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Volume 28, No.2 Pages 104 - 107

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

In situ XAFSと質量分析の同時測定による金-アミノ酸錯体からの担持金ナノ粒子生成過程の解析
Studies on Formation Process of Supported Au Nanoparticles from Au–Amino Acid Complex by Combination of in situ Au LIII-edge XAFS and Mass Spectroscopy

村山 美乃 MURAYAMA Haruno

九州大学 大学院理学研究院 化学部門 Faculty of Science, Kyushu University

Abstract
 日本酒の劣化臭の原因となる硫黄化合物、1,3-ジメチルトリスルファン(DMTS)を選択的に除去するシリカ担持金ナノ粒子吸着剤の調製法として、種々のアミノ酸を配位子とした金錯体を合成し、これを前駆体とした含浸法を用いた。これまで報告してきた金-β-アラニン錯体よりも、空気中での安定性が高く、取り扱いが容易な金―トリプトファン錯体を前駆体とした際の焼成過程において、in situ Au LIII-edge XAFSと質量分析を同時測定し、焼成ガス雰囲気、焼成温度などの調製条件を最適化した。空気下焼成では、金錯体の還元に350°C、また配位子の分解除去に400°C以上を必要としたが、水素/窒素混合ガス下とすると、300°C以下で金錯体の還元、分解が完了した。得られた金粒子径は1.7 nm ± 0.6 nmとなり、粒子径増大の抑制と配位子分解除去の両方が達成されたことで、高いDMTS吸着性能を得ることができた。
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SPring-8

 

1. はじめに
 ナノテクノロジーの進化によって、貴金属ナノ粒子の特性が様々に応用されている。著者らはこれまでに、日本酒の品質保持に役立つ技術としてシリカ担持金ナノ粒子による劣化臭の選択的吸着除去を報告してきた[1, 2][1] H. Murayama et al.: Sci. Rep. 8 (2018) 16064.
[2] 磯谷敦子、村山美乃他:日本醸造協会誌 114 (2019) 779-786.
。火入れによって発酵を止めた日本酒を貯蔵する際に、老香(ひねか)という劣化臭が発生することがある。その原因物質は、含硫黄アミノ酸などから生成する1,3-ジメチルトリスルファン(DMTS)であることが明らかにされている[3, 4][3] 磯谷敦子、宇都宮仁他:日本醸造協会誌 101 (2006) 125-131.
[4] 宇都宮仁、磯谷敦子他:日本醸造協会誌 105 (2010) 106-115.
。DMTSの検知閾値は非常に低濃度であるため、わずかでもDMTSが生成すると日本酒中の良い香り(吟醸香)は感じられなくなってしまい、日本酒の品質を大きく損なってしまうという課題があった。そこで、吟醸香に寄与するエステル類の濃度はそのままに、DMTSなどの硫黄化合物を選択的に除去する吸着剤としてシリカ担持金ナノ粒子を開発した。
 吸着等温線による検討から、金ナノ粒子上へのDMTS吸着メカニズムはLangmuir式で解析でき、表面露出Au原子数/S原子数比 = 1/1の単分子層吸着であることがわかった[1, 5][1] H. Murayama et al.: Sci. Rep. 8 (2018) 16064.
[5] 村山美乃、徳永信他:放射光 33 (2020) 222-230.
。このことから、表面に露出した金原子数の割合が多い、つまり、粒子径のできるだけ小さい金ナノ粒子が、高い吸着性能を示すといえる。ところが、水溶性の金化合物として一般的に用いられる塩化金酸を前駆体に用い、シリカ上に金ナノ粒子を含浸法によって固定化しようとすると、塩化物イオンの影響により金原子の凝集が促進されてしまい、粒子径が大きくなってしまうことが知られている[6][6] M. Haruta et al.: J. Catal. 144 (1993) 175-192.。これに対し、著者らは塩化金酸に代わる塩化物イオンフリーで水溶性の高い金前駆体として、アミノ酸を配位子とした金錯体(金-アミノ酸錯体)を新たに合成した。アミノ酸としてβ-アラニン(β-ala)を用いた金-β-アラニン(Au–β-ala)錯体からは、空気下での300°C焼成によって、シリカ上に2.8 nm ± 0.8 nmという微小な金ナノ粒子を固定化できることを報告した[7][7] H. Murayama et al.: J. Catal. 353 (2017) 74-80.。さらに、金-アミノ酸錯体では種々の天然アミノ酸を配位子とすることが可能であり、特にトリプトファン(Trp)を配位子としたAu–Trp錯体は空気中での安定性が高く、取り扱いが容易という点で優れていた。そこで、本研究ではAu LIII-edge X線吸収微細構造(XAFS)と質量分析の同時測定により、Au–Trp錯体を前駆体としたシリカ担持金ナノ粒子調製条件を最適化した。

 

 

2. 実験方法
 既報[7][7] H. Murayama et al.: J. Catal. 353 (2017) 74-80.に従い、所定量のアミノ酸と塩化金酸のエタノール水溶液を塩基性条件下で混合し、冷凍庫に静置して得られた沈殿をろ過、洗浄することで、金-アミノ酸錯体を合成した。金-アミノ酸錯体を少量の水に再溶解させて、担持量1 wt%でシリカ(CARiACT Q-15、富士シリシア化学製)に含浸し、Au LIII-edge透過法XAFS測定試料とした。所定量の測定試料をin situ測定用ガラスセルにセットして、ガス流通下で室温から昇温速度50°C/minで500°Cまで昇温し、さらに30分間、500°Cを保持して焼成した。
 Au LIII-edge XAFS測定は、SPring-8 BL14B2にてSi 311二結晶モノクロメータを用い、クイックスキャンにより1スペクトルの測定時間を約3.5分とした。
 XAFSスペクトルの解析には、Athenaを用いた。また、in situ測定用ガラスセルの下流にBL14B2所有の四重極質量分析計を接続し、金-アミノ酸錯体の分解、還元によって気相中に生成するNH3、H2O、CO2のフラグメントとして、m/z = 17, 18, 44をXAFSと同時に測定した。測定装置の全体像を図1に示す。

 

図1 SPring-8 BL14B2でのin situ透過法XAFSと質量分析同時測定装置の概観。

 

 

3. 結果と考察
 合成したAu–β-ala錯体の構造については、Au LIII-edge XAFSスペクトルのカーブフィッティング解析と熱重量・示差熱(TG-DTA)パターンの解析から3価Auを中心として2座配位したβ-アラニン1分子とヒドロキシ基2分子からなる平面4配位構造と報告している[7][7] H. Murayama et al.: J. Catal. 353 (2017) 74-80.。図2 (a)に示す通りAu–β-ala錯体のXANESスペクトルでは、Au2O3と同程度に鋭いホワイトラインが観測されていたが、Au–Trp錯体ではホワイトライン強度が小さくなっており、3価Auと1価Auの混合状態であることが示唆された。また、Au–β-ala錯体とAu–Trp錯体でEXAFS振動(図2 (b))の周期はほぼ一致していたが、動径構造関数(図2 (c))で0.1 nmから0.2 nmに観測されたAu–O配位に帰属されるピーク強度は、Au–Trp錯体の方が弱く、このことからもAu–Trp錯体には3価Auの平面4配位構造だけでなく、1価Auを中心とした直線2配位構造が含まれると推察される。

 

図2 (a)Au LIII-edge XANESスペクトル、(b)EXAFS振動、(c)動径構造関数。一点破線(青);Au-Trp錯体、実線(緑);Au-β-ala錯体、破線(黒);Au2O3

 

 

 次に、シリカに含浸したAu–Trp錯体を空気下で300°C焼成したところ、粉末X線回折でAu (111)面に由来するピークが観測された。この回折ピークにシェラー式を適用し、結晶子サイズを算出したところ、3.4 nmの金ナノ粒子がシリカに担持されていた。しかし、このシリカ担持金ナノ粒子は、Au–β-ala錯体から調製した場合と比較して、DMTS吸着量が約50%も少なく、粒子径から見積もられる表面露出Au原子数だけでは、説明できない吸着を阻害する要因があると考えられた。そこで、図3に示すように同時測定したAu LIII-edge XAFSと質量分析の結果と実験室で測定したTGデータにより、空気焼成中におけるAu–Trp錯体の分解・還元挙動を検討した。まず、昇温開始から200°Cまでにみられた約10%の重量減少は、m/z = 18が同時に観測されたことから、試料に含まれた水分が除去されたことに由来しているとみられる(図3 (a))。次に、200°Cから400°Cにかけて、3段階の大きな重量減少があり、m/z = 18, 44が同時に観測された。また、試料のXANESスペクトルがAu foilと同じスペクトルとなった温度を還元温度として解析したところ、Au–Trp錯体の還元温度は350°Cであり、Au–β-ala錯体の還元温度よりも130°Cも高温であることがわかった(図3 (b))。さらに、400°Cから500°Cにもm/z = 44の大きなピークが観測され、Au–Trp錯体の還元完了後にも配位子の分解に由来するCO2生成があると考えられる。

 

図3 シリカに含浸したAu–Trp錯体の空気焼成下における、(a)TGと質量分析、(b)in situ Au LIII-edge XANESスペクトル。

 

 

 これらの検討結果より、Au–Trp錯体は空気下300°C焼成では還元が不十分で、一部は0価金ナノ粒子となっていなかったこと、金ナノ粒子の近傍に未分解の配位子が残存していることが推察された。すなわち、DMTSが吸着する0価金ナノ粒子の割合が仕込み量よりも少なかったこと、残存している配位子がDMTS吸着サイトを被覆してしまっていたことが、Au–β-ala錯体から調製した場合と比較して、DMTS吸着量が約50%も少ない原因と思われた。
 そこで、Au–Trp錯体の還元を促進させるため、水素/窒素混合ガス雰囲気下で焼成し、シリカ担持金ナノ粒子を調製した。空気下の場合と同様にAu LIII- edge XAFSと質量分析を同時測定したところ、試料のXANESスペクトルは245°CでAu foilと同じスペクトルになり、大幅に還元温度を下げることができた(図4(b))。また、質量分析ではm/z = 18, 44どちらのピークも約300°C以下にあり、配位子の分解も促進されたことがわかった(図4(a))。本法で調製されたシリカ上の金粒子径は、透過電子顕微鏡観察より1.7 nm ± 0.6 nmであった。表面露出Au原子数の割合は約60%と見積もられ、表面露出Au原子の割合が約40%であった従来の吸着剤のよりも高い吸着性能が実現された。

 

図4 シリカに含浸したAu–Trp錯体の水素/窒素混合ガス雰囲気下での焼成における、(a)質量分析、(b)in situ Au LIII-edge XANESスペクトル。

 

 

4. まとめと今後の展望
 金は、室温付近でも0価が最安定であるため、空気下で加熱するだけで還元され、金属ナノ粒子が得られる。そのため、一般的な金属種の還元のように水素ガス下で昇温反応して還元温度を測定する手法(H2-TPR)などの適用例は多くない。また、電子顕微鏡観察などで、ナノ粒子の形成がみられたとしても、すべての金が還元されているとは限らず、著者らの研究でもN-ヘテロサイクリックカルベンが配位した金錯体で、同様に部分的な還元状態を観測したことがあった。本研究では、ガス流通下での焼成過程において、in situ XAFSと質量分析を同時測定し、金-アミノ酸錯体の還元・分解挙動を明らかにすることができた。
 最近、シリカ担持金ナノ粒子はDMTSに限らず、様々な硫黄化合物を吸着することがわかってきている。例えば、本格焼酎には日本酒の数10倍、数100倍の濃度で、数種類の有機硫黄化合物が含まれており、これらの匂いが原因で苦手に感じる人も多いとみられる。シリカ担持金ナノ粒子は、本格焼酎中の硫黄化合物も選択的に吸着除去することができ、よい香りに寄与するフェネチルアルコール(バラのような香り)やリナロール(ラベンダーやベルガモットのような香り)の濃度は変化させないという結果も得られている。この場合には、もとから含まれている硫黄濃度が高いために、1–2分間でわずかに吸着除去するだけで、誰でもすぐに気づくほどに劇的な香りの変化が感じられる。
 今後、日本酒の品質保持への貢献や新しい香りの酒類の開発などへの利用を目指して、実用化に向けた検討も進めていきたいと考えている。本技術を実用化し製品とするまでには、まだいくつかの課題があるが、そのひとつに金の価格(2023年4月の相場で約9,500円/g)が挙げられ、吸着剤の原価の約75%を占めている。一般的に活性炭などの吸着剤は使用後には廃棄されるが、シリカ担持金ナノ粒子は、ろ過分離して、空気下で焼成すると吸着能を復活することができる[2][2] 磯谷敦子、村山美乃他:日本醸造協会誌 114 (2019) 779-786.。また、焼成による再利用を繰り返すと徐々に粒子径が増大して、飽和吸着量が低下してしまうが、吸着剤から金を抽出して、塩化金酸へと再生する工程を試薬メーカーに委託し、金をリサイクルすることも検討している。次に、吸着剤調製のスケールアップも段階的に進めてきており、研究初期には吸着剤は1回に1 gずつ調製していたが、焼成炉の設計、製作などの試行錯誤を経て、現在では1回に100 gを調製することができるようになった。最後に、食品を対象とする法令等への対応についても、税務署や保健所へ問い合わせて準備を進めている。数年後には吸着処理したお酒で乾杯できるよう、これらの課題をひとつずつクリアしていきたい。

 

 

謝辞
 SPring-8における実験は、BL14B2(課題番号:2019A1800、2020A1638、2020A1769)において実施されました。
 本研究は科研費(19K05214)、公益財団法人 日本食品化学研究振興財団、豊田理研スカラー、公益財団法人 池谷科学技術振興財団の助成を受けたものです。
 最後に、九州大学 徳永信教授、公益財団法人高輝度光科学研究センター 本間徹生博士、東京都立大学 石田玉青准教授、独立行政法人 酒類総合研究所 磯谷敦子博士、九州大学理学府 高木真由氏をはじめとした共同研究者のみなさまに感謝いたします。

 

 

 

参考文献
[1] H. Murayama et al.: Sci. Rep. 8 (2018) 16064.
[2] 磯谷敦子、村山美乃他:日本醸造協会誌 114 (2019) 779-786.
[3] 磯谷敦子、宇都宮仁他:日本醸造協会誌 101 (2006) 125-131.
[4] 宇都宮仁、磯谷敦子他:日本醸造協会誌 105 (2010) 106-115.
[5] 村山美乃、徳永信他:放射光 33 (2020) 222-230.
[6] M. Haruta et al.: J. Catal. 144 (1993) 175-192.
[7] H. Murayama et al.: J. Catal. 353 (2017) 74-80.

 

 

 

村山 美乃 MURAYAMA Haruno
九州大学 大学院理学研究院 化学部門
〒819-0367 福岡市西区元岡744
TEL : 092-802-4141
e-mail : haruno9@chem.kyushu-univ.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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