ページトップへ戻る

Volume 28, No.3 Pages 238 - 242

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

放射光光電子分光を用いた触媒反応メカニズムの解明-カーボンニュートラルと省資源の両立を目指して-
Studies on the Mechanism for the Catalytic Reaction by the Photoelectron Spectroscopy with Synchrotron Radiation – Aiming for Both Carbon Neutrality and Resource Saving –

國府田 由紀 KODA Yuki[1]、近藤 寛 KONDOH Hiroshi[2]、豊島 遼 TOYOSHIMA Ryo[2]、鈴木 哲 SUZUKI Satoru[3]

[1]マツダ株式会社 技術研究所 Technical Research Center, Mazda Motor Corporation、[2]慶應義塾大学 理工学部 化学科 Department of Chemistry, Faculty of Science and Technology, Keio University、[3]兵庫県立大学 高度産業科学技術研究所 Advanced Science and Technology for Industry, University of Hyogo

Abstract
 地球温暖化抑制の観点から、内燃機関を有する自動車において排ガス浄化用触媒は不可欠な存在であるが、レアメタルの環境リスクを低減する省資源利用との両立を目指すために、活性種として使用する貴金属を最少量で最大限の機能を発現させる必要がある。それを早期実現するには、材料モデルベースリサーチが有効であり、実働に近い条件下での挙動をとらえメカニズム解明することがキーとなる。我々は、準大気圧放射光光電子分光を用い、始動直後の低温過渡域および減速域から再加速域への過渡反応域における触媒反応下での貴金属表面の電子状態変化および反応ガスの挙動の見える化と計算科学的アプローチでNO浄化特性向上指針を示した。
Download PDF (1.23 MB)
SPring-8

 

1. はじめに
 マツダでは、クルマの価値向上につながる革新的な材料を効率的に開発する「材料モデルベースリサーチ」(MBR)の考え方に基づいた研究開発を進めている。MBRは、材料の微視構造内部で生じている現象と材料全体の性能や機能をメカニズムに基づいたモデルで結び付け、必要機能からのバックキャスティングによって微視構造を制御し材料開発を効率的に行うことである[1][1] 坂手宣夫 : 自動車技術春季大会フォーラムテキスト (2019) 31-38.。モデルの精度は現象をとらえる「分析・解析」の正確性に大きく依存するため、より実働に近い条件下での分析が重要となる。
 地球温暖化抑制のため、マツダでは、電動化や省エネ/再エネ/カーボンニュートラル燃料の採用などマルチソリューションで取り組みを進めている。内燃機関を有する自動車において、世界的に年々厳しくなる自動車排出ガス規制に適合するために、排ガス浄化用触媒の高性能化や制御により、特に始動直後や加速・減速を伴う過渡的な運転領域でのエミッション低減が重要となる。一方で、触媒高機能化に必須なレアメタル成分について環境リスクを低減する省資源利用との両立を目指すために、活性種として使用する貴金属を最少量で最大限に機能発現させる必要がある。それを早期実現するには、MBRが有効であり、実働に近い条件下において原子分子レベルで挙動をとらえメカニズム解明することがキーとなる。
 活性種の1つとして用いられるロジウム(Rh)はNO浄化特性に優れていることが知られている。本報告では、準大気圧放射光軟X線光電子分光分析(NAP-XPS)を用いRhおよびパラジウム(Pd)による始動直後の低温過渡域における貴金属表面の電子状態変化と反応ガス挙動の比較、また、準大気圧放射光硬X線光電子分光分析(NAP-HAXPES)を用い種々サポート剤上でのRhの減速域から再加速域への過渡反応域における貴金属の電子状態変化を見える化し、原子モデル計算と組み合わせ、NO浄化メカニズム解明を行う。

 

 

2. 実験方法
2.1. 評価サンプル

 評価には、RhまたはPdナノ粒子(Rh NPまたはPd NP)を用いた。NPは真空蒸発法、He 70 Torrの条件で作製し[2][2] S. Yagi, H. Sumida, K. Miura, T. Nomoto, K. Soda, G. Kutluk, H. Namatame and M. Taniguchi : e-J. Surf. Sci. Nanotech. 4 (2006) 258-262.、Siウェハー(110)またはCeO2を10 nmコーティングしたSiウェハーに蒸着したものを用いた(以下、それぞれ、Rh NP/Si、Pd NP/Si、Rh NP/CeO2/Siと表記)。また、粒子評価のため、同時に透過電子顕微鏡(TEM)用グリッドにも蒸着した。

 

2.2. 放射光光電子分光による評価
 NAP-XPS実験は、Photon Factory BL-13Bで行なった。前処理として、サンプルを大気圧下500°C 10分間、H2 10%(N2バランス)還元処理を施したのち、測定装置内でO2(200 mTorr)で400°C 10分間酸化処理を施し蒸着した貴金属NPの表面酸化を行い、始動時の貴金属表面を模擬した。評価はCO : NO : O2 = 125 mTorr : 25 mTorr : 50 mTorrで示す理論空燃比で排出される排ガス濃度(λ = 1条件)を模擬した混合ガス下、室温から400°Cまで、昇温速度5°C/min.で、Rh3dまたはPd3d、C1s、N1sスペクトルを、X線エネルギー500 eVで測定した。λ = 1条件のガス組成として、酸化成分と還元成分のモル比を1に設定した。
 NAP-HAXPES実験は、SPring-8 BL24XUで行なった。前処理として、サンプルを大気圧下400°C 10分間、O2 20%(N2バランス)酸化処理を施し蒸着したRh NPのバルク酸化を行い、減速時の貴金属状態を模擬した。評価は、CO 10%(N2バランス)3.75 Torrで室温から200°Cまで10°Cステップで昇温し各温度でRh3dスペクトルを、X線エネルギー8 keVで測定し、酸化Rhからの還元性を評価した。

 

2.3. モデル計算
 反応エネルギーに着目してDFT計算を行った。先行研究で、少数の貴金属原子であっても、NO還元性のサポート剤依存性を再現するのに十分な効果が得られていることが報告されていることから、RhおよびPd原子4つからなる貴金属クラスターおよびサポート剤CeO2 (111)面ユニットセルを表面(2 × 2)、3層構造とし使用し、計算はVASPで行なった[3][3] H. Koga, A. Hayashi, Y. Ato, K. Tada, S. Hosokawa, T. Tanaka and M. Okumura : Catalysis Today 332 (2019) 236-244.。交換相関汎関数はGGA-RPBEを用い、k-pointsは1 × 1 × 1、Energy cutoffは400 eV、スピン非拘束条件で計算した。サポート剤酸素の電子密度は、サポート剤モデル表面第1層の電荷をBader解析により評価した[4][4] W. Tang, E. Sanville and G. Henkelman : J. Phys. Condens. Matter 21 (2009) 084204.

 

 

3. Rh粒子径評価結果
 TEMにてRh NPの粒子径評価を行なった。TEMはJEOL製JEM-3000Fを用いた。その結果、Rhは数nmサイズの球状であり、粒子径は1.7-4.8 nm、平均粒径は2.7 ± 0.6 nmであった(図1)。Pdも同様に数nmサイズの球状であり、粒子径は1.6-4.1 nm、平均粒径は2.6 ± 0.7 nmであった。

 

図1 TEMグリッドに蒸着されたRh NPのTEM像。

 

 

4. 低温過渡域反応下でのNO反応メカニズム
 λ = 1条件の混合ガス雰囲気下において、Rh NPおよびPd NPの表面電子状態変化と反応挙動を評価した。X線エネルギー500 eVの場合、Rhの非弾性平均自由行程より約0.86 nmの深さの情報が得られる[5][5] QUASES-IMPF-TPP2M Ver. 3.0を用いて計算した。。図2にRh3d5/2、N1s、C1s XPSの温度依存性を示す。Rh3d5/2スペクトルは、室温で308.2 eVに観測されるRh2O3のピークが200°C辺りからRhメタルへ還元され始め、250°Cまでに急激にRhメタルへ変化し、350°C以上でほとんどRhメタル状態を維持していることがわかった。N1s XPSでは、室温において403 eVにNO2と見られるピークが観測され、昇温を続けると200°C付近で消失した。これは吸着したNOが酸化物のOと相互作用してできたNO2と考えられる。NO2脱離後230°C以上において、397.5 eVに原子状Nのピークおよび400 eVにNOのピークが現れた。200°C以上ではRh表面は酸化物からメタルへ還元が始まり、Rhメタル上でNOが解離することにより、原子状Nが生じると考えられる。この原子状Nは350°C付近よりN2として会合脱離するものと考えられる[6][6] R. Toyoshima, M. Yoshida, Y. Monya, K. Suzuki, K. Amemiya, K. Mase, B. S. Mun and H. Kondoh : Surface Science 615 (2013) 33-40.。C1s XPSスペクトルでは、240°C付近で一時的に287 eVにtop-COと思われるピークが観測されたが、温度がさらに上がると消失した。

 

図2 低温過渡域反応下でのXPSスペクトルの温度依存性(Rh NP/Si)。

 

 

 図3にPd3d5/2、N1s、C1s XPSの温度依存性を示す。Pd3d5/2スペクトルは、室温では335.9 eVと335.2 eVに2成分観測される。前者は主として表面酸化物に、後者はPdメタルに帰属される。室温で、Pd酸化物とPdメタルが同等のピーク強度で存在しているが、温度の上昇と共に徐々に酸化物が減少し、メタルが増加していく。Rh NPのように特定の温度で急激に還元が起こるのではなく、室温より徐々に成分が変化し還元速度が非常に遅いことがわかる。N1s XPSでは目立った吸着種が見られなかった。これはPd表面はNOとの相互作用が弱く、メタル成分が増加してもNOの解離吸着が起こりにくいものと推察する。一方、C1s XPSでは室温より原子状炭素の吸着が見られ、反応中もほとんど変化が見られなかった。これはPdとCの相互作用が強くλ = 1条件のガスではCO2に変換して脱離させることが難しいものと思われる。

 

図3 低温過渡域反応下でのXPSスペクトルの温度依存性(Pd NP/Si)。

 

 

 以上のように、導入されたNOはRhとPdで挙動が異なり、NO浄化特性の高いRhにおいてのみ原子状Nをとらえることができた。さらにその違いの原因を明らかにする目的で原子モデル計算を実施した。原子状Nの生成に対して、反応エネルギーに着目しDFT計算で評価した。NO解離エネルギーΔEは以下の式で求めた。

  ΔE (NO dissociation) = E (M-N) + E (M-O) –E (M) –E (M-NO)  (式1)

 ここで、E (M-A)はDFTのトータルエネルギー、また、Mは貴金属種、Aは貴金属への吸着種を表す。結果、Rh4とPd4のΔE (NO dissociation)は、それぞれ-0.09 eVおよび0.65 eVとなり、Rhの方がPdよりもNO解離により安定化するエネルギーが大きく、上記の実験結果と一致する傾向を示した。
 NO浄化の律速反応はNO解離反応であり、その反応を「見える化」することで精度の高いメカニズム解明やモデルによる検証が可能となることを示すことができたと考える。

 

 

5. 高温過渡域反応下でのNO反応メカニズム
 減速域では酸化雰囲気のためRh表面は酸化状態であり反応ガスNOが吸着せず浄化できない。よって再加速域の還元ガスでいかに速くRh表面をメタル復帰させ反応ガスの吸着・浄化を再開させるかが重要となる。Rh NP/SiおよびRh NP/CeO2/Siを用い、酸化処理後還元ガス雰囲気下各温度でHAXPES分析を行った。X線エネルギー8 keVの場合、Rhの非弾性平均自由行程より約7.2 nmの深さの情報が得られる[5][5] QUASES-IMPF-TPP2M Ver. 3.0を用いて計算した。。図4に一例として、Rh NP/Siを評価した際のRh3dスペクトルを示す。室温では酸化Rhの結合エネルギーを持つスペクトルが、ある温度に達すると徐々にRhメタル状態へ変化し還元されることが確認できた。Rhメタルおよび酸化RhのRh3d5/2結合エネルギーを307.2 eVおよび308.3 eVとしてデコンボリューションを行いRh酸化状態の定量を行なった。図5に反応温度に対する酸化Rhの割合の推移を示す。Rh NP/CeO2/Siの方がRhメタル化開始がRh NP/Siより低温化しており、サポート剤の効果であり反応の制御因子の1つであることが示された。この要因はRhとサポート剤間の電荷の相互作用によるもので、サポート剤酸素の電子密度が増加するほどRhの還元性が向上すると推察した[7][7] Y. Nagai, T. Hirabayashi, K. Dohmae, N. Takagi, T. Minami, H. Shinjoh and S. Matsumoto : J. Cataly. 242 (2006) 103-109.。さらに、最適材料を見出す目的でサポート剤の電子モデル計算による机上検討を行なった。サポート剤酸素の電子密度に着目し、DFT計算を実施した。

 

図4 高温過渡還元雰囲気下におけるRh3dスペクトル変化。

 

図5 高温過渡還元雰囲気下におけるRh2O3割合の推移。

 

 

 CeO2よりもサポート剤表面酸素の電子密度が高いLi3PO4に(表)Rh NPを蒸着し同様にNAP-HAXPESにて過渡還元性を評価し検討した結果、特に低温において更なる還元性向上が得られた(図6)。
 再加速域でのRh還元挙動を「見える化」することでメカニズム解明およびモデルによって更なる性能向上が可能となることを示すことができたと考える。

 

表 DFTによるサポート剤表面酸素電荷計算結果
サポート剤 表面酸素電荷/e
CeO2 -1.2
Li3PO4 -1.6 ~ -2.1

 

図6 高温過渡還元雰囲気下におけるRh2O3割合の推移。

 

 

6. まとめ
 貴金属種によるNO浄化の律速反応挙動の違いおよびサポート剤による還元性の違いを、実働に近い条件下で分析することにより明確にでき、さらに計算科学的なアプローチでその違いの原因が推定可能になった。今後は、それらの制御因子(材料因子、反応因子)を明らかにし、モデルの精度向上を目指すとともに、新規革新材料の開発へ貢献していく。

 

 

謝辞
 本報告で用いたサンプル作製に関して、八木伸也先生にご指導いただきました。深く感謝申し上げます。
 SPring-8での実験には、BL24XUを利用させていただきました(課題番号2020A3389、2020A3231、2021A3231、2021B3231、2022A3231、2022B3231)。

 

 

 

参考文献
[1] 坂手宣夫 : 自動車技術春季大会フォーラムテキスト (2019) 31-38.
[2] S. Yagi, H. Sumida, K. Miura, T. Nomoto, K. Soda, G. Kutluk, H. Namatame and M. Taniguchi : e-J. Surf. Sci. Nanotech. 4 (2006) 258-262.
[3] H. Koga, A. Hayashi, Y. Ato, K. Tada, S. Hosokawa, T. Tanaka and M. Okumura : Catalysis Today 332 (2019) 236-244.
[4] W. Tang, E. Sanville and G. Henkelman : J. Phys. Condens. Matter 21 (2009) 084204.
[5] QUASES-IMPF-TPP2M Ver. 3.0を用いて計算した。
[6] R. Toyoshima, M. Yoshida, Y. Monya, K. Suzuki, K. Amemiya, K. Mase, B. S. Mun and H. Kondoh : Surface Science 615 (2013) 33-40.
[7] Y. Nagai, T. Hirabayashi, K. Dohmae, N. Takagi, T. Minami, H. Shinjoh and S. Matsumoto : J. Cataly. 242 (2006) 103-109.

 

 

 

國府田 由紀 KODA Yuki
マツダ(株) 技術研究所
〒730-8670 広島県安芸郡府中町新地3-1
TEL : 082-282-1111
e-mail : kooda.y@mazda.co.jp

 

近藤 寛 KONDOH Hiroshi
慶應義塾大学 理工学部 化学科
〒223-8522 横浜市港北区日吉3-14-1
TEL : 045-566-1701
e-mail : kondoh@chem.keio.ac.jp

 

豊島 遼 TOYOSHIMA Ryo
慶應義塾大学 理工学部 化学科
〒223-8522 横浜市港北区日吉3-14-1
TEL : 045-566-1592
e-mail : toyoshima@chem.keio.ac.jp

 

鈴木 哲 SUZUKI Satoru
兵庫県立大学 高度産業科学技術研究所
〒678-1205 兵庫県赤穂郡上郡町光都3-1-2
TEL : 0791-58-1441
e-mail : ssuzuki@lasti.u-hyogo.ac.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794