Volume 28, No.4 Pages 362 - 363
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
9IDMRCS会議報告
Report on the 9th International Discussion Meeting on Relaxation in Complex Systems (9IDMRCS)
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
8月12日から18日までの期間で千葉市の幕張メッセにおいて開催された9th International Discussion Meeting on Relaxation in Complex Systems(9IDMRCS)について報告する。IDMRCSは1990年に最初の会議がギリシャのクレタ島で開催され、4年に1度開催されてきた。今回の9IDMRCSは冒頭の数字が表すように9回目の開催で、日本では初めての開催である。会議のchairは東京大学物性研究所の山室 修氏であった。
本会議は、そもそも2021年7月に開催が予定されていたが、コロナ禍で延期となって今夏開催に至った。会場となった幕張メッセの最寄り駅であるJR京葉線の海浜幕張駅を下車すると、写真1のような看板に出迎えられた。
写真1 海浜幕張駅前に掲げられた会議の看板
2. 会議報告
会議は10のカテゴリー(glasses、liquids、polymers、colloids/jamming/active matter、biomatter、low dimensions、transport、relaxations、crystal vs glasses及びtechniques)の下に配置された40のシンポジウムで構成され、非常に広い分野の物質群を扱う会議であった。招待講演や一般講演は連日6つもしくは7つのパラレルセッションの形式で会議が進行した。
本会議は、会議の進行形式が私の参加した多くの会議と形式が少々異なっていた。私のこれまでに参加した会議では、開会のセレモニーで会議が始まり、閉会のセレモニーで会議が終了することが多かった。しかしながら、この会議では閉会のセレモニーはなく、結果として参加者が一堂に会して講演を聞く機会は初日のセッションだけであった(写真2)。会議初日には、開会のセレモニーに引き続いて5つの基調講演、その後この分野に大きな足跡を残したAusten Angell氏に関する3件の追悼講演が行われた。写真3は、初日の全講演が行われた後に撮影された当日の参加者のグループ写真である。この写真から本会議の規模が想像できると思う。
写真2 基調講演の会場の様子
写真3 会議初日に撮影したグループ写真
筆者1人で毎日開催された6~7のセッション全てについて述べることはできないので、ここでは聴講することのできた概略について以下に述べることにする。
会議で議論される対象物質は前述の10のカテゴリーに示した通り、主としてガラスや液体、高分子などである。一方で、電荷ガラスやスピングラスといった結晶の試料で電子の示す性質が周期性を持たないことから、秩序状態としてガラスと同様に扱われる物質群も対象となっていた(筆者にとっては、結晶性の物質を研究対象としてきた期間が長いという観点で、後者の分野の方がなじみ深く講演を聞くことができたが…)。様々な機能性材料として利用されているガラスや高分子においては、結晶のようなきちんとした原子配列を持たないために原子配列の詳細に関する議論はあまり行われない一方で、構造の階層性と物質機能との関わりについて議論されることが多い。本会議では、筆者が普段慣れ親しんでいる結晶系の試料を対象にした会議に比べて、計測における様々な時間スケールと空間スケールの両者を意識した講演や議論が多い印象を受けた。
このように計測における時間スケールや空間スケールへの意識は放射光や中性子を利用した研究においても同様である。回折実験においては、周期性を持たない物質群が多いということもあってPDF(Pair distribution function)解析や逆モンテカルロ法などを利用した解析に基づく構造に関する議論がなされていた。物質の機能を議論する上では、この会議が対象とする分野においても物質中のダイナミクスに関する議論が重要であり、多くの招待講演や口頭発表が行われた。実験手法としては、古くから確立されてきた中性子及び第3世代光源によって手法が確立された放射光を用いて直接の観測量が長さと時間の逆数で記述される非弾性散乱や準弾性散乱に加えて、直接の観測量が実時間と長さの逆数で記述される自由電子レーザーを用いた光子相関法による計測に基づく研究成果も報告された。特に、筆者が聴講したセッションにおいては、SACLAでの研究成果が多かったような印象を持った。
初日の基調講演以外で参加者が一堂に会して、サイエンスに関する議論を行える機会となった月曜日と木曜日のポスター・セッションでは、手前に見えるコーヒーなどの飲み物を手にした参加者が部屋の奥の方に見える多数のポスターの前で熱い議論を交わしていた(写真4)。
写真4 ポスター・セッションの様子
最終日には、ガラスや液体、高分子などの高次構造やダイナミクスに利用される計測手法、特に量子ビームを利用した手法に関するセッションが設けられた。SPring-8やJ-PARCの施設における現状紹介とともに海外施設の現状についての報告があった。会議全体を通して、複雑系と呼ばれる分野での量子ビーム連携利用の重要性を再認識できた。
3. おわりに
本会議は、筆者にとっては初めて参加する国際会議であったが、最近放射光と中性子の連携利用に関して取り組んでいる分野だったので、充実した1週間であった。会議全体としての印象は、お盆休み最中という日本の暦も影響した可能性もあり、1週間の会議を通じて、日本で開催する国際会議としては外国からの参加者が非常に多い印象を受けた。本会議は、次回は2025年7月20日~25日の会期でスペインのバルセロナのカタルーニャ工科大学でJosep-Luis Tamarit氏をChairとして開催される。
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