Volume 28, No.2 Pages 146 - 150
2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
SPRUC 第5回BLsアップグレード検討ワークショップ報告
Brief Report of SPRUC 5th Workshop on BLs Upgrade
SPring-8ユーザー協同体(SPRUC)行事幹事/近畿大学 理工学部 理学科 化学コース Department of Chemistry, Faculty of Science and Engineering, Kindai University
1. 概要
SPRUC第5回BLsアップグレード検討ワークショップが、2023年3月10日にSPring-8放射光普及棟大講堂における講演とZoomを利用したオンラインとのハイブリッドにて開催されました。本ワークショップ(WS)の目的は、第4回までのWSやSPring-8シンポジウム2019、2020、2021、2022での議論を踏まえ、それ以降の技術開発動向やビームライン(BL)アップグレードの具体的なプラン、さらには、検討事項を共有するとともに、今後の継続的なBLアップグレードに向けた議論を行うことです。289名(現地:42名、オンライン:247名)が参加しました。引き続き、新型コロナウイルス感染を懸念されるユーザーが多かったせいか、多くのユーザーがオンライン参加となりました。
2. オープニング
最初に、SPRUC 西堀英治会長(写真1)より挨拶が行われ、本WSの役割及び今回のWSの概要とその目標を説明されました。その後、今回のWSの全体のスケジュールについて述べられ、共同主催者の高輝度光科学研究センター(JASRI)、理化学研究所(理研)への謝辞を述べて、挨拶を終えられました。
写真1 SPRUC 西堀英治会長
続いて、JASRI 雨宮慶幸理事長(写真2)より挨拶が行われました。JASRIの研究支援活動においては、SPRUCの研究会からのフィードバックを通して、さらに先鋭化させていくことが重要であり、ユーザーと施設との双方向のコミュニケーションが大事であることを改めて示されました。
写真2 JASRI 雨宮慶幸理事長
次に、文部科学省 科学技術・学術政策局 研究環境課 林周平様(写真3)より、来賓の挨拶をいただきました。まず、国の大型研究施設をめぐる状況について説明があり、SDGsに向けての放射光施設への期待について述べられました。SPring-8は、共用開始から25年が経過し、老朽化対策が必要なこと、令和4年度は電気代の高騰に対して補正予算により運転時間を確保することができたが、令和5年度も財政的には厳しい状況が続くことが予想され、SPring-8の効率的な運営が求められていることを説明されました。現在、仙台に建設中のNanoTerasuとの連携に期待しているとの意見を述べられました。最後に、SPring-8として変化、進化を続けていくことを期待するとして挨拶を終えられました。
写真3 文部科学省 科学技術・学術政策局 研究環境課 林周平様
本セッションの最初の講演として、理研/JASRI 矢橋牧名グループディレクター(写真4)より近況サマリー及び今後の展望について報告がありました。近況サマリーにおいて、国内外の情勢として国内では2024年に3 GeV放射光施設NanoTerasuが稼働し、国外においては、世界の大型放射光施設は第4世代へ国力維持・発展のために必須のリサーチ・インフラストラクチャーとして、国を挙げて整備に取り組んでいることが示されました。一方、SPring-8においては、電気代高騰、加速器関連の設備の老朽化が進行しており、対策としてSPring-8-IIへのアップグレードを早期に実現すべく、関係各所と協議中であることが説明されました。また、BLのアップグレードを2018年より実施しており、各BLのポートフォリオを意識した共用BLの再編・高度化、理研BLの拡充・機能強化を進めていることが報告されました。最後に、SPring-8-IIへのアップグレードについては、光源・加速器開発が進められており、永久磁石を利用した分割型の偏向磁石システムを開発し、超低エミッタンスと安定性で世界トップ性能を狙い、かつ電力消費も大幅に削減し、確実な目標の達成を目指しているとのことでした。
写真4 理研/JASRI 矢橋牧名グループディレクター
次に、共用BL再編の概要について、JASRI放射光利用研究基盤センター 坂田修身副センター長(写真5)より講演がありました。再編にかかわる共用BLの現状について報告がありました。最初に、再編のコンセプトの狙いとして、基盤的な分析装置群の高性能化や産学連携のさらなる促進、オペランド構造解析のニーズへの対応、SPring-8-IIを意識した重複装置の集約や配置最適化、硬X線領域の重点化、さらに、BL・計測制御系を共通化や産学を問わず、研究に最適な装置を容易に利用可能にすることによって、ユーザーの利便性の向上を意識していることが説明されました。次に、直近に整備が完了したBLとして、BL13XUとBL28B2について報告がありました。BL13XUでは、再編により、高分解能粉末回折装置、回折計測汎用フレームが設置され、挿入光源を活用することにより、強度増強、測定時間の短縮、実験室の装置が持ち込み可能になりました。BL28B2では、X線マイクロCT自動測定装置を整備することにより、X線分析の専門家ではないユーザーに対する利便性拡大に資する測定代行が可能になったとの説明がありました。整備が進行中のBLとして、BL04B2では、ハイスループットPDFの整備による測定時間の短縮、BL08Wでは、ハッチタンデム化による装置切り替えの時間短縮について紹介されました。また、BL46XUでは、2台のHAXPES装置を整備することにより、自動計測によるハイスループット及び実環境計測を実現し、さらに既存のBL09XUと合わせて拡大するユーザーからのHAXPESのニーズに貢献するとのことでした。最後に、整備を準備しているBLとして、BL39XUでのX線発光分光器の光学系高性能化及びハッチの増設について説明がありました。BL整備を推進するにあたり、ユーザー利用の拡大、要望を反映させるため、引き続き、ユーザーからの積極的な意見を募りたいとのことでした。
写真5 JASRI 放射光利用研究基盤センター 坂田修身副センター長
次に、利用制度について、JASRI 木村滋利用推進部長(写真6)より報告がありました。まず、利用制度改正の実施状況が報告されました。次に、長期間有効な利用課題の概要において、大学院生提案型課題(長期型)と成果公開優先利用課題(1年課題)が説明されました。最後に、利用制度改正に関わる周知事項として、一般課題、大学院生提案型課題のためのビームタイムをBLの1本全体の1/3以上確保する運用について、常設装置を対象と変更したことについて、及び年2回募集と年6回募集の区分の異なるBLを組合せて課題申請する場合の注意点にすることについて述べられました。
写真6 JASRI 利用推進部 木村滋部長
3. アップグレードを完了したBL関連の研究会からのフィードバック
セッション2として、アップグレードを完了したBL関連の研究会からのフィードバックが行われました。最初に、HAXPES I(BL09XU)について、JASRI 保井晃氏(写真7)からBL09XUアップグレードのポイントが報告されました。次に関連の固体分光研究会の吉田鉄平氏(写真8)より、アップグレード後の高分解能HAXPESにおいて、薄膜、バルク試料の内殻、価電子帯測定により、S/N比の良い結果が得られ、効率的に実験を行えば、3日間で約15種の組成を観察することが可能であること、さらに高温超伝導体の内殻シフトの精密測定により、Auフェルミ準位のエネルギーシフト(時間依存)を観測できたことを報告されました。次に、医学・イメージングI(BL20B2)について、JASRI 登野健介散乱・イメージング推進室長(写真9)よりBL20B2高度化の概要として、高エネルギー用多層膜ミラー分光器の導入について報告されました。次に関連の高分解能X線イメージング研究会から土持裕胤氏が、アップグレード後のIn vivo放射光微小血管機能イメージングに関する研究について報告しました。また、血管造影は、二次元画像であるため、血管同士の前後関係がわかりにくいため、各個体で三次元情報を簡便に取得できると便利であるとの要望が寄せられました。最後に、非弾性・核共鳴散乱(BL35XU)について、JASRI 依田芳卓氏(写真10)から、移設前よりも2~3倍の高い強度のX線が得られるようになり、ほとんどの核共鳴散乱の実験において、大きな改善となったことが報告されました。次に、関連の核共鳴散乱研究会の増田亮氏(写真11)からエネルギー領域放射光メスバウアー分光法、核共鳴振動分光法、γ線準弾性散乱法において、高エネルギーとバンチモードの両立を保持したX線の強度向上により、起動時間の短縮及び信号強度の向上が確認されており、さらなる成果創出が期待できるとのことでした。
写真7 JASRI 保井晃氏 | 写真8 京都大学 吉田鉄平氏 |
写真9 JASRI 散乱・イメージング推進室 |
写真10 JASRI 依田芳卓氏 |
写真11 弘前大学 増田亮氏 |
4. BL再編の進捗状況
セッション3、4として、JASRIの各推進室長よりBL再編の進捗状況の報告が行われました。最初に理研/JASRI 玉作賢治回折・散乱推進室長(写真12)より回折・散乱BL群のアップグレードに関する報告がありました。回折・散乱関連では、BL13XUの再編が完了し、BL04B2において、ハイスループットPDF計測装置の開発中であることと、BL08Wのハッチの改造が行われていることが紹介されました。また、今後の再編予定として、単結晶構造解析ステーション整備の方向性及びBL04B1に設置されている大容量プレス装置に関する検討事項が示されました。次に、JASRI 熊坂崇構造生物学推進室長(写真13)よりタンパク構造解析BL群のアップグレードについて報告がありました。透過型クライオ電子顕微鏡などの付帯設備を含むSPring-8における最近の構造生物学研究の環境を紹介されました。タンパク構造解析BL群の今後の方向性として最先端の生命科学研究の推進のため共用構造解析研究基盤の高性能化を推進し、SPring-8、SACLA、CryoTEMを活用した正確かつダイナミクスを含む構造情報の提供と蓄積、各要素技術の先鋭化、相関構造解析基盤技術の統合と利用支援の拡充を行うことが示されました。次に、分光BL群、BL39XUのアップグレードについて、JASRI 為則雄祐分光推進室長(写真14)から報告がありました。HAXPES BL再編においては、BL09XU(EH1/EH2)とBL46XU(EH1/EH2)の4装置に集約・再編、BL46XUにおいて、全自動HAXPESと環境制御HAXPESを整備中、運用方法の見直し、測定環境の共通化なども合わせて実施中であることが紹介されました。また、先端分光BLの再編においては、X線発光分光器を中心機器としてBL39XUを再編、X線発光分光器専用ハッチを増設し、光学系も最新の機器を導入、低エネルギー領域(4 keV以下)もカバーするBLとして整備予定であることが報告されました。イメージング・SAXS BL群、BL40XUのアップグレードについて、JASRI 登野健介散乱・イメージング推進室長から報告がありました。共用イメージングBLsのアップグレード進捗として、BL28B2マイクロX線CT自動測定装置について紹介されました。次に、小角散乱BL群の再編について、SPring-8アップグレード計画を見据え、顕在化した課題克服に向けて段階的にBLの再編成を実施することが示されました。また、BL40XUの改造計画では、BL基幹部も含めた改造を2024年12月から実施し、精密回折計を移設することによって小角・広角散乱専用BLとして整備することが報告されました。最後に、SPring-8データセンター構想について、理研/JASRI 初井宇記チームリーダー(写真15)より、類型化と課題、施設側で検討中の機能として、大量高精細データ(少数試料)に対応したオンサイトのデータセンター(新設)と富岳等スーパーコンピュータとの連携、使いやすいツールの開発について紹介されました。また、多数試料に対応するために、国が進めている研究DXと歩調を合わせた整備、国立情報学研究所(NII)のGakuNin RDMとの接続、物質・材料研究機構(NIMS)のDxMT拠点との連携、量子ビーム施設間の連携について報告されました。また、データの流通基盤として、情報科学研究者との共同研究の促進と成果の共有、データの流通基盤、データ前処理などの企業ユーザーのニーズに対応し、2023年夏からデータセンターの共用を段階的に開始することが示されました。
写真12 理研/JASRI 回折・散乱推進室 |
写真13 JASRI 構造生物学推進室 熊坂崇室長 |
写真14 JASRI 分光推進室 為則雄祐室長 | 写真15 理研/JASRI 初井宇記チームリーダー |
5. 総合討論
セッション5では、最初に自動化関連のトピックスとアップグレード予定のBLに関連する研究会からの要望について議論されました。最初に自動化関連のトピックス提供として、JASRI 坂田修身副センター長が粉末自動装填装置とXAFS試料自動調製装置について、現在、試行運用中であり、オペレーションなどについて、検討が必要であることを報告されました。また、自動測定装置については、BL28B2に設置されているX線マイクロCT自動測定装置において測定代行を開始し、BL40B2に設置されている液体試料チェンジャーについては、測定代行を検討中であることが示されました。回折、散乱、高圧関連のBL群BL02B1、BL04B1、BL40XU、(BL08W)に関係の深い各研究会からの要望が代表者から示されました。構造物性研究会の東正樹氏(写真16)から、単結晶構造解析ビームラインに対する要望として、散漫散乱を用いた3D–ΔPDF、微小単結晶解析、集光ビーム光学系、低温実験に関する希望が述べられました。結晶化学研究会の橋爪大輔氏(写真17)からは、単結晶構造解析に対して、不安定なサブミクロン結晶への対応、高強度X線ビーム、結晶方位可変なゴニオメーター、大面積&広ダイナミックレンジを有する検出器、サブミクロン結晶ハンドリング装置、白色ラウエ法への対応のみならず、全散乱測定による単分子反応、固−液、液−液反応の構造解析、有機薄膜の構造解析、小角散乱による超分子の構造解析など多岐に渡るBLのアップグレードへの期待について示されました。次に、地球惑星科学研究会の河野義生氏(写真18)からBL04B1のアップグレードに対する要望として、白色X線を用いた大容量高圧プレス実験下での構造・物性複合測定の発展的継続と挿入光源を用いた高強度の高エネルギーピンクビームを用いた高圧その場環境下での高速X線回折・イメージング測定の開発について示されました。また、軟X線関連のBL群(BL01B1、BL17SU、BL25SU、BL27SU)のトピックス提供・要望としてJASRI 為則雄祐室長から報告がありました。SPring-8-II用IDの仕様の確定、BL27SUのアクティビティは、BL17SUに統合することを念頭にBL17SU/BL25SU/BL27SUを合わせた再編の検討を行い、2本(BL17SU/BL25SU)を維持、重複する装置を整理して、継続するものは機能強化して再編、真空/低温/周辺環境などの視点から、周辺環境と合わせて装置の集約・整理を検討、硬X線BLと合わせてテンダーの利用環境も残す方向を検討中、回折限界光源の利用を見据えた環境(フリーポート)の確保などの軟X線BL再編の検討状況について示されました。最後に、その他の要望として、各研究会の代表から意見が述べられました。コンプトン散乱研究会の櫻井浩氏からは、BL08Wのハッチ改造によってセットアップの時間が短縮されたことは歓迎しているが、BLの計測機器の老朽化などへの対応について意見が述べられました。高圧物質科学研究会の石松直樹氏からは、複合計測とリモート測定へのニーズ、課題申請への意見が示されました。残留応力と強度評価研究会の菖蒲敬久氏からは、実験後の解析方法の紹介、解析システムの充実化、結果の解釈など実験後のデータ解析に対する基盤整備についての意見が述べられました。顕微ナノ材料科学研究会の吹留博一氏からは、サブ分子レベルでの高信頼・高速解析法や時空間的にX線を大面積に均一に照射する技術の開発への要望が示されました。原子分解能ホログラフィー研究会と不規則系機能性材料研究会の松下智裕氏からは、利用制度の観点からユーザーの持ち込み装置に対する要望が示されました。本セッションでは、多くの研究会からの意見が述べられたため、限られた時間内に総括することはできませんでしたが、今後、研究会からの率直な意見を施設側と議論できる場を設けることが期待されます。
写真16 東京工業大学 東正樹氏 | 写真17 理研 橋爪大輔氏 | 写真18 愛媛大学 河野義生氏 |
6. クロージング
最後のクロージングセッションでは、理研 放射光科学研究センター 石川哲也センター長(写真19)よりまとめとして閉会の挨拶をいただきました。共用BLの再編は順調に進んでおり、今後もユーザーからの要望を受け入れていき、継続的なBLのアップグレードを行なっていくことを述べられました。また、プロダクションBLでは、簡便に大量の試料を測定できるだけでなく、新たなサイエンスへの展開を期待したいとの話をされました。また、仙台に建設中のNanoTerasuと連携や棲み分けについても、今後しっかりと議論していく必要があるとのことでした。
以上、丸1日のWSでしたが、実際にアップグレードが進められる中で、研究会からも活発な意見が見られる有意義な場であったと思います。
写真19 理研 放射光科学研究センター 石川哲也センター長
SPRUC第5回BLsアップグレード検討ワークショップ プログラム
http://www.spring8.or.jp/ext/ja/spruc/pdf/5th_blsup_ws_program.pdf
近畿大学 理工学部 理学科 化学コース
〒577-8502 大阪府東大阪市小若江3−4−1
TEL : 06-4307-5099
e-mail : sugimoto@chem.kindai.ac.jp