Volume 28, No.3 Pages 334 - 339
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
利用系活動報告
放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室 顕微・動的画像計測チーム
Activity Reports – Microscopic and Dynamic Imaging Team, Scattering and Imaging Division
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室 Scattering and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
顕微・動的画像計測チームは、その名のとおり、放射光X線を利用した顕微観察と動的高速撮影の2つの計測を柱としている。空間的・時間的に広いダイナミックレンジを網羅するマルチスケール計測、高感度位相計測、X線回折、分光の技術を統合したマルチモーダル計測に現在注力している。本チーム活動の中核となるのは、放射光X線画像計測法の性能向上並びにユーザーへの利用展開である。チームメンバーは放射光施設または各ビームラインの特性を最大限に活かした装置開発から、ユーザー利用における企画・サポートまでを担う。
2. 活動概要
本チームが主体的に関わるビームラインは、主に共用BL20B2、BL28B2、BL20XU、BL47XUである。BL20XUとBL20B2は全長200 m以上の中尺ビームラインである。BL28B2とBL47XUは他のグループと共同運用している。図1に各ビームラインをどのように使い分けているかを示した。横軸は空間分解能、縦軸は使用可能なエネルギー領域を示す。視野は一般的には空間分解能の1000倍程度である。色は利用実験において実際にX線透過像を取得する際の典型的な1ショットあたりの露光時間を示す。試料内部の3次元構造を計測するCTの場合の計測時間はこれの1000倍程度である。点線の囲みは代表的な計測手法を示し、ここでは投影型(図中ではProjection-type)、結像型(同Full field microscope)、回折格子を利用した位相計測法(同Grating interferometer, 以降単に位相計測)の3つが示されている。
図1 顕微・動的画像計測チームが担当するビームラインの棲み分け状況。横軸:空間分解能、縦軸:X線エネルギー、色:露光時間を示す。矢印は開発の方向性。
投影型は4つ全てのビームラインで実施される最も基本的かつ応用範囲の広い手法で、放射光を疑似平行光と見立てた単純投影(つまり撮影原理はレントゲン写真と同じ)を利用している。吸収コントラスト像のほか、放射光の高い指向性を利用して試料と検出器の距離を調節することで試料界面の屈折が検出される屈折コントラスト像が得られる。これは空間分解能で100 µm程度から1 µm程度まで、エネルギー範囲で7 keVから200 keV程度までをカバーしている。一方、結像型はX線用のレンズで像を拡大する撮像法である。BL20XUとBL47XUで実施されており、1 µmよりも高い空間分解能を達成するために利用される。このために用いられるX線用光学素子は、標準的には、電子線リソグラフィーなどの微細加工技術により製作されたフレネルゾーンプレート(FZP)系のものを利用する。位相計測は主にBL20B2で実施されている。試料と検出器の間の適切な位置に2つの透過型回折格子を配置することで、試料での位相シフト量の積算値を定量的に求めることができる(タルボ干渉計)。位相計測は従来の吸収によるX線像と比べて、特に軽元素系試料に対して最大で3桁の感度利得が期待されるため、生物・医療や有機材料によく利用されている。
X線画像検出器は各装置で共通して重要な装置である。X線を蛍光板で一旦可視光に変換し、それをレンズ光学系でCMOSカメラに取り込むレンズカップル(場合によりファイバーカップル)を利用した可視光変換型[1][1] K. Uesugi et al.: J. Synchrotron Rad. 18 (2011) 217-223.を用いている。検出器は、蛍光面・ミラー・レンズ・撮像素子により構成される。蛍光面で変換された可視光のみが途中に配置されるミラーにより跳ね上げられ、ミラーを直進するX線がレンズや撮像素子に直接照射されることを防いでいる。蛍光面は密度・形状・発光波長により特性が異なり、使用エネルギーや必要とする空間分解能あるいは時間分解能により最適なものを使い分けている。
3. 高度化の状況
ここからはチームが近年主に力を入れて取り組んでいる5つのトピックについて紹介する。それぞれは独立で取り組まれているわけではなく様々に組み合わせることで互いの長所を伸ばしあるいは欠点を補い、新しい利用を生み出すことに繋がっている。
3.1. 高速イメージング
BL20B2にW/B4C多層膜分光器が導入された。これは従来のSi二結晶分光器と比べてエネルギー分解能が落ちる代わりに、約3000倍程度の強度の利得が得られる。40 keVと110 keV限定ではあるが、偏向電磁石BLならではの照射面積の広さと、ID-BLと同等のフラックス密度を両立したビームがユーザー実験に供されるようになった。これにより、画素サイズ数~数10 µmでフレームレート100 kHz級の高速イメージングが可能になった(図2)。ID-BLよりも広い視野がとれることから、局所的な現象を取り逃がすリスクを抑えることができる。
図2 過電流によりヒューズが跳ぶ瞬間のX線像。20 kHzで撮影。過電流によりヒューズが一旦大きく振動し(中段)、その0.2ミリ秒後全体が破裂するように溶断している(下段)。
BL47XUでは高負荷運転が可能な蒸発型クライオクーラー冷却分光器の特性を活かして、試料位置で最大1014 photons/s/mm2の高フラックスを利用した高速高空間分解能イメージングが実施されている。視野は1 mm2程度に限られるものの、二結晶分光器がカバーする5.2~37.7 keVのエネルギー領域で画素サイズ1 µmでフレームレート100 kHzの測定が可能であり、BL47XU第2実験ハッチが各持ち込み装置対応となったことにより様々な試験機を持ち込んだ高速実験が実施されている。
撮像素子に関しては、前述のレンズカップル式に浜松ホトニクスORCA-Flash 4.0やPhotron FASTCAM SA-Zに代表されるような高ダイナミックレンジ・高フレームレートを示すCMOSを組み合わせて利用されている。これらは撮像素子を交換するだけで高精細あるいは超高速撮影などに変更可能である。本グループでは、これらの検出器を評価し、実験ごとに変化する最適な条件にあわせた検出器開発を行っている[2, 3][2] M. Hoshino et al.: J. Synchrotron Rad. 27 (2020) 934-940.
[3] K. Uesugi et al.: Journal of Physics: Conf. Series 849 (2017) 012051.。
3.2. 高エネルギーX線イメージング
物体への透過力が高い高エネルギーX線イメージングは他測定手法だけでなく他放射光施設やラボ装置との差別化が得られるため、積極的に開発が進められている。大きな試料の観察を可能にするため、これは後述のマルチスケールイメージングとも非常に相性がよい。一方で、物体との相互作用が小さくなるため、感度向上を目的として屈折コントラストや位相コントラストを導入している。
BL28B2では偏向電磁石からの白色光を金属フィルタにより低エネルギー領域をカットして200 keV近辺にスペクトルピークを持つ高エネルギーX線を取り出し、これを利用したイメージングが行われている[4][4] M. Hoshino et al.: AIP Advances 7 (2017) 105122.。LuAG(Lu3Al5O12: (Ce))セラミクス蛍光体及び高精細CMOSカメラを組み合わせ、200 keVビームに対して広視野/高効率のX線画像検出器を開発し、画素サイズ3~12 µm、最大視野50 mmで金属試料や化石試料の高精細なCT計測が可能となった。さらに画素サイズ1.6 µmの高分解能検出器と組み合わせて、後述するマルチスケールイメージングも可能になり、5 cmレベルの試料をミクロンオーダーの高分解能で観察することが可能になった。
BL20B2では前節で述べた110 keVに対応した多層膜分光器が導入されたことで高エネルギー/高分解能/高速イメージングが可能となった。特に、中尺BLという特性を活かして光源から200 m離れた第2第3実験ハッチで測定を行えば10 cm近い試料の計測も可能である。例えばスマートフォンそのものの詳細な内部構造なども観察できるようになった。
BL20XUでは高エネルギーX線ナノCTが利用されている。エネルギー領域は現状37.7 keV以下と前者2件と比べて高くはないが、ミクロン以下の3次元構造観察が可能なナノCTとして30 keV以上で共用利用されているのは世界でもこことESRFだけである。高エネルギーX線専用に開発されたFZPや、BL20XUの中尺BLという特性がこの独自技術に活かされている[5][5] A. Takeuchi et al.: Rev. Sci. Instrum. 92 (2021) 023701.。
3.3. マルチスケールCT
「視野はできるだけ広く、分解能はできるだけ高く」は、あらゆるユーザー、あらゆる測定において求められる恒久のテーマである。マルチスケールCTはこの要求に応える目的で開発/整備された。一つの大きな試料の全体から細部までを異なる複数の視野/空間分解能を持つCT測定系で測定する方法である。光学顕微鏡のレボルバーで視野/倍率を変えながら観察することと似ているが、これを3次元で行うことの技術的困難さと、逆にこれができた時に得られる情報量の利得は2次元の場合のそれとは格段に異なる。目的に応じて二通りの測定手法が開発/利用されており、それぞれ非破壊マルチスケール法とBL横断型マルチスケール法と呼ぶ。これらについて詳しく述べる。
3.3.1. 非破壊マルチスケール
CT再構成計算の定量性は投影切断面定理により証明されているが、その前提として試料の0~180度あらゆる角度からの投影像の幅が常に視野よりも小さくなければならないという条件がある。ところが、この条件を満たさなくても、コントラストの定量値に多少目を瞑れば、試料の内部形状を精度高く計測可能である。さらに、最近ではCT部分再構成法や内部CT再構成法などの計算法の開発によって、前述の条件を大きく逸脱して視野よりかなり大きな試料に対しても高精度な計測が可能となってきた[6][6] A. Takeuchi et al.: Microsc. Microanal. 24 (2018) 106-107.。この技術を応用して、大きな試料の全体から細部までを異なる視野/分解能で測定していくのが非破壊マルチスケールCT計測である。測定例を図3に示す。そもそも内部構造の顕微観察であるにもかかわらず、試料はバルクで良い、というのはX線だからこそ許される条件であり、その意味で他の計測手段と比べて全くユニークな計測法といえる。利用は広い分野にまたがり、特に電子デバイス、電池、各種材料など、オペランドやその場観察をやりたい分野、または「はやぶさ2」のような無闇に物理切削ができないプライスレスな試料の測定に相性が良い。
図3 石灰石のマルチスケールCT(BL28B2)。視野を二段階に分けてCT計測を行なっている。5 cm近い大きさの石灰石の塊の中に埋もれた化石のミクロンオーダーの構造が鮮明に観察されている。
BL20XUとBL47XUではマルチスケールの高分解能モードに結像型ナノCTが取り入れられている。大きな試料を観察するための高エネルギー対応、広視野CTモードとの切り替えに求められる位置・繰り返し精度の高さなどナノCTをマルチスケールに取り入れるには多くの技術的困難さがあり、それを克服した本システムは他の放射光施設と比べても先んじた技術と言える。
3.3.2. BL横断型マルチスケール
非破壊マルチスケール法は、一方で、前述のようにコントラストの定量性が保証されない、視野外の構造の影響によるノイズ除去が完全に取りきれない、測定可能な試料の大きさに限度がある、などの欠点がある。これらは程度の問題ではあるが、どうしても定量性やより高い精度が必要とされる場合は、関心領域を実際に切り出した方が都合が良い場合もある。しかしここで問題になるのは、外からは見えない試料内部の3次元空間内の関心領域をどのように正確に切り出すのか、であり、その把握のためには、結局はまずCT像による全体構造の正確な調査が必要となる。我々は、このプロセスをスムーズに実行できる環境として、BL横断型マルチスケールCTシステムを整備した。まずは、試料の全体像をBL20B2、BL28B2、BL20XUの比較的視野の広いCTで計測し、関心領域の正確な位置情報を把握する。その情報を基に関心領域を実際に切り出し、BL20XU、BL47XUのマイクロ/ナノCTで高分解能計測を行う、という手順である。試料の関心領域を精度良く切り出すために、大気非暴露型試料加工装置が導入された(図4)。グローブボックス内に実体顕微鏡とワイヤーソーなどの加工機器が整備されたもので試料を大気や水分から遮断された状態で加工できる。また、試料全体のCTデータを基に3Dプリンタで各試料専用のホルダーを作ることができ、これによって試料加工/切断時の固定と切断位置の正確な指定が可能になった。一連のマルチスケール計測は一貫して大気遮断状態で行うことができ、これははやぶさ2試料の計測に大いに役立てられた他、電池デバイスなどへの利用が期待されている。
図4 大気非暴露型試料加工装置。左:大気遮断下で試料切断を行うためのグローブボックス。右上、右下:各試料専用のホルダー。不定形で脆い試料を動かないよう安定に保持しながら加工するために、予め測定した全体像のCTデータから3次元プリンタで作成。切断部分を示す切れ込みもついているので、安全に切断ができる。
3.4. マルチモーダルイメージング
通常の吸収コントラストイメージングが物体の透過率分布を示す「モノクロ画像」であるのに対して、これに位相・回折・散乱・分光などの測定技術を組み込んで吸収率以外の位置情報を擬似カラー等で表示するいわば「X線カラー画像」を取得することをマルチモーダルイメージングと呼んでいる。BL20XUでは、マルチスケールCTにX線回折CT(XRD-CT)、微分位相X線顕微CTを組み合わせた統合CTと呼ばれるシステムを運用している(図5)。通常の吸収コントラストだけでは測定できない試料内部の化学組成分布や軽元素の微妙な密度差を調べることができる。
図5 マーチソン隕石のマルチモーダル/マルチスケールCT測定例(BL20XU)。左2つはXRD-CTによる隕石内の各鉱物の分布を示す(左上:シリケイト、左下:鉄含有物)。右3つは吸収コントラストによる非破壊マルチスケールCT。
BL47XUでは結像型と走査型光学系を組み合わせた走査/結像型X線CT(Scanning/imaging x-ray microscope, SIXM)が稼働している。この装置は結像型のfull-fieldイメージングと走査型の定量性とマルチモーダル性の良いとこどりをしたような装置であり、試料の3次元CT計測時に、吸収コントラストと位相定量を同時に計測できるものである。このような3次元計測は、冒頭で紹介したタルボ干渉計でも行える。SIXMはミクロン以下の顕微目的で利用され、タルボ干渉系はそれよりも大きな試料の測定に利用される。
3.5. 自動CT計測装置
BL28B2でCTの自動計測装置の運用が開始された。コンセプトは放射光200 keV X線を使って、数cm幅の試料に関してラボCTでは得られない高精細/高コントラストCT画像を「誰でも」取得できる、というものである。「誰でも」とは、具体的には、ユーザーは現地にわざわざ来なくても、試料を専用ホルダーに入れて送付するだけで、測定とCT再構成は自動で行われ、試料とデータは後日受け取ることができるということで、オンデマンドにほぼ近いシステムである。図6のような装置がBL28B2第2光学ハッチに設置された。専用試料ホルダー内にユーザーによってセットされた試料は、ホルダーごと試料ストッカーに設置され、試料交換ロボットによって自動的に試料ステージにセットされる。CT計測と再構成は自動で行われ、測定が終わったものから順次試料はロボットアームによって交換されていく。1時間あたりに測定可能なボリュームは、測定条件にもよるが最大で直径45 mm × 12 mm程度、画素サイズは数~十数µmである。計測事例としては汎用のリチウムイオン電池、アスファルトなど様々であるが、例えばステンレス容器内に封入された試料なども条件によっては測定可能である。自動CT計測装置については上杉と星野によって同号にて詳しい説明記事が掲載予定である。興味があればそちらも参照いただきたい。
図6 BL28B2自動CT計測装置の概要。
4. 今後の展開
X線イメージングは生体組織や動物のin-vivo計測、金属材料・高分子材料や岩石・鉱物試料のin-situ計測、電池やデバイスのオペランド計測、歴史遺産や地球外物質のような貴重試料の非破壊計測など適用分野が広い。そのため図1に示したように時間・空間・エネルギーの空間において広い範囲にわたる利用がなされ、さらなる拡張(高分解能/広視野化、高速化、高エネルギー化)は常に要求され続けている。この図に表されない性能としては、感度の向上、擬似カラー化などの多次元コントラストも重要な取り組みであり、これらは前章の高度化の中でも紹介した。さらに、機械学習などの新たな計算技術を取り入れた測定/分析の効率化・高速化はまだまだ開発途上の段階であり、外部専門家のサポートも視野に入れながらさらなる開発に取り組む必要がある。次世代光源にむけた開発・対応についても議論と準備は急ピッチで進められている。例えばここで挙げた各種位相計測法、XRD-CTなどは光源輝度向上によりさらなる高感度化/高分解能化/高速化が見込まれるが、それに対応できるような光学素子、検出器、データ処理技術の準備は必須である。また、一般に次世代光源のメリットとして言われる低エミッタンス/高コヒーレンスの要素だけでなく、イメージングにおいてはビームサイズ=視野が減少するなどのデメリットへの対策も必須である。例えばMAX IVのイメージングBLではこの対策としてビームエキスパンダ、ビームディフューザーが標準で装備されている。実際にSPRUCの報告書をはじめ、多くのユーザーが次世代光源に期待する測定技術としては、依然CTへの要望が非常に高く、同時に視野の減少に対する懸念が多く寄られている。このような既存ユーザーの声をしっかり受け止めつつ地に足をつけた開発も進めていかなければならない。
本チームとしては、ユーザーの声に耳を傾けつつ、他計測手法、ラボ光源、他の放射光施設との差別化、つまり他では取得できないような画像情報を得るため、SPring-8の光源性能を活かした技術開発を進めていく。これが自ずと新しい利用や既存利用の深化に繋がる。
参考文献
[1] K. Uesugi et al.: J. Synchrotron Rad. 18 (2011) 217-223.
[2] M. Hoshino et al.: J. Synchrotron Rad. 27 (2020) 934-940.
[3] K. Uesugi et al.: Journal of Physics: Conf. Series 849 (2017) 012051.
[4] M. Hoshino et al.: AIP Advances 7 (2017) 105122.
[5] A. Takeuchi et al.: Rev. Sci. Instrum. 92 (2021) 023701.
[6] A. Takeuchi et al.: Microsc. Microanal. 24 (2018) 106-107.
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室
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