従来研究と(b)本研究の違いを示す模式図。本研究ではVAM合成中の合金組成の変化を除外することで、反応中にPd–Au合金ナノ粒子の格子間隙に自発的に取り込まれる炭素原子が、触媒性能を向上させる「トロイの木馬」ドーパントとして機能することを見出した。

 

 

3. 実験およびDFT計算
 一連のPd1−xAux/SiO2触媒(x = 0、0.1、0.2、0.3、0.5、0.75;Pd:2.2 wt%)は全てSiO2(CARiACT G-6、富士シリシア;SBET = 500 m2/g)を担体とし、PdCl2とHAuCl4·4H2Oの混合水溶液(HClを含有)を用いて共含侵法によりSiO2に含侵担持した。さらに凍結乾燥により乾燥後、ヒドラジン溶液を用いて80°Cで還元した後、洗浄・乾燥・アニーリング(500°C)を行うことで調製した。次に、KOAc水溶液を用いてPd1−xAux/SiO2触媒にKOAcを含侵担持し、凍結乾燥することでKOAc/Pd1−xAux/SiO2触媒を得た(KOAc:2.0 wt%)。エチレンのアセトキシル化は常圧固定床流通式反応装置を用いて行った。反応前に水素気流下160°Cにて20分間還元前処理を行った後、160°Cにて反応ガス(HOAc/C2H4/O2/N2 = 4.3:6.0:1.0:3.0、F = 14.3 mL min−1)を供給することで反応を開始した。X線吸収微細構造(XAFS)測定はSPring-8 BL01B1(課題番号:2021A1571、2021B1795、2022A0302、2022B0302)およびBL14B2(課題番号:2020A1609、2021B1962)にて行い、Pd KおよびAu LIII吸収端を透過法により測定した。

 

 

4. 結果と考察
A)均一性の高いPd1−x
Aux/合金ナノ粒子の合成
 粉末X線回折(XRD)および高角散乱環状暗視野走査透過顕微鏡法(HAADF-STEM)測定により、一連のPd1−xAux/SiO2触媒において、SiO2上に均一な粒子サイズおよび組成比でPd1−xAux合金ナノ粒子が得られていることが確認された。反応前(還元後)のPd1−xAux/SiO2触媒(x = 0、0.2、0.5)のPd K吸収端フーリエ変換広域X線吸収微細構造(EXAFS)スペクトルを図2に示す。Auとの合金化に伴い、Pd–Pd散乱に起因する2.45 Åのピーク強度が減少し、Pd–Au散乱に帰属される2.80 Åのピークが新たに確認された。また、EXAFSスペクトルのカーブフィッティング解析を行ったところ、Pd–Pd散乱とPd–Au散乱の配位数(CN)はPd0.8Au0.2/SiO2ではそれぞれ7.3および2.3であり、Pd0.5Au0.5/SiO2では、5.0および4.6であることが確認された。CNPd–Au/CNPd–Pdの比はPd0.8Au0.2/SiO2とPd0.5Au0.5/SiO2でそれぞれ0.31と0.93であり、理想的な比(合金中のAu分率/Pd分率)である0.25と1.0とよく一致した。これらの結果から、本研究の第一関門である、均一性の高いPd1–xAux合金ナノ粒子を様々な組成比で合成することに成功した。

 

図2 反応前のPd1−xAux/SiO2触媒(x = 0、0.2、0.3、0.5)のPd K吸収端のフーリエ変換EXAFSスペクトル。

 

 

B)エチレンのアセトキシル化
 KOAc未添加/添加のPd1−xAux/SiO2触媒(x = 0、0.1、0.2、0.3、0.5、0.75)を用いてエチレンのアセトキシル化を行った結果、KOAc/Pd0.8Au0.2/SiO2において最も優れた触媒性能が得られた。ほとんどの触媒で短い誘導期(~65 min)が確認されたため、定常状態(95 min)における活性から表面Pdあたりの活性をPd–AuのAu分率に対してプロットした(図3(a))。同様の火山型プロットはVAM選択率でも確認された(図3(a)、(b))。KOAc添加後はすべてのAu比率において触媒性能が著しく向上したが、全体の傾向に変化は生じず、反応中に合金組成は変化していないことが示唆された。

 

図3 VAM合成の(a)活性および(b)選択率。

 

 

C)反応前後における構造変化
 反応後のXRDパターンを確認したところ全ての触媒で合金の回折線の低角度側に新たな回折線が出現した(図4)。これは合金の組成が変化したこと、あるいは水素や炭素のような軽元素が合金の格子に取り込まれたことを示唆している。低角度側への新たな回折線の出現はPd単金属でも確認され、これはPdC0.13の回折線とよく一致した。したがって、XRDの変化は反応中に取り込まれる炭素原子に由来することが示唆された。そこで、格子間炭素の存在を詳細に明らかとするため、反応前後のPd K吸収端のX線吸収端近傍構造(XANES)スペクトルを比較したところ、ヒドリドではなくカーバイドの形成に由来する24375 eV付近のブロード化が観測された(図5(a))[5][5] W. Jones et al.: ChemCatChem 11 (2019) 4334-4339.。さらにEXAFS解析からは合金のサイズ・組成が保持されたままPd–Pd結合距離が増大することが確認された(図5(b)、(c))。同様の結果は300°CでC2H4処理した触媒(Pd–Au–C)でも観測され、VAM合成中に炭素原子が自発的にPd–Au合金の格子間隙に取り込まれることを初めて見出した。

 

図4 Pd0.8Au0.2/SiO2の反応前後におけるXRDパターンの変化。

 

図5 (a) 反応前のPd0.8Au0.2/SiO2と反応後のKOAc/Pd0.8Au0.2/SiO2のPd K吸収端XANESスペクトルの比較。
(b) 反応前後におけるPd K吸収端のフーリエ変換EXAFSスペクトルの比較。
(c) CNPd–PdCNPd–Auの値を用いた反応前後における合金組成の変化。

 

 

D)速度論的検討
 次に、反応前の触媒(Pd–Au)と300°CでC2H4処理した触媒(Pd–Au–C)の格子間炭素形成率(C%)をそれぞれ0および100%と定義し、Pd1−xAuxの111回折ピークの角度から各種触媒のC%を導出した。Pd0.8Au0.2/SiO2におけるC%は経時変化とともに増加し、誘導期における活性・選択性の向上と良く一致した(図6(a))。またKOAcの添加によりC%は劇的に増加し、C%に対して活性/選択性をプロットした結果、明確な正の相関が確認された(図6(b))。見かけの活性化エネルギー(Eapp)はAuの導入により減少し、KOAc添加によりさらに減少した(図6(c))。特にC%とEappには相関関係が確認され、C%の増加に伴い活性が向上することが判明した。更なる速度論的検討からはHOAcとO2の分圧に対する反応次数はゼロに近い値が得られた。一方で、C2H4分圧に対する反応次数はAuとKOAcの導入により負から正へと変化し、Auとの合金化とKOAcの導入(格子間炭素の増加)によりエチレンの吸着が弱まることで活性・選択性が向上することが示唆された。一方、対照実験としてC2H4処理により炭素を予め十分にドープしたPd0.8Au0.2C触媒(C%:100%)に対しKOAcを添加せずに反応を行ったところ、C2H4処理しなかった触媒(Pd0.8Au0.2)と同等の低い活性を示した。また反応後のC%は56.6%にまで低下しており、この値はC2H4処理しなかった触媒の反応後の値(C%:49.5%)に近かった。一方でKOAc/Pd0.8Au0.2/SiO2の反応後のC%は79.0%と高い値を維持していた。以上のことから、KOAcは金属相への炭素の導入を促進するとともに、それを保護する役割を果たしていると考えられる。またKOAc担持量の影響を確認したところ、反応後のC%はKOAc担持量の増加に伴い徐々に増加し、それに伴い活性・選択性が向上した。KOAcの影響は2 wt%以上で飽和し、過剰のKOAcは触媒性能を変化させなかったため、KOAcそれ自体は触媒性能に関与しないことが示唆された。最後に、DFT計算により合金の電子状態および各反応素過程における自由エネルギーを計算した。その結果、Auの効果(電子的効果+幾何学効果)と格子間炭素の効果(電子的効果)の相乗により表面種OAcの吸着が弱まることで、律速段階であるOAcとC2H4のカップリングの障壁が低下し、活性が大幅に向上することが判明した。また、選択性の向上に関しては、副反応(C2H4分解からのCO2生成)の律速段階であるC2H4のC–H活性化の障壁(GB)が、Au(幾何学効果)と格子間炭素(電子的効果)の効果の相乗により増加し、CO2の副生が抑制されるためであると判明した。

 

図6 (a) 反応初期におけるPd0.8Au0.2/SiO2およびKOAc/Pd0.8Au0.2/SiO2中の格子間炭素形成率(C%)の経時変化。
(b) KOAc/Pd0.8Au0.2/SiO2におけるC%とVAM生成速度およびVAM選択率の関係。(c) 見かけの活性化エネルギーのまとめ。

 

 

4. 結言
 本研究では、精密に合成したPd–Au合金を活用することでエチレンのアセトキシル化に有効なKOAc/Pd–Au/SiO2触媒が持つAuとKOAcの役割を解明することに成功した。

 

(1)エチレンのアセトキシル化の反応中においてPd–Au合金の粒子径や組成は変化せず、一方でC2H4由来の炭素原子が合金の格子間隙に取り込まれ格子間炭素が形成される。

(2)KOAcはPd–Au合金への炭素ドープを促進するとともに、ドープされた格子間炭素を保持する役割も果たす。

(3)Auの効果(電子的効果+幾何学効果)と格子間炭素の効果(電子的効果)の相乗により律速段階であるOAcとC2H4のカップリングの障壁が低下し活性が向上する。

(4)Auと格子間炭素の効果によりC2H4の分解が抑制され、選択性も向上する。

 

 

 

参考文献
[1] Y. Nakaya, and S. Furukawa: Chem. Rev. 123 (2023) 5859-5947.
[2] M. Chem, D. Kumer, C-W. Yi, and D.W. Goodman: Science 310 (2005) 291-293.
[3] Y-F. Han, D. Kumar, and D.W. Goodman.: J. Catal. 230 (2005) 353-358.
[4] Y. Nakaya, E. Hayashida, R. Shi, K. Shimizu, and S. Furukawa: J. Am. Chem. Soc. 145 (2023) 2985-2998.
[5] W. Jones et al.: ChemCatChem 11 (2019) 4334-4339.

 

 

 

中谷 勇希 NAKAYA Yuki
大阪大学 大学院工学研究科
応用化学専攻 固体物理化学領域
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1 C5-537
TEL : 06-6879-7844
e-mail : nakaya@chem.eng.osaka-u.ac.jp

 

古川 森也 FURUKAWA Shinya
大阪大学 大学院工学研究科
応用化学専攻 固体物理化学領域
〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-1 C5-531
TEL : 06-6879-7808
e-mail : furukawa@chem.eng.osaka-u.ac.jp

 

 

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