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Volume 28, No.4 Pages 364 - 368

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

15th International Conference on Electronic Spectroscopy and Structure(ICESS-15)会議報告
Report on 15th International Conference on Electronic Spectroscopy and Structure (ICESS 15th)

安野 聡 YASUNO Satoshi[1]、木下 豊彦 KINOSHITA Toyohiko[2]

[1](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[2](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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1. はじめに
 2023年8月21日~25日にフィンランド オウルにて、ICESS-15(15th International Conference on Electronic Spectroscopy and Structure)が開催された[1][1] https://www.icess2021.com/。ICESSは「電子構造」とそれを調べるための「電子分光」に関連した研究が主として議論される会議である。1971年に電子分光会議(ICES: International Conference on Electron Spectroscopy)として開催され、その後、電子構造をはじめ、現在では吸収分光や発光分光、また走査トンネル顕微鏡などのコミュニティが集まり、現在ではこれらに関連した幅広い分野の研究報告が取り上げられている。近年では2012年にフランスのサン・マロ、2015年にアメリカのニューヨーク、2018年に中国の上海で開催され、3年ごとに欧州、北米、アジアと順番に開催されている。本来であれば2021年に欧州であるフィンランド オウルでの開催が予定されていたが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大による影響とIAB(International Advisory Board)から対面形式での開催が強く要望された結果、開催時期を2年延期して2023年にオンサイトでの開催となった。また本会議に近い話題が議論されるVUVX 2023(41st International Conference on Vacuum Ultraviolet and X-ray Physics、ブラジルで開催)とのオーバーラップをさけるため、今回の日程での開催の運びとなったようである。
 今回の会議は、オウル大学(University of Oulu)により主催され、Co-ChairsをUniversity of OuluのMarko Huttula氏、Lund UniversityのJoachim Schnadt氏、University of OuluのMinna Patanen氏が務められた。写真1に会場となったUniversity of Ouluメインキャンパスの外観写真を示す。本大学はオウル市の中心部から北に約6 kmのLinnanmaaに位置している。会期中における市街から大学までの主な移動は、主催者側が朝夕にそれぞれ2便ずつ準備したシャトルバスを利用することができ、不慣れな公共交通機関を利用する必要がなく大変便利であった。

 

写真1 ICESS-15が開催されたUniversity of Ouluの外観写真。

 

 

 会議は24か国から170名余りの参加があり、27%は女性の参加であった。主な参加国で人数の多かったところはフィンランド、スウェーデン、ドイツ、オランダ、日本であった。通常は300名近い参加者が期待される会議であるが、新型コロナウイルスの影響やウクライナ情勢の影響で参加者が少なかったのではないかと推察された。日本からの参加者も以前では40名前後が参加することが常であったが、上記事由に加えて円安やインフレの影響により特に学生の参加者が少なかったのが大変残念であった。一方で対面形式であったこと、また参加者が少なかったことが幸いして各所において密度の濃い議論ができていたように思う。
 オープニングで、Co-ChairsのMarco Huttula氏より挨拶があり、近年のサスティナビリティへの社会的責務に鑑みて、環境に配慮した会議を目指す必要があることからClimate compensation of ICESS participants traveling to Oulu in 2023として、参加者の数に見合うだけの二酸化炭素を吸収するため(旅程などを念頭においていると推定)、オウル南方の森林で行われた190本の松の木の植樹について紹介されたことが特徴的であった(写真2)。

 

写真2 Marko Huttula氏によりClimate compensation of ICESS participants traveling to Oulu in 2023が説明された時の様子。

 

 

2. 会議の概要
 会議の日程は、全日の午前前半にシングルでのPlenary session、以降は基本的にパラレルでの口頭発表で構成され、他に2日目午後のPoster sessionと最終日のC. S. Fadley氏を偲ぶMemorial sessionが設定されており、各々の分野における研究報告と議論が進められた。写真3および写真4に口頭発表が行われた会場の様子、写真5にポスター会場の様子を示す。

 

写真3 Plenaryと口頭発表が行われた会場(Saalasti Hall)の様子。

 

写真4 セッションがパラレルで開かれる場合に使用された講義室(Lecture hall L2)の様子。

 

写真5 ポスター会場(Agora)の様子。

 

 

 本会議の講演分類としては、基礎物性に重きをおいたAMO(Atomic、Molecular、Optical physics)やTheory、実用材料への応用やオペランド測定に関する報告の多かったMaterial & surface science、Ambient & in-situ spectroscopy、その他、評価技術で分類したRIXS(Resonant Inelastic X-ray Scattering)、HAXPES(Hard X-ray photoelectron spectroscopy)、STM(Scanning Tunneling Microscope) & related techniques、FEL(Free Electron Laser)、測定対象で分類したCorrelated systems & superconductors、Spin and magnetismなど、幅広い分野に関するセッションが用意された(講演分類を表1に示す)。

 

表1 ICESS-15の講演分類

 

 

 本会議の全講演件数はPlenary sessionが10件、口頭発表が57件(うち招待講演25件)、Poster sessionが66件であった。発表時間は質疑応答を入れて招待講演が30分、一般講演が20分となっていて、各セッションの最初に招待講演が1~2件あり、その後に一般講演が2~3件続く形式で、1つのセッションの時間は2時間程度になっていた。前述の通り、研究分野、対象が非常に広範であり、普段触れる機会の少ない分野については、講演内容や研究結果を理解するのに大変苦労することも多かったが、一方でPlenary sessionや招待講演については、最先端の結果は当然のこと、現在に至るまでの研究の経緯やベースとなる物理に関する内容を分かりやすくまとめた講演も多く大変参考になった。

 

 

3. 会議の内容の概要
・8/21(月曜日)

 初日のPlenary sessionでは、Sogang UniversityのHyunjung Kim氏より、PohangのFELを用いた触媒の構造の時間分解の観察結果の報告があった。NOxの還元中に起こるZSM-5ゼオライトへのCuの拡散と置換の現象を捉えるなど、かなり先端的なデータが出ているようで感銘を受けた。Spin & magnetism sessionでは、University of MünsterのMarkus Donath氏から、HiSORを利用したRe(0001)表面のARPES(Angle-resolved Photoemission Spectroscopy)測定によるショックレー準位とタム準位の起源についての議論をされていた。Material & surface science sessionではMomentum microscopeの講演が2つあった。Stony Brook UniversityのAlice Kunin氏によるレーザー励起、もう一つはJohannes Gutenberg UniversityのOlena Tkach氏によるDESYでのHXPD(Hard X-ray Photoelectron Diffraction)への応用であった。空間、運動量、エネルギー、スピンを分解したスペクトルが一気にとれることが特徴で、前者では層状化合物を積み重ねた界面におけるエキシトンの振る舞いが、後者では円偏光で表れる2色性の議論に新規性があり大変興味深かった。
 初日の夜にDESYのWolfgang Eberhardt氏によるPublic lectureが行われた。講義では、Designing the energy system of the futureと題し、カーボンフリーの世界を目指すために力を入れて研究開発すべき課題が細かい統計の数字も使いながら詳細に議論された。本も出版されており会場において10ユーロで販売されていた。その後、オウル市長主催のレセプションが開催された。市長のあいさつでは、フィンランドが世界で一番過ごしやすい国として評価されていること、オウルは、ヨーロッパの中堅都市の中でも暮らしやすい都市として高い評価を受けていること、などが歓迎の挨拶として述べられた。

 

・8/22(火曜日)
 Plenary sessionは東京大学 物性研の近藤 猛氏から、レーザー励起の高分解能スピン分解ARPESでExotic magnetの物性研究としてBa2Ca4Cu5O10(F,O)2のFermi pocketsの観察やCeSbにおけるDevil's staircase transitionのメカニズム解明などにについて紹介された。また、台湾National Synchrotron Radiation Research CenterのDi-Jing Huang氏からはRIXSによるクプラート超伝導体のLa2−xSrxCuO4やBi2Sr2CaCu2O、Spin-orbit materialのCuAl2O4についての詳細な電子構造評価の結果について発表されていた。同日では特にRIXS/SXES(Soft X-ray emission spectroscopy)の成果の発表が目立っていたように感じた。実際にRIXS sessionにおいて、東京大学 物性研の原田 慈久氏やKTH Royal Institute of TechnologyのFaris Gel'Mukhanov氏らの発表にあったように、固体、原子分子、溶液への応用が広がっている様子が目についた。他、FELによるRIXSや発光分光の利用もだんだん盛んになっているようであり、Uppsala UniversityのJan-Erik Rubensson氏が発光分光を用いたNe原子のイオン化ダイナミクスについてPoster sessionで報告を行っていた。
 Material science methods sessionでは、Karlsruhe Institute of TechnologyのConstantin Wansorra氏からXPSおよびHAXPESのおける低~高エネルギー(10 keV)領域における光イオン化断面積について実測といくつかの理論計算値を比較した結果についての報告があった。本会議においてこのような基礎的データ収集に関する取り組みは珍しいものと感じたが、現在、実用的な表面分析として広がりを見せるHAXPESの定量分析には必須なデータであり、今後もさらにこのような取り組みが増えることに期待したい。
 2日目午後からはPoster sessionが実施された。内容はかなりバラエティーに富んでおり、評価手法としては、XAS(X-ray absorption spectroscopy)、RIXS、XPS(X-ray photoelectron spectroscopy)、ARPES、AP-XPS(Ambient pressure-XPS)、HAXPESなどの評価手法のほか、放射光施設のビームラインに関する報告があった。研究対象の材料に重きをおいたものもあり、2Dマテリアル、Liイオン二次電池、触媒などに関する報告も見られた。その他、計算関連やCore-hole clockなど興味を引く報告も見られたが、筆者らは自身のPoster sessionやIAB会合があったため、Poster sessionに関してはほとんど聴講することができなかったことは大変残念であった。

 

・8/23(水曜日)
 Plenary sessionでは、DESYのSimone Techert氏による報告が行われ、Water splitting発現時におけるペロブスカイト型構造を持つ触媒材料について、in-situ RIXSにより電子状態を明らかにしていた。光電子を捉える光電子分光に比べて、光(X線)を検出するRIXSは、その場計測の実現性や汎用性の点で利点があると実感した。これは先述した2日目のRIXSのセッションでも同様の傾向が見られており、改めてその汎用性の高さを窺い知ることとなった。Ambient & in-situ spectroscopy sessionでは、Institute of the Max Planck SocietyのHendrik Bluhm氏から、Liquid -Vapor Interfacesについて報告があり、エアロゾルによる微量ガスの取り込みと放出、および海洋によるCO2隔離と光電子分光にしてはかなりスケールの大きな背景について説明があり大変興味深かった。溶液中の塩分や溶質濃度に依存した溶液界面におけるガス種の吸着状態をAP-XPSにより明らかにしていた。他、Lund UniversityのEsko Kokkonen氏からはAP-XPSのエンドステーションへAtomic layer deposition装置を組み込み、酸化膜の成膜過程の観察へ応用した報告があった。AP-XPSやAP-HAXPESについて、果敢に様々な現象や対象へ応用する姿勢に刺激を受けるとともに、同技術が適用できる分野、現象の潜在的な可能性の広さに改めて感心した。

 

・8/24(木曜日)
 Plenary sessionではAalto UniversityのPatrick Rinke氏から、AIやmachine leaningをスペクトルの予測と材料特性・構造の予測に適用させた研究報告があった。リグニン(フェノール性化合物)におけるNMR(Nuclear Magnetic Resonance)の分析結果から、機械学習によって抗酸化活性などの特性を予測し、バイオベース・プラットフォームケミカルへ重合させるための最適な処理条件(量や温度など)を抽出することに成功したとのこと。本会議では、本報告のようなAIや機械学習に関する報告はまだそれほど多くなかったが、今後このような報告事例も増えてくるのではないかと実感した。
 HAXPES sessionでは、Sorbonne UniversitéのTatiana Marchenko氏から、気相チオフェンおよび固体有機物のPost-collision interaction(PCI)effectにおけるオージェ電子スペクトルの励起X線エネルギー依存性による評価事例の報告があった。PCIに起因するピークシフトが光電子の散乱に起因する電荷の遮蔽効果によるものと理論モデルと実験値の比較から結論づけている。他、高輝度光科学研究センターのIbrahima Gueye氏からは、ペロブスカイト型太陽電池のオペランド計測による、試料構造に起因した劣化機構の解明、KTH Royal Institute of TechnologyのFredrik O. L. Johansson氏からは、共鳴オージェ分光法を使用して、Au、Ag、Cuに吸着されたXeの無放射減衰過程を観察し、Core-hole clockに基づく理論から減衰過程の違いを基材依存性から考察していた。

 

・8/25(金曜日)
 PlenaryではTOF型のMomentum microscopyをHARPESやHXPDへ応用した事例について、Johannes Gutenberg UniversityのGerd Schönhense氏から報告があった。特にHXPDではグラファイトをはじめ、GaAs、SrTiO3など様々な材料へ応用しており、XRDにはない元素選択性から構造を詳細に議論できる有用な評価であることを改めて実感した。その他、光電子ホログラフィの話を奈良先端大学院大学の松下 智裕氏が行った。両方の話題とも、この分野で先導的な役割を果たされ、4年前に亡くなられたC. S. Fadley氏の光電子回折現象の研究の功績に負うものが大きく、引き続いて行われた同氏のMemorial sessionでも一同その思いを新たにしていた。

 

 

4. おわりに
 Closing remarks and awardsでは若手を対象としたELSPEC Student Awards(Journal of Electron Spectroscopy and Related Phenomenaによって創設)とPoster sessionから選出されるポスター賞についての発表があった。例えばELSPEC Student AwardsのUppsala UniversityのElin Berggrenによる有機高分子ヘテロジャンクションにおけるCore-hole clock spectroscopyによる電荷移動機構の解明をはじめ、どの受賞された研究内容においても、非常に洗練されよくまとめられた内容であったと思う。
 次回はALS(Advanced Light Source)やスタンフォードなどのアメリカ西海岸の施設の研究者を中心に2年後に(おそらくBerkeleyで)開催されることとなった。現地実行委員はLawrence Berkeley National LaboratoryのEli Rotenberg氏らを中心に行われる予定である。

 

 

 

参考文献
[1] https://www.icess2021.com/

 

 

 

安野 聡 YASUNO Satoshi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0924
e-mail : yasuno@spring8.or.jp

 

木下 豊彦 KINOSHITA Toyohiko
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802-3129
e-mail : toyohiko@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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