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Volume 29, No.1 Pages 28 - 31

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

244th ECS meeting報告
Report on 244th Electrochemical Society (ECS)

渡辺 剛 WATANABE Takeshi

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 2023年10月8日~12日にかけてスウェーデンのヨーテボリで244th Electrochemical society(ECS)meetingが開催された。ECS meetingは電気化学分野における最大規模の会議であり、年に2回、春と秋にアメリカで開催されている。ところが、今回は上述の通り216th ECS meeting(2009年、オーストリア)以来となるヨーロッパ開催となった。この影響からか244th ECS meetingにおける参加者は約3,200人に達し例年の1.3倍ほど多かったようだ[1][1] https://issuu.com/ecs1902/docs/2023-gothenburg-guide-01-with-covers-final。ちなみに報告者は236th meeting(2019年、アトランタ)、PRiME2020(2020年、COVID-19の影響で完全オンライン)に続き3回目の参加となった。
 今回はスウェーデンでの開催ということで、厳しい寒さを想定して現地に赴いた。しかし現地に到着すると平均気温5~10°Cと「少し肌寒い」程度に落ち着いているだけでなく日照時間も10時間ほどあったので、比較的過ごしやすい環境であった。244th ECS meetingはSwedish Exhibition & Congress Centreで開催された。
 写真1は、会場となったSwedish Exhibition & Congress Centreおよび隣接するホテルGothia Towersである。この会場はランドベッテル空港から高速バスで25分ほど移動した場所に位置する。またヨーテボリ中央駅を中心とする繁華街(写真2)からは2~3 kmほど離れており、会場付近はスポーツ競技場、遊園地や映画館といった興行施設が建ち並んでいた。さらに5~10分の徒歩圏内には美術館、博物館や図書館だけでなくGothenburg大学やChalmers工科大学などの文化的な施設も建ち並んでいて、朝夕の市街散歩はとても気持ちが良かった。

 

写真1 244th meetingの会場となったSwedish Exhibition & Congress Centreおよび隣接するホテルGothia Towers。

 

写真2 ヨーテボリ中央駅付近の繁華街の様子。

 

 

2. 学会の内容
 244th ECS meetingでは口頭、ポスター発表ともに現地での発表が求められた。一方で希望者は動画、ポスターやスライドといった補助資料を提出することができた。これらの資料は学会初日までにweb上へ公開され、学会参加者は自由に閲覧することができる措置が取られている。この措置は先のPRiME2020以来、継続しているようである。また口頭発表者に関しては講演資料の事前提出が求められていて、当日はクラウド上に保存された事前提出資料を用いて発表した。
 ECS meetingでは研究分野が15ほどに大別されており、各研究分野で細分化されたセッションが多数存在する。ECS meetingで対象となる研究分野は、電気化学分野にとどまらず電子・光デバイスといったエレクトロニクス分野(有機・無機)にまで及ぶ。今回のECS meetingでは全68セッションが設けられており、会期中は朝8:00から夜20:00(最終日は18:00)にかけて何らかのセッションが開催されていた。さらに各セッションの合間を縫うように、Opening Reception(初日 19:00-21:00)、ECS presidentによるWelcome talkおよびZ. Bao氏によるPlenary talk(2日目 16:30-18:00)、ポスターセッション(2、3、4日目 18:00-20:00)といった学会全体のイベントが催された。報告者は本会議において燃料電池分野を中心に二次電池、有機・無機半導体や航空宇宙といった研究分野の情報収集を行った。以下では、特に今回の学会で印象に残った講演を紹介していく。なお報告に際しては、報告者の興味・関心で聴講した分野に偏りが生じていることをご容赦いただきたい。

 

初日:この日はI01D: Non-PGM Catalysts & Pt Cathode Catalystsセッションを聴講した。本セッションではPaul Scherrer InstituteのThomas J. Schmidt氏による招待講演が行われた。Thomas氏は薄膜回転ディスク電極(TFRDE)法と呼ばれる電気化学測定手法で多数の成果を創出してきた研究者である。講演では、TFRDE法による燃料電池の触媒研究の発展とともにThomas氏の25年間にも及ぶ研究の成果が紹介されていた。またThomas氏は放射光も積極的に活用している研究者で、本講演でもX線吸収分光(XAS)測定の事例が紹介されていた。本会議での報告者の発表ネタはThomas氏らが先駆的に実施していた測定技術を参考にした経緯もあり[2][2] T. Binninger et al.: J. Electrochem. Soc. 163 (2016) H906-H912.、Thomas氏の講演は報告者にとって勉強になる点が多かった。続いて報告者が“Effect of dissolved gases on Pt nanoparticle catalysts investigated by in situ SAXS, XAS measurements”という題目で口頭講演を行った。なお報告者の講演では、先のThomas氏が座長を務めてくださっていた。講演では放射光の測定技術や考察内容に関する質問を受けた。実験内容と結果の両方で、電気化学分野の専門家に対してそれなりの反響があったので安心した。

2日目:午前中にA06. Batteries and Energy StorageおよびG02. Electronic Materials and Processingのセッションを聴講した。Rhode Island大学のBrett L. Lucht氏からは、リチウムイオン電池のsolid electrolyte interphase(SEI)被膜の評価研究に関する招待講演が行われた。SPring-8でもSEIは硬X線光電子分光(HAXPES)測定などで評価されているが、Lucht氏らのグループもNational Synchrotron Light SourceにおいてHAXPES、XASといった手法でSEIを評価しているようであった。続いてStanford大学のZ. Bao氏から、高分子を組み合わせたSiアノード材料開発に関する研究紹介があった。Bao氏は有機エレクトロニクス分野において著名な研究者として知られている。最近Bao氏は自身らが有するソフトマテリアル技術をリチウムイオン電池用の材料開発へ展開しているようで、講演ではリチウムイオン電池に用いられるバインダーや電解液などの材料開発について紹介していた。後述の通りBao氏は本会議のPlenary talkにも登壇しており、本学会を通じて非常に多岐に渡る研究成果を紹介していた。特に本講演では、Siアノード粒子と相互作用することで自己修復するポリマーの開発事例が印象に残った。続くG02のセッションでは、報告者と共同研究を実施している明治大の小椋グループによる講演を2件聴講した。2件の講演はいずれも、次世代CMOS型デバイスとして期待されるSiGe薄膜に関する講演であった。
 午後からは、I06: Accelerated Discovery & Development of Energy Materialsのセッションを聴講した。Jülich原子力研究所のS. Cherevko氏からは、自身らが開発したハイスループット電気化学評価システムに関する講演が行われた。Cherevko氏らのグループでは、触媒の調整・塗布から性能評価に至るプロセスを全自動で実施可能とするシステムを開発した。このシステムでは自動ピペッターと自動xyzステージの組み合わせによって任意の場所・条件で基板上に触媒を塗布することが可能で、塗布された基板は電気化学セルの位置まで自動で搬送されたのちに電気化学セルとドッキングする。これらの仕組みによって、彼らは触媒の塗布・評価を全自動で可能としていた。さらに講演では、本システムが最大50水準に塗り分けられた触媒の評価をハイスループットで実施できていることを示していた。一方で電気化学セルに着目すると、電解液の循環が可能な点だけでなく誘導結合プラズマ質量分析装置が組み込まれている点など興味深い点が多かった。このため聴衆からの反響も大きく、講演後はシステムの仕様、制御に関するコメントや質問が相次いでいた。
 16:30からはPlenary talkに先駆けて、電気化学分野の発展に寄与してきた研究者への表彰が行われた。続いてヨーテボリ市長より歓迎の挨拶が述べられた後、アメリカ電気化学会のPresidentであるGerardine氏によるWelcome talkが行われた。その後、Z. Bao氏が“Skin-inspired Materials for Sensing, Soft Integrated Circuits and Next Generation Batteries”と題してPlenary talkを行った。講演でBao氏は、Sensors、Circuits、Advanced batteryという3つのトピックに分けて最新の研究紹介を行っていた。Advanced batteryのトピックに関しては、上述に記載した午前中の内容を中心に紹介していた。またSensors、Circuitsのトピックでは電子皮膚に関する研究紹介が印象的であった。Bao氏らが開発した電子皮膚では、電気信号をラットの脳を介して神経へ伝えることを可能とし、ラットの身体動作を自由に制御できることを示していた。さらに電子皮膚に与える信号強度(=電子皮膚に与える圧力)に応じて、ラットの身体動作量が制御できる事を示していた。講演は報告者の理解が及ばない事例も多数存在したが、全体を通じて興味深い成果が多かった。

3日目、4日目:G02に加えて、I01E: Alkaline Membranes and Devices、L08: Electrocatalytic Carbon Dioxide Reduction、およびポスターセッションを聴講した。G02のセッションでは、明治大の小椋氏から二硫化タングステン(WS2)の研究に関する招待講演が行われた。小椋氏によると、WS2は次世代のチャネル材料に応用が期待されている二次元積層材料のようである。同研究グループでは毒性の低い硫黄前駆体を用いたWS2の成膜技術を確立しているようで、本講演ではこの手法で作製したWS2薄膜をX線光電子分光、ラマン分光、透過電子顕微鏡で評価した結果について報告していた。講演後はWS2薄膜の結晶成長に関する質疑が出ており、小椋氏と聴衆の議論は勉強になった。
 両日の18:00-20:00ではポスター発表と企業展示を聴講した。写真3にポスターおよび企業展示会場の様子を示す。PI-KEM社のブースでは、卓上型の乳鉢付き粉末試料混合機(MSK-SFM-8)が展示されていた。コロナ禍を経て試料作製の自動化・ハイスループット化への動きが活発になっていて、本装置の需要も急激に増していると営業担当が話していた。前述したCherevko氏の講演状況も鑑みると、試料作製の自動化・ハイスループット化に対する関心がとても高いことがわかる。次に地元スウェーデンの会社で種々の電気化学セルを作製しているredox.me社のブースを訪問した。この会社ではラボの電気化学セルだけでなく、放射光実験専用の電気化学セルも納品しており展示ブースにおいても放射光実験用の電気化学セルが展示されていた。会場には営業だけでなく技術(主に設計担当)の社員も参加していて、会場では電気化学セルの設計に関連する情報交換を行うことができた。なお今回ポスター発表の総数は3日間で763講演ということで、ポスターセッションが始まると会場内は多くの参加者で賑わっていた。ポスターセッションでは、燃料電池触媒の評価に関する講演を中心に多数聴講した。

 

写真3 ポスターセッション開始前のポスターおよび企業展示会場の様子。ポスターセッションが始まると、会場全体は(うんざりするほど)異様な熱気に包まれていた。

 

 

最終日:一日を通じてZ02. Electrochemistry in spaceのセッションを聴講した。京都大学の福永氏による招待講演では「燃料電池の技術は宇宙工学技術に端を発する」というメッセージを発端に、電気化学分野と宇宙開発の深い結びつきを示していた。本セッションに参加した当初は電気化学と宇宙開発の間にどのような接点があるのか疑問を抱いていたが、福永氏の講演を通じてむしろ両者には深い関係があるのだと自分の考えを改めることとなった。続いてColorado鉱山大学のJ. Girschik氏からは、ポリヨウ化亜鉛フロー蓄電池開発に関する研究紹介が行われた。Girschik氏は、日照などの外的要因に依存せずに宇宙ステーションや宇宙船の様な構造物に対して安定かつ大規模にエネルギーを供給できるシステムとして蓄電池の開発に取り組んでいる。彼らは高い安定性とエネルギー密度を備えるポリヨウ化亜鉛フロー蓄電池に着目していて、講演ではポリヨウ化亜鉛フロー蓄電池の特徴を詳細に紹介していた。講演を通じて、Girschik氏が無重力下での技術や知識(例えば、結晶成長や、液体の流れ、ガスや気泡の形成過程の制御など)が人類全体として不足していると指摘していた点が印象に残った。Z02セッション全体を通じても頻繁に「無重力、低重力」というキーワードが頻繁に飛び交っていたことから、今後の重要な研究テーマになるような気がした。またFaraday Technology, Inc社のT. Hall氏は、無重力下In situ電気化学測定技術に関する成果を報告していた。Hall氏は航空機による放物線飛行で無重力下を形成し、その間に電気化学反応を実施してH2O2が生成していく過程を評価していた。Hall氏によると航空機では約20秒間の無重力状態を形成できるようで、彼らは1課題につき20秒 × 30サイクルの無重力下実験に取り組んでいた。講演では彼ら自身初の無重力実験時の動画も放映されており、実験当時の興奮や緊張が聴衆にも良く伝わっていた。Hall氏は無重力実験のほかにも、火星での運用を想定した酸素生成装置の開発など先駆的な事例をいくつも紹介しており、どの話題も聴衆からの反響が大きかった。

 

 

3. おわりに
 本稿では、244th ECS meetingの会議内容を紹介した。報告者は過去2回ECSに参加していたことは冒頭で述べたが、初回の236th ECS meetingは台風上陸に伴う旅程の短縮、2回目のPRiME2020は完全オンライン形式とイレギュラーな学会参加が続いていた。そのなかで今回は3回目にして、事前の計画通りに全日参加できた点は素直に良かったといえる。一方で会議以外に視点を変えると、COVID-19の影響による飛行機搭乗手続きの一部オンライン化、ウクライナ情勢の影響で日本からヨーロッパへの航路がロシアを通過せずに北極圏を通過したことや、円安やインフレによる現地物価の高騰など、世界情勢の急激な変化を随所で感じる学会参加であった。
 次回の245th ECS meetingは、2024年5月26日~30日にアメリカのサンフランシスコで開催される予定である。現地では、次回の245th ECS meetingに加えて2024年10月6日~11日にハワイで開催を予定しているPRiME2024も大きく宣伝されていた。常夏ハワイのビーチが印刷されたPRiME2024のフライヤーを肌寒いヨーテボリの屋外で眺めていると、「来年の秋も現地で参加したいなぁ」という思いが沸き上がってくるのを感じた。

 

 

 

参考文献
[1] https://issuu.com/ecs1902/docs/2023-gothenburg-guide-01-with-covers-final
[2] T. Binninger et al.: J. Electrochem. Soc. 163 (2016) H906-H912.

 

 

 

渡辺 剛 WATANABE Takeshi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
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Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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