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Volume 28, No.1 Pages 93 - 100

4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

利用系活動報告
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 多目的回折散乱チーム
Activity Reports – Multi-purpose Diffraction and Scattering Team, Diffraction and Scattering Division

今井 康彦 IMAI Yasuhiko[1]、中村 唯我 NAKAMURA Yuiga[1]、辻 成希 TSUJI Naruki[1]、小金澤 智之 KOGANEZAWA Tomoyuki[2, 1]、隅谷 和嗣 SUMITANI Kazushi[1]、梶原 堅太郎 KAJIWARA Kentaro[2, 1]、一栁 光平 ICHIYANAGI Kouhei[1]、福山 祥光 FUKUYAMA Yoshimitsu[1]

[1](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[2](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 多目的回折散乱チームは、旧構造物性Iグループ[1][1] 大石泰生他: SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2019) 355-359.結晶構造物性チームと構造物性IIグループ[2][2] 木村滋: SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2019) 471-474.低次元・非周期構造チームそれぞれの一部がまとまる形で2021年4月に発足した。回折・散乱推進室内には2つのチームがあり、1つが粉末回折・全散乱チーム[3][3] 肥後祐司他: SPring-8/SACLA利用者情報 27 (2022) 425-429.で、もう1つが本チームである。粉末回折・全散乱チームは担当する実験手法がある程度明確であるのに対して、多目的回折散乱チームはチーム名が示すとおりX線回折・散乱を使った幅広い手法を担当している。主な手法としては、単結晶の精密構造解析、高分解能コンプトン散乱、磁気コンプトン散乱、コンプトン散乱イメージング、in-situ X線回折、応力測定、operando CTR散乱、薄膜X線回折、ナノビームX線回折、エネルギー分散型X回折、白色X線トポグラフィ、ラウエパターンマッピング、微小単結晶構造解析などがある。本チームが担当するビームライン(BL)と実験ステーション(実験ハッチ(EH)、光学ハッチ(OH))は、単結晶構造解析BL(BL02B1)、高エネルギー非弾性散乱BL(BL08W)、X線回折・散乱I BL(BL13XU EH1、EH2、EH4)、白色X線回折BL(BL28B2 OH2)、高フラックスBL(BL40XU EH2)となっている(表1)[注1]
 本稿ではこれらのBLとステーションにおける多目的回折散乱チームの活動を紹介する。

 

表1 多目的回折散乱チームが担当するBLと装置[注1]
BL 光源 ハッチ 装置
BL02B1 BM EH1 単結晶構造解析装置
BL08W W EH1 コンプトン散乱
BL13XU U EH1
EH2
EH4
多目的6軸回折計
回折計測汎用フレーム
ナノビームX線回折装置
BL28B2 BM OH2 多目的4軸回折計
BL40XU Helical U EH2 微小単結晶構造解析装置

[注1]ここに示したBLはBL02B1以外、他の室・チームが担当する手法(BL08WとBL13XUは粉末回折・全散乱チーム、BL28B2は散乱・イメージング推進室 顕微・動的画像計測チーム、BL40XUは散乱・イメージング推進室 時分割小角・広角散乱チーム)と相乗りする形になっている。1つのBLを複数の実験手法の相乗りにすることで、挿入光源の共用BLの数が限られているという状況に対応している。

 

 

2. BL02B1
 BL02B1では、高エネルギーX線を活かした電子密度レベルの精密構造解析が可能である。Si(311)二結晶分光器とサジタル集光によって、50 keVまでの高エネルギーX線をビームサイズφ200 µmで利用することができる。高エネルギーX線を利用することで、試料によるX線の吸収の影響を低減するとともに、広い逆空間をカバーし、高い分解能を実現している。回折計は、結晶構造データベースへの登録時に求められているCompleteness、すなわち、格子体積、対称性、2θの最大値に対して期待される全反射数の充足率を達成できるよう、4軸(χ-φ-ω-2θの4軸)の自由度を有している。また、高エルギーX線を効率よく測定するために、検出器にはセンサーにCdTeを用いたハイブリッド型2次元検出器PILATUS3 X CdTe 1Mを用いている[4][4] 今井康彦他: SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 110-120.。大量のデータ生成に備えて、BLには600 TBのデータ保存用ストレージを整備済みである。このようにBL02B1では、高エネルギーX線と4軸回折計を組み合わせることで、無機物質のみならず有機物質も含めた多種多様な試料が測定可能となっている。一片が10 μm以下の大きさの微小単結晶はBL40XU EH2、タンパク結晶は構造生物BLで測定されているが、BL02B1は、これら以外の単結晶の構造解析を一手に引き受けている。
 近年では、大量の試料を高速に測定するハイスループット測定のニーズに応えるため、試料環境や試料形状に依存しない全自動測定システムの構築に取り組んでいる。ロボットにより試料の搬送と取り付けを、電動ゴニオメータヘッドにより試料のセンタリングを行い、自動で一連の測定を実行するような全自動測定システムの構築を目指している。詳細は、SPring-8/SACLA利用者情報[5][5] 中村唯我他: SPring-8/SACLA利用者情報 27 (2022) 345-348.に記載しているのでそちらをご参照願いたい。2021年度は、全自動測定システムの一部となる新たな測定プログラムをPython3を用いて開発した(図1)。新しいプログラムでは、従来のプログラムにはなかった駆動軸のソフトウェアリミット機能を実装した。これによって、従来おこっていた実験条件の誤入力による装置エラーの可能性を排除でき、安全性の向上と実験の効率化を達成した。本プログラムは、回折計の制御と検出器の制御に加えて、RapidやCrysAlis Proなどの単結晶構造解析用ソフトウェアで必要となる種々のファイルの生成も行うことができる。本プログラムは既にユーザー利用実験に使われており、ユーザーの声を受けて随時改良を重ねている。現在、本プログラムをベースとして、全自動測定に向けたシステムの開発を進めている。

 

図1 BL02B1で新たに開発した回折計制御プログラムのGUI。

 

 

3. BL08W
 BL08Wでは、100 keVから300 keVまでの高エネルギーX線が利用できるため、その特徴を活かした、高エネルギーX線回折、蛍光X線分析、コンプトン散乱が行われている。ここでは、コンプトン散乱に関して述べる。BL08Wでは、高分解能コンプトン散乱、磁気コンプトン散乱、コンプトン散乱イメージングの3種類の実験手法が行われている。
 高分解能コンプトン散乱は、主にFermi面の観測手法として用いられている。ド・ハース−ファン・アルフェン効果や、角度分解光電子分光法などがFermi面の観測手法として有名であるが、高分解能コンプトン散乱は他にない特徴を有している。高分解能コンプトン散乱では、高エネルギーX線を利用するため、結晶表面の酸化や変質の影響を受けることなく完全にバルクの状態を計測することが可能であり、強磁場、電場、高圧化で、低温から高温まで様々な条件下で測定が可能である。また試料は、如何なる雰囲気でも計測可能であり、試料のハンドリングが容易であることも大きな特徴である[6][6] N. Hiraoka et al.: J. Synchrotron Rad. 8 (2001) 26-32.
 磁気コンプトン散乱は、円偏光X線を用いて強磁性体のコンプトン散乱を測定すると、スピンに依存したコンプトンプロファイル(磁気コンプトンプロファイル:MCP)を測定できる。MCPは、スピンに依存する電子運動量密度分布を反映するため、磁気コンプトン散乱により、磁性電子の電子状態を観測することができる。また、MCPの磁場依存を計測することにより、スピン磁化ヒステリシス測定を行うことができる(スピンの絶対値計測に対応)。スピン磁化ヒステリシス測定と、通常の磁化測定との比較を行うことにより、軌道磁化ヒステリシスも得ることができる。磁気コンプトン散乱は、スピン・軌道分離測定(LS分離測定)を実験的に行える数少ない手法の1つである。また、磁気コンプトン散乱では、高エネルギー円偏光X線が必要不可欠であるため、世界で唯一、SPring-8 BL08Wでしか行えない研究手法となっている[7][7] N. Sakai et al.: J. Appl. Cryst. 29 (1996) 81-99.
 点型、線型、面型の3つのコンプトン散乱イメージング手法があり、BL08Wでは、点型、面型の二つの手法を採用している[8, 9][8] K. Suzuki et al.: J. Appl. Phys. 119 (2016) 025103.
[9] N. Tsuji et al.: Appl. Sci. 11 (2021) 3851.
。いずれの手法も、シート状(V × H = 10 μm × 1 mm)に整形したビームを用いて計測を行う。点型は、90°鉛直方向に散乱されたコンプトン散乱X線を、コリメーターを用いて測定視野を限定して、点として観測する。面内分解能は、コリメーターサイズにより制限され、最小の分解能は500 μmである。コンプトン散乱X線は、Ge半導体検出器で計測するため、高いエネルギー分解能での計測が可能である。また、コンプトン散乱は、軽元素に対する感度が比較的に高いため、軽元素分布の定量解析に利用されている。ただし、点型であるため、2次元、3次元でのイメージングは簡単ではない。そこで、2次元、3次元のイメージングを行うことを目的として面型のコンプトン散乱イメージング装置が利用されている。面型は、90°鉛直方向に散乱されたコンプトン散乱X線を、ピンホールを介した計測手法方法である(図2)。基本的に可視光のピンホールカメラと同原理であるが、観測するのが測定対象から散乱されてコンプトン散乱X線であるため、物質中の断面図が得られることが特徴である。検出器にはエネルギー分散型のCdTe2次元検出器(HEXITEC)を利用している。Ge半導体検出器に比べるとエネルギー分解能は悪いが、ピクセル毎にエネルギー分散のデータが得られるため、コンプトン散乱イメージングと同時に蛍光X線イメージングも行うことができ、複合的なイメージングを行うことが可能である。図3に、面型で取得した円筒電池のイメージング結果を示す。

 

図2 面型コンプトン散乱イメージングの実験配置図。

 

図3 円筒電池の断面図。

 

 

4. BL13XU
 BL13XUは2021年度まで表面・界面構造解析BLとして運用されてきたが、BL再編に伴い、2022年度よりX線回折・散乱I BLと名称を変え、4つの実験ハッチの内3つの実験ハッチで装置が入れ替えられた。同時に年2回だった課題募集も年6回に変更になっている。

 

4.1 BL13XU EH1
 BL13XU実験ハッチ1にはHUBER社製多目的6軸回折計が設置されている。本回折計は共用BL再編計画[10][10] 坂田修身他: SPring-8/SACLA利用者情報 26 (2021) 261-264.に基づき、2022年2月ユーザータイム終了後にBL46XU(旧産業利用III、現HAXPES II)実験ハッチ1からBL13XUに移設し、2022年6月よりユーザー利用を再開した。これまで産業利用を対象とした装置であったが、BL13XU移設後は年6回募集や測定代行(成果専有時期指定課題(時間単位利用)にて受付)などの利用制度は維持しつつ、学術分野からの利用も可能となった。またBL13XUはこれまで表面・界面にターゲットをおいたBLであったが、再編後は研究分野を問わず幅広い利用を受け入れている。本回折計(図4)は検出器や試料環境装置などの周辺機器や制御システムをそのまま移設したので、装置としては大きな変更点はない[11][11] 小金澤智之他: SPring-8/SACLA利用者情報 27 (2022) 69-74.。一方、BL再編に伴い、2結晶分光器の分光結晶をSi(111)に加えてSi(311)が利用できるようになったため[12][12] 隅谷和嗣他: SPring-8/SACLA利用者情報 27 (2022) 274-279.、40~72 keVの高エネルギーX線利用には大きなメリットとなっている。

 

図4 BL13XU実験ハッチ1に設置されている多目的6軸回折計。

 

 

 BL13XU移設後のユーザー利用は、金属引張変形中in-situ X線回折、金属材料応力測定、全固体リチウムイオン電池昇温時X線回折、電気化学operando CTR、薄膜X線回折(電圧印加時逆格子マップ、GIWAXS、異常分散XRD、マイクロビームX線回折、アモルファス薄膜GIXS)など、材料・測定手法・その場観察手法が多岐にわたる。今後も多種多様な測定を柔軟に受け入れられるように整備を進めていく。

 

4.2 BL13XU EH2
 従来、基板試料や薄膜試料、試料表面・界面などのX線回折測定には、多軸回折計がよく用いられてきた。多軸回折計は試料や検出器の回転に高い自由度をもち、広い逆格子空間にアクセス可能であるが、その構造上、試料周辺の空間が制限される。一方、近年では静的な回折実験に加えて、試料に外場印加や加熱冷却などを行いながらその最中の回折の変化を測定する、いわゆるin-situ/operando測定の需要が増えてきている。この際、試料環境装置の設計には回折計による空間の制限を考慮し、放射光実験専用の装置を新たに設計する必要があった。このため、試料周辺空間を広く確保した、特別なX線回折装置の開発が望まれていた。
 こうした背景から、我々は2022年度に、BL13XUの実験ハッチ2において、回折計測汎用フレームと名付けた回折装置の整備を実施した[13][13] Y. Imai et. al.: AIP conf. Proc. 2054 (2019) 050004.。回折計測汎用フレームは、主にヘキサポッド搭載試料ステージと検出器保持用ロボットアームで構成される(図5)。ヘキサポッドは、試料の位置XYZおよび傾きRx、Ry、Rzを自由に制御可能である。本装置では、ヘキサポッドに大型のXZステージおよび回転ステージが組み合わされ、試料の位置、方位の制御が可能である。装置の耐荷重は250 kgとなっており、大型の試料環境装置の設置が可能な性能をもっている。

 

図5 回折計測汎用フレーム。

 

 

 この試料ステージに、検出器保持のためのロボットアームが組み合わされる。ロボットアームは最大積載荷重25 kg、リーチ範囲約2 mである。ロボットアームの先端には2次元検出器が取り付けられる。ロボットアームは専用のソフトウェアによって制御され、カメラ長と散乱角を指定して検出器を目的の位置に制御することが可能である。カメラ長は0.1~1 m以上(特定の角度では最大1.5 m程度)の範囲で自由に設定できる。散乱角として、カメラ長が1 mの場合に、試料を原点とし、X線の光軸を基準として水平方向に約±60°、垂直方向に約60°の範囲をカバーできるように設計されている(図6)。搭載する検出器は、PILATUS3 X 300Kである。この他、ロボットアームには搭載できないが、PILATUS3 X 2Mを専用架台に設置して、広い角度範囲の回折を測定することも可能である。

 

図6 カメラ長を1 mとした場合のロボットアームによる検出器位置の角度範囲。

 

 

 本装置は、主にユーザーが試料環境装置を持ち込んで実験を行うことを想定して設計されたものである。実験室で使用されている装置そのもの、あるいは比較的これに近い装置を搭載できる他、製造プロセスの再現装置などの大型の試料装置を用いたin-situ/operando測定なども可能になると期待されている。

 

4.3 BL13XU EH4
 BL13XU実験ハッチ4に設置されているナノビームX線回折装置は、放射光X線を1 μm以下に集光し、これを用いたX線回折実験により、材料内部の局所的な格子歪やその分布を高い角度分解能で測定することのできる装置である。装置の概要を図7に示す[13][13] Y. Imai et. al.: AIP conf. Proc. 2054 (2019) 050004.。光学ハッチ内の高精度スリットを仮想光源として用い、X線を試料直前の集光素子で集光する。試料ステージには、偏芯の小さいゴニオメータとXYZステージを組み合わせたものが用いられている。XYZステージは、ステッピングモーターのパルス分割により50 nmの分解能で制御できるとともに、それぞれが±7 mmと、大きなストロークを確保していることが特徴である。試料からの回折X線は、2次元検出器で測定され、試料を回転することで得られる逆格子マップから、格子歪と格子面傾斜を分離して分析することができる。

 

図7 ナノビームX線回折装置の概要。

 

 

 集光素子としては、これまで主に7~15 keVのX線においてフレネルゾーンプレート(FZP)が用いられてきた。特に位相ゾーンプレートと呼ばれるゾーンプレートを用いることで、200 nm程度のビームサイズを高いフラックスで実現できる。一方で、近年では、透過型の配置での回折実験や、蛍光X線の同時測定による元素分布と格子歪分布の比較測定など、15 keV以上のX線の利用を必要とする実験への要望が増えてきている。これに対し、FZPでは15 keV以上の高エネルギーX線に対する集光効率が著しく低下するため、FZPに代わる集光素子の整備が求められていた。
 そこで我々は、高エネルギーX線集光を実現するために、Si製屈折レンズを開発した。Siの加工においては、MEMSの微細加工に用いられる深掘り技術であるボッシュプロセスを応用することで、極めて精密なレンズ形状の実現が可能である。我々のレンズでは、100 μm以上の深さで垂直性を保った深掘りを実現することで、100 × 100 μm2以上の大きな開口を実現し、これによって高フラックスの集光ビームの形成を実現している。1つの基板上に形成されたレンズ列で1次元集光を行うため、これを縦横に組み合わせて点集光を実現する。また、25 keV以下のエネルギーでは、レンズ自身によるX線の吸収によってフラックスが低減するため、2πの位相シフトを生じる部分を櫛形に除去してキノフォームを形成し、高フラックス化を図っている。
 この屈折レンズによって、20~35 keVまでの高エネルギーX線のサブミクロン集光が可能になった。一例として、30 keVにおいて、ビームサイズとして横380 nm、縦290 nm、フラックス1.7 × 109 photon/secのナノビームの形成に成功している。同様に、20~35 keVのX線において、600 nm以下のビームサイズが得られている。我々は、ナノビームX線回折装置を改良し、容易にFZPと屈折レンズを入れ替える機構を整備することで、X線エネルギーに応じて集光素子を切替可能なシステムを実現している(図8)[14][14] K. Sumitani et al.: Journal of Instrum. 13 (2018) C09002.

 

図8 光学素子切り替えシステム。

 

 

 ナノビームX線回折の利用例として、これまではデバイス材料、機能性エピタキシャル薄膜などの分析が主であったが、近年では金属材料、高分子材料や構造材料などの分析へのニーズも高まっている。ナノビームX線の高エネルギー化は、こうした測定対象の広がりにも対応してX線エネルギーを選択する自由度を向上させるものであり、これにより一層の利用拡大が期待される。

 

 

5. BL28B2
 BL28B2の第2ハッチにはHUBER社の回折計が設置されており回折実験が実施できる。BL28B2の特徴は偏向電磁石から生じた広いエネルギー範囲を持つ白色X線を実験に用いることができることである。また、この広いエネルギー範囲には高エネルギー成分も含まれており、厚い試料、例えば数mmの厚さの鉄鋼材料であっても透過して回折実験を行うことができることも特徴の1つである。本BLにおける主な回折実験手法は、エネルギー分散型回折法、白色X線トポグラフィおよびラウエパターンマッピングである。
 エネルギー分散型回折法は試料内部のX線照射領域内において結晶粒の数が数千個以上存在する場合と数個以下存在する場合について本BLで対応可能である。前者は一般的なエネルギー分散型の回折法であり、X線照射領域内の複数の結晶粒から生じた回折信号を、エネルギー分別機能を有する半導体検出器で測定するものである。得られる情報は複数の結晶粒の平均情報となる。ひずみの評価や鉱物種の同定などに用いられる。X線CTと組み合わせて、CT像中の関心領域について回折測定を行う実験環境も整備している[15][15] T. Sugiyama et al.: 4th International Conference on the Durability of Concrete Structures (2014) 298-303.
 一方で後者は我々が開発しEXDM(Energy dispersive X-ray Diffraction Microscopy)と称した手法である[16][16] K. Kajiwara et al.: ISIJ International 53 (2013) 165-169.。個々の結晶粒から生じた回折スポットを個別に半導体検出器で測定する。得られる情報が個々の結晶粒毎もしくは結晶粒内部の回折情報であることが前述の複数の結晶粒の平均情報とは異なる点であり、特徴である。
 白色X線トポグラフィは半導体材料などの完全性の高い単結晶内部の格子の乱れを画像として評価する実験手法である。試料単結晶に白色X線を照射し、発生した回折スポットをX線イメージング用の高分解能画像検出器で観察することで格子の乱れの実空間分布が評価できる。高エネルギーのX線の特徴を活かして数mm~数cmの大きな単結晶試料の3次元的なX線トポグラフ像を取得することが可能である[17][17] T. Mukaide et al.: J. Synchrotron Rad. 13 (2006) 484-488.
 ラウエパターンマッピングは試料を走査しながら各X線照射位置のラウエパターンを視野の広い2次元検出器で測定する実験手法である。測定データを解析して、1つの回折スポットに着目しその強度分布を表示させれば結晶粒の形状を示すことが可能である。またラウエパターンの変化率をマッピングすれば走査領域内の結晶粒界を画像化することができる[18][18] K. Kajiwara et al.: Phys. Status Solidi A 206 (2009) 1838-1841.
 次にBL28B2の回折実験における実験装置を紹介する。上記実験に使用する主な実験装置は回折計、半導体検出器、高分解能画像検出器および広視野画像検出器である。回折計には垂直軸回りのθ-2θステージおよびこの2θステージ上に水平軸回りのθ-2θステージが備えられている。垂直軸回りのθステージ上には3軸の併進ステージと2軸の水平軸回りのスイベルステージが試料ステージとして備えられている。水平軸回りの2θステージ上には検出器が取り付けられる。試料の状態が変わっても白色X線を使うことで回折信号が確実に得られるため、本回折計は試料環境を変化させる装置(加熱炉や引張試験機など)を設置できるように設計されている。試料回りの空間が広く(直径400 mmの円筒状の炉が設置可能)、試料ステージの耐荷重が高い(100 kg)。図9は標準的なエネルギー分散型回折実験の装置写真である。

 

図9 エネルギー分散型回折実験のレイアウト例。

 

 

 半導体検出器は単結晶ゲルマニウムを素子としたものである(ORTEC社製GLP-16195/10-P)。高分解能の画像検出器はX線像を蛍光体を使って可視光像に変換するタイプのものであり、数µmの空間分解能を有している(浜松ホトニクス社製ORCA-Flash2.8およびM11427-42)。広視野の画像検出器は120 mm × 120 mmの視野を有している(浜松ホトニクス社製C10900D)。これらの機器の制御はPC上でGUIを介して行うため容易に操作方法を習得できる。一方でテキスト形式のマクロにも対応しておりマクロの作成を容易に行うことが可能である。

 

 

6. BL40XU
 BL40XUのEH2はヘリカルアンジュレータ光源が利用できるBLであり、高輝度X線を用いた単結晶X線構造解析実験を行うことができる。利用可能なエネルギーは8~17 keVであり、Si単結晶を用いたチャンネルカットにより単色化したビームをゾーンプレートで集光した250 nm~4 μm程度の集光ビームと、垂直・水平2枚ミラーで集光した150 × 150 μm2のビームの両ビームを試料のサイズや測定条件に応じて切り替えることが可能である。回折計には2次元検出器(EIGER X 1M、DECTRIS社)[4][4] 今井康彦他: SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 110-120.が2θ軸に配置されている。主に新規化合物の微小結晶のX線構造解析実験が行われている[19, 20][19] A. Fujimoto et al.: Chem. Sci. 11 (2020) 12307-12315.
[20] I. Nagai et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 60 (2021) 025502.
。また微小結晶のX線構造解析の高度化に向けた技術開発も行っており、以下にその例を紹介する。
 微小単結晶のX線構造解析のための精密高速回転ステージの開発:ミクロンサイズの微細単結晶のX線回折像を測定するためのエアベアリング(静圧空気軸受)を用いた低偏心のω軸回転ステージの開発を行っている(図10)。レーザー変位計測定により回転速度10°/sにおいて±0.5 μm以下の偏心で回転することを確認した。現在、新規微小単結晶回折計の導入に向けた準備を行っている。

 

図10 エアベアリングを用いた低偏心回転ステージの写真。

 

 

 単一ナノ粒子に対するX線回折法の開発:光トラップを利用した非接触式試料保持法とゾーンプレートを利用したX線マイクロビームと組合せることにより、単一ナノ粒子に対するX線回折法を開発している。ナノ粒子では、結晶構造などの物性が粒径(結晶子サイズ)や外形や外界との接触に依存する場合のあることが報告されている。集光したレーザー光が誘電体粒子に及ぼす勾配力を利用して、ナノ粒子1粒を空気中で非接触に保持しX線を照射することにより、誘電体ナノ粒子1粒のX線回折像の測定に成功している[21, 22][21] Y. Fukuyama et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 114608.
[22] Y. Fukuyama et al.: J. Synchrotron. Rad. 27 (2020) 67-74.
。この手法により、ナノ粒子に対する結晶子サイズと結晶構造などの物性の1:1の関係の解明が期待できる。一方、安定に光トラップできない物質も多い、試料体積が小さいためにX線回折測定に時間がかかる等の、解決すべき問題も多い。現在は、光トラップによる金属ナノ粒子1粒の試料保持法を開発しており、金属ナノ粒子1粒に対するX線回折測定の実現を試みている。

 

 

 

参考文献
[1] 大石泰生他: SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2019) 355-359.
[2] 木村滋: SPring-8/SACLA利用者情報 24 (2019) 471-474.
[3] 肥後祐司他: SPring-8/SACLA利用者情報 27 (2022) 425-429.
[4] 今井康彦他: SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 110-120.
[5] 中村唯我他: SPring-8/SACLA利用者情報 27 (2022) 345-348.
[6] N. Hiraoka et al.: J. Synchrotron Rad. 8 (2001) 26-32.
[7] N. Sakai et al.: J. Appl. Cryst. 29 (1996) 81-99.
[8] K. Suzuki et al.: J. Appl. Phys. 119 (2016) 025103.
[9] N. Tsuji et al.: Appl. Sci. 11 (2021) 3851.
[10] 坂田修身他: SPring-8/SACLA利用者情報 26 (2021) 261-264.
[11] 小金澤智之他: SPring-8/SACLA利用者情報 27 (2022) 69-74.
[12] 隅谷和嗣他: SPring-8/SACLA利用者情報 27 (2022) 274-279.
[13] Y. Imai et. al.: AIP conf. Proc. 2054 (2019) 050004.
[14] K. Sumitani et al.: Journal of Instrum. 13 (2018) C09002.
[15] T. Sugiyama et al.: 4th International Conference on the Durability of Concrete Structures (2014) 298-303.
[16] K. Kajiwara et al.: ISIJ International 53 (2013) 165-169.
[17] T. Mukaide et al.: J. Synchrotron Rad. 13 (2006) 484-488.
[18] K. Kajiwara et al.: Phys. Status Solidi A 206 (2009) 1838-1841.
[19] A. Fujimoto et al.: Chem. Sci. 11 (2020) 12307-12315.
[20] I. Nagai et al.: Jpn. J. Appl. Phys. 60 (2021) 025502.
[21] Y. Fukuyama et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 82 (2013) 114608.
[22] Y. Fukuyama et al.: J. Synchrotron. Rad. 27 (2020) 67-74.

 

 

 

今井 康彦 IMAI Yasuhiko
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext. 3478
e-mail : imai@spring8.or.jp

 

中村 唯我 NAKAMURA Yuiga
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext. 3397
e-mail : ynakamura@spring8.or.jp

 

辻 成希 TSUJI Naruki
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext. 3433
e-mail : ntsuji@spring8.or.jp

 

小金澤 智之 KOGANEZAWA Tomoyuki
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター
産業利用・産学連携推進室、回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext. 3377
e-mail : koganezawa@spring8.or.jp

 

隅谷 和嗣 SUMITANI Kazushi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext. 3495
e-mail : sumitani@spring8.or.jp

 

梶原 堅太郎 KAJIWARA Kentaro
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター
産業利用・産学連携推進室、回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext. 3945
e-mail : kajiwara@spring8.or.jp

 

一栁 光平 ICHIYANAGI Kouhei
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext. 3494
e-mail : kichiyanagi@spring8.or.jp

 

福山 祥光 FUKUYAMA Yoshimitsu
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802 ext. 3771
e-mail : yfukuya@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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