Volume 28, No.3 Pages 264 - 267
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
IPAC’23 会議報告
Report of the 14th International Particle Accelerator Conference IPAC’23
1. はじめに
加速器の国際会議であるIPAC(International Particle Accelerator Conference)は、加速器の研究者が分野を問わず一堂に集まる会議であり、毎年行われている。開催地は、アジア・オセアニア地域、ヨーロッパ地域、アメリカ地域の順に、各地域3年間隔で開催地が決まっている。今回はヨーロッパ地域の順番になっており、IPAC'23はイタリアのベネチアにて行われた[1][1] https://www.ipac23.org/。過去3年間、2020~2022年はCOVID-19の影響を強く受け、オンライン会議のみの開催もあった。昨年2022年はタイのバンコクにて対面にて開催されたものの、日本からの参加者のうち一部は、日本への再入国が許可されなかったケース、帰国後に行動を制限されたケースがあったと聞いた。今回はそのような懸念が払拭され、元の状態に戻っての開催となった。
ベネチアは、ベネチア本島、サン・ジョルジョ・マッジョーレ島、ジュデッカ島、リド島、サン・ミケーレ島、ムラーノ島、ブラーノ島、トルチェッロ島等数々の島で構成されている。今回の会議は、このうちリド島内にあるVenice Convention Centreで行われた。Convention Centre内の3つの建屋、“Palazzo del Casino”、“Sala Darsena”、“Palazzo del Cinema”で会議が行われた(図1)。Palazzo del Casinoは主に総合受付、ポスター発表会場、Sala Darsena、Palazzo del Cinemaは主に口頭発表会場となっていた。Palazzo del Casinoでのポスター発表会場の様子を図2に示す。上記の3会場のうち、Palazzo del Cinemaは、かの有名なベネチア国際映画祭で使用される会場である。出入口の取手が映画のフィルムの形をしているのが印象的であった。付近には重厚感のあるホテルが立ち並び、映画祭の際には、世界中の著名なスター達がこれらのホテルに宿泊するそうである。
図1 IPAC'23が開催されたリド島のConvention Centre。左:Palazzo del Cinema(写真手前)とSala Darsena(写真奥)、右:Palazzo del Casino。
図2 Palazzo del Casinoでのポスター発表会場の様子。
会議は2023/5/7(日)~5/12(金)の6日間行われた。このうち4日間が雨天であり、雨が降るとこの時期にしては非常に肌寒く感じた。加速器全体の会議ということもあり、参加者は38か国から1,660名であった。世界各地域からの参加者の統計を表1に示す。参加者の多くは、会場のあるリド島内に宿泊していたが、筆者のうち1人のようにベネチア本島に宿泊し、毎日定期船で会場まで通っていた参加者も珍しくなかった。陸上の乗物と異なり、船での移動は時間がかかるため、早め早めの移動が必須であり、筆者は船旅を楽しむ余裕はなかった。しかしながら、周囲を見ると比較的ゆっくりした時間を楽しんでいるような様子が伺えた。
地域 | |
---|---|
ヨーロッパ、中東、アフリカ | 67% |
アメリカ大陸 | 15% |
アジア、オセアニア | 18% |
合計 | 1,660名 |
2. 加速器全般の講演
IPACでは、素粒子・原子核実験用の電子・陽子加速器、重イオン加速器、中性子・ミューオンビームラインなど、放射光以外にも多岐にわたる加速器やビームラインに関する世界各国の開発状況が毎回報告される。この章では、放射光に限らず、全般的な加速器・ビームラインの講演について興味深かったトピックを記載する。
陽子加速器や重イオン加速器は、ガン治療の1つである粒子線治療に活用されており、Hadron therapy、Radio therapyとして1つのトピックになっている。近年では技術の進歩によって加速器がコンパクトになり、粒子線治療専用の加速器を各地に建設できるようになった。一方で、施設が巨大になりがちな加速器を、一般的な病院でも使用できるように、サイズ縮小やコスト削減の技術開発が継続して進められている。現在も世界各国の複数箇所で新規の粒子線治療施設が建設されており、今回のIPACではイタリアの粒子線治療施設の準備状況が報告されていた。また、既存のFFA(Fixed Field Alternating gradient)加速器や開発途中である誘電体加速器、Xバンド加速器といった加速器を粒子線治療に使用できないか検討した研究内容も多数の発表があった。誘電体加速器、Xバンド加速器は加速勾配が既存の加速器よりも高く加速器をコンパクトにできるため、粒子線治療用としても注目されている。ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)用加速器では、陽子をリチウムやベリリウムのターゲットに衝突させて中性子を生成するビームラインの設計について発表があった。BNCTは中性子と核反応を起こしやすく、かつガン細胞に集まりやすいホウ素化合物を使用し、ガン患部に中性子を照射してガン細胞を死滅させる方法である。本IPACでは、7Li(p, n)7Beの反応吸収エネルギーである2.5 GeVの陽子をリチウムに照射し、患部の典型的な大きさと同程度である直径150 mmの中性子ビームを生成するためのビームラインの設計について発表があった。
加速器を構成する電磁石、加速空洞に注目すると、特定の金属を絶対零度付近まで冷やすことで電気抵抗がゼロになる超伝導を利用した開発も数多く報告されていた。電気抵抗がゼロになることで、常伝導では難しい高電流や高Q値(電磁波が加速空洞表面の抵抗によって減衰するのを表した物理量で、Q値が高いほど減衰が小さい)が実現できる。一方で、この超伝導は絶対零度近くまで電磁石コイルの導線や加速空洞を冷却する必要があるため、大量の電力を消費する。スイスCERN研究所のHL-LHC加速器や核融合実験炉ITERでNb3Sn超伝導体の使用が決まったのをきっかけに、Nb3Snを用いた電磁石や加速空洞の開発が加速している。このNb3Snは、これまで一般的に使用されてきたNbTiよりも、超伝導になる転移温度が高く(NbTiは約10 K、Nb3Snは約18 K)、磁場も高くできる(NbTiは4.2 Kで約12 T、Nb3Snは約22 T[2][2] https://www.sci.osaka-cu.ac.jp/phys/ult/etc/benri.html、添加物等で臨界磁場は変わるので、あくまで目安)。一方で、NbTiは合金なのに対してNb3Snはセラミック状の化合物のため、加工や衝撃に非常に脆い。このNb3Snは、線材の成型方法等の技術開発によって、徐々に超伝導磁石に採用されつつある。また、転移温度が高いため冷凍機をコンパクトにでき、かつQ値も既存のNb空洞と比較して高いということで、加速空洞にもNb3Snを使用できないか開発が進んでいる。今回は、実際に製作したNb3Sn加速空洞が動作試験の準備中ということで、試験時の空洞内電磁場や冷凍時の熱分布のシミュレーション結果が報告されていた。NbTiやNb3Snのような極低温の超伝導体に加えて、液体窒素温度程度(≳77 K)で超伝導になる高温超伝導体を電磁石、加速空洞、アンジュレータに使用する研究開発も多く見受けられた。昨今のエネルギー価格の高騰から、今後は高温超伝導体の開発が主流になる可能性が大きいと感じられた。
プラズマ加速器、Xバンド加速器や誘電体加速器といった、次世代の加速器の開発状況も数多く報告された。2015年にはヨーロッパ各国が出資してプラズマ加速器を共同研究するEuPRAXIAが設立され、現在、イタリア ローマ近郊のフラスカティにプラズマ加速器を用いたFEL施設を建設中である。この施設は1-5 GeVのビームエネルギー、既存の線形加速器と同程度のビームの質を維持しつつ、施設の面積規模を1/2から1/3に小さくする。また、プラズマ加速器の前段にはXバンド加速器(周波数~12 GHz)を使用する。プラズマ加速器やXバンド加速器といったこれまで開発中だった加速器が、いよいよユーザー用の装置を想定して建設されている様子が伺えた。
3. 放射光源用加速器
近年、放射光施設の高度化が盛んに行われている。蓄積リング内の電子ビームの空間的な広がりを抑制するための検討が行われており、放射光の輝度の向上に貢献している。これまでの放射光施設のキャッチフレーズである“第三世代”放射光源と明確に区別するため、高度化された放射光源は“第四世代”と呼ばれる。更地に新しく建設する施設もあれば、現状稼働している施設を一旦シャットダウンして機器の入れ替えを行う施設もあり、すでにユーザーに放射光の提供を開始している施設もある。
蓄積リング放射光施設は、第四世代放射光施設となるMAX IV(スウェーデン)・ESRF-EBS(フランス)が成功したことが呼び水となって、世界各地の放射光施設のアップグレードが進んでいる。このことと今回のIPACがヨーロッパで開催されたことから、ヨーロッパの放射光施設の現状報告が数多く発表された。直近ではアメリカArgonne研究所のAPSは今年2023年4月から1年かけてAPS-Uにアップグレード中であるほか、スイスPSI研究所のSLS 2.0が2025年のユーザー運転再開を目指してアップグレードが進んでいる。今回は建設で忙しいためか、APS-UやSLS 2.0に関する発表は少なかった。イタリアではElettraのアップグレード計画が承認され、2027年のアップグレードに向けた設計について講演があった。スペインのALBAもアップグレードに向けた試作機開発の予算が承認され、この開発の現状について報告があった。
日本では第四世代光源として、仙台にNanoTerasuが建設中であるし、SPring-8でも蓄積リングのアップグレードの検討が開始されている。今回の会議においても、放射光施設の報告の大半は第四世代の検討結果の発表、ステータスの報告であった。SPring-8からは、筆者を含めて4つの口頭発表、5つのポスター発表が行われたが、大部分はアップグレードプランに関する発表であった。
第四世代光源実現のため、例えば磁石については、新しい技術の開発やこれまでにない設置精度の実現など、克服すべき課題が山積みである。今回の会議において、これらの課題のうち、筆者らは、蓄積リングへのビーム入射に注目した。第三世代放射光源の段階から蓄積リングのビーム電流値を時間的に一定にするため、トップアップビーム入射が行われてきた。トップアップビーム入射は、蓄積ビームの寿命に伴い減少するビームを逐次補う入射方法であり、数秒から数分に1回の割合で蓄積リングにビームが入射される。入射ビームの振動を抑制するため、入射時の瞬間だけ蓄積ビームを入射ビーム側に近づける。この時の蓄積ビームの軌道のことを我々はバンプ軌道と呼ぶ。SPring-8では、蓄積リング入射部に用意された4台のキッカー電磁石を用いて入射部のみにバンプ軌道を形成する。キッカー電磁石はマイクロ秒オーダーのパルスで励磁される。本来、バンプ軌道は入射部以外の軌道に影響を与えないよう設計されているが、入射キッカー電磁石相互間のパルス磁場波形の形状が相似から外れた分だけ外部の軌道にも変動を与える。即ち、入射の度に蓄積ビームが振動する。SPring-8においても入射時の振動が観測されており、水平方向の振幅はサブミリに達している。この値は、蓄積ビームのビームサイズに対し無視できない。第四世代光源においては、ビームサイズが現状よりも1桁以上小さくなるため、入射時の水平方向の振動は、さらに小さく抑制する必要がある。
複数台のキッカー電磁石において、パルス磁場波形の相対的形状が一致しない原因の一つとして、磁場の高周波特性の磁石間個体差が挙げられる。筆者は、この磁石間個体差の原因を特定し、原因を排除できる製作方法について口頭にて発表した。一方、他の施設では入射時にバンプ軌道を作らず、パルス六極電磁石や、非線形磁場を発生させる空芯のパルス電磁石であるNLK(Non Linear Kicker)、MIK(Multipole Injection Kicker)などを利用しビーム入射を行う方式も検討されている。NLK、MIKを用いた入射では、これらの磁石の中心磁場が0であることを利用し、中心に蓄積ビームを通過させる。入射ビームは中心から外れた位置を通過させ、入射ビームのみにキックを与える。但し、NLK、MIKは空芯であるため、コイルの設置位置の誤差がビームライン上の磁束密度分布に強く影響する。製作精度だけで要求磁場性能を満たすためには、コイル設置位置の誤差をマイクロメーターオーダー以内に制限する必要があり、製作が困難である。NLK、MIK中心での磁場が有意に残ったまま蓄積リングに設置すると、やはり、入射時に振動が発生する。ブラジルの放射光施設Siriusからは、NLKを用いたビーム入射についての発表があった。中心磁場を補正するためのコイルを付加し、ビームの挙動を見ながら最適化を行った。結果として、ビーム入射時の蓄積ビームの水平方向振幅を、ビームサイズの3%程度まで抑制したことが報告された。スウェーデンの放射光施設MAX IVからは、MIKを用いたビーム入射についての発表があった。MIKの磁束密度分布が設計通りではないことを見込み、ビームの挙動からMIKの磁束密度分布を推定した。MIKでの蓄積ビーム位置を水平、垂直方向に走査したうえ、入射時の垂直方向ビームサイズの増大を観測することで、MIKの磁場分布を評価した。結果をもとに、磁束密度が0となるMIKの実効的中心を蓄積リングビーム軌道に一致させるよう、MIK位置の再調整を行った。入射時の垂直方向ビームサイズの増大を9.5%に抑制できたことが報告された。
4. その他
昨今、世界中で「Sustainability」が呼びかけられており、加速器も例外ではない。IPACにおいても、この種のセッションが設けられ、加速器の電力消費の抑制や低コスト化が大きな焦点となった。特にヨーロッパでは、戦争等の理由により電気代が2~4倍(瞬間的には約10倍)に高騰し、この電気代高騰に対して各施設がどのように対応したかについて報告があった。主に運転時間の削減、加速空洞の入力電力の抑制で、熱源の空調への再利用、冷却方法の見直し等を行っている施設もあった。アップグレード計画のある加速器施設では、ほぼ全ての施設が、偏向磁石に永久磁石を利用することで電力消費を大きく削減しようとしている。各報告からは、科学成果を出していれば多少の電気の消費が許されるという雰囲気は全くなく、省電力を推し進めないと運転時間を確保できないという危機感が滲み出ていた。我々も、今後の加速器機器開発において、省電力を必ず念頭に置いて開発を進めていきたい。
参考文献
[1] https://www.ipac23.org/
[2] https://www.sci.osaka-cu.ac.jp/phys/ult/etc/benri.html
(公財)高輝度光科学研究センター 加速器部門
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0831
e-mail : fukami@spring8.or.jp
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