Volume 28, No.1 Pages 12 - 18
1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH
2017年度指定パートナーユーザー活動報告
強相関電子系における量子臨界現象解明のための共鳴硬X線光電子分光および蛍光収量X線吸収分光の複合計測技術の構築
Construction of Composite Measurement Technology of Resonant Hard X-Ray Photoemission and Fluorescence Yield X-ray Absorption Spectroscopies, for Elucidating Quantum Critical Phenomena of Strongly Correlated Electron System
[1]大阪公立大学 大学院工学研究科 Graduate School of Engineering, Osaka Metropolitan University、[2](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室 Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[3](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[4](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[5]名古屋大学 未来材料・システム研究所 Institute of Materials and Systems for Sustainability, Nagoya University、[6]広島大学 放射光科学研究センター Hiroshima Synchrotron Radiation Center, Hiroshima University、[7]九州大学 理学研究院 Graduate School of Science, Kyushu University、[8]名古屋工業大学 大学院工学研究科 Graduate School of Engineering, Nagoya Institute of Technology
(1)
指定時PU課題番号/ビームライン | 2017A0071/BL09XU | |||||||
PU氏名(所属) | 三村 功次郎(大阪公立大学) | |||||||
研究テーマ | 強相関電子系における量子臨界現象解明のための共鳴硬X線光電子分光および蛍光収量X線吸収分光の複合計測技術の構築 | |||||||
高度化 | 共鳴硬X線光電子分光計測技術の基盤開発 | |||||||
利用研究支援 | 当該装置を用いた利用実験の支援 | |||||||
利用期 | 17A | 17B | 18A | 18B | 19A | 19B | 20A | 合計 |
PU課題実施シフト数 | 41.875 | 47.375 | 44.125 | 47.75 | 23.875 | 35.375 | 45 | 285.375 |
支援課題数 | 1 | 2 | 5 | 6 | 8 | 7 | 9 | 38 |
(2)PU活動概要
1. はじめに
硬X線光電子分光(HAXPES)は、元素選択的かつバルク敏感な電子状態の情報が取得できるため、広範な物質系において電子状態研究の強力な実験手法となっている。我々は、HAXPESをさらに深化・発展させた共鳴HAXPES計測技術の開発を行った。加えて、蛍光収量によるX線吸収分光(XAS)との複合計測化を達成した。共鳴HAXPESは、HAXPESを内殻吸収端近傍で励起エネルギーを掃引することで、光電子放出過程に対する共鳴効果を観測できる強力な実験手法であり、例えば、希土類5d-4f電子間のクーロン相互作用[1][1] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 186403.を実験的に評価することが可能となる。これにより、希土類化合物の価数揺らぎに起因した非従来型超伝導や非フェルミ液体など、新奇量子臨界現象の理解において重要なパラメータを実験的に直接評価することができる。しかし共鳴HAXPESは、実験的・解析的な困難さから2000年に報告[2][2] H. Ogasawara et al.: Phys. Rev. B 62 (2000) 7970.があった以外には例がない状況であった。本報告では、我々パートナーユーザー(PU)が実施した共鳴HAXPES計測の開発状況と計測例を紹介し、他の試料系への応用を含め、今後の展望について述べる。
2. 高度化への協力
ID、二結晶分光器、チャンネルカット分光器からなる光学系と電子エネルギー分析器(Scienta Omicron社R4000)との同期制御技術の開発を行った。同社の"SESWrapper"ライブラリとLabVIEWソフトウエアのマッチングを取ることにより、光学系のエネルギー掃引と電子エネルギー分析器の光電子検出を一体化させた共鳴HAXPESスペクトル計測の完全自動化を達成した。
共鳴HAXPESスペクトルの自動計測化に加えて、測定シーケンスファイルを作成するマクロを作成した。このマクロは、励起エネルギー、内殻スペクトルの測定運動エネルギー範囲、測定回数などの情報を容易にライブラリ化でき、同一励起エネルギーにおいて共鳴HAXPES、共鳴Auger計測が混在する状況にも対応できる仕様になっている。これにより、測定メニューを手入力する場合と比較して、スペクトル計測までの時間の大幅な短縮化や、入力ミスによる実験トラブルの回避ができるようになった。本マクロによるユーザビリティーの向上は、実際に利用したユーザーから高評価を受けており、新規ユーザーを呼びこむ際の障壁の緩和につながっている。
従来の高分解能チャンネルカット結晶(ギャップサイズが~40 mmと広い)は、エネルギー掃引に伴う試料上でのビーム照射位置の変化(高さ変動)により光電子捕集効率が大きく変動し、共鳴HAXPESスペクトルの励起エネルギー依存性を正確に観測することが困難であった。我々はこの問題を、ギャップサイズ5 mmのSi 333および3 mmのSi 311チャンネルカット結晶を組み込むことで解決した(図1)。例えば、ギャップサイズ3 mmのSi 311チャンネルカット結晶を用いて7100-7200 eVのエネルギー掃引を行う場合、高さ変動はわずか27 μmである。さらに、K-B縦集光ミラーの集光特性(1/30)により、100 eV掃引時の高さ変動は0.92 μmに抑えられる。以上により、4.91~12 keV領域において、特定の内殻元素吸収端の100 eVの範囲にわたって光電子捕集効率を損なうことなく共鳴HAXPESスペクトル計測が行える環境を整えた。これにより、大半の遷移金属元素や希土類元素に対して安定的に共鳴HAXPES計測が行えるようになった。
図1 共鳴HAXPESの開発技術要素の一つである励起エネルギー掃引に伴う焦点位置制御。
さらに我々PUは、2個のSi 311チャンネルカット結晶によるダブルチャンネルカット分光器(DCCM)機構のテストを実施した。BL09XU常設のK-B集光ミラーの高さ駆動範囲に限界があり、DCCM光を集光することができなかったため、実利用には至らなかったが、DCCMを利用したエネルギー掃引に関する知見など、BL09XUのビームライン改修に対してフィードバックできるデータを提供するに至った。
さらに、単素子X線検出器を光電子分光装置の測定槽に設置し、立ち上げ作業を行った。蛍光エネルギーのキャリブレーションおよび蛍光収量シグナルの飽和問題を解決できたことで、蛍光収量によるXASの観測が可能になった。加えて、K-B集光ミラーの下流側にカプトン散乱体を設置し、共鳴HAXPES計測中にリアルタイムで入射光強度(I0)モニタリングを可能にした。
また、共鳴HAXPESスペクトルの解析において問題となっていた、異なるエネルギー間での光電子放出強度の規格化方法について検討を行い、解決策を得た。様々な計測および解析を行った結果、I0による規格化に加えて、一連の共鳴HAXPESスペクトルのベースライン強度で規格化できることを突き止めた。そこで、GUIベースの解析用マクロを作成し、共鳴HAXPES計測中に解析ができる環境を構築した(図2)。このマクロは、データの読み込みからスペクトル強度の規格化、特定ピークの励起エネルギー依存性である定始状態(CIS)スペクトル描画までを瞬時に行うことができる。これによりユーザーは、正常な共鳴HAXPES計測ができているかをリアルタイムでチェック可能である。本高度化は、ユーザーが実験に集中できる環境を提供できることは勿論、生産性の向上という点においても非常に意義は高く、実際に本マクロを利用したユーザーから高評価を受けた。
図2 共鳴HAXPES解析マクロのフロントパネル。上部の各タブは、用途に応じて“共鳴HAXPESおよびI0のデータ読み込み・描画”、“スペクトルの規格化”、“CIS抽出”、“エネルギー校正”から構成されており、ユーザーは容易かつ迅速にその場解析を行うことができる。
我々PUの理論解析グループは、計算コードの提供に向けた整備を行った。これまで、HAXPES、XES、XASのスペクトル解析に対して実績があるコードについて公開に向けて再整備・パッケージ化を行い、さらに計算の高速化を目指したコードの見直しを行ってきた。GUIベースでパラメータセットからスペクトル描画ができるソフトウエアを構築し、現在、最終段階としてBL09XUにてコードを公開する準備を進めている。
以上のように、我々PUは、複合計測・解析と同時に理論計算までが一つのビームラインで完結する世界に類を見ない環境を構築した。
3. 研究成果
先に述べたように、希土類4f-5d電子間のクーロン斥力(Ufd)は、近年報告された価数揺らぎに起因した新奇量子臨界現象の鍵[1][1] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 186403.であり、その定量評価が急務である。そこでPUの利用実験では、高度化を行った共鳴HAXPES測定技術の実用化に向けて、種々の希土類化合物に対して希土類L3吸収領域で共鳴HAXPES計測を行った。測定データとその理論解析を通して決定された物理パラメータ(希土類4f - 伝導電子間の混成強度Vcf, 電荷移動エネルギーΔ, 特にUfd)が、希土類化合物の価数揺らぎ・価数転移、特に量子臨界現象の発現に如何に関与しているのか、その物理的描像の解明を目指した。以下、成果の内いくつかを解説する。
3.1. EuNi2(Si0.21Ge0.79)2の共鳴HAXPES
– 温度誘起価数転移におけるUfdの効果 –
EuNi2(Si0.21Ge0.79)2は、価数転移温度Tv = 84 Kで一次の温度誘起価数転移を示す[3][3] H. Wada et al.: J. Phys.: Condens. Matter 9 (1997) 7913.。価数揺らぎに起因する量子臨界現象を説明する理論によると、一次の価数転移は、Ufdの変化に伴い、系の状態がUfd-εf-Tからなる相図上の一次の価数転移面を通過することで生じる(εfは裸の4f準位、Tは温度)。そこで、EuNi2(Si0.21Ge0.79)2の温度誘起価数転移におけるUfdの効果を検証するため、Tv = 84 Kの上下2点(20 Kと130 K)でEu L3吸収領域の3d5/2内殻共鳴HAXPES計測を行った。図3に示すように、Eu2+およびEu3+ 3d5/2内殻成分は、明瞭な励起エネルギー依存性を示した。共鳴増大を視覚化するため、Eu2+およびEu3+ 3d5/2主ピークの光電子放出強度の励起エネルギー依存性であるCISスペクトルを抽出した。CISスペクトルは、Eu2+, Eu3+成分共に励起エネルギーに対してFano型の共鳴増大を示す。またEu2+, Eu3+ L3吸収端の違いに伴い、共鳴増大を示す励起エネルギーが異なることが確認された。このように、Eu化合物に対するEu L3共鳴HAXPESおよびCISスペクトルの観測に世界に先駆けて成功した。
図3 EuNi2(Si0.21Ge0.79)2に対するEu L3吸収領域の3d5/2内殻共鳴HAXPESスペクトルの温度変化。Eu2+, Eu3+成分からそれぞれCISスペクトルが抽出される。HAXPESの各成分の重心間のエネルギー差およびCIS閾値間のエネルギー差からUfdが実験的に決定される。
Vcfが弱い極限では、共鳴HAXPES中のEu2+, Eu3+状態の重心間のエネルギー差が|Δ – Ufc|、CISのEu2+, Eu3+間の閾値のエネルギー差が|Δ – Ufc + Ufd|の情報を与え、これらの差分からUfdを実験的に決定することができる(Ufcは内殻正孔ポテンシャル)。本研究では、EuNi2(Si0.21Ge0.79)2の転移温度前後におけるUfdを導出し、20 Kと130 Kにおいて、それぞれUfd = 2.18, 3.96 eVと、転移の高温相においてUfdが増大することを明らかにした。この結果は、低温相から高温相に向けてUfdが増大することで、一次転移の境界面を超えて価数状態が変化することを示唆しており、価数揺らぎに起因する量子臨界現象のモデルと矛盾しない。また、2価優勢である高温相でUfdが増大する事実は、Euサイトの5d電子は転移の前後でほとんど増減しておらず、Euの価数変化(電荷移動)の担い手は、主にNi, Si, Ge価電子であると示唆される。
3.2. YbInCu4の共鳴HAXPES
– 温度誘起価数転移におけるUfdの効果 –
YbInCu4は、Tv = 42 Kで一次の温度誘起価数転移を示すYb系の中でも珍しい化合物である[4][4] I. Felner and I. Nowik: Phys. Rev. B 33 (1986) 617.。YbInCu4に対してYb L3吸収領域でYb 3d共鳴HAXPES実験を行い、Tv = 42 Kをはさむ70 Kと20 KでYb2+, Yb3+ 3d5/2成分の明瞭な共鳴現象を観測することに成功した。得られたYb 3d共鳴HAXPESおよびCISスペクトルを不純物アンダーソン模型に基づいた解析により再現することで、高温相のUfd = 4.0 eVから低温相ではUfd = 3.0 eVとUfdが1.0 eV減少すること、すなわちUfdがYbInCu4の価数転移の駆動力であることを示唆する結果を得た。
3.3. YbRh2Si2, YbCu2Si2の共鳴HAXPES
– 臨界価数揺らぎにおけるUfd の効果 –
Yb系化合物の中でも価数揺らぎに起因した量子臨界点近傍に位置するとされるYbRh2Si2[5][5] O. Trovarelli et al.: Phys. Rev. Lett. 85 (2000) 626.および重い電子系であるYbCu2Si2[6][6] N. D. Dung et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 024712.に対して試料温度20 KでYb 3d5/2内殻共鳴HAXPES計測を行った。両試料のYb 3d共鳴HAXPESスペクトルから抽出されたYb2+, Yb3+ CISスペクトルは、Yb L3吸収領域において明瞭な共鳴増大を示す。Yb 3d共鳴HAXPES中のYb2+, Yb3+状態の重心間のエネルギー差およびCISのYb2+, Yb3+間の閾値のエネルギー差からUfdを実験的に評価したところ、YbRh2Si2のUfdはYbCu2Si2と比較して0.37 eV大きいことがわかった。YbCu2Si2とYbRh2Si2間のUfdの差は、価数揺らぎに起因した量子臨界現象を説明する拡張周期アンダーソン模型から予測される結果と矛盾しない。つまり、この結果は臨界価数揺らぎの理論におけるUfdの重要性を実験的に裏付けたものであると言える。
YbCu2Si2で注目すべき点は、Yb 3d5/2内殻スペクトルが共鳴増大を示すと同時に、価電子帯の4f成分が共鳴増大を示す点である。この事実は、L3吸収(Yb 2p3/2 → 5d吸収)過程において5d軌道へ吸収された電子と4f電子間で相互作用が働くことを示す決定的な証拠に他ならない。つまり、共鳴HAXPES計測技術が我々の予想通り希土類化合物のUfdを実験的に明らかにできることを示す結果であり、分光学的見地から見ても興味深い成果であると考える。
3.4. CeCu2Ge2, CeCu2Si2, CeRu2Si2の共鳴HAXPES
– 従来型の量子臨界現象におけるUfdの効果 –
以前から注目されていた磁気揺らぎに起因する量子臨界現象として議論されているCe化合物(CeCu2Ge2: 近藤温度TK~5 K[7, 8][7] F. R. de Boer et al.: J. Magn. Magn. Mater. 63&64 (1987) 91.
[8] D. Jaccard et al.: Phys. Lett. A 163 (1992) 475., CeCu2Si2: TK = 10 K[9, 10][9] F. Steglich et al.: Phys. Rev. Lett. 43 (1979) 1892.
[10] A. Severing et al.: Phys. Rev. B 39 (1989) 4164.およびCeRu2Si2: TK = 20 K[11][11] J. D. Thompson et al.: Solid State Commun. 56 (1985) 169.)におけるUfdの有用性を検証することを目的として、共鳴HAXPES実験を行った。共鳴HAXPESスペクトル計測は、試料温度20 K、入射X線のエネルギーをCe L3吸収端近傍(5695-5755 eV)として行った。
図4に示すようにCeCu2Ge2, CeCu2Si2, CeRu2Si2のCe 3dスペクトルは、4f0, 4f1, 4f2終状態に起因する3つの構造から構成される。各終状態の光電子放出強度の入射エネルギー依存性であるCISスペクトルには明瞭な共鳴増大が観測され、4f0および4f1 CISスペクトルのピーク位置には顕著な試料依存性が観測された。Eu, Yb化合物の共鳴HAXPESやCISと異なるのは、Ce化合物の場合は、4f0, 4f1, 4f2終状態に起因する共鳴構造が折り重なるため、単純な差分によるUfdの評価が困難な点である。そこで、Ce 3d共鳴HAXPESおよびCISスペクトルの入射エネルギー依存性を再現するため、不純物アンダーソン模型を基にした理論解析を行った。理論解析では、まず非共鳴のCe 3d HAXPESの再現を行い、従来の電子状態解析と同様に、TKが大きくなるにつれて、Vcfは大きくなり、裸の4f準位のエネルギー位置に等価である|Δ|が小さくなる傾向を得た。その上で、共鳴スペクトルの再現、すなわちUfdの導出を行った。図4(b)下段の計算スペクトルを見ると、全試料における4f0, 4f1, 4f2終状態の入射エネルギーに伴う共鳴増大は、Vcf、Δに加えてUfdを用いてよく説明されることがわかる。加えてUfdの値がCeCu2Ge2, CeCu2Si2, CeRu2Si2の順に小さくなることを見出した。このことは、従来の磁気揺らぎに起因する量子臨界現象を理解する場合においても、Ufdを考慮して議論を行うべきことを示唆しており、希土類化合物が示す量子臨界現象の理解に一石を投じるものであるといえる。
図4 (a) CeRu2Si2, CeCu2Si2, CeCu2Ge2のCe 3d共鳴HAXPESスペクトルの励起エネルギー依存性。(b) 共鳴HAXPES実験から得られたCISスペクトルおよび不純物模型に基づく解析から再現されたCISスペクトル。(c) c-f混成強度とUfdの関係。
4. ユーザー支援
PUは、本計測(共鳴HAXPES、共鳴Auger)に興味を持つユーザーと密に連絡をとり、課題申請を促した結果、各期に数件ずつの利用者からの相談があり、実際に新規での課題申請を行っていただいた。BL09XUは全体的に課題申請数が多いこともあり、全てが採択された訳ではない。しかし、図5に示すように着実に共鳴HAXPES関連の採択課題数は増加している。
図5 PU期間中における共鳴HAXPES課題数の推移。特にPU第2期の採択数が多いことがわかる。
我々PUが希土類化合物におけるUfdの評価を念頭に置いていることもあり、希土類化合物の電子状態研究を主とする研究者からの申請が多い状況にあった。その様な中でも、触媒、遷移金属5d系のエレクトロニクス材料、金属材料を主たる研究テーマとする研究者・企業からの課題申請が複数件あったことは、本共鳴計測の裾野を広げられたことに他ならない。
共鳴HAXPES、共鳴Augerスペクトルの自動計測については、試料の真空槽導入、測定シーケンスファイルの作成から自動計測までのマニュアル、測定したスペクトルの解析マニュアルを作成し、ビームラインのユーザビリティ向上に貢献した。特に本実験に慣れていないユーザーに対しては、実際に現地にて試料導入から測定・解析までの一連の指導を行った。現地指導について、PU代表が対応できない場合は、PU代表の所属研究室学生が対応した。これらの技術的支援により、ユーザー実験時の技術的障壁を下げることに成功した。
我々PUの理論解析グループによるスペクトル解析コードについては、提供までには至っていないが、公開に向けた整備が整ってきた状況である。PU課題期間後とはなるが、コードを公開することで十分な利用者支援ができることは間違いないと考えている。
5. 共鳴HAXPES計測の将来展望
本PU課題におけるBL09XUでの共鳴HAXPESの高度化を通して、希土類化合物が示す価数揺らぎによる量子臨界現象において重要な物理量であるUfdを定常的に評価できる環境が整えられた。共鳴HAXPESに関連した招待講演数が9件(国際2件、国内7件)、国際会議における受賞が3件を数えた点は、本計測が強相関電子系の分野において国内外で注目されて高く評価されていることを意味する。
BL09XUは2021A期にアップグレードが施され、DCCMが実装された。これまで以上に安定的な励起エネルギー掃引ができることで、より精度が高い共鳴HAXPESスペクトル計測が可能になった。これにより一層の共鳴HAXPESの成果創出が拡大することが期待される。例えば、遷移金属を含む光触媒に対する共鳴HAXPES計測は、助触媒と光触媒間の電荷移動を定量化できるため、触媒機構の機能解明や更なる高効率触媒の合成に繋がると期待される。また、遷移金属や希土類元素を含む機能性材料の機能解明に対しても、共鳴HAXPES計測が有用であると期待される。
現在、最終公開に向けて準備中である理論解析ソフトウエアがBL09XUに公開されれば、非常にインパクトのあるビームラインになると期待する。理論解析プログラムを所有するビームラインは非常に貴重な存在になるであろう。今後、BL09XUで共鳴HAXPES計測が活発に行われることを期待する。
参考文献
[1] S. Watanabe and K. Miyake: Phys. Rev. Lett. 105 (2010) 186403.
[2] H. Ogasawara et al.: Phys. Rev. B 62 (2000) 7970.
[3] H. Wada et al.: J. Phys.: Condens. Matter 9 (1997) 7913.
[4] I. Felner and I. Nowik: Phys. Rev. B 33 (1986) 617.
[5] O. Trovarelli et al.: Phys. Rev. Lett. 85 (2000) 626.
[6] N. D. Dung et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 024712.
[7] F. R. de Boer et al.: J. Magn. Magn. Mater. 63&64 (1987) 91.
[8] D. Jaccard et al.: Phys. Lett. A 163 (1992) 475.
[9] F. Steglich et al.: Phys. Rev. Lett. 43 (1979) 1892.
[10] A. Severing et al.: Phys. Rev. B 39 (1989) 4164.
[11] J. D. Thompson et al.: Solid State Commun. 56 (1985) 169.
(3)成果リスト(査読付き論文)
SPring-8利用研究成果登録データベースに登録済みで、PU課題番号が関連づけられた査読付き論文のみを掲載します(その他、PUとして支援した一般課題の発表論文やポスター発表、受賞歴など多数の成果がありますが、掲載スペースの都合上割愛しています)。
[1] SPring-8 Publication ID = 36462
E. Ikenaga et al.: "Hard X-ray Photoemission Spectroscopy at Two Public Beamlines of SPring-8: Current Status and Ongoing Developments" Synchrotron Radiation News 31 (2018) 10-15.
[2] SPring-8 Publication ID = 39662
K. Maeda et al.: "Yb L3 Resonant Hard X-Ray Photoemission Spectroscopy of Valence Transition Compound YbInCu4" JPS Conference Proceedings 30 (2020) 011137.
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