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Volume 29, No.1 Pages 2 - 5

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

(ひょうごSpring-8賞 受賞)
紫外線と外力による毛髪のうねり発生機構の解明と髪用日焼け止めの開発
Hair Frizz Caused by the Combined Effect of Ultraviolet Rays and External Forces and Development of Sunscreen for Hair

田村 俊紘 TAMURA Toshihiro

花王株式会社 研究開発部門 解析科学研究所
Kao Corporation, R&D - Core Technology, Analytical Science Research

Abstract
 頭髪の髪をめくりあげた内側に比べて表層の髪は顕著にうねりが多く、美髪を損ない様々な髪悩みに繋がる原因となっている。頭髪表層には紫外線や外力といった複数の外的要因が影響しやすいことに着目し、うねり発生の機構を調べた。分光的手法により毛髪内部の結合状態の経時変化を、マイクロビームX線散乱法により毛髪タンパク質の構造変化を詳細に解析した。その結果、紫外線の影響で切断された毛髪内部のジスルフィド結合が、外力の影響でひずんだ状態で再結合し、パーマに類似した機序でうねりが発生することが示唆された。ここではX線構造解析の内容について詳しく紹介する。
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SPring-8

 

1. はじめに
 毛髪一本一本の形状の不規則なうねりは、浮き毛、はね毛、フリッツ等とも呼ばれ、日々のヘアケアでは抜本的な解決は困難であり、日本だけでなくグローバル共通の深刻な髪悩みの一つになっている。うねりの原因としては、ヘアカラーやパーマなどの化学処理、ヘアアイロンやドライヤーによる熱、洗髪やブラッシング等によるダメージの影響が考えられており、これらは毛先方向に徐々に蓄積していく。一方で、頭髪の実態を改めて観察したところ、髪のうねりは必ずしも毛先のみにある訳ではなく、髪をめくりあげた内側に比べて頭髪の“表層”で顕著にうねりが多いことを見出した(図1)。うねりが頭髪表層に存在すると、頭髪の毛流れを乱して見た目や印象を損なうだけでなく、ぱさつきといった感触にまで影響するなど、様々な髪悩みの潜在的原因の一つとなり得る。そこで本研究では、頭髪表層におけるうねり発生の本質的なメカニズムを解明し、改善または予防するための技術を開発することを目指した。

 

図1 頭髪表層および内側から採集した毛髪一本一本の形状の違い。あらかじめ毛髪を水に十分に浸し、自然な状態で自然乾燥させて観察した。

 

 

 本研究のこれまでの経緯として、頭髪の内側に比べて表層では紫外線(UV)や熱、外力によるひずみの影響が大きいこと、日常生活レベルのUVや熱の影響を与えた後に毛髪をひずんだ状態で保持すると経時的にうねりが発生するが、UVや熱単独の影響ではうねりは発生しないことを確認している。毛髪に対するUVの影響については多数研究されており、その影響の一つとして、毛髪を構成するケラチンタンパク質のジスルフィド(SS)結合が切断され、システイン酸が生成すること等が報告されている[1, 2][1] C. M. Pande: J. Soc. Cosmet. Chem. 45 (1994) 257-268.
[2] C. Dubief: Cosmet. & Toilet. 107(10) (1992) 95-102.
。一方で、我々は、UVの影響を受けた後の毛髪内部における経時変化に特に着目し、ラマンなどの種々の分光スペクトル測定により調べたところ、切断されたSS結合の一部が再結合することを見出した。つまり、UVの影響でSS結合が切断されてから再結合するまでの過程において、外力の影響も加わるとひずんだ状態で再結合が進行し、うねりの発生に繋がると推察した(図2)。

 

図2 毛髪のマクロなうねり発生メカニズムの模式図。

 

 

 そこで本研究ではさらに、大型放射光施設SPring-8を利用したX線構造解析を通じて、毛髪内部で複雑に階層化しているケラチンタンパク質について、UVおよび外力の影響下における構造変化を詳細に解析し、うねり発生のミクロなメカニズムを調べた。

 

 

2. 実験
 ソーラーシミュレーターを使用し、真夏の南中時程度の照度条件で人工太陽光を照射後、外力によるひずみを与えてうねりが生じた毛髪(曲率半径r = 4, 20 mm)を調製した。これをX線透過用のスリットが入った5 × 5 cm四方のステンレス板に貼付し、測定試料とした。
 うねり発生時に毛髪は曲がった形状に変化し、うねりの外側と内側では異なる方向に力がかかるため、結果として変形量に内外の「偏差」が生じる。したがって、うねりの発生に特徴的な変化を調べるためには、うねりの外側と内側を分けて測定する必要がある。そこで、SPring-8, BL24XUのAブランチを利用して放射光X線を集光したマイクロビームを毛髪に照射し、照射位置を細かく変えながらX線散乱測定を実施した。屈折レンズにより約3 μmの半値幅に絞ったマイクロビームX線を、太さ約90 μmの毛髪の軸に対して垂直に照射し、うねりの外側から内側に向けて照射位置を3 μm間隔で走査しながら、位置分解で広角/小角散乱(WAXS/SAXS)測定を実施した(図3)。X線のエネルギーは10 keVであり、SAXS測定の条件は、露光時間50 sec、ビーム半値幅3.0 μm、試料-検出器間距離627 mm、PILATUS 200K検出器を使用、WAXS測定の条件は、露光時間10 sec、ビーム半値幅3.4 μm、試料-検出器間距離48 mm、フラットパネルディスプレイ(FPD)検出器を使用した。

 

図3 マイクロビームX線を使用した毛髪の位置分解X線散乱測定の模式図。

 

 

3. 結果と考察
 WAXS測定から得られた典型的な二次元散乱像を示す(図4(a))。中心にはビームストッパーが設置してあり、上下の赤道方向に沿ってαケラチンダイマー間のSpacing ~0.97 nm由来のスポット状の散乱が観測される。一方、うねり発生時には毛髪軸の法線方向に力がかかるため、これに対応する子午線方向に特に着目した。子午線方向に積分したプロファイル(図4(b))から、αケラチンのらせんピッチ ~0.51 nm[3][3] L. Kreplak, J. Doucet and F. Briki: Biopolymers 58 (2001) 526-533.(図4(c))を決定した。実際には、うねりの外側から内側にむけてマイクロビームX線の照射位置を走査しながら測定したため、規格化した照射位置に対してらせんピッチをプロットした(図5)。その結果、コントロール(凡例:白丸)に対して、太陽光照射および外力の影響でうねりが発生した場合、二次の近似曲線を比較すると、曲率半径20 mmの弱いうねり(凡例:灰色四角)では外側が伸長されてらせんピッチがやや増大する傾向、曲率半径4 mmの強いうねり(凡例:黒四角)では内側が圧縮されてピッチが少し低下する傾向がみられた。これは内外におけるマクロな変形の向きに対応はするが、データのばらつきを考慮しても、らせんピッチの変化は微小であることがわかった。

 

図4 毛髪の典型的な(a) WAXS像と(b) 子午線方向に積分した一次元プロファイル、(c) 子午線ピークに対応するαケラチンのらせんピッチ。

 

図5 うねりの外側から内側に向けてマイクロビームX線を走査した位置分解WAXS測定から決定したαケラチンのらせんピッチ。毛髪ごとに太さ/走査距離が異なるため、うねりの外側を0、内側を1のように規格化してプロットした。二次の近似曲線を表示。

 

 

 次に、SAXS測定から得られた典型的な二次元散乱像を示す(図6(a))。赤道方向に沿ってミクロフィブリル間のSpacing ~8.8 nm由来の散乱が観測される。一方、特に着目している子午線方向(毛髪の軸に対応)の積分プロファイル(図6(b))からもわかるように、鋭い弓状の散乱(Za ~6.7 nm)が観測される。これは、毛髪を構成するミクロフィブリル(周期長46.9 nmのαケラチンダイマーから成るプロトフィブリル7~8本が軸方向にずれながら集合化したもの)の周期構造の7次散乱に相当し、フィブリルの軸方向のずれを反映する[4][4] 新井幸三:ケラチン繊維の力学的性質を制御する階層構造の科学 (2014) 138.。うねり発生時には毛髪軸の法線方向に力がかかるため、毛軸に対応する子午線方向の散乱からフィブリルの軸方向ずれZa ~6.7 nmを決定し、うねりの外側から内側の各照射位置に対してプロットした(図7)。その結果、コントロール(凡例:白丸)に対して、曲率半径20 mmの弱いうねり(凡例:灰色四角)では外側においてZaが顕著に増大、曲率半径4 mmの強いうねり(凡例:黒四角)ではさらに内側のZaが顕著に低下した。外側および内側の各3点の平均と標準偏差を計算すると、外側における変化は6.51±0.02 nm → 6.61±0.02 nm、内側における変化は6.58±0.02 nm → 6.504±0.015 nmであった。すなわち、観測されたミクロな変形量の内外偏差は2.5%程度であり、マクロな変形量の内外偏差(~2%)に匹敵することがわかった。

 

図6 (a) 毛髪の典型的なSAXS像と(b) 子午線方向に積分した一次元プロファイル、(c) 子午線ピークに対応するミクロフィブリルを構成するプロトフィブリルの軸方向のずれ。

 

図7 マイクロビームによる位置分解SAXS測定から決定した各照射位置(規格化)におけるフィブリルの軸方向のずれ。二次の近似曲線を表示。

 

 

 ケラチン繊維を構成するタンパク質の外力による構造変化については、繊維を直線的に最大数十%と大きく伸長した時の変化について主に研究されており、αケラチンが物理的に大きく伸長されることによるらせんピッチの増大やβ転移[3, 5][3] L. Kreplak, J. Doucet and F. Briki: Biopolymers 58 (2001) 526-533.
[5] 佐野則道、竹田晋吾、松井純爾、高野秀和、篭島靖:光学 39(11) (2010) 550-552.
、αケラチンが集合化したミクロフィブリルの細径化[6][6] L. Kreplak et al.: Biophysical Journal 82(4) (2002) 2265-2274.などが報告されている。一方で、うねり発生時に毛髪は曲がった形状に変化し、その際の変形量はせいぜい数%以内の微小な曲げ変形と捉えることができる。今回、マイクロビームX線を使用した位置分解WAXS/SAXS測定の結果、αケラチンのらせんピッチは変化しにくく、ミクロフィブリルを構成するプロトフィブリル間が軸方向にずれる構造変化が支配的であることがわかった。αケラチンのヘリックス二次構造は分子内水素結合で安定化した剛直なものであり、うねり発生時の微小な曲げ変形では変化しにくいと考えられる。一方、ミクロフィブリルはさらに小さなプロトフィブリルが集合化した構造をとっており、プロトフィブリル同士の界面は比較的ひずみやすく、フィブリル同士がずれるように構造変化することでマクロな変形に連動していると考えられ、うねり発生(微小な曲げ変形)に特徴的なタンパク質の構造変化と言える。
 これまでの議論を踏まえ、うねり発生メカニズムの模式図をミクロな描像まで含めて示す(図8)。ミクロフィブリル近傍に分子間架橋として存在するSS結合がUVの影響で切断され、その後、外力によりひずんだ状態で再結合することでうねりの発生に繋がると推察した。この時、SAXSで観測されたフィブリルのずれの大きさはSS結合同士の間の距離よりも小さいため、切断されたSS結合が異なるカウンターパートと組み変わることは物理的に起こりにくく、同じカウンターパートとひずんだ状態で再結合する。このような機序は、還元剤によるSS結合の切断、望ましい形状にした状態で酸化剤による再結合を通じて毛髪形状を記憶させるパーマの原理に類似している。つまり、UVや熱、外力の影響を受けやすい頭髪の表層では、パーマに類似した機序で意図せず不規則な形状に固定され、うねりに繋がることが示唆された。

 

図8 毛髪のうねり発生メカニズムの模式図。

 

 

4. まとめ
 本研究では、実態観察から見出された頭髪の表層に特異的な毛髪一本一本の形状のうねりに着目し、その原因と詳細な発生機序を解明することで、髪悩み解決のための効果的な手段と価値を提案することを目指した。UVと外力によるひずみの影響が複合化すると顕著にうねりが発生することを実証し、そのメカニズムを種々の分光的手法およびX線構造解析を駆使して調べた。その結果、毛髪内部のジスルフィド(SS)結合がUVの影響で切断され、その後の経時過程において、外力の影響でひずんだ状態で再結合するというパーマに類似した変化が起きていることが示唆され、SPring-8を活用することでうねりが発生する際の毛髪タンパク質の構造変化を分子レベルで明確にすることができた。
 メカニズムを詳細に理解したことで、うねりが一旦発生するとパーマのように簡単には元に戻すことができないと考えられ、事後的な髪のダメージケアの限界が示唆された。そこで、製品開発においては予防の重要性を考慮し、予防意識が生活者に十分に定着した肌用の日焼け止めを改良して、髪にも使いやすいミスト状の日焼け止め(Biore UVアクアリッチアクアプロテクトミスト、通称:瞬感ミストUV)を開発・全国発売した。うねり予防のためには髪のUVケアが重要であるという科学的知見に基づいた訴求を展開することで、生活者のケア意識の向上や髪のUVケア製品の市場活性化に貢献することができた。

 

 

謝辞
 本研究における放射光を使ったマイクロビームX線散乱測定は、BL24XU Aブランチを使用して実施しました(課題番号:2022A3076, 2022B3076)。測定のご支援を賜りました公益財団法人高輝度光科学研究センターの桑本滋生氏に感謝申し上げます。また、第21回ひょうごSPring-8賞の受賞に際して、ご関係の皆様に心より感謝申し上げます。

 

 

 

参考文献
[1] C. M. Pande: J. Soc. Cosmet. Chem. 45 (1994) 257-268.
[2] C. Dubief: Cosmet. & Toilet. 107(10) (1992) 95-102.
[3] L. Kreplak, J. Doucet and F. Briki: Biopolymers 58 (2001) 526-533.
[4] 新井幸三:ケラチン繊維の力学的性質を制御する階層構造の科学 (2014) 138.
[5] 佐野則道、竹田晋吾、松井純爾、高野秀和、篭島靖:光学 39(11) (2010) 550-552.
[6] L. Kreplak et al.: Biophysical Journal 82(4) (2002) 2265-2274.

 

 

 

田村 俊紘 TAMURA Toshihiro
花王株式会社 研究開発部門 解析科学研究所
〒131-8501 東京都墨田区文花2-1-3
TEL : 03-5630-9425
e-mail : tamura.toshihiro@kao.com

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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