Volume 28, No.4 Page 343
理事長室から インテグリティ
Message from President Integrity
近年、研究活動の不正行為への対応として、研究コンプライアンスの確保が研究者及び大学・研究機関に強く求められている。昨今は、これに加えて、研究インテグリティの確保が求められるようになった。「研究インテグリティとは、研究活動の国際化・オープン化に伴う新たなリスクに対して、研究活動の透明性を確保し、説明責任を果たすといった新たな規範」1)、または、「従来の研究不正防止にとどまらず、「利益相反」開示の対象を、民間企業のみならず外国や機関との関係に拡張し、新興科学技術の生み出す知識を適切に管理する」2)、と言われる。大学・研究機関等において、研究インテグリティに対する具体的な取り組みが議論されていて、世界最高峰の研究施設から生まれるデータや情報を適切に管理して利用者が安心して研究できる創造の場となるように、JASRIとしても早急に検討すべき事柄であると考えている。
ところで、ここでは「研究」という冠を除いた、「コンプライアンス」と「インテグリティ」3)について、少し述べてみたい。「コンプライアンス」とは規則遵守であり、人間が組織・社会内でのルールを守ることにより相克なく共生する上で重要であり、多くの企業で取り入れられてきた。しかしながら、現実は、それが旨く機能しているようには思えない。アリバイ作りのための資料作り、リスクがあるならやらない、誰が責任をとるのか?等々の働く人のモチベーションの低下に繋がる「コンプラ疲れ」という言葉も散見される。コンプライアンスには、服従、追従という意も含まれるため、コンプライアンスを守らされる側は、「押しつけられた」という否定的・受身的・他律的・消極的なイメージを抱きがちで「自分ごと」として考えない傾向があり、コンプライアンスを他者に当てはめ「あげ足取り」の材料に用いられることすらあり、手垢がついてしまった感がある。
他方、「インテグリティ」という語は、「コンプライアンス」の規則遵守というコンセプトを持ちつつ、それと対比して肯定的・能動的・自律的・積極的なニュアンスがある。「誠実」「正直」「高潔性」「一体性のあること」「全体性」と和訳されているが、リーダーシップ、勇気、コミュニケーションの意も含まれていると云われている。最近は組織理念としても用いられていて、コカ・コーラやマクドナルドは、インテグリティを「誰も見ていなくても正しいことをする」、ダイムラー・グループは「誰もが心に持っている善悪の羅針盤」と定義している。日本語の「良心」に相当するといえる。花王ではインテグリティを「正道」と表現している。
JASRIの経営を預かる立場から、放射光研究やJASRIのあるべき将来像を毎週の幹部打合せの中で討議しているが、次のようなタームがよく取り交わされる。参加意識の向上、意識改革、「自分ごと」として考える、相互作用(双方向の関わり)、心を込める、高い志を持つ、積極的姿勢、最後までやりきる姿勢、利用者に認められる貢献、やり遂げる決意、情熱と誇りを持つ、等々。これらのタームに共通する思いを何か一言で言い表せないかと思いを巡らせていた。私は「インテグリティ」の中にその可能性を見い出せたと感じている。すなわち、「インテグリティ」の言葉のもつ誠実(心を込める)、正直(誇り)、高潔性(高い志)、一体性(双方向の関わり)、全体性(最後までやりきる姿勢)というコンセプトと、肯定的・能動的・自律的・積極的なニュアンス。新しい言葉を用いれば物事が簡単に変化するとは思わない。しかし、言葉の持つ力は大きい。
今後、折に触れ、「インテグリティ」という言葉のコンセプトを皆さんと共有し、具体的なアクションに結びつけて行きたいと思っている。
1)研究インテグリティ、文科省サイト
https://www.mext.go.jp/a_menu/kagaku/integrity/index.html
2)「研究インテグリティ」という考え方の重要性、梶田隆章(日本学術会議会長)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/27/9/27_9_65/_pdf/-char/ja#:~:text=
3)「インテグリティ − コンプライアンスを超える組織論」中山達樹著、中央経済社