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Volume 28, No.3 Pages 268 - 271

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第14回生物学と放射光に関する国際会議
Conference Report: The 14th International Conference on Biology and Synchrotron Radiation (BSR14)

山本 雅貴 YAMAMOTO Masaki

(国)理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 Advanced Photon Technology Division, RIKEN SPring-8 Center

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SPring-8

 

1. はじめに
 第14回目の生物学と放射光に関する国際会議(BSR14)が、2023年6月11日から14日の会期でスウェーデンのLund大学で開催された。この国際会議は1986年に生物物理学に関連する放射光での最先端研究を発表・議論することを目的としたイタリア フラスカティでの第1回会議から14回を重ねる国際会議で、2001年以降の国際会議の名称はBSRのBをBiophysicsからBiologyに変更して、より広い生命科学分野の放射光利用に関する国際会議として、世界各国の放射光施設をホストとして開催されてきた。日本でも1992年にKEK/PFがつくばで、2004年にはSPring-8が姫路で開催しており、直近では2019年に中国の上海で開催された。これまでは3年毎の開催だったが、今回はMAX IVをホストとして、COVID-19の影響による2度の延期により当初予定の2022年初夏から1年遅れの2023年6月の開催となった。当初、対面のみの開催を目指していたが、会議の案内ホームページ公開直前にスウェーデンのCOVID-19感染者が急増したため急遽ハイブリッド形式での開催へと変更された。このように直前までCOVID-19の影響を大きく受けた中での会議開催となり、前回のBSR13では340人以上の参加者があったが、今回のBSR14は残念ながら約140人の参加者にとどまったとのことだった。
 会議は1883年に建てられたスウェーデン国有財産庁(Statens fastighetsverk)所有の歴史的建造物であるPalaestra et Odeumで開催された。この建物はコンサートホールと講堂からなり、今回の会議では1980年代に建替えられた講堂を講演会場として利用した。また、周囲にはLund大学本部の宮殿やルンドを代表する大聖堂など多くの歴史的建造物に取り囲まれた環境での開催であり、ポスターセッションやConference dinnerも隣接した元のお城を活用した学生自治会のAF-Borgenで開催された(図1)。

 

図1 講演会場のPalaestra et Odeumとポスター会場のAF-Borgen外観。6月の快晴のなか歴史的建造を使っての開催となった。

 

 

2. Scientific Program
 6月12日から3日間の会議は2件のKeynote講演を含む口頭発表38件、ポスター発表37件のScientific Programで構成されていた。Keynote講演は米国Rutgers大学のS. Burley氏による“Beyond the 50 years of the PDB”と米国Scripps研究所のI. Wilson氏による“Synchrotrons and Virus Research”で、PDBの50周年を記念した講演とCOVID-19に立ち向ってきた地道な放射光やクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)によるウイルス研究の講演と時宜を得た基調講演だった。また口頭発表の内容では、会議全体のテーマに「生物学への複合的アプローチ」や「組織と細胞」が大きく取り上げられていたこともあり、以前までの「放射光」や「構造生物学」の発表に替わりイメージング関連の報告が一番多く17件がプログラムされていた。そこには、蛍光イメージング、Micro-CT、コヒーレント回折イメージング(CDI)などに加え小角散乱(SAXS)とCTを組み合わせたSmall-angle X-ray Scattering Tensor Tomography(SASTT)[1][1] A.L.C. Conceição, et al.: Biomed. Phys. Eng. Express. 6 (2020) 035012.など目新しい測定法も含め、細胞生物学や医学応用、さらには脳研究にわたる研究まで多岐なターゲットに関する放射光関連のイメージングの発表が行われた。また日本から唯一の招待講演者である東北大学A. Momose氏はGrating Interferometryによる位相コントラストイメージングについて基礎から生物応用まで含めた講演を行った。一方、タンパク質結晶構造解析(MX)やSAXSの発表ではBSRで伝統的な計測・解析技術開発や最先端ビームラインの紹介に加え、基調講演のSARS-CoV-2関連等の構造解析や創薬研究の成果も交えてMX関連12件、SAXS関連9件の発表が行われた。その他にも構造解析ではあるが放射光とは直接は関係のないCryo-EMの単粒子解析の現状と将来に関する発表なども行われた。大まかな枠組みとしては初日から2日目にかけてはイメージング主体で、最終日にMXとSAXSに関連した発表をまとめたプログラムだった。プログラムおよび要旨集は本報告執筆時点ではBSR14のウェブサイト[2][2] https://www.bsr14.com/からダウンロード可能である。
 また、37件のポスター発表は初日夕方にポスターセッションの時間枠が設けられていた。しかし、コーヒーブレイクや昼食の会場も兼ねたAF-Borgenのホールで開催され会期終了までポスターは掲示されたため、ポスターセッションの時間に限らず休憩時間を利用して三々五々ポスター発表について活発な議論が行われていた(図2)。

 

図2 講演会場のPalaestraの講堂とポスター会場のAF-Borgenのホール。

 

 

 ここからは、会議の中で私の専門である構造生物学関連で気になった講演をいくつかピックアップして紹介したい。まず初日最初の米国Buffalo大学のT. Grant氏による小角散乱データからの“Ab initio electron density determination”の発表が大変興味深いものであった。今までのSAXSではSpherical Harmonicsによる分子外形やBeads modelによる構造推定に留まっていたが、発表では分子モデルからの正確な小角散乱プロファイルを計算するプログラムDENSSと今まで利用していなかった広角散乱(WAXS)からの大量の構造情報を活用したDensity Based Hybrid ModelingによりSAXS/WAXSでもatomic modelを推定可能との報告[3][3] T. Grant: Nat. Methods 15 (2018) 191-193.で、創薬研究に向けたLigand Screeningにも応用できると力強い発表だった。そこでは、CDI法の位相回復計算に通じる溶液散乱データに対して任意の実空間モデルをスタートとして、タンパク質構造の制約条件を加えながら新しい反復構造因子検索アルゴリズムを用いて、溶液散乱データから直接原子レベルの電子密度が計算できる可能性を論じていた。今までのSAXSでは分子内の電子密度一定を仮定してその分子境界を推定していたが、分子内の電子密度分布まで推定可能な構造解析へと進歩しつつあることは、さらに高輝度化する放射光でのSAXS/WAXSの高SN比化と呼応して、SAXS/WAXSを新たな高分解能構造解析としての将来を期待させるものである。また、SAXS関連のイメージング技術として、バルク試料内のコラーゲンなど配向性分子の位置と配向方向を6次元で解析可能なSmall-angle X-ray Scattering Tensor Tomography(SASTT)[1][1] A.L.C. Conceição, et al.: Biomed. Phys. Eng. Express. 6 (2020) 035012.について具体的な医学利用を視野に入れた研究が3件報告された。DESYのC. Andre氏からは乳がん転移領域においてコラーゲン線維が高濃度に特定の配向方向で分布することが、20 × 20 µm2の分解能で測定した2,034,900のSAXSパターンから再構成されていた。スウェーデンLund大学のS. Isabella氏からは腱構造が再生する過程の3Dのマイクロおよびナノスケールでの組織構造に対する観察結果を報告していた。スイスPSIのIR. Fernandez氏からは骨欠損部位に埋め込んだ生体吸収性インプラント周囲の骨治癒過程でのコラーゲンの分布と配向に関する組織構造の観察について報告があった。このように、生体内でのコラーゲン等の配向性分子の分布と配向方位の解析が進めば、将来的にはがんの転移診断や整形外科的な治療の助けになる新たな知見が得られるのではと期待される発表であった。
 MX関連では、スウェーデンMAX IVのT. Krojer氏からMXビームラインでの検出器高速化や測定自動化、さらにはデータ処理・管理まで含めたLIMSの発展による大幅なデータ収集・解析時間の短縮により、放射光のMXは単純な構造解析技術から“Screening Crystallography”に進化しつつあるとの発表があった。現在MAX IVのBioMAXでは最大400 datasets/dayのデータ収集が可能で、創薬研究のFragment screeningに向けてビームラインと試料調製の付帯施設を一体化したFragMAX facility[4][4] https://www.maxiv.lu.se/beamlines-accelerators/science-initiatives/fragmax-biomax-fragment-screening-platform/を整備しており、結晶ハンドリングや化合物ソーキング用pipetting Robotを含めた全自動データ収集システムを紹介した。英国DLSのXChemとVMXiでも同様のシステムが報告されており、我々もAMED/BINDSプロジェクトによりSPring-8も同様システム構築を進めていることをポスターで発表した。このような創薬研究に向けた化合物複合体結晶の調製からビームラインでの全自動データ収集まで含めた“Screening Crystallography”が、現在放射光施設のMXの重要な役割のひとつとして期待されていることを痛感した。
 また、Australian SynchrotronのD. Eriksson氏からAustralian Synchrotronの高度化計画であるProject BRIGHT[5][5] https://www.ansto.gov.au/facilities/australian-synchrotron/project-brightとして新規建設を進めているMX3の発表があった。Australian Synchrotronでは偏向電磁石とアンジュレータを光源とする2本のMXビームラインを運用して自動化等に取り組んでいるが、MX3では更なる挑戦的なMXの課題に対応するため、2 × 2 µm2のビームサイズで6 × 1013 ph/µm2以上の高光子密度を実現するビームラインを建設していると報告した。その大強度マイクロビームを実現するため、光学系にはDouble Crystal Monochromators(DCM)に替えてDouble Multilayer Monochromator(DMM)を採用しており、検出器には最新のPAD(Dectris社 EIGER2 XE 16M)を導入して通常の回折計での測定に加え、injectorやFix-target等による高速のSerial Crystallographyに対応するとのことであった。また、データ収集はPythonベースの実験管理システムBlueskyとその実験ワークフローを表示モニターできるソフトPrefetを開発しており、現在その結晶センタリングからデータ収集条件等にいたる迄のユーザー判断をAIにより代行するDecision Engineを開発中とのことで、データ収集にユーザーが関与することなく全自動での最適データ収集を実現すると報告した。このようにCOVID-19の影響もありSPring-8も含め世界的に多くのMXビームラインでは全自動データ収集システムの実装が進んでおり、今後ますます“Screening Crystallography”のような取り組みが重要になるものと思われる。また、Australian SynchrotronのMX3と同様に英国DLSのJS. Weatherby氏が室温でのルーチン構造解析を報告したDLSのMXビームラインVMXiでも、in-situでの高速データ収集を目指した大強度微小ビーム実現のためDMMを採用しており、MAX IVのMicroMAXをはじめ微小結晶や時分割測定など高度な測定をターゲットとしたMXビームラインでのDMMの採用が世界的に広がりつつある。
 そして最後に、直接放射光とは関係しないが現在の構造生物学研究の一翼を担うようになったCryo-EMの発表も紹介したい。ドイツMAX Planck研究所のH. Stark氏は“Blacking the ICE better resolution”のタイトルで“Cryo-EMは完璧で間もなく誰もがX線結晶構造解析の代わりにこの技術を使うようになるだろう”という大胆な予想を基に、Cryo-EMの単粒子解析の急激な進歩と問題点について発表した。そこでは、解析試料の品質向上と電子銃の進歩やモノクロメータの利用による電子線のエネルギー分解能の向上、さらには大量の電顕イメージ取得が高分解能の単粒子解析に繋がり、Cryo-EMは既にMXの構造解析の分解能に近づきつつあり分解能だけではなく解析した立体構造の品質向上が求められると力説して、今後もCryo-EMのハードウェアの改良と様々な収差補正に対応したソフト開発の両面が重要であると締めくくられた。PDBのS. Burley氏のKeynote講演でも述べられていたが、PDBの年間登録構造数は今年か来年にCryo-EMがMXを越えると予測されており、このよう様なCryo-EMの急激な技術革新の中、溶液中での巨大分子複合体などを得意とするCryo-EMに対して結晶場での高分解能精密構造解析を得意とするMXという、今後はそれぞれの手法の特徴を理解した最適な解析手法の選択が重要であるとの想いを痛感した本会議で私が一番インパクトを受けた発表だった。

 

 

3. MAX IVサイトツアーとディナー
 会議2日目のConference dinner前の夕方に全行程1時間半の強行スケジュールでMAX IVへのサイトツアーが企画された。会議参加者にMAX IVスタッフやユーザーが多く含まれていたためか、会議参加者数に比べサイトツアー参加者は意外に少なく50名で会議会場のあるルンド市街中心の大聖堂前から1台のバスに乗って約20分の距離にあるMAX IVに移動した。MAX IVでは生物関連のビームラインCoSAXS、Bio-MAX、Micro-MAXなどを中心に実験ホールを1時間の時間制限のなか足早に見学することとなった。MXビームラインではMicro-MAXは現在立上げ調整中で高輝度マイクロビームを活かしたSerial Crystallographyを主なターゲットとしているとのことで調整途上の実験ハッチを開放していた。また、現在供用中のBio-MAXではほぼすべてのプロトコルを自動化しており、見学時もユーザーなしの全自動測定を実施中だった。このようにMAX IVでもCOVID-19の影響もありビームラインのリモート・自動化がかなり進んでいるのが印象的だった(図3)。

 

図3 MAX IVとサイトツアーの様子。

 

 

 MAX IVサイトツアーの後にAF-Borgenの古式ゆかしい食堂での着席形式のConference dinnerが開催された。そこでは、COVID-19前と変わらず食堂前のカンターでのシャンパンによる食前酒が振舞われ一時の歓談の後、食堂に導かれワインに料理に舌鼓を打ちながら和やかな会食が北欧で日の沈まない21時過ぎまで繰り広げられた(図4)。

 

図4 AF-Borgen食堂でのConference dinner。

 

 

4. おわりに
 従来はConference dinnerで発表されてきた次回会議開催地について、今回は残念ながら発表されなかった。今までの開催地の流れから行くとヨーロッパ、米大陸、アジアの順で3年ごとに開催されてきたBSRは、順当にいけば第15回となるBSR15は米大陸で本来のスケジュールの2025年の開催が想定される。今回のBSR14は前回のBSR13から参加者が半減し、日本からの参加者は4名だけなど未だCOVID-19の影響が色濃く残る中での開催となったが、次回こそはCOVID-19前のBSRに戻って世界から多くの研究者が参加する生命科学分野の放射光利用に関する国際会議としてより盛大に開催されることを願うばかりである。

 

 

 

参考文献
[1] A.L.C. Conceição, et al.: Biomed. Phys. Eng. Express. 6 (2020) 035012.
[2] https://www.bsr14.com/
[3] T. Grant: Nat. Methods 15 (2018) 191-193.
[4] https://www.maxiv.lu.se/beamlines-accelerators/science-initiatives/fragmax-biomax-fragment-screening-platform/
[5] https://www.ansto.gov.au/facilities/australian-synchrotron/project-bright

 

 

 

山本 雅貴 YAMAMOTO Masaki
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2839
e-mail : yamamoto@riken.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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