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Volume 28, No.3 Pages 329 - 330

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

BL08Wの実験ハッチ改造による実験の効率化
Experimental Optimization by Modification of Experimental Hutch of BL08W

辻 成希 TSUJI Naruki

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 BL08Wは、100 keVから300 keVまでの高エネルギーX線領域を利用でき、SPring-8の中で唯一、ウィグラーを挿入光源として利用しているビームラインである[1][1] Y. Sakurai: J. Synchrotron Rad. 5 (1998) 208-214.。この高エネルギーX線を利用する、コンプトン散乱、高エネルギーX線回折[2][2] K. Ohara et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1627-1633.、重元素を主な対象とする蛍光X線分析[3][3] I. Nakai et al.: J. Synchrotron Rad. 8 (2001) 1078-1081.が行われている。また、コンプトン散乱では、磁気コンプトン散乱[4][4] N. Sakai et al.: J. Synchrotron Rad. 7 (2001) 326-332.、高分解能コンプトン散乱[5][5] N. Hiraoka et al.: J. Synchrotron Rad. 8 (2001) 26-32.、コンプトン散乱イメージング[6][6] N. Tsuji et al.: J. Synchrotron Rad. 28 (2021) 1174-1177.の3つの手法が行われている。
 BL08Wの実験ハッチは、EH1とEH2の2つに分かれており、建設当初からしばらくは、EH1で磁気コンプトン散乱と蛍光X線分析、EH2で高分解能コンプトン散乱が行われていた。EH2用のモノクロメーターは、ビームを跳ね上げる仕様になっているため、EH2には、ビーム軌道に合わせた傾斜架台が設置されていた。しかしながら、傾斜架台での機器の設置や調整などの作業の効率が悪いので、以前はEH2で行っていた高分解能コンプトン散乱も15年ほど前からEH1で行われるようになった。同じEH1では、高エネルギーX線回折の利用が増えた。このため、コンプトン散乱実験を含めた実験装置の変更がEH1で頻繁に行われる状況となった。実験スペースとの関係から実験装置を常設することは不可能であり、結果として実験毎にユーザー実験で必要な装置の設置と調整に多くの時間と労力を費やすことになった。そこで、EH2の傾斜架台の撤去とともにタンデムビームラインとしての実験ハッチに改造を施すことで、ビームライン運用の効率化を行った。

 

 

2. 実験ハッチ改造
 まず、実験ハッチの改造を行うのにあたり、不要となっていたEH2に設置されていた傾斜架台の撤去を行った。図1に傾斜架台撤去前後のEH2内の様子を示す。

 

図1 傾斜架台撤去前後のEH2の様子。

 

 

 図2に改造前後のビーム位置を示す。BL08Wは、一枚のモノクロメーターで単色化を行っているため、X線エネルギーを変化させるとビーム位置が水平方向に変動する(図2の縦方向に変動する)。BL08WのEH1の実験で使用しているモノクロメーターはSi(400)とSi(620)の2つの反射指数の結晶を実験に使用するX線領域により使い分けている。それぞれのモノクロメーターは、Si(400)では110~171 keV、Si(620)では174~271 keVのエネルギー領域をカバーしている。その幅広いX線領域での実験を行うために、EH1後方にはエンドストッパーが設置されている。その幅は、ビーム位置の変動に合わせて810 mm、カバー等を合わせると1000 mmを超える。EH2では、115, 182 keV(Si(400)、Si(620)で同じ散乱角になるエネルギー)のみを利用するため、EH1、EH2のハッチ間に開ける穴径を小さくすることができる。今回の改造で開けた穴径は、70 mmである。また、EH1のエンドストッパーを可動式に変更し、EH1で実験中でもEH2に立ち入りができるようになっている。EH2では、光軸の変更に伴い、エンドストッパーを新設し、実験ハッチの補助遮蔽を増強した。図3にハッチ間に開けた穴と、EH1、EH2のエンドストッパーと、補助遮蔽を示す。

 

図2 アップグレード前後のEH2の光軸変化。

 

図3 エンドストッパー、貫通穴、補助遮蔽。

 

 

 タンデムビームラインに変更したことに伴い、インターロックシステムの改造も行った。改造内容は、主には、必要なくなったEH2用モノクロメーターの廃止と、ハッチ切替モードの追加である。

 

 

3. 改造の効果
 改造後は、EH1で高分解能コンプトン散乱、コンプトン散乱イメージング、蛍光X線分析を行い、EH2で磁気コンプトン散乱と高エネルギーX線回折を行うように配置を変更した。改造後の実験ハッチ内の様子を図4に示す。高エネルギーX線回折に関しては、これまで行っていたように、磁気コンプトン散乱用超伝導マグネット用架台上で実験を行っているが、今後、専用の架台等を用意してEH2ハッチの最下流に専用装置として常設される予定である。

 

図4 改造後のEH1、EH2の様子。

 

 

 今回の改造によって、実験装置のセットアップの効率化は表1に示すように顕著に表れている。また、この改造はビームラインの効率的な利用に加えて、実験の再現性という副産物も生み出した。特に、高分解能コンプトン散乱ではその恩恵は大きい。高分解能コンプトン散乱では、装置のバックグラウンドよりも小さな信号や信号の変化を計測する必要がある。このため、低バックグラウンド環境下での計測を必要とする。以前のように実験装置の入れ替えを行う場合には、実験の再現性を得ることが非常に困難であった。今回の改造によりほとんどの装置を常設化できたため、多くのユーザー実験をほぼ同一環境下で実施することが可能となり、実験再現性が向上した。

 

表1 各実験でのセットアップ時間。
実験方法
高分解能コンプトン散乱 24 1
磁気コンプトン散乱 5 3
コンプトン散乱イメージング 5 2
高エネルギーX線回折 5 4

 

 今回の改造により、大幅にセットアップ時間を減らすことができるようになったため、これまで時間的な制約で難しかった実験の高度化や装置の高性能化などが行えるようになることが期待される。

 

 

 

参考文献
[1] Y. Sakurai: J. Synchrotron Rad. 5 (1998) 208-214.
[2] K. Ohara et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1627-1633.
[3] I. Nakai et al.: J. Synchrotron Rad. 8 (2001) 1078-1081.
[4] N. Sakai et al.: J. Synchrotron Rad. 7 (2001) 326-332.
[5] N. Hiraoka et al.: J. Synchrotron Rad. 8 (2001) 26-32.
[6] N. Tsuji et al.: J. Synchrotron Rad. 28 (2021) 1174-1177.

 

 

 

辻 成希 TSUJI Naruki
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802-3433
e-mail : ntsuji@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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