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Volume 28, No.4 Pages 378 - 381

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第20回SPring-8産業利用報告会
The 20th Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8

佐野 則道 SANO Norimichi

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム共同体)、兵庫県、(株)豊田中央研究所、高輝度光科学研究センター(JASRI)、およびSPring-8利用推進協議会(推進協)の5団体の主催、ならびに、理化学研究所 放射光科学研究センター、SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)、フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体(FSBL)、総合科学研究機構(CROSS)、高度情報科学技術研究機構(RIST)、中性子産業利用推進協議会、あいちシンクロトロン光センター(あいちSR)および、佐賀県立九州シンクロトロン光研究センター(SAGA-LS)の後援で、第20回産業利用報告会が9月7・8日に神戸国際会議場において開催された。その目的は(1)産業界での放射光の有用性を広報するとともに、(2)SPring-8の産業界利用者の相互交流と情報交換を促進することである。
 本報告会は、推進協を除く主催団体が各々運用する専用・共用ビームライン利用成果の年次報告会の合同開催で、2004年より毎年開催されてきた。今回は、例年の各主催団体の口頭発表会と合同のポスター発表に加えて、主催団体と参加者でSPring-8産業利用のこれまでを振り返りさらにその将来について議論するパネルディスカッションが設けられた。また兵庫県の主体で実施する「ひょうごSPring-8賞」の受賞講演会も併せて行われた。
 総参加者数は221名で、口頭とポスターの各セッションでの活発な議論や、技術交流会(参加者90名)の盛況ぶりから、上述の開催目的は達成されたものと考える。特に本年は、主催団体らから望まれてきた完全対面の報告会と飲食を伴う技術交流会からなる、COVID-19流行以前の形式が4年ぶりに実現できたため、開催目的が高い次元で達成されたとの印象を持った。

 

 

2. 口頭発表(第1日目)
 セッション1「開会挨拶」は7日の11時より行われた。JASRIの雨宮理事長が主催5団体を代表して挨拶し、SPring-8-II実現の加速への期待と、パネルディスカッションや技術交流会を含めた本会が生み出す新しい人的「化学反応」への期待を述べた。
 続いてセッション2「第21回ひょうごSPring-8賞受賞記念講演」が行われた。本年は花王(株)の田村氏が「紫外線が関与する毛髪うねり発生機構の解明と髪にも使える日焼け止めの開発」で受賞した。雨宮選定部会長による受賞理由説明、片山兵庫県副知事による賞状と副賞の授与、および記念撮影の後、田村氏が受賞内容に関する講演を行った。特筆すべき業績は、SPring-8のマイクロビームX線を用いた広角・小角散乱法を活用し、紫外線と外力存在下での毛髪のうねり発生メカニズムを解明し、肌だけではなく毛髪のうねりに対しても効果のある日焼け止め新商品の開発に繋げたことである。日中の紫外線への曝露と夜間の寝癖により、意図しないパーマスタイリングが施されているとの発見は、非常に興味深かった。
 昼食休憩を挟んで、セッション3「兵庫県成果報告会」が開催された。まず兵庫県立大学の渡邊氏が、兵庫県におけるSPring-8の専用ビームラインと中型放射光施設ニュースバルの産業利用の取り組みについて説明を行った。続いて同大学の津坂氏が、BL24XUの明視野トポグラフィの概要と最近の成果について紹介した。X線トポグラフィは、結晶の格子欠陥や歪みを回折強度の違いから像のコントラストとして観察する手法で、回折光を用いる方法(暗視野)と、前方透過光を用いる方法(明視野)がある。(一財)ファインセラミックスセンターの姚氏は、後者によるパワーデバイス用ワイドギャップ半導体であるβ型酸化ガリウム(β-Ga2O3)の格子欠陥評価を行った結果、結晶成長条件の最適化に必要な転位の線方向と種類に関する情報が把握できた。一方、同BLには準大気圧硬X線光電子分光装置(NAP-HAXPES)がマツダ(株)により設置されており、同社の住田氏らがリチウムイオン電池(LIB)の充放電試験後の正極活物質に対し、埋もれた界面のニッケルやフッ素原子の電子状態の解析に利用している。ニュースバルの利用成果としては、兵庫県立大学の中西氏が、(株)コベルコ科研との共同研究で、BL05の軟X線吸収分光を用いて、次世代LIBケイ素負極におけるケイ素のフッ化が化学的劣化要因の一つであることを見出した。
 セッション4「JASRI実施課題報告会」では、4件の利用者による発表と、1件の施設側からの発表があった。まず、技術研究組合FC-Cubicの今井氏が、NEDO「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」により設置された固体高分子形燃料電池の評価解析プラットフォーム(通称FC-Platform)の紹介と、その材料解析グループによる量子ビームを用いた燃料電池解析について成果を発表した。同グループは、京大、名大、JASRI、およびCROSSにおける各研究グループの成果を集積し、燃料電池のマルチスケール解析を進めている。次に、早稲田大学の関根氏が、二酸化炭素転換のための触媒・材料の放射光を用いた微細構造解析の成果を発表した。回収二酸化炭素と再生可能エネルギー由来水素から、化学原料となる一酸化炭素を生成するための触媒プロセスとして、逆水性ガスシフト反応が知られている。同氏らは、この反応を高効率に達成するための電場中での触媒反応やケミカルルーピングの2つのプロセスと材料の開発において、BL14B2のXAFSを用いて反応機構を解明した。住友ゴム工業(株)の間下氏らは、BL20B2の4次元CT法を用いて、タイヤゴム材料の伸長過程におけるゴム内部の破壊過程を観察し、タイヤに求められている強度および耐破壊性の向上に貢献した。住友電気工業(株)の大久保氏らは、筑波大学・RISTとの共同研究で、新しい耐衝撃材料や機械内部のダンパー等の幅広い応用が見込まれるせん断増粘流体の特性制御のために、せん断増粘性の発現機構の解明に取り組んでいる。せん断増粘性を示すシリカコロイド溶液について、BL40XUでSAXS、BL19B2でUSAXSを、それぞれ粘度測定と同時に散乱測定を行った結果、せん断応力の印加による一部のシリカクラスターの凝集や、ポリマー凝集体の流れ方向の整列による粘度増加の機構が明らかになった。本セッションの末尾にJASRIの安野氏が、大規模なアップグレードを実施し2023年7月よりユーザー利用が再開されたBL46XU HAXPES IIの現状を紹介した。光学ハッチに2種類のダブルチャンネルカット結晶分光器を導入したことで、定位置出射化により励起エネルギーの選択性が大幅に向上した。また2種類の分光器を使い分けて、分析目的に応じた励起X線の分解能やフラックスの条件が選択できるようになり、効率的な実験が可能になった。また、上流の実験ハッチEH1には自動化に特化したハイスループットHAXPES装置を、下流のEH2にはガス雰囲気下での測定が可能な大気圧HAXPES装置を、それぞれ整備した。特に後者は国内初の共用利用装置であり、ガスや湿潤雰囲気下の測定に対応し、固気・固液界面反応などの幅広い利用が見込まれる。

 

写真1 口頭発表会場の様子

 

 

3. 技術交流会
 4年ぶりに復活した技術交流会(懇親会)が、神戸国際会議場に隣接したアリストンホテル神戸で開催された。これまで培われてきた産業分野や産官学の所属組織を超えた「SPring-8産業利用者仲間」の連帯感が再認識される会であった。また、主催各機関のOBらも交えた旧交を温める会話が随所に見られ、本報告会の歴史を振り返るとともに、産業界利用者らにとっての意義や将来の在り方を考える機会となった。

 

写真2 技術交流会の様子

 

 

4. ポスター発表
 第2日目9時30分より2時間に亘って行われたポスター発表には、主催の兵庫県17件、サンビーム20件、JASRI共用ビームライン21件、豊田中央研究所7件、および後援のFSBLの1件を合わせて66件の研究成果のポスターに加えて、SAGA-LS、RIST、CROSS、あいちSR、中性子産業利用推進協議会、SPRUC企業利用研究会、JASRI利用推進部、および推進協から合わせて8件の施設紹介や利用制度、利用者動向などのポスターが掲示された。ポスターは1階ロビー(ホワイエ)と地下フロアの2箇所に分野ごとにまとめて掲示され、1階ロビーには(1)機械・自動車、(2)有機材料、(3)エネルギー・資源、(4)生体・医療、および(5)食品の各分野、地下フロアには、(6)半導体・電子材料、(7)構造材料・金属、(8)装置・分析技術、および(9)ビームライン・施設の各分野が配置された。会場全体に溢れる笑談の声と、各ポスターの前での熱心な議論が印象的であった。

 

写真3 ポスター発表会場の様子

 

 

5. 口頭発表(第2日目)
 セッション5「サンビーム研究発表会」では、サンビームの歴史と将来計画に関する発表が2件と、個別の研究成果の発表が4件あった。まず、日亜化学工業(株)の榊氏の「サンビームのこれまで」では、サンビーム共同体が、四半世紀以上に亘り、世界でも類を見ない同業企業を含めた13社による【協調】と【競争】の運営の基本精神のもと、各社による研究開発、製品不具合究明、特許取得、社会・環境問題の解決策提供などの成果を生み出してきたことが述べられた。川崎重工業(株)の三輪氏の「サンビームのこれから」によると、第三期契約が終了する本年度を以て次期体制に移行するにあたり、装置構成の見直しを図るとともに、従来の共同体の義務や責任範囲を絞り込み、組織の簡略化を行うことで、機動性の高い運営が実現できる新体制の構築を進めている。次期サンビーム共同体では、運輸・鉄鋼・素材等の各事業における課題に対し、適時的に放射光利用先端分析技術を適用し、産業界における新製品開発に貢献していくことを目指す。個別の研究成果としては、(株)日立製作所の米山氏らが、集光ビームを用いた3次元マイクロトポグラフィーの開発により、SiCパワーデバイスの積層欠陥に加えて、貫通系の転位や基底面転位がミクロンオーダーで可視化できた。日亜化学工業(株)の小林氏らは、DAFSによる窒化物半導体の局所構造評価により、LEDデバイスの発光層であるIn0.32Ga0.68N層中でGa原子がランダムに分布していることが明らかにした。(一財)電力中央研究所の三浦氏らは、二重露光法による残留応力評価により、軽水炉プラントの応力腐食割れの発生例が多い配管溶接部の残留応力分布を比較的高い空間分解能で可視化し、構造健全性評価の一助とした。川崎重工業(株)の渡邊氏らは、X線回折法によるレーザ肉盛溶接部の残留応力評価により、エネルギー、航空、自動車、医療など幅広い事業分野で注目されているレーザ肉盛溶接の製品適用の拡大に貢献した。
 セッション6「豊田ビームライン研究発表会」では、(株)豊田中央研究所から2件の発表があった。村瀬氏らは迅速なCO2回収反応を可能にする酵素模倣多核亜鉛錯体の状態解析において、反応時のEXAFSスペクトル変化の追跡から、系中の主な化学種の形成過程を明らかにした。また伊勢川氏らが開発したディープラーニングによる放射光ラミノグラフィ像の画質向上技術は、これまで困難であった自動車電動化部品の内部構造を可視化し、同部品の研究開発を加速した。

 

 

6. パネルディスカッション
 セッション7「パネルディスカッション」は、SPring-8内外の放射光利用環境やSPring-8産業界利用者らの利用形態の変化などを反映し、SPring-8-IIの実現を念頭に、これからの民間企業によるSPring-8利用の在り方を議論することを目的とした。JASRI産業利用基盤開発推進室の堂前シニアコーディネータの司会で、吉木氏((株)東芝)、木村氏((株)豊田中央研究所)、首藤氏(住友ベークライト(株))、高橋氏(JFEテクノリサーチ(株))、および佐藤氏(JASRI)の5人のパネリストにより、(1)利用しやすい放射光施設の利用形態(利用目線)、(2)放射光利用を企業(産業)としての成果に繋げる道筋(アウトプット目線)、および(3)現状のSPring-8への要望の各テーマで、会場の聴衆も交えて議論が進められた。テーマ(1)では、近年改変の進んだ利用制度が、産業界のヘビーユーザーらにとっての利便性を高めているとの共通認識が得られたとともに、成果専有課題実施の適時性の向上や試料数に基づく利用料金制度などの要望が挙げられた。テーマ(2)では、各社個別の情報発信に頼る成果の可視化は社会に対する影響力が小さく、「共同体」的な組織において情報発信に対する誘因を設定する必要があるとの提案があった。このような企業間ネットワークの構築やデータセンターのデータの企業間での利用を促す仕組みづくりへの、施設からの支援体制を望む声も挙げられた。テーマ(3)では、SPring-8-IIの建設に伴うシャットダウン期間に、他施設を利用しやすくする支援が望まれた。

 

写真4 パネルディスカッションの様子

 

 

7. 講評と閉会の挨拶
 セッション8では、理研の石川センター長による講評の中で、文科省におけるSPring-8-II建設の議論が、本年上半期に急速に進み、来年度の調査費予算が要求されることになり、この文科省の概算要求をこれまでの産業利用成果の蓄積が後押ししたことが述べられた。最後にJASRIの山口常務理事の閉会の挨拶で、技術交流会の復活の意義やパネルディスカッションの議論の総括、さらに来年度の本報告会開催の場所、形式、運営体制の変更が検討されている旨の告知を以て、全プログラムが終了となった。

 

 

8. おわりに
 こうして本年の産業利用報告会が無事、盛況のうちに終えることができた。準備段階から当日の会場運営、さらに事後のとりまとめ等、主催5団体の事務局のご尽力と後援団体の関係者各位のご協力に、この場を借りて感謝の意を表したい。
 産業界利用者らによるSPring-8利用の在り方の変革に伴い、その変革に相応しい本報告会の来年以降の発展が、大いに期待される。

 

 

 

佐野 則道 SANO Norimichi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0963
e-mail : sanon@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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