ページトップへ戻る

Volume 29, No.2 Pages 111 - 116

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

SPRUC第6回BLsアップグレード検討ワークショップ報告
Brief Report of SPRUC 6th Workshop on BLs Upgrade

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa[1]、小林 正起 KOBAYASHI Masaki[2]、松下 智裕 MATSUSHITA Tomohiro[3]、田中 義人 TANAKA Yoshihito[4]、原田 慈久 HARADA Yoshihisa[5]

[1]SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)/近畿大学 理工学部 Faculty of Science and Engineering, Kindai University、[2]東京大学 大学院工学系研究科 Graduate School of Engineering, The University of Tokyo、[3]奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 Graduate School of Science and Technology, Nara Institute of Science and Technology、[4]兵庫県立大学 大学院理学研究科 Graduate School of Science, University of Hyogo、[5]東京大学 物性研究所 The Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo

Download PDF (1,015.07 KB)
SPring-8

 

1. 概要
 SPRUC第6回BLsアップグレード検討ワークショップが、2024年2月29日にSPring-8放射光普及棟大講堂における講演とZoomを利用したオンライン配信にて開催されました。本ワークショップ(WS)の目的は、第5回までのWSやSPring-8シンポジウム2019以降の議論を踏まえ、それ以降の技術開発動向やビームライン(BL)アップグレードの具体的なプラン及び検討事項を共有するだけでなく、SPring-8-IIに向けた今後の継続的なBLアップグレードについて議論を行うことです。258名(現地:80名、オンライン:178名)が参加しました。昨年度に比べ、現地で参加によるユーザーが増加し、対面により深い議論が行われました。

 

 

2. オープニング
 最初に、SPRUC西堀英治会長(写真1)より挨拶が行われ、会長として本WSへの役割及び今回のWSの概要とその目標を説明されて挨拶を終えられました。

 

写真1 SPRUC 西堀英治会長

 

 

 続いて、JASRI雨宮慶幸理事長(写真2)より挨拶が行われました。SPring-8-IIの光源においては、量的な輝度だけでなく、質的なコヒーレンスの向上も期待されることから、SPRUCの研究会のメンバーが積極的にBLアップグレードについて検討する機会になればと願っていることを述べられました。

 

写真2 JASRI 雨宮慶幸理事長

 

 

 次に、文部科学省科学技術・学術政策局研究環境課稲田剛毅課長(写真3)より、来賓の挨拶をいただきました。まず、冒頭に1月1日に発生した能登半島地震に関して一刻も早い復旧のために政府全体が挙げてサポートする中、SPring-8-IIへの影響について述べられました。SPring-8-IIへのアップグレードに関して、今年は予算に関する勝負の年であり、その重要性を説明する全ユーザーが入る組織であるSPRUCの研究会からのSPring-8-IIを見据えた要望や意見を挙げていく機会のためには、応援だけでなく、ボトルネックが外れるなどの具体的な叱咤激励の声を含めた本ワークショップの議論を活用したいとのことでした。

 

写真3 文部科学省科学技術・学術政策局研究環境課 稲田剛毅課長

 

 

 本セッションの最初の講演として、JASRI坂田修身常務理事(写真4)より近況サマリーについて報告がありました。国内外の情勢として国内では2024年に3GeV放射光施設NanoTerasuが稼働し、国外においては、世界の大型放射光施設は第4世代へ国力維持・発展のために必須のリサーチ・インフラストラクチャーとして、国を挙げて整備に取り組んでいることが示されました。一方、SPring-8においては、加速器関連の設備の老朽化が進行しているが、2024年度予算によりSPring-8の高度化に関する取り組みとして、液体窒素循環システムの整備を閣議決定されたことが報告されました。また、BLのアップグレードを2018年より実施しており、各BLのポートフォリオを意識した共用BLの再編・高度化、理研BLの拡充・機能強化を進めていることについても報告されました。

 

写真4 JASRI 坂田修身常務理事

 

 

3. アップグレードを完了したBL関連の研究会からのフィードバック
 セッション2として、アップグレードを完了したBL関連の研究会からのフィードバックが行われました。最初にJASRI辻成希氏(写真5)からBL08Wアップグレードについて報告されました。BL08Wはタンデムビームラインにアップグレードして高効率化を実現し、磁気コンプトン散乱イメージングやXRDとCPの同時計測手法などの実験技術が開発中であることが報告されました。続いて、コンプトン散乱研究会の小泉昭久氏(写真6)より、アップグレード後のコンプトン散乱測定により、高温超伝導体などのバルクのフェルミ面を観測やスピン磁化・軌道磁化を観測した研究成果、コンプトン散乱イメージング測定に向けた計測技術開発について報告されました。次に、JASRI河口彰吾氏(写真7)からBL13XUアップグレードについて報告されました。BL13XUではアップグレード後にハイスループットや自動測定が可能となったこと、課題数が約2倍となり様々な分野において装置利用をされていることが報告されました。続いて、構造物性研究会の東正樹氏(写真8)より、アップグレード後の結晶PDF解析による構造決定や反応過程時分割観測に関する研究成果、計測の発展に関してSPring-8-IIへの期待について報告されました。次に、JASRI安野聡氏(写真9)からBL46XUアップグレードについて報告されました。BL46XUでは、光学系の一新によりビーム性能の向上および性能の安定化が実現したこと、高度化・技術開発を効率的に進めることでHAXPESニーズの多くをカバーしていることが報告されました。続いて、固体分光研究会から推薦された小椋厚志氏(写真10)より、三次元先端デバイスにおける界面の評価、MOS構造におけるオペランド(電圧印加)測定の研究成果、我が国の競争力の源泉としてのスループット向上や大気圧HAXPESの発展に関してSPring-8-IIへの期待について報告されました。最後にディスカッションが行われ、アップグレードにより明らかになったサイエンス、自動計測などで得られた大量のデータ解析、ビームラインの役割分担、今後のアップグレードの方針などについて議論が行われました。

 

写真5 辻成希氏 写真6 小泉昭久氏 写真7 河口彰吾氏
写真8 東正樹氏 写真9 安野聡氏 写真10 小椋厚志氏

 

4. BL再編の進捗状況
 各ビームラインの再編の進捗状況について報告が行われました。最初にJASRI山田大貴氏(写真11)からBL04B2について報告がありました。複数のビームラインで回折・散乱計測が行われているが、BL再編計画に沿ってBL04B2ではex-situ自動PDF構造解析のハイスループット装置の整備を進めており、10分/dataの高速測定が実現していると報告がありました。次に、理研大隅寛幸氏(写真12)よりBL15XUについて、100 keVのピンクビームが利用できるビームラインとして再編が進んでいることが紹介されました。高い透過力のX線が利用できるため、ラミノグラフイー、3DXRDによる方位マッピング、残留応力測定、高圧下でのPDF測定などが紹介されました。また、JASRI河村直己氏(写真13)よりBL39XUについて報告がありました。ビームラインの名称がX線吸収・発光分光に変更する予定で、複合極限環境下のX線吸収(XAFS)と磁気円二色性(XMCD)、X線発光分光(XES)、ナノ分光(XAFS、MCD)の実験設備が進んでいるとのことでした。ナノ分光では従来のKBミラーに加えて、Wolterミラーによる集光が導入されました。このセッションの最後に、JASRI関口博史氏(写真14)よりBL40XUについて報告がありました。SPring-8の小角散乱(SAXS)ついて再編が進んでおり、BL40XUでは2024年12月からBL基幹部も含めた改造を行い、2025B期からIDを利用したSAXSビームライン(SAXS-ID)として利用を開始することが紹介されました。X線二次元検出器CITIUSを利用した時間分解SAXS/WAXS計測システムなどの整備が進められ、高速測定、大容量データ処理を可能にするインフラの整備が今後進められるとのことでした。

 

写真11 山田大貴氏 写真12 大隅寛幸氏
写真13 河村直己氏 写真14 関口博史氏

 

 

5. 総合討論
5.1 SPring-8-II計画
 午後は、SPring-8-IIに向けた取り組みについてのセッションとなりました。本セッションの最初の講演として、まず、理研/JASRI矢橋牧名グループディレクター(写真15)より施設のSPring-8-IIに向けた取り組み状況についての報告がありました。2024年度は約3億円のSPring-8高度化開発予算が執行される予定で、その後、4年の整備・建設期間を経て、2029年度にSPring-8-IIの共用を目指すスケジュール概要が示されました。続いて、加速器開発内容の詳細、アセンブル用建屋の建設状況とSPring-8-II完成後の中尺BLへの転換の計画が示されました。また、BL再編は、シャットダウン時期を意識して順調に進んでいることが報告されました。専用施設については「フロー方式」への転換が進められ、2025年度以降は、一部の分光・イメージングBL、軟X線BL、ウィグラーBLの再編、およびSPring-8-II用のパイロットBLの設置が計画されていることが示されました。利用ニーズアンケートのまとめの速報として、1,955人が回答、希望日数の累積は20万日/年にのぼるとのことが報告されました。また、量子ビーム小委員会では利用制度が検討されており、取り組むべきターゲット・戦略利用、産業利用、および成果占有と公的利用の中間的な利用に対する制度が検討されているとのことです。

 

写真15 理研/JASRI 矢橋牧名グループディレクター

 

 

5.2 SPring-8データセンター
 続いて、理研/JASRI初井宇記グループディレクター(写真16)より、「SPring-8データセンター」と題して、施設のデータセンター構想について説明がありました。1試料あたりのデータ量、および多数試料の2つのケースに分類して、データ管理法について説明されました。まず、1試料あたりのデータ量の増大については、CT測定について単純計算すると400 TB/日以上にもなるため、前処理、役割分担、データ基盤の共通化などでの対応を考えているとのことです。インフラ整備として、オンラインサイトデータセンターの整備も進めており、例えばCTのデータなどは自動転送を検討しているとのことです。CITIUS検出器では、17.4 k frame/sもの量になり、一日あたりでは5.1 PBにものぼるが、FPGAで圧縮し、310 MB/日程度で扱うことが検討されている。一方、多数試料については、メタデータ付与によるデータ共有を考えられているとのことです。Webブラウザからの利用が目指されており、Open OnDemandを試験中とのこと、試用における意見・コメント等は、dncs@spring8.or.jpまでとのことでした。

 

写真16 理研/JASRI 初井宇記グループディレクター

 

 

5.3 SPring-8-IIに向けたBLs-UGに関連する研究会からの要望
 次にBLs-UGに関連する研究会より、SPring-8-IIに向けた期待が述べられました。X線スペクトロスコピー利用研究会の朝倉博行氏(写真17)からは、検出器性能の向上、ミリ秒オーダーの時間分解能の一般化、30 keV以上の入射光利用、オペランド測定環境の整備、ビームラインの高度化などが要望されました。またサポートスタッフの増員や、大学・他施設との連携による負荷分散などを期待するコメントがありました。原子分解能ホログラフィー研究会の木村耕治氏(写真18)は、SPring-8-IIの高輝度・微小ビームを活用し、半導体デバイスのppmオーダーのドーパントをサイト選択的に捉え、日本の基幹産業に貢献できるとの期待を述べました。高分解能X線イメージング研究会の松本建志氏(写真19)は、高い研究ニーズを鑑みると新規イメージングステーションが必須であり、さらに高分解能の検出器や試料ステージ、データの長期クラウド保管や解析ソフトの整備が重要であることを訴えました。機能磁性材料分光研究会の白土優氏(写真20)は、SPring-8-IIのコヒーレンスを活かしてシングルスピンイメージングや新奇スピン材料開発つながる可能性があり、高速スイッチングの継続を強く要望しました。表面界面・薄膜ナノ構造研究会の中村将志氏(写真21)は、より汎用性の高い測定環境を実現するため、ロボットアームで二次元検出器を操作するような実験ハッチの整備を提案しました。また、広いダイナミックレンジを持つ検出器や高エネルギーX線に対応した検出器の設置、高フラックスで熱負荷の少ない光学系の整備も要望しました。核共鳴散乱研究会の増田亮氏(写真22)は、輝度100倍で測定時間の短縮やデータ量の増加が期待されるため、AIやデータベース駆動の研究と組み合わせることで、様々な物質に対する精度の高い研究が可能になるとの期待を寄せました。またメスバウアー分光に適したセベラルバンチモードでの運転に強い期待を示しました。

 

写真17 朝倉博行氏 写真18 木村耕治氏 写真19 松本建志氏
写真20 白土優氏 写真21 中村将志氏 写真22 増田亮氏

 

 

 質疑応答では、現状維持すべきスペックへの要望、セベラルバンチモード運転、ビームタイムの不足の問題等、施設側で是非の検討がなされていること、高速スイッチングはNanoTerasuとの棲み分けが必要であることが議論されました。一方で、SPring-8の高い安定性と稼働率がSPring-8-IIでも維持されることが大前提であるとの回答がありました。文部科学省研究環境課の稲田剛毅課長からは、SPring-8-IIが世の中に期待される分かりやすい事例を示すことの重要性が指摘されました。
 次に研究会から寄せられた要望・コメントがSPRUC小林正起利用幹事(写真23)より紹介されました。放射光構造生物学研究会からは、コヒーレントフラックスを利用したバイオイメージングへの期待が述べられました。地球惑星科学研究会・高圧物質科学研究会からは、ウィグラーからの高強度白色X線と高圧プレス装置を組み合わせた高温高圧その場観測の発展的継続が強く要望されました。一方、不規則系機能性材料研究会からは、フレキシブルな持ち込み装置環境や高速・短時間計測への期待が寄せられました。放射光赤外研究会からは、SPring-8-II建設に伴って運転停止されるBL43IRのアクティビティの他施設への移管とサポート体制についての要望、および利用機会の提供などへの期待が述べられました。

 

写真23 SPRUC 小林正起利用幹事

 

 

 最後に総合討論が行われました。SPring-8-IIでは一部の装置が使えなくなるが、これは放射光だけでなく中性子やイオンビームも含めた量子ビーム全体で考えてゆく問題として施設、ユーザー双方が考えて行く問題として捉えられました。また課題審査へのAI技術の導入についても検討がなされ、ユーザーへの周知の方法などが議論されました。一方施設スタッフの拡充への要望があり、予算、人材の最適化、自動化・効率化を図ること、また大学・施設の人材育成と国によるキャリアパス支援についても議論が深められました。

 

 

6. クロージング
 最後のクロージングセッションでは、理研放射光科学研究センター石川哲也センター長(写真24)よりまとめとして閉会の挨拶をいただきました。ビームラインの高度化を継続しているが、SPring-8-IIに移行すると新たに高度化の要望が出てくると思われるので、現時点においても、SPring-8を使い込んでおく必要性があることを示されました。また、データに関しては、増加している実感は共有されており、スーパーコンピューターとの連携やビックデータの解析の方法を含めた今後のデータセンターの構築について議論が進めていくことの重要性を述べられました。さらに、SPring-8-IIでは、SACLAとは異なるコヒーレントな光の活用の期待について議論していく必要があるとのことでした。

 

写真24 理研 石川哲也センター長

 

 

 以上、丸一日のWSでしたが、実際にアップグレードが進められる中で、研究会からも活発な意見が見られる有意義な場であったと思います。

 

 

SPRUC第6回BLsアップグレード検討ワークショップ プログラム
http://www.spring8.or.jp/ext/ja/spruc/pdf/6th_blsup_ws_program.pdf

 

 

 

杉本 邦久 SUGIMOTO Kunihisa
近畿大学 理工学部
〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3−4−1
TEL : 06-4307-5099
e-mail : sugimoto@chem.kindai.ac.jp

 

小林 正起 KOBAYASHI Masaki
東京大学 大学院工学系研究科
〒113-8656 東京都文京区本郷7-3-1
TEL : 03-5841-6692(内線 26692、86768)
e-mail : masaki.kobayashi@ee.t.u-tokyo.ac.jp

 

松下 智裕 MATSUSHITA Tomohiro
奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科
〒630-0192 奈良県生駒市高山町8916-5
TEL : 0743-72-6020
e-mail : t-matusita@ms.naist.jp

 

田中 義人 TANAKA Yoshihito
兵庫県立大学 大学院理学研究科
〒678-1297 兵庫県赤穂郡上郡町光都3-2-1
TEL : 0791-58-0139
e-mail : tanaka@sci.u-hyogo.ac.jp

 

原田 慈久 HARADA Yoshihisa
東京大学 物性研究所
〒980-8572 宮城県仙台市青葉区荒巻字青葉468-1
東北大学SRIS棟204室
TEL : 022-752-2335
e-mail : harada@issp.u-tokyo.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794