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Volume 28, No.1 Pages 44 - 47

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

11th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy with Accelerator Based Sources(WIRMS)2022 報告
11th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy with Accelerator Based Sources (WIRMS) 2022 Conference Report

池本 夕佳 IKEMOTO Yuka[1]、加藤 政博 KATO Masahiro[2]

[1](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室 Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[2]広島大学 放射光科学研究センター/分子科学研究所 極端紫外光研究施設 光源加速器開発研究部門 Hiroshima Synchrotron Radiation Center, Hiroshima University / UVSOR Synchrotron Facility, Institute for Molecular Science

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SPring-8

 

1. はじめに
 加速器をベースとした赤外光源とその利用に関する会議である11th International Workshop on Infrared Microscopy and Spectroscopy with Accelerator Based Sources(WIRMS)2022が2022年10月6日から9日の日程で、広島市のグランドプリンスホテルで開催された。加速器から供給されるIRとして会議に含まれるのは放射光の赤外成分に加え、赤外自由電子レーザー、コヒーレントシンクロトロン放射などで、これらの発生から利用までを包括的に議論する場である。この会議は、2年に一度開催され、日本での開催は2007年に淡路島で開催された第4回以来である。COVID19の影響で1年延期して開催した会議の様子を報告する。なお、本稿では、Infraredの略称としてIRを使用する。

 

 

2. 会議報告
 今回の会議はCOVID19の影響を考慮して開催形式を現地参加とオンライン参加を両立させるハイブリッド形式とした。アメリカ・カナダ・ブラジルからの参加を考慮して午前は早めにスタートし、8:00~9:30と10:00~11:30の2セッションとした。2時間の昼休憩を挟んで午後は13:30~15:30、16:00~18:00の2セッション、更にヨーロッパからの参加を考慮して、2時間の夕休憩後に20:00~22:00のナイトセッションを設けた。会議は10月6日から8日の3日間で、2日目のナイトセッションはポスターセッションとした。最終日の10月9日は、広島大学放射光科学研究センター(HiSOR)の見学を実施した。
 会議はシングルセッションで行われ、カテゴリーは“Status and Prospects of IR Beamlines and Facilities”、 “Nanoscale Resolved IR Analysis”、“Synchrotron IR Spectroscopy”、“FEL IR Spectroscopy”、 “IR Sources”、“Others”とした。
 “Status and Prospects of IR Beamlines and Facilities”のカテゴリーでは、アメリカのNSLS-II、ブラジルのSirius、アメリカのALS、イタリアのElettra、スペインのALBA、ドイツのBESSY-II、オーストラリアのAustralian Synchrotron、ヨルダンのSESAME、ポーランドのSolaris、カナダのCLS、フランスのSOLEILから報告があった。ALBA、Solaris、SESAMEは比較的新しい施設で、IRビームラインが順調に立ち上がり、成果をあげていることはコミュニティにとってうれしい報告であった。特にSolarisのDr. T. Wrobelからは、IRの偏光を利用して高分子の配向イメージングを測定する技術の報告があり興味深かった。近年世界各地で建設・稼働が進んでいる回折限界を目指す放射光源Diffraction Limited Storage Ring(DLSR)においては、緊密に設置される加速器電磁石と放射光取り出しポートの空間的取り合い問題によりIR光の利用が困難となることが予想される。このことは建設中のNanoTerasuや計画中のSPring-8-IIにおいても事情は同様である。この問題については、SiriusのDr. R. FreitasとALSのDr. M. Martin、ElettraのDr. L. Vaccariから報告があった。ブラジルでは同国で最初の放射光源であるLNLSの後継である新光源Siriusが稼働を始めたが、既にIRビームラインのコミッショニングが行われており、その強度は旧光源であるLNLS当時の数分の一であるとの報告であった。一方ALSやElettraではupgrade計画にIRをどのように組み込むかという報告があった。ALSでは特に取り出しミラーを電子ビームのなるべく近くに配置して取り込み角度を稼ぐ方針が示され、Dr. M. Martinが加速器研究者と密接に連携して計画を策定している様子が印象的であった。この他、施設ごとに特色のある技術展開をしており、例えばAustralian SynchrotronのDr. M. TobinからATR(Attenuated Total Reflection、全反射測定法)や偏光を利用した測定について、CLSのDr. B. Billinghurstからは遠赤外領域でgas phaseの測定を100Kの低温で行う装置について、またSOLEILのDr. F. Borondicsからは、宇宙由来の試料に関する3D-IRトモグラフ測定の結果が紹介された。
 “Nanoscale Resolved IR Analysis”のカテゴリーでは、以下に示す3種類の技術でナノスケールのIR分光を行う最新の研究が報告された。一つ目の技術は、IR照射による試料の熱膨張をAFMプローブで感知する手法で、イギリスのDIAMONDに所属するDr. G. Cinqueから、真空中に高速チョッパーを配置し、検出効率を高めたとの研究が紹介された。二つ目の技術はAFMプローブ先端にIRを集光し散乱光を測定するs-SNOM(scattering type scanning near-field optical microscopy)で、放射光IRを利用したナノスケールのIR分光としては研究例が非常に多い。Dr. H. BechtelらALSのグループが研究を先導しており、ナノアンテナやグラフェン表面におけるポラリトンの波形を観測する研究が報告されていたが、今回の最新の報告では、水面に浮かべたグラフェンや、磁場や温度を変化させる測定、遠赤外領域への拡張など、多様な技術展開が実感された。装置が稼働している施設としては、ALSのほかSOLEIL、LNLS、PTB(ドイツ)からの報告があった。更にElettraでは装置の運用を開始し、BESSY-IIやAustralian Synchrotronも今後導入予定であるとの説明があり、施設も確実に広がっていると感じた。三つ目の技術は最も新しい技術で、原理としては熱膨張を利用する手法に近いが、AFMプローブではなく、同軸で入射する可視光の散乱光の変化で検出するもので、O-PTIR(Optical Photothermal Infrared Spectroscopy)と呼ばれる。この技術はまだ放射光光源では行われておらず、IRレーザーを利用したデータで、放射光を利用した顕微分光と相補的に利用している研究がSolarisから報告された。AFMを利用しない点で適応範囲が広く、今後の発展が期待される。
 “Synchrotron IR Spectroscopy”のカテゴリーでは、SOLEILのDr. P. DumasからPlenary Talkとして高圧IR測定で金属水素を観測した研究が紹介された。高圧技術や研究の背景も詳しく説明され、わかりやすい講演であった。物性測定としては、日本の施設であるUVSORの利用研究として大阪大学のDr. H. WatanabeからSmSで起こるキャリア誘起の絶縁体・金属転移の研究があったほか、同じく日本の施設であるSPring-8の利用研究として東北大学のDr. S. Iguchiによる異方性試料の磁気光学カー効果の研究などが報告された。ソフトマテリアルの研究では、SPring-8の研究として大阪大学のDr. Y. Takedaから湿度に依存して色が変化する分子の加湿IR測定の報告があったほか、大阪大学のDr. F. Kanekoからは昆虫の羽のATR mappingの研究の報告があった。また、ALBAの研究として、Dr. I. Yousefから延伸状態のポリマーを測定する研究、台湾の施設であるNSRRCのDr. Y. C. Leeから、ガンのIR画像診断として利用されるワックス物理吸着法について報告があった。顕微分光は放射光IR利用としては最も進んでおり、生体試料のイメージングのほか、磁場や温度、湿度、延伸など多様な試料環境で測定する研究が進んでいる。
 “FEL IR Spectroscopy”のカテゴリーでは、Plenary Talkとして、Fritz Haber InstituteのDr. A. Paarmannから、SFG(sum frequency generation)を利用した超高空間分解能顕微鏡の紹介と、ATR配置でエバネッセント波と表面ポラリトンのカップリングを利用して運動量空間における高分解ポラリトンマッピングの紹介があった。Helmholtz-Zentrum Dresden-RossendorfのDr. T. Oliveiraからは、ドイツの施設であるTELBEのTHz光を利用した非線形光学効果や近接場イメージングに関する報告が行われた。京都大学のDr. H. Zenは、日本の施設であるKU-FELにおいて、電子バンチから光を取り出す効率を向上させる技術について報告した。オランダのFELIXを利用した研究では、Dr. J. OomensからMass SpectroscopyとIRスペクトルの併用による分子構造同定の手法に関する研究について、Dr. A. Kirilyukから磁性を持つガーネットフィルムのフォノンモードを励起することにより結晶格子を操作して磁気的性質を高速でスイッチさせる研究について発表があった。TriesteのDr. A. PerucchiはイタリアのTeraFERMIを利用した2次元層状物質の非線形光学応答の研究を発表した。更に、KEKのDr. T. Kawasakiは医学利用の例として、アルツハイマー病の原因と目されているβシート構造のアミロイド線維にIR-FELを照射して解離させる研究を報告した。
 “IR Sources”のカテゴリーでは、KEKのDr. Y. HondaからcERLを利用したTHz域の誘導放射について発表があり、更にKEKのDr. R. Katoからは同じくcERLを用いた中赤外領域のFELについて発表があった。これまでにない新しいIR光源であり、その利用に関する質問も活発にかわされた。また今回のWIRMSでは、IR以外の光を利用した研究についても、強く関連する研究としてプログラムに含まれた。名古屋大学のDr. M. Fushitaniは、EUV(Extreme ultraviolet)領域のFELを利用して分子原子の非線形現象に関する研究を発表した。理化学研究所のDr. H. Minamideからは、電子加速に利用可能な高強度THz光発生技術について発表があった。大阪大学のMr. R. Ikedaは、THzレーザーを強磁性体Co3Sn2S2に照射し、光の電場によって形成されるコヒーレントな電子運動ついて発表した。JASRIのDr. T. Manjoは、meVのエネルギー分解能を持つX線非弾性散乱によるフォノンの分散曲線観測について報告した。いずれもWIRMSの主題である加速器ベースのIR利用ではないが、手法やメカニズムについて活発な議論がかわされた。
 会議2日目夜のポスターセッションは17名が発表者として参加し、ZoomのBreakout Roomを利用して完全オンラインで行なった。セッションの最初に全体会議として、各2分のShort Presentationをお願いした。時間超過を心配したがこれは全くなく、全て時間通り発表して、ポスターセッションの個別議論に十分な時間をあてることができた。BESSY-IIのDr. L. Puskarが発表した文化財の解析や、DIAMONDのDr. M. Frogleyが発表した気液界面測定のためのセル開発などが特に注目を集め、終始活発な議論を行うことができた。

 

 

3. 施設見学
 会議最終日の10月9日は、広島大学放射光科学センター(HISOR)への施設見学を行った。参加者はチャーターされたバスを利用しグランドプリンスホテル広島から広島大学東広島キャンパスに移動した。HiSORは周長22 m、電子エネルギー700 MeVの小型加速器である。海外では大型施設建設に伴うシャットダウンで希少となっている小型放射光施設はWIRMSの参加者にとっても興味深いものであったようで、小型の加速器やビームラインを熱心に見学していた。残念ながらHiSORには赤外のビームラインはないが、角度分解光電子分光、スピン分解光電子分光、真空紫外円二色性及び軟X線円二色性の4つのビームラインで担当職員が説明を行い、熱心な質疑応答が行われた。見学後、大学内のレストランで昼食を取り、その後、酒どころとして有名な西条(東広島市)の酒蔵通りの散策に出かけたが、偶然にも西条の「酒まつり」が開催中であり、大勢の市民や観光客に交じって酒蔵の見学や試飲を楽しむことができた。大変な人込みの中、一人の迷子も出さずに散策を終えられたのは奇跡と言ってよいであろう。

 

 

4. おわりに
 会議の様子を伝える写真を図1、図2に示す。参加者人数は、93名(国内42名、海外51名、16カ国)であった。このうち、会議場に直接参加したのは、48名(国内30名、海外18名)であった。全体参加人数は、COVID19以前にブラジルやイギリスで開催された会議と同程度であった。今回の開催期間は、水際対策が緩和される直前で、海外からの参加にはVISA取得が義務付けられていた。会議負担でVISA取得手続きのサポートを行ったり、ハイブリッド開催にしたりしたことは、参加人数の確保に一定の効果があったと思われる。次回のWIRMSはスペインのバルセロナで開催されることが決定した。2年後には多くの参加者が現地に集い、盛況な会議が催されることを願っている。

 

図1 集合写真

 

図2 会場写真

 

 

 COVID19の影響で長い準備期間を経て、様々な困難を乗り越えながら無事会議を終えることができたことについて、参加者の皆様と、会議参加登録システムを担当した田岡智志氏、VISAサポートと施設見学を担当した下岡憲子氏、以下の共催・協賛・後援・組織委員の皆様に、この場をお借りして、深く御礼申し上げます。

 

共催:高輝度光科学研究センター、広島大学放射光科学研究センター、分子科学研究所極端紫外光研究施設、京都大学エネルギー理工学研究所、大阪大学産業科学研究所
協賛:日本万国博覧会記念基金事業、テラヘルツ科学技術振興基金事業、広島観光コンベンションビューロー、ジャパンハイテック株式会社、株式会社日本サーマル・コンサルティング、フラクシ株式会社、ブルカージャパン株式会社、attocube systems AG、メンローシステムズ株式会社、有限会社アミスター
後援:日本放射光学会
組織委員(敬称略):木村真一(大阪大学)、岡村英一(徳島大学)、全炳俊(京都大学)、築山光一(東京理科大学)、南出泰亜(理研)、柏木茂(東北大学)、田中清尚(分子研)、森脇太郎(JASRI)、脇田高徳(岡山大学)、入澤明典(立命館大学)
*本稿著者の池本はChair、加藤はVice-Chairを務めました。

 

 

 

池本 夕佳 IKEMOTO Yuka
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : ikemoto@spring8.or.jp

 

加藤 政博 KATO Masahiro
広島大学 放射光科学研究センター
〒739-0046 広島県東広島市鏡山2-31-3
TEL : 082-424-6293
e-mail : mkatoh@hiroshima-u.ac.jp
分子科学研究所 極端紫外光研究施設
光源加速器開発研究部門
〒444-8585 愛知県岡崎市明大町字西郷中38
TEL : 0564-55-7402
e-mail : mkatoh@ims.ac.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
Online ISSN 2187-4794