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Volume 29, No.1 Pages 82 - 85

4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

利用系活動報告
放射光利用研究基盤センター 分光推進室 先端分光計測チーム
Activity Reports – Advanced Spectroscopy Team, Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research

片山 真祥 KATAYAMA Misaki

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室 Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 分光推進室 先端分光計測チームはX線吸収微細構造(XAFS)法、硬X線光電子分光(HAXPES)法、赤外分光(IR)法の共用ビームラインを担当し、基礎から応用にわたる様々な分野からの利用ニーズに応えるべく、実験ステーションの運用・高度化に取り組んでいる。メンバーは2023年11月現在、研究系8名、技術系3名、兼務1名の12名で構成されている。装置はBL01B1 XAFS I、BL09XU HAXPES I、BL43IR 赤外物性の3本のビームラインを中心に、関連するビームラインとも連携をとりながら活動している。
 XAFSはSPring-8の多くのステーションで実験される手法であり、偏向電磁石光源ではBL01B1とBL14B2の2つのステーションが共用に供されている。BL14B2は旧産業利用ビームラインであり、現在も産業利用・産学連携推進室が担当しているが、分光推進室が担当するBL01B1と連携することで運用の効率化を進めている。
 BL09XUはBL47XUで運用されてきたHAXPES装置を受け入れ、核共鳴散乱実験装置をBL35XUに移設することで、実験ハッチ(EH)1・2ともに光電子分光装置を備えたHAXPESの専用ビームラインとして再整備が行われた[1, 2][1] A. Yasui, Y. Takagi, et al.: J. Synchrotron Rad. 30 (2023) 1013-1022.
[2] 保井晃、高木康多: SPring-8/SACLA利用者情報 26 No.4 (2021) 445-447.
。HAXPESに関しては、BL46XUでもBL36XUの装置を集約する再編が完了し[3][3] 安野聡、ソオッキュン、高木康多、保井晃: SPring-8/SACLA利用者情報 28 No.4 (2023) 434-438.、BL09XUとBL46XUの2ビームラインで合わせて4つの光電子分光装置を運用している。
 BL43IRはSPring-8唯一の赤外領域の放射光を利用するビームラインであり、実験室光源では実現し得ない高輝度赤外光を利用して主に顕微分光に活用されている。温度や圧力、湿度など幅広い試料環境に対応している。
 次に、各ビームラインにおける最近の状況とSPring-8-IIに向けた取り組みなどを紹介する。

 

 

2. XAFSビームライン BL01B1
 BL01B1(写真1)はSPring-8供用開始時から運用されている3.8~103 keVをカバーするXAFSビームラインである[4, 5][4] 宇留賀朋哉、谷田肇: SPring-8/SACLA利用者情報 4 No.2 (1999) 21-25.
[5] T. Uruga, H. Tanida, et al.: J. Synchrotron Rad. 6 (1999) 143-145.
。光学系としては縦平行化ミラー、可変傾斜型二結晶分光器、縦集光ミラーを備えており、測定エネルギー領域を変える際のミラーへの入射角度変更に対応するため、縦平行化ミラーから縦集光ミラーまでの光学装置が大型の傾斜架台に、縦集光ミラーより下流の装置が昇降架台に載っているのが特徴である。第3世代放射光施設においても、広いエネルギースペクトルをもつ偏向電磁石からの放射光は、XAFS測定に極めて有効である。対応するエネルギー領域の広さは測定可能な元素に対応しており、BL01B1はCaより重い全ての元素のXAFS測定が可能である。

 

写真1 BL01B1外観。左側手前には計測機器類が並ぶ。中央がEHの出入り口扉であり、ビームライン下流側(右奥)にガスボンベキャビネットおよび排ガス処理装置が設置されている。

 

 

 XAFSからは吸収原子の電子状態や局所構造の解析が可能であるが、X線回折で情報が得にくいナノ粒子、非晶質、希薄試料に適用されることが多く、触媒化学、電気化学、環境科学などの分野の利用が盛んである。特に触媒化学分野においてはXAFSが必須のツールとなっており、反応ガス雰囲気や反応温度条件での金属触媒の状態解析が常に行われている。
 反応ガスを利用した実験において、ビームタイムごとにEHで頻繁にガス供給・排気ラインを設置・撤去することは、測定に使える時間を浪費するだけではなく安全上の点からも問題がある。BL01B1ではハッチ内の実験定盤まで反応ガス供給配管を敷設し、利用者が専用のポートから測定用の反応容器への繋ぎ込みをすれば、容易に実験が開始できる環境を整えている。また、ガスボンベについても利用頻度の高いO2、H2、CO、CO2を常設しておくことで利便性を高め、その他のガス種についても納入後、速やかに実験開始できる体制を整えている。反応ガスと試料の反応により生じた生成物については、四重極型質量分析計とマイクロガスクロマトグラフを備えた可搬式ガス分析装置(写真2)を利用した追跡ができる。また、試料上の吸着種や表面状態の解析にはXAFSと拡散反射赤外フーリエ変換分光(DRIFTS)の同時測定システムが利用可能である[6][6] S. Kikkawa, K. Teramura, K. Kato, et al.: ChemCatChem 14 (2022) e202101723.

 

写真2 BL01B1で利用可能な可搬式ガス分析装置。中段に四重極型質量分析装置、下段にマイクロガスクロマトグラフが固定されている。分析対象となるガス供給と排ガスのラインを繋ぐことで利用可能。

 

 

 微量元素や薄膜試料の測定に利用されているORTEC社製19素子Ge半導体検出器はプリアンプ等の劣化が深刻で、全ての素子は利用できない状況である。2022年度には信号処理系の更新によりQuickスキャンモードへの本格対応が完了しており、今年度には抜本的な老朽化対策として36ピクセルGe半導体検出器への更新を進めている。
 SPring-8-IIに向けては、BL01B1とBL14B2の関係者を中心とする汎用XAFSビームライン再編WGにおいて議論を進めている。6 GeV化により偏向磁石光源のカバーするエネルギー帯は低エネルギー側にシフトすることになるが、利用動向や利用者からの要望をもとに、より良い実験環境が引き続き構築できるよう検討を進めている。

 

 

3. HAXPESビームライン BL09XU
 2021年度に実施したビームライン再編により、BL09XU(写真3)はHAXPES専用ビームラインとして運用を再開した。ビームライン再編では2台の光電子アナライザーをEH1と2に配置するとともに、高エネルギー分解能、集光、偏光利用実験に最適化した光学系へと一新した。分光器としては、従来の二結晶分光器に加えて高分解能チャンネルカットモノクロメータ(CCM、Si 333/444/555反射を選択)およびダブルチャンネルカットモノクロメータ(DCCM、Si 220/311反射を切替)が利用可能である。また、広いエネルギー範囲で高い縦偏光度を実現する2連のダイヤモンド移相子(DXPR)も導入された。

 

写真3 BL09XU外観。中央はEH2の出入り口扉。ビームライン下流側(写真右側)に制御用PC類が並ぶ。

 

 

 EH1の光電子アナライザーは元々BL09XU EH2で運用されていた装置を移動させたものであり、エネルギー掃引が必要な共鳴HAXPES実験にはビーム高さが変動しないDCCMが活用されている。5.9 keVから9.5 keVの広いエネルギー範囲で0.9以上の高い偏光度を持つDXPRの導入により、偏光制御した共鳴HAXPES計測が可能になった。EH2にはBL47XUで運用されていた広角対物レンズを有する光電子アナライザーが移設され、長尺K-Bミラーからの1 μm × 1 μmのビームを活用し、角度分解すなわち試料の深さ分解と二次元スキャンを合わせた三次元空間分解計測に利用されている。EH2での実験時にはEH1内の装置を光軸から退避させる必要があり、再調整作業を必要とするが、再編でEH1には再集光時の再現性が高いWolter集光ミラーが導入され、迅速な調整、かつ、その後の安定なビーム性能を実現できた。また、EH2での実験時にEH1への入室が可能なアクセスモードも導入しており、事前の試料準備や評価が可能である。
 BL09XUにおけるビームライン機器の制御は従来方式からBL-774へ移行しており[7][7] K. Nakajima, K. Motomura, et al.: J. Phys. Conf. Ser. 2380 (2022) 012101.、SPring-8-IIで自動計測・リモート計測を実施するためのソフトウェア環境の構築も順次進めている。これらのビームライン制御や測定に関わるソフトウェアをBL46XUやBL39XUへと展開し、共通化による開発の省力化とユーザビリティの向上へ繋げることを目指している。
 BL09XUにおいては、近年の液体ヘリウム価格の高騰とそれに伴い低温実験が敬遠されていることが課題の一つである。そのため、ヘリウム再凝縮装置を導入し、ビームライン内で循環系を構築することにより液体ヘリウム消費量を抑えて低温実験が可能となるよう整備を進めている。また、グローブボックス(写真4)をはじめとする試料準備環境の整備も進めているので、実験の際にはぜひご活用いただきたい。

 

写真4 BL09XUの試料準備用グローブボックス。循環精製装置を増設したのち、運用開始予定。

 

 

4. 赤外物性ビームライン BL43IR
 BL43IR(写真5)の光源は偏向電磁石であり、100~10000 cm–1(0.01~1 eV)の広帯域の高輝度赤外光を活かした顕微分光が行われている[8][8] H. Kimura, T. Moriwaki, et al.: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A: Accel. Spectrom. Detect. Assoc. Equip. 467-468 (2001) 441-444.。もともとBL43IRはユーザー団体からの提案で建設されたビームラインであり、導入された経緯などは本誌の過去の記事をご参照いただきたい[9, 10][9] 木村洋昭、森脇太郎: SPring-8/SACLA利用者情報 4 No.6 (1999) 26-32.
[10] 難波孝夫、木村洋昭: SPring-8/SACLA利用者情報 4 No.3 (1999) 65-67.
。現在のBL43IRは長作動距離顕微鏡、磁気光学顕微鏡、高空間分解顕微鏡の3つのステーションで実験が行われている[11][11] 森脇太郎、池本夕佳、木下豊彦: SPring-8/SACLA利用研究成果集 3 (2015) 258-264.。近年は特に高空間分解顕微鏡ステーションで対応可能な試料環境の整備・拡充を進めており、低温・高温、加湿、高圧、溶液、延伸、UV照射など様々な条件での実験が可能になっている。最近では、試料延伸用のステージを全反射測定法(ATR)での測定にも適用できるよう、装置の改良を施した。なお、BL43IRでは市販の赤外分光装置ではあまりカバーされない遠赤外領域までのATR測定も可能である。

 

写真5 BL43IR外観。収納部天井から外壁(赤色のラダー部)を通り赤外光が取り出され、各ステーションに導かれている。

 

 

 対応する試料環境の整備を進めたことにより、ユーザーの分野も拡大・変化しており、特に近年では水が存在する環境で機能を発現する材料(水圏機能材料)をはじめとする、水分子の関与する試料についての測定が増加傾向にある。BL43IRの成果には、毛髪を対象とした産業界の研究など、放射光ユーザーではない一般の方に身近に感じていただけるような応用事例も多く、広報にも一役買っている。
 長らく放射光赤外分野を牽引してきたBL43IRであるが、残念ながらSPring-8-IIにおいてはリングを構成する磁石列の設計上、赤外光を取り出すポートの設置ができなくなる。現在の放射光赤外ユーザーのアクティビティを継続させるための方策について、関係者で議論を進めている。2023年9月にはSPring-8とUVSORのユーザーグループが共同でシンポジウムを開催し、BL43IRの実験環境のUVSORへの移設の可能性について議論が行われた。引き続きユーザーグループと協力し、BL43IRのアクティビティを適切に移行できるよう協議を進めていく予定である。

 

 

5. まとめ
 遠赤外線から硬X線領域のビームラインを担当する先端分光計測チームは、JASRIにおいて最も守備範囲の広いチームである。ユーザーの分野も幅広く、対象は物質を扱うほぼ全ての研究分野と言っても過言ではない。「汎用」というと広く浅くのイメージになりがちではあるが、ビームライン担当者はXAFS、HAXPES、IRそれぞれの手法のエキスパートとして研究活動を行い、その深い見識を持って利用支援にあたっている。SPring-8-IIに向けてビームラインや施設が大きく変わりつつある時期でもあり、ユーザーの皆様からもビームラインや施設への要望、高度化に関する提案などお気軽に担当者までお寄せいただけると幸いである。
 チームの運営としては、それぞれのビームラインに研究系職員を担当者として配置し、技術系職員にはそれぞれの得意な分野を中心にビームラインを横断的にサポートしてもらっている。個々の能力を最大限に発揮できる環境というにはまだ至らないところもあるため、メンバー間の連携や技術支援業務の体制などに関して、さらなる業務の最適化・効率化を図っていきたい。

 

 

謝辞
 動的分光イメージングチームや技術支援グループをはじめとする多くの方々に、日々の業務において多大なご支援・ご協力をいただいています。この場をお借りして感謝申し上げます。

 

 

 

参考文献
[1] A. Yasui, Y. Takagi, et al.: J. Synchrotron Rad. 30 (2023) 1013-1022.
[2] 保井晃、高木康多: SPring-8/SACLA利用者情報 26 No.4 (2021) 445-447.
[3] 安野聡、ソオッキュン、高木康多、保井晃: SPring-8/SACLA利用者情報 28 No.4 (2023) 434-438.
[4] 宇留賀朋哉、谷田肇: SPring-8/SACLA利用者情報 4 No.2 (1999) 21-25.
[5] T. Uruga, H. Tanida, et al.: J. Synchrotron Rad. 6 (1999) 143-145.
[6] S. Kikkawa, K. Teramura, K. Kato, et al.: ChemCatChem 14 (2022) e202101723.
[7] K. Nakajima, K. Motomura, et al.: J. Phys. Conf. Ser. 2380 (2022) 012101.
[8] H. Kimura, T. Moriwaki, et al.: Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A: Accel. Spectrom. Detect. Assoc. Equip. 467-468 (2001) 441-444.
[9] 木村洋昭、森脇太郎: SPring-8/SACLA利用者情報 4 No.6 (1999) 26-32.
[10] 難波孝夫、木村洋昭: SPring-8/SACLA利用者情報 4 No.3 (1999) 65-67.
[11] 森脇太郎、池本夕佳、木下豊彦: SPring-8/SACLA利用研究成果集 3 (2015) 258-264.

 

 

 

片山 真祥 KATAYAMA Misaki
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : misaki.katayama@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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