Volume 28, No.2 Pages 139 - 143
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
長期利用課題報告4
ミリ秒時間分解能マルチビーム4DX線トモグラフィの開発とその応用
Development and Application of Millisecond Temporal-Resolution Multibeam 4D X-ray Tomography
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター/東北大学 多元物質科学研究所/東京大学 大学院工学系研究科 International Center for Synchrotron Radiation Innovation Smart (SRIS), Tohoku University / Institute of Multidisciplinary Research for Advanced Materials (IMRAM), Tohoku University / School of Engineering, the University of Tokyo
- Abstract
- ミリ秒オーダー時間分解能、10 μmオーダーの空間分解能の時空間領域は、ニーズにマッチしているにもかかわらず、これまで未開拓の領域であった。本稿では、我々が最近開発した放射光マルチビーム光学系による試料回転なしミリ秒時間分解能X線CTの現状について紹介する。SPring-8 BL28B2の偏向電磁石から生じる白色放射光用に開発したπ偏光型マルチビーム光学系により、時間分解能0.5 msの4DX線CTの原理実証に成功した。σ偏光型のマルチビーム光学系についても開発を進めた結果、マイクロ秒オーダーのマルチビームCTやXAFS CTも視野に入ってきた。本稿の技術の応用は多岐にわたり、材料破壊、液体や粘弾性体の挙動、昆虫などの生きた生物(バイオミメティクス)、機械加工、摩耗・摩擦など、学術研究から産業応用まで様々な展開が期待されている。
1. はじめに
非平衡系の内部には様々な未知の高速現象が存在すると考えられる。我々は、X線のマルチビーム化と最先端のデータサイエンス技術により、試料を回転することなく、前人未踏のmsオーダーの時間分解能、10 μmの空間分解能の4D(3D+時間)X線CTを実現するための基盤技術の確立、およびその応用展開を目指してきた。将来的には、生きた生物内部の現象や材料の破壊過程など、繰り返しが不可能な非平衡系のダイナミクスをそのまま観察できるという特長を活かして、生命・材料科学における新規現象の発見から、材料開発や動的バイオミメティクスなどへの応用まで、基礎研究から新規イノベーション創出に至る広い分野に応用展開できると期待している。
図1は、試料内部を三次元的に非破壊で可視化する技術の時間分解能・空間分解能と、最近、我々が開拓に成功した領域を示している[1][1] W. Yashiro, W. Voegeli and H. Kudo: Appl. Sci. 11 (2021) 8868.。新たに開拓した時空間領域はブルーオーシャンで、かつ学術・産業応用上極めてニーズの高い領域にあるが、我々の最近の研究・開発により、将来的にはさらに1~100 μs時間分解能(時間分解能を犠牲にすれば、サブμm空間分解能)の試料回転なし4DX線CTの実現可能性もみえてきており、さらなるフロンティア開拓の可能性が拓けた。
図1 試料内部を三次元的に非破壊で可視化する技術の時間分解能・空間分解能と、我々が開拓した領域[1][1] W. Yashiro, W. Voegeli and H. Kudo: Appl. Sci. 11 (2021) 8868.。
2. π偏光型マルチビーム光学系
我々はこれまで、SPring-8 BL28B2の偏向電磁石からの白色放射光を用いて、ミリ秒オーダーの時間分解能、数10 μm程度の空間分解能の試料高速回転X線CTの開発を進めてきた[2-6][2] W. Yashiro, D. Noda and K. Kajiwara: Appl. Phys. Express 10 (2017) 052501.
[3] W. Yashiro, C. Kamezawa, D. Noda and K. Kajiwara: Appl. Phys. Express 11 (2018) 122501.
[4] W. Yashiro, R. Ueda, K. Kajiwara, D. Noda and H. Kudo: Jpn. J. Appl. Phys. 56 (2017) 112503.
[5] R. Mashita, W. Yashiro, D. Kaneko, Y. Bito and H. Kishimoto: J. Synchrotron Rad. 28 (2021) 322.
[6] https://www.youtube.com/watch?v=4D2RLSmY0kg。しかしながら、例えば1 msの時間分解能でのX線CTを実現するには、試料を30,000 rpmで高速回転する必要がある。そのため、試料まわりの環境制御が困難であったり、流動性のある試料には適用できなかったり、といった問題があった。そこで、試料を回転することなく、X線CTを実現する方法として、図2に示すような放射光をマルチビーム化する方法を考案した[7, 8][7] W. Voegeli, K. Kajiwara, H. Kudo, T. Shirasawa, X. Liang and W. Yashiro: Optica 7 (2020) 514.
[8] W. Yashiro, W. Voegeli, T. Wada, H. Kato and K. Kajiwara: Jpn. J. Appl. Phys. 59 (2020) 092001.。この光学系(以下では「π偏光型」と呼ぶ)は、偏向電磁石からの横長の白色放射光を有効利用したもので、三段型にすることにより、±70°の投影方向をカバーできる(投影数は30強)。さらに、各ビームの投影像を同時に取得するため、有効画素サイズ10 μmのマルチビームX線画像検出器[9][9] T. Shirasawa, X. Liang, W. Voegeli, E. Arakawa, K. Kajiwara and W. Yashiro: Appl. Phys. Express 13 (2020) 077002.系を構築し(図3)、露光時間0.5 msで、試料を回転することなく4DX線CTが可能であることを実証した[10][10] W. Yashiro, X. Liang, W. Voegeli, E. Arakawa, T. Shirasawa, K. Kajiwara, K. Fujii, K. Hashimoto and H. Kudo: J. Phys.: Conf. Ser. 2380 (2022) 012121.(図4)。
図2 π偏光型マルチビーム光学素子の原理(左)、写真(中)、および直径50 μmタングステンワイヤーによるCT再構成原理実証(右)[7][7] W. Voegeli, K. Kajiwara, H. Kudo, T. Shirasawa, X. Liang and W. Yashiro: Optica 7 (2020) 514.。
図3 可搬型のレンズカップリング系のデザイン(上)[9][9] T. Shirasawa, X. Liang, W. Voegeli, E. Arakawa, K. Kajiwara and W. Yashiro: Appl. Phys. Express 13 (2020) 077002.と、SPring-8 BL28B2のエンドステーションに構築したマルチビーム画像検出光学系の写真(下)。
図4 画素サイズ10 μm、時間分解能0.5 msで4DX線CTの原理実証に成功した結果の例(直径50 μmタングステンワイヤーを曲げている様子;200 msおきの3D再構成画像)。
図5は、この光学系を用いた応用研究の例を示している。図5左図はπ偏光型マルチビーム光学系の試料位置に合わせて、引張破壊試験器を組み込んだ際の写真である。図5右上図に試料位置の拡大写真を示す。試料はタイヤゴムとした。タイヤゴムについては、試料高速回転X線CTにより、10 msの時間分解能で引張破壊過程の4DX線CT撮影にすでに成功していたが[5, 6][5] R. Mashita, W. Yashiro, D. Kaneko, Y. Bito and H. Kishimoto: J. Synchrotron Rad. 28 (2021) 322.
[6] https://www.youtube.com/watch?v=4D2RLSmY0kg、回転速度をさらに速くすると、遠心力により試料が変形してしまい、CT再構成が困難になることが分かっている。マルチビーム光学系では、試料を回転する必要がないため、さらに高時間分解能で4DX線CTが可能である。図5右下図は、時間分解能8 msで引張破壊過程において発生したボイドを捉えた結果であり、試料高速回転X線CTよりも高い時間分解能で4DX線CTが実現できることが実証された。
図5 開発した引張圧縮試験機をπ偏光型マルチビーム光学系に導入した写真(左)、試料(タイヤゴム)部分の拡大写真(右上)、およびタイヤゴムの引張破壊の過程で発生したボイドのCT再構成像(右下)。
3. σ偏光型マルチビーム光学系
SPring-8 BL28B2に構築したマルチビーム光学系は、横長のビームを複数に分けて、水平面内において多くの方向から試料の投影像を撮影する配置であった。各ビームの生成には単結晶のBragg反射を利用したが、入射ビームは水平偏光であるため(π偏光反射であるため)、散乱角が90°に近くなると、反射強度がゼロに近づいてしまうという問題があった。σ偏光反射(散乱面が偏光方向に垂直な反射)であれば、散乱角90°近くの反射ビームも使用できる。我々は、そのようなσ偏光型のマルチビーム光学系の開発も行った[11][11] W. Voegeli, X. Liang, T. Shirasawa, E. Arakawa, K. Kajiwara, K. Hyodo, H. Kudo and W. Yashiro: J. Phys.: Conf. Ser. 2380 (2022) 012063.。
図6上図は開発したσ偏向型マルチビーム光学系の写真である。写真の上下方向に長いビームに対して、スキュー反射を利用しているため、正確にはほぼσ偏光反射であるが、この光学系の実現可能性についてSPring-8 BL28B2の白色放射光でテストした。その際、BL28B2でσ偏光型光学系を構成するには、鉛直面内にX線画像検出器を配置する必要があるため、コストの問題が発生した。そのため、CT再構成の原理実証だけは、鉛直偏光の白色放射光が利用可能であるPhoton FactoryのBL-14Cの縦型ウィグラーを用いて行った。図6下図は、図2、図4と同じ直径50 μmのタングステンワイヤーのCT再構成結果であり(撮影時間1 ms)、左は従来から広く用いられてきたFiltered BackProjection(FBP)法、右は異常値検知CT再構成法による再構成結果である。σ偏光型では、試料まわりがπ偏光型にくらべて5~10倍程度広く確保できるメリットがあり、コストの問題が解決できれば、SPring-8 BL28B2の高輝度白色放射光を用いてさらにS/Nの高い実験ができると期待される。
図6 白色放射光用σ偏光型マルチビーム光学素子の写真[11][11] W. Voegeli, X. Liang, T. Shirasawa, E. Arakawa, K. Kajiwara, K. Hyodo, H. Kudo and W. Yashiro: J. Phys.: Conf. Ser. 2380 (2022) 012063.(上)と、この光学系により取得されたCT再構成結果(下)(試料:直径50 μmタングステンワイヤー)。下図左は、古典的なFiltered BackProjection(FBP)法による再構成結果、下図右はABD-CT法(Abnormal Data Detected(異常データ検知)CT再構成法)による再構成結果。
4. まとめ
図7は、高速X線CTの時間分解能・空間分解能の国内外グループの成果との比較を示している。我々が国際的にも突出していることが分かる。本研究で開発した方法のハイスループット性は、マテリアルズ・インフォマティクス(MI)などとの整合性も高いことから、非平衡系MIなど、学術・産業界に様々な形で波及していくと期待される。
図7 高速X線CTの時間・空間分解能の国内外他グループとの比較(青マーカー:本グループ、赤マーカー:他グループ)。
本稿では、偏向電磁石からの横長の白色放射光ビームなどのためのマルチビーム光学系について紹介したが、結晶をタンデムに数多く並べるアンジュレータ準単色(±100 eV以内)ビーム用のマルチビーム光学系も開発できており[12][12] 特許(出願)EP21200564.9.、CT再構成の原理実証にも成功している。タンデム型は、European XFEL用のマルチビーム光学系により1 μs時間分解能の実現を目指すHorizon Europeプロジェクト(2022年6月~)にも接続しており[13][13] https://tomoscopy.eu/、さらなる開拓領域もみえてきた。マルチビーム光学系の各ビームのエネルギーが異なることを積極的に利用するCT再構成アルゴリズムも開発が進んでいる。我々が開発したマルチビーム系で試料を回転すれば、マルチエネルギーCTが可能であるが[14][14] W. Voegeli, T. Shirasawa, E. Arakawa, K. Kajiwara, X. Liang and W. Yashiro: Jpn. J. Appl. Phys. 61 (2022) 098002.、ワンショットで試料を回転することなく各ビームのエネルギーに対応するCT再構成画像を取得するアルゴリズムも開発済みで、組成ごとのCT再構成画像を取得することも可能になっている。このアルゴリズムをアンジュレータ準単色ビーム用のマルチビーム光学系に用いれば、ワンショットXAFS CTの実現も期待される。本稿で紹介したマルチビームCTの応用については、材料破壊、液体や粘弾性体の挙動、昆虫などの生きた生物(バイオミメティクス)、機械加工、摩耗・摩擦など、多岐にわたり、学術研究から産業応用まで様々な展開が期待されている。
謝辞
本研究はJST CREST(JPMJCR1765)、住友ゴム工業株式会社、科学研究費補助金(15H03590、21H04530)の支援により実施されました。特に、JST CREST「計測技術と高度情報処理の融合によるインテリジェント計測・解析手法の開発と応用」領域では、雨宮慶幸研究総括((公財)高輝度光科学研究センター理事長、東京大学名誉教授)、北川源四郎副研究総括、さらには西野吉則アドバイザー、故高尾正敏アドバイザー、その他の皆さまから数々の貴重なご助言を賜りました。実験はSPring-8 BL28B2で実施しました(長期利用課題:2020A0176)。共同実験者である東北大学の梁暁宇助教、虻川匡司教授、東京学芸大学のヴォルフガング・フォグリ准教授、荒川悦雄教授、(国)産業技術総合研究所の白澤徹郎博士、住友ゴム工業株式会社の間下亮博士、(公財)高輝度光科学研究センターの梶原堅太郎博士、その他スタッフ・学生の皆様には実験の現場でご協力いただきました。不完全投影データCT再構成については筑波大学の工藤博幸教授、藤井克哉博士、橋本康博士(現東北大学ナレッジキャスト株式会社)にご協力いただきました。この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
参考文献
[1] W. Yashiro, W. Voegeli and H. Kudo: Appl. Sci. 11 (2021) 8868.
[2] W. Yashiro, D. Noda and K. Kajiwara: Appl. Phys. Express 10 (2017) 052501.
[3] W. Yashiro, C. Kamezawa, D. Noda and K. Kajiwara: Appl. Phys. Express 11 (2018) 122501.
[4] W. Yashiro, R. Ueda, K. Kajiwara, D. Noda and H. Kudo: Jpn. J. Appl. Phys. 56 (2017) 112503.
[5] R. Mashita, W. Yashiro, D. Kaneko, Y. Bito and H. Kishimoto: J. Synchrotron Rad. 28 (2021) 322.
[6] https://www.youtube.com/watch?v=4D2RLSmY0kg
[7] W. Voegeli, K. Kajiwara, H. Kudo, T. Shirasawa, X. Liang and W. Yashiro: Optica 7 (2020) 514.
[8] W. Yashiro, W. Voegeli, T. Wada, H. Kato and K. Kajiwara: Jpn. J. Appl. Phys. 59 (2020) 092001.
[9] T. Shirasawa, X. Liang, W. Voegeli, E. Arakawa, K. Kajiwara and W. Yashiro: Appl. Phys. Express 13 (2020) 077002.
[10] W. Yashiro, X. Liang, W. Voegeli, E. Arakawa, T. Shirasawa, K. Kajiwara, K. Fujii, K. Hashimoto and H. Kudo: J. Phys.: Conf. Ser. 2380 (2022) 012121.
[11] W. Voegeli, X. Liang, T. Shirasawa, E. Arakawa, K. Kajiwara, K. Hyodo, H. Kudo and W. Yashiro: J. Phys.: Conf. Ser. 2380 (2022) 012063.
[12] 特許(出願)EP21200564.9.
[13] https://tomoscopy.eu/
[14] W. Voegeli, T. Shirasawa, E. Arakawa, K. Kajiwara, X. Liang and W. Yashiro: Jpn. J. Appl. Phys. 61 (2022) 098002.
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
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