Volume 28, No.2 Pages 222 - 225
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
利用系活動報告
放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室 時分割小角・広角散乱チーム
Activity Reports – Time-resolved Scattering Team, Scattering and Imaging Division
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室 Scattering and Imaging Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
時分割小角・広角散乱チームは、共同利用ビームラインのBL40XU(高フラックス)、BL40B2(SAXS BM)において、主に生体高分子や有機高分子等のいわゆるソフトマテリアルを対象とした小角X線散乱(SAXS)・広角X線散乱(WAXS)実験のサポートおよび関連技術開発を行っています。また、2022年度から、ユーザーの多様なニーズに対応するために、BL47XUの実験ハッチ2をオープンハッチ化し、持ち込み装置を利用した実験への対応を始めました。さらに、理化学研究所・SAXSビームラインBL38B1の共同利用枠におけるタンパク質溶液X散乱計測のサポートを始めました。本稿では、これらのビームラインの運用と、ユーザー支援に資する測定技術開発について紹介します。
2. ビームラインの運用・高度化の状況
本チームでは、原子スケールからサブミクロンスケールまでの階層構造およびそのダイナミクスの研究をターゲットとしています。生物やソフトマターの分野では、多くの試料が階層構造を持ち、各階層間の構造相関がその機能と密接に関わるため、SAXS/WAXSの時間分解計測による評価法が特に利用されています。利用者の観察したい構造スケールや時間スケール、サンプルの素性を精査して、ビームラインを使い分けいただいています。
2.1. BL40XU
BL40XUは、ヘリカルアンジュレータを光源とし、分光器を使用せずに2枚の全反射ミラーでビームを集光することにより、準単色の高輝度X線ビーム(ex. 1015 photons/sec、12 keV、ΔE/E = 0.02)が利用可能なビームラインです。このビーム特性を活かして、サブミリ秒といった高時間分解のSAXS(真空パスは最大で3.5 m)/WAXS実験や、マイクロビーム回折・散乱実験などを実験ハッチ1にてサポートしています(図1)。X線検出器としては、フォトンカウンティング型検出器(PILATUS3 X 100K-A、EIGER2 S 500K(DECTRIS Ltd.、Switzerland))や、サブミリ秒分解といった高時間分解計測[1, 2][1] H. Iwamoto: Scientific Reports 7 (2017) 42272.
[2] H Sekiguchi et al.: Japanese Journal of Applied Physics 58 (2019) 120501.を実現するための低残光型・X線イメージインテンシファイア(V7339P、浜松ホトニクス、Japan)[3][3] N. Yagi et al.: Journal of Instrumentation 10 (2015) T01002.・高速CMOSカメラ(FASTCAM Nova S16、Photron、Japan)(図1黄色枠)を利用できます。
図1 SAXS/WAXS同時計測(BL40XU)。
高フラックス・ビームによるサンプル損傷を最低限に抑えるため、高速・X線シャッタ(0.6 ms以内での開閉動作)と遅延信号発生器を用いて同期をとり、不要なX線ビーム照射を回避します。
溶液混合反応や溶液条件(pH、塩濃度、etc.)がジャンプする際の経時変化を高速追跡するために溶液の高速ミキシングが可能なストップトフロー装置が必須となります。従来はユーザーによる持ち込み装置などで対応していましたが、2022年末、4シリンジ独立駆動のストップトフロー装置(SFM-4000、Biologic、France)(図2)を導入し、2023B期の共用供出に向けて整備中です。導入した装置では、4つのシリンジを独立駆動可能なため、実験試料のほかに参照試料や洗浄液も含めて、ミキシング操作や混合比の設定などを遠隔で行うことが可能です。このため、効率的かつ確実な運用が見込まれます。
図2 ストップトフロー装置(BL40XU)。
また、階層構造のダイナミクス計測の発展的手法として、散乱と透過イメージングの同時計測が可能なユニットを整備中です(図3)。本ユニットは、可視光変換型X線イメージングシステムをベースとし、薄型シンチレータ(Ce:YAG、12.4 keV X線透過率:90%)と穴あきプリズム(4 mmΦ)を導入して改造したユニットです。X線透過像はシンチレータおよびプリズムを介して観察し、サンプルからの散乱シグナルは(シンチレータからの散乱と併せて)プリズム穴を通して取得します。現状で、2 μm程度の分解能の透過X線像(0.3 mm × 0.1 mm程度の視野)を取得しつつ、SAXSおよびWAXSの同時計測が可能です。このユニットを活用することで、たとえば、高分子材料の引張試験時にナノボイドやその前駆体構造が成長して破壊に至る現象を実空間および逆空間で評価することが可能となります。
図3 散乱・イメージング同時計測ユニット(BL40XU)。
2.2. BL40B2
BL40B2は、タンパク質、合成高分子、脂質などのソフトマテリアルを対象としたSAXS計測ができるビームラインで、数Åから600 nmスケールの構造解析が可能です。真空パスの長さは、0.25 mから6 mの範囲で設置可能であり、X線検出器は主として、フォトンカウンティング型大型2次元検出器(PILATUS3 S 2M、DECTRIS Ltd.、Switzerland)が利用されています。
広範囲の構造スケールの情報を短時間で簡単にアクセスするために、SAXS用真空パス内にWAXS検出器を組み込んだシステムを整備しました(図4)。真空パスは、直径60 cm、幅50 cmの寸法を有し、この中に4軸自動ステージ(X、Y、Z、θ)に搭載されたWAXS用検出器(EIGER2 S 500K LRW、DECTRIS Ltd.、Switzerland)を配置することでSAXS/WAXSの切り替えが5秒以内で完了します。SAXS/WAXS同時計測においては、WAXS検出器の位置と角度を実験ハッチ外から調整することで、幅広い空間スケールにわたる時間測定実験が可能となります。
図4 真空対応WAXS検出器(BL40B2)。
BL40B2では、液体サンプルを対象とした散乱実験が増えてきており、申請課題の半数近くを占めています。溶液散乱実験では、溶媒と溶液それぞれからの散乱プロファイルを取得し、その差分を取って解析します。X線散乱能の低い試料が多く、試料以外の要因で生じる差分を極力減らすため、同一の試料セルを使い液体試料のみを入れ替えて実験します。従来、試料セルの汚染や溶液・溶媒サンプル交換に細心の注意を払いながら、ユーザーによる手動操作によって実験は行われていました。2022B期からは、利用者の負担を軽減する目的で、液体試料交換用のアーム駆動機構(Xenocs Inc.、France)を導入し、供用を開始しました(図5)。導入された溶液試料交換システムでは、従来、ユーザーが手動で行っていた、サンプル充填、測定(X線、UV/VIS)、セル洗浄(洗浄液、純水)、セル乾燥といった一連の作業を電動の駆動機構によって再現させています。本装置の詳細については、利用者情報を参照していただきたい[4][4] 太田昇: SPring-8/SACLA利用者情報誌 27 (2022) 280.。現状で、192試料(96 well PCRプレート 2セット)の連続測定が可能です。直径1.1 mm~2 mmのキャピラリー管を使用しており、溶液の標準量は7 μl~15 μlです。将来的には本システムを利用した測定代行などへの発展も検討されていますが、現在のところは、SPring-8に来所いただいた上での自動連続測定あるいはマニュアル操作測定に限られることに留意していただきたい。
図5 溶液試料交換システム(BL40B2)。
さらに、溶液試料交換システム・フローセルに、サイズ排除クロマトグラフィー(Size-exclusion chromatography:SEC)を連結させたSEC-SAXSシステムを整備中です。同様の装置は、理化学研究所SAXSビームライン・BL38B1にて、タンパク質溶液散乱実験においてもスタンダードな手法として運用されています。BL40B2ではさらにカラム溶出後にUV/VIS検出器とともに示差屈折率検出器(屈折率計)を配置し、UV/VIS領域に吸収のない試料においても、溶出タイミングをモニターしながら、溶液散乱測定が可能となる見込みです。
2.3. BL47XU
BL47XUはマイクロトモグラフィー(X線CT)実験装置が常設されていますが、実験ハッチ2をオープンスペースとして、各種持ち込み装置、あるいはBL47XU付属装置を設置して行う実験にも対応しています。2021年度に、床改修と装置搬入路のフラット化を実施し(図6)、2022A期から持ち込み装置の設置が容易になりました。蛍光X線ホログラフィーやX線異常散乱複合計測装置などが持ち込まれ利用されています。
装置の持ち込みにあたっては、課題申請前にビームライン担当者と相談いただくようお願いします。
図6 実験ハッチ遮蔽扉フラット化(BL47XU EH2)。
3. 今後の展開
SPring-8のビームラインの再編が進む中、SAXS関連ビームラインについても、ユーザーコミュニティからのフィードバックをいただきながら、再編計画を策定しています。BL40XUは、2023年3月10日に開催されたSPRUC第5回BLsアップグレード検討ワークショップにおいて報告したように、ビームライン基幹部も含めた改修を行い、以降はSAXS専用ビームラインとして運用することが予定されています(2024年12月にビームライン閉鎖をし、2025B期からユーザー利用再開予定)。現状の高フラックスX線を利用したアクティビティを発展させつつ、アンジュレータ光を用いたスタンダードなSAXSおよびWAXS計測も可能とする予定です。また、SPring-8サイトで開発中の積分型X線検出器CITIUSを活用した高時間分解のSAXS・WAXS同時計測に加えて、マイクロビーム利用、X線光子相関分光法(X-ray Photon Correlation Spectroscopy:XPCS)や超小角X線散乱法(USAXS、カメラ長8 m程度)のシステム整備も計画されています。将来的には、SPring-8内の複数のビームラインに分散されていたSAXSのアクティビティの多くは、ハイスループット化、低ノイズ化を進めるBL40B2と改造後のBL40XUに集約されることとなります。
参考文献
[1] H. Iwamoto: Scientific Reports 7 (2017) 42272.
[2] H Sekiguchi et al.: Japanese Journal of Applied Physics 58 (2019) 120501.
[3] N. Yagi et al.: Journal of Instrumentation 10 (2015) T01002.
[4] 太田昇: SPring-8/SACLA利用者情報誌 27 (2022) 280.
(公財)高輝度光科学研究センター
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