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Volume 28, No.1 Pages 2 - 5

1. 最近の研究から/FROM LATEST RESEARCH

ミクロ構造機能解明による次世代自動車三元触媒の実用化
Development of Automotive Catalysts by Means of Micro-Structure Analysis

加藤 悟 KATO Satoru

(株)豊田中央研究所 分析研究領域 Materials Analysis & Evaluation Research-Domain, Toyota Central R&D Labs., Inc.

Abstract
 世界的な自動車保有台数の増加と環境保護意識の高まりを受け、地球環境への負荷が低い高効率ガソリンエンジン車の展開が加速している。自動車排ガスに含まれる窒素酸化物などの有害物質は、排ガス浄化用触媒の細孔内部を拡散しながら反応して浄化される。触媒層の深部には有害物質が届きにくいため、触媒の利用効率向上が難しいという問題があった。我々は、触媒層の細孔の繋がり(連通性)に着目し、放射光を用いたX線CT撮影により、触媒層の三次元構造データを取得し、得られた連通孔パラメータから細孔内ガス流れを予測するモデルを構築した。このモデルを用いた解析により、触媒層を有効に利用するためには空隙率(触媒層における細孔の割合)を単純に増大させるのではなく、拡散への寄与の小さい孤立細孔を減らして、代わりに連通孔の数を増やすという細孔制御指針を示し、これにより連通孔を増大させる細孔制御技術の実現に繋げた。
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SPring-8

 

1. はじめに
 世界的な自動車保有台数の増加ともに環境保護意識の高まりを受けて、CO2排出の少ない高効率エンジンのガソリン車、電動化技術を導入した次世代車(HEV、PHEV)の展開が加速している。また、自動車排ガスには窒素酸化物、一酸化炭素などの有害物質が含まれているため、自動車排ガス浄化用触媒の装着は必須となっている。近年、より実際の走行を想定したWLTP(乗用車等の国際調和排出ガス・燃費試験法)規制を代表とした高負荷条件(高速・高加速)を含む排ガス浄化試験の採用が広がっており、新たな排ガス規制に対応する必要がある。新たに採用される排ガス規制では、流入する排ガス量が従来よりも増大することによる貴金属の利用効率の低下が課題となる。この課題に対しては、触媒層の細孔制御技術が必要となる。
 排ガス中の有害物質は、自動車排ガス浄化コンバータを通過する際に、触媒層のμmスケールの細孔内部を拡散しながら反応する。そのため、触媒層の深いところほど有害物質の濃度が低下し、貴金属の利用効率が低下する(図1)。この傾向は、流入するガス量が増大するほど顕著になる。これを防ぐためには、触媒層の細孔制御により奥深くの貴金属の利用効率を向上させる必要がある。

 

図1 自動車排ガス用浄化触媒の触媒層内における深さ方向のガス拡散現象。

 

 

 しかしながら、従来の研究開発では、個々の材料要素に着目した解析手法は充実している一方で、材料の集合体である触媒層に着目した解析手法が不足していたため、開発の現場では試行錯誤による検討が多く必要とされていた。そこで本研究では、触媒層の細孔特性がガス拡散性に及ぼす影響に着目し、従来と比較してマクロなレベルで触媒構造と浄化反応の関係を理解し、自動車排ガス用浄化触媒が有する課題に対して、直接的な開発指針を与える解析技術の構築に取り組んだ。

 

 

2. 研究の特色
 従来の放射光による排ガス浄化触媒の解析では、図2Aに示すように、触媒中のnmスケールの活性点や酸素吸蔵材などの助触媒の化学状態・構造情報について解析が行われてきた。in-situまたはOperando-XAFSにより、触媒が作用している状態を動的に追跡する研究も多い。これらの研究では、触媒粉末を圧粉成形したペレットが広く用いられており(図2a)、得られる情報はあくまでビームが照射される数十μmの範囲の「平均情報」である。また、豊田中央研究所では、時間空間Operando-XAFSによるmmスケールの触媒コンバータ解析技術(図2C)も確立されている。この技術では、コンバータを模擬できるように反応容器が工夫されている(図2c)。一方、我々が新たに構築したのは、放射光X線CTによるμmスケールでの触媒層の細孔構造・ガス流れ解析技術(図2B)である。解析に際しては、従来のペレット形状ではなく、実際の自動車排ガス用浄化触媒から切り出した試料(図2b)を用いた。また、後述するように、細孔の三次元像から連通孔を抽出し、得られる構造パラメータからガス流れを記述する式を構築することにより、細孔径や屈曲性などがガス流れに及ぼす影響を定量的に解析することが可能になった。

 

図2 排ガス浄化触媒の放射光解析における要素技術。

 

 

 以上をまとめると、本解析技術の特色は、X線の照射範囲の平均情報に着目していた従来の材料解析のフェーズから、触媒が実際に使用される製品であることに主眼を置き、その部品としての触媒層内部に拡がる細孔という微細な空間を解析することにより、触媒の利用効率向上を目指すフェーズに発展したことにある。

 

 

3. 細孔構造・ガス流れ解析
 触媒層の細孔は、図3に示すように、担体の二次粒子の隙間であるμmスケールの二次細孔(Secondary Pore)と、一次粒子の隙間から構成されるnmスケールの一次細孔(Primary Pore)に分類される。排ガス中の有害物質は、二次細孔を通じて触媒層に侵入した後で一次細孔に侵入し、一次細孔内に存在する貴金属微粒子によって無害化される。そのため、触媒層の奥深くの貴金属を有効に使うためには、二次細孔の連通性が重要である。触媒層の細孔解析には水銀圧入法が用いられることが多いが、この手法で二次細孔の連通性を評価することは困難である。

 

図3 触媒層内部におけるガス拡散機構[1][1] S. Kato et al.: Chem. Eng. Trans. 57 (2017) 1237-1242.

 

 

 そこで我々は、実際の自動車排ガス用浄化触媒から数百μm程度の試料片を切り出し、SPring-8 BL33XU(豊田ビームライン)にて、触媒層のX線CT(Computed Tomography)像を撮影し(図4a)、得られた三次元構造データを基に二次細孔(以降では細孔と表記)の連通性を評価した(図4b)。連通性の評価では、CTの撮像範囲における連通孔の数、径、屈曲係数を算出することが可能である。

 

図4 放射光X線CTによる触媒層の解析。
(a)実際の自動車排ガス用浄化触媒から切り出した壁一枚分の微小切片を試料に用いる。
(b)触媒層の三次元像から抽出した連通孔(緑色)。

 

 

 以上のようにして得られた連通孔パラメータからガス透過係数を予測するモデル式を、以下のように提案し、実験値と比較するとともに[2][2] S. Kato et al.: Chem. Eng. J. 324 (2017) 370-379.、シミュレーションでもこれを検証した[1][1] S. Kato et al.: Chem. Eng. Trans. 57 (2017) 1237-1242.

(1)

 

 本モデルにおいて、Kはガス透過係数、εeffは連通孔の容積から算出される有効空隙率、τは連通孔の平均屈曲係数、nは解析領域において算出された連通孔の数、diは連通孔の直径、λはガスの平均自由行程である。この式を用いることで連通孔の数・径・屈曲係数がガス透過性にどのように影響を及ぼすかを理解することができる。例えば、触媒のガス透過性を向上させるには空隙率を増大させることが有効であるが、単純に空隙率を増大させただけでは、触媒層が厚くなってしまうことで拡散距離が増大して逆効果になることがある。式(1)からは、空隙率を増大させるのではなく有効空隙率を増大させる、言い換えれば孤立細孔を減らして連通孔の数を増やすことが細孔制御指針として合理的であることが示される。この指針を基に、連通孔を増大させる細孔制御技術を開発した(特許6364118、6130423)。得られた触媒の連通孔を、既存触媒と比較した結果を図5に示す。既存触媒(図5a)と比較すると、細孔制御触媒(図5b)では連通孔が著しく増えていた。細孔制御触媒の有効空隙率は、既存触媒の約2倍であり、また式(1)から予測される透過係数は約2倍であった。このような細孔制御による高負荷条件での触媒性能向上については、本章の最後に示す。

 

図5 放射光X線CTで可視化した触媒層の連通孔。
(a)既存触媒、(b)細孔制御触媒。

 

 

4. 触媒開発への応用
 上述の細孔制御技術と、別途開発した材料技術、これらを用いて調製した新型触媒を、高速変動雰囲気にて既存触媒と比較した結果を図6に示す。空気吸入量が多い範囲つまり高負荷領域において、開発触媒が既存触媒よりも高い性能を示すことが明らかとなった。本触媒は、2017年にトヨタ自動車で実用化され、環境車両の拡大に伴いグローバルに搭載が進んでいる。また、次の触媒開発への応用についても、進展が期待されている。

 

図6 細孔と材料を最適化した触媒の性能。

 

 

 自動車触媒の開発においては、個々の材料のレベルアップに加え、今回の解析技術の活用に見られるように、製品としての利用効率向上が重要となる。これにより、高負荷条件での浄化性能向上だけでなく、貴金属量の使用量低減にもつながった(2017年の時点で33%減[3][3] I. Chinzei et al.: SAE Technical Paper. (2018) 2018-01-0942.)。このように、より少量の貴金属を使って、性能のよい触媒を開発することは、資源枯渇の観点からも非常に重要であり、本解析手法の貢献する所は大きい。

 

 

謝辞
 放射光を活用した自動車用排ガス浄化触媒の細孔解析に対して「第20回ひょうごSPring-8賞」をいただきました。身に余る光栄なことと心より感謝申し上げます。
 放射光X線CTの測定ならびにBL33XUへの技術導入に際しては、公益財団法人高輝度光科学研究センターの上杉博士、竹内博士にご助力いただきました。化学工学に関する議論については、名古屋大学の田川名誉教授と山田助教にご指導いただきました。細孔制御技術の開発に共に取り組ませていただいた、株式会社豊田中央研究所の同僚、ならびにトヨタ自動車株式会社、株式会社キャタラーの皆様に厚くお礼申し上げます。
 SPring-8における解析には、サンビームBM(BL16B2)および豊田ビームライン(BL33XU)を利用させていただきました(主な課題番号2014B5370、2015A7012)。

 

 

 

参考文献
[1] S. Kato et al.: Chem. Eng. Trans. 57 (2017) 1237-1242.
[2] S. Kato et al.: Chem. Eng. J. 324 (2017) 370-379.
[3] I. Chinzei et al.: SAE Technical Paper. (2018) 2018-01-0942.

 

 

 

加藤 悟 KATO Satoru
(株)豊田中央研究所 分析研究領域
〒480-1192 愛知県長久手市横道41-1
TEL : 0561-71-8075
e-mail : e1325@mosk.tytlabs.co.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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