Volume 28, No.1 Pages 40 - 43
3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT
ALC’22 会議報告
Report of ALC’22 Symposium
(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室 Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
国際シンポジウムALC(International Symposium on Atomic Level Characterizations for New Materials and Devices)は、その会議名の通り、原子レベルの物性研究にフォーカスした研究会で、研究分野としては表面科学、電子分光、各種顕微鏡、光科学、化学反応(触媒など)、また近年では有機物質や単原子層物質など多岐にわたる分野が関与する学際的な内容となっている。1996年に第1回が京都にて開催されて以来、2年に1度のペースで、アジア(主に日本)およびハワイ島を中心とした開催地で催されている。これまでは学術振興会(JSPS)のマイクロビームアナリシス第141委員会が主催してきたが、2020年より日本表面真空学会(JVSS)のマイクロビームアナリシス(MBA)技術部会が中心となって企画することになった。当初は第13回がALC'21として開催が予定されていたが、COVID19の影響により小規模なオンラインのプレミーティングとなり、オンサイトでの開催が1年延期されて今回の第14回ALC'22の開催に至った[1][1] https://www.jvss.jp/division/mba/alc/alc22/。開催日程は2022年10月16日から21日(筆者は17~20日のセッションに参加)、開催地は沖縄県名護市の万国津梁館で、2000年に沖縄サミットが開催された会場である(図1)。沖縄風の瓦屋根を取り入れた落ち着きを持った格式高い建物であると同時に、海岸リゾート地としての優美さを兼ね備えたロケーションであった。ポスター会場となったサンセットラウンジには森喜朗氏やウラジーミル・プーチン氏をはじめ、当時の首脳の直筆サインも飾られていた。また、名護市の西隣に位置する恩納村には、沖縄県で最大規模の教育・研究施設である沖縄科学技術大学院大学(OIST)がある。
図1 ALC'22会場の万国津梁館。会期前半はあいにくの雨天であったが後半は快晴に恵まれた。
表1に、アブストラクト集に掲載された、講演分類と各国の参加者数の内訳を示す。口頭発表は招待講演が多くを占めた構成で、筆者自身も、SPring-8における時間分解・オペランド光電子顕微鏡(PEEM)の現状について招待講演として発表を行った。海外からの参加者割合はコロナ禍以前ほど回復してはいなかったものの、1か月前に参加したInternational Vacuum Congress(IVC)と比較すると現地での参加割合が幾分増加している印象だった。発表スケジュールは日にちによって微妙に異なったが、全体として、朝のセッションでは基調講演・チュートリアル・受賞講演などの全体講演がサミットホールで開催され、その後、昼前から夕方にかけて3部屋に分かれてのパラレルセッションがあり、夜間にランプセッション(17日)・ポスターセッション(18、19日)が行われた。
ALC'22 Statistics | |||||
List of Presentation style | |||||
Prenary Lecture | 2 | ||||
Tutorial Lecture | 2 | ||||
MBA Awards Lecture | 2 | ||||
Sakaki Award Lecture | 1 | ||||
Invited | 29 | ||||
Oral | 45 | ||||
Poster | 103 | ||||
List of nation | |||||
Australia | 1 | Germany | 20 | Malaysia | 1 |
Austria | 1 | Hong Kong | 2 | Singapore | 1 |
Belgium | 1 | India | 1 | Sweden | 10 |
China | 2 | Italy | 1 | Switzerland | 7 |
Croatia | 3 | Japan | 208 | Taiwan | 4 |
Czech | 1 | Korea | 3 | UK | 3 |
France | 2 | Luxembourg | 1 | USA | 5 |
2. 主な講演内容と感想
ここでは、筆者が参加したセッションで興味深かったトピックスを簡単に紹介する。
Plenaryセッションでは、MBA Award受賞のJülich研究所のClaus M. Schneider氏が記念講演として、momentum microscopy(MM)のパイオニアグループとして、スピン分析器を含めた装置の詳細と、その装置を利用したスピン分解バンド構造解析を実例豊かに解説した。また、同じくMBA Awardを受賞したKarl-Heiz Ernst氏が受賞講演においてヘリセンという物質の性質と製作物質の評価や応用例について紹介した。ヘリセンとは、らせん構造を持った芳香族有機分子が単分子厚で基板に乗ったもので、グラフェンやスタネン等の有機分子版といえる。この物質系では、らせん構造とスピンの相互作用により、電子スピンのフィルタリング効果が期待されるとのことである。光子の円偏光ヘリシティーにも適用できるとすると、放射光の円偏光生成などにも新しい選択肢が生まれる期待感のある内容であった。最先端の科学や技術が駆使された上記の報告の他にも、自然科学研究機構(NINS)の川合眞紀氏のplenary lectureでは、表面触媒反応について、物質・材料研究機構(NIMS)の青野正和氏のtutorialではナノテクノロジーについて、歴史的背景や逸話を含んだカジュアルな講演で聴衆を楽しませた。その他、電子干渉法によるベクトルビームの発生や、表面プラズモン発生による非線形光電子分光など、斬新さと洗練度を兼ね備えた、充実した講演揃いであった。
パラレルセッションは、筆者は主に電子分光とPEEMに関連したセッションに参加した。近年のトレンドとしては上記でも紹介した、(角度分解)光電子分光のためのエネルギーアナライザーとPEEMの機能を融合させたMM装置があり、各所での装置立ち上げ状況、利用実験例の報告が目白押しだった。分子科学研究所の松井文彦氏によるグラファイト系物質のバンド分散マッピングやバンド選択実空間イメージング、OISTのKeshav M. Dani氏による二次元半導体のエキシトン観測、Johannes Gutenberg University of MainzのGred Schönhense氏によるTime of flight(TOF)管を利用した多機能なMMなど、それぞれの個性を有したユニークな装置や研究を知ることができた。また、台湾のNational Synchrotron Radiation Research Center(NSRRC)のTzu-Hung Chuang氏からは、Taiwan Photon Source(TPS)での放射光MMの立ち上げ状況が報告された。装置立ち上げとオフライン光源での基本的なデータ取得テストが終了し、2023年度中にユーザー利用を展開するスケジュールとのことであった。この装置は、2018年に筆者が短期サバティカルにてNSRRCを訪問(本誌にて報告済[2][2] SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 188.)した時には仕様検討を行っていた段階で、筆者も自身のPEEM装置の運用経験を踏まえて仕様の議論に参加させて頂いた経緯もあるため、この進展報告は特に感慨深いものがあった。MM関係以外で興味深かった講演としては、Martin Luther UniversityのWolf Widdra氏のthreshold PEEMに関する講演で、紫外線励起の磁気円二色性において、光電子放出の運動量分布のスピン依存性を利用することで従来の1桁以上感度を増大させることに成功した例や、The Philipps University of MarburgのSuguru Ito氏による、赤外レーザーパルスの1波長周期未満の時間領域での時間分解角度分解光電子分光で、フェルミ準位付近の占有電子が光電場によってバンド内を揺動する様子の観測に成功した例などが挙げられる。
また、本シンポジウムは、SPring-8ユーザー協同体の顕微ナノ材料科学研究会の代表を過去に務めて頂いた大門寛氏(豊田理化学研究所)が国際諮問委員長を、また、現代表の吹留博一氏(東北大学)がプログラム委員を務められていた関係で、筆者も講演者の選定の手伝いをしたが、筆者より推薦した方々の講演も好評であった。Synchrotron TriesteのTevfik Onur Mentes氏はElettraの高コヒーレント放射光を利用して、PEEM電子像を観察すると同時に、試料からの回折光の結像(CDI)も行う機構を紹介した。PEEMのハイスループット性とCDIのバルク敏感性、外場中観測の機能を相補的に利用できる装置として進展が大いに期待される。また、東京工業大学の佐藤琢哉氏はレーザー励起マグノンの実時間直接観測の研究で、マルチフェロ物質BiFeO3における、フォノン-ポラリトンと結合したマグノンの観測の成功例、また、微小空隙を越えて伝搬するエバネッセントスピン波の発生について発表した。氏は磁性分野の研究者で、本シンポジウムの常連分野からするとやや異色の研究内容であるが、そのエキゾチズムもさることながら、光物理に関する深い知識と緻密な計算に基づいた新規現象の発掘は科学者の知的好奇心を十二分に刺激するものであり、セッションの終了後も多くの参加者が質問に詰め掛けていた。
一方、ポスターセッションは、筆者は学生賞の審査に参加していた関係で、主に学生による発表を聴講した。コンパクトにまとまった成果や、進展途上ながら地道な努力の跡がみられる報告など内容は幅広かったが、全体に佳作揃いで、担当教員の指導が行き届き、かつ発表者自身の考察がしっかりとなされた跡が伺える発表と受け答えを聞くことができた。
3. その他の企画
本シンポジウムでは新規の試みとして、17日のオーラルセッション終了後にランプセッションと称して、夕食が提供される中で関連する主な研究所のバーチャルツアーが披露された。紹介されたのはOIST(発表:Keshav M Dani氏、岡田佳憲氏)、National Yang Ming Chiao Tung University(Chun-Liang Lin氏)、分子科学研究所(湊丈俊氏、松井文彦氏)の3拠点である。実際に現地をオンラインで中継し、現地の研究者や学生が施設や装置などを案内する内容で、オンライン独特の小さなトラブルが発生しながらもカジュアルな感覚で楽しめる内容となっており、今後の成熟が期待される企画であった。なお、同時間帯に別室では学生・若手向けの日本語でのサイエンスカフェが並行して行われていた。
また、公式の企画ではないが、OISTスタッフからの呼びかけにより、会期中の複数の時間帯でグループに分かれてOISTを見学する機会を頂戴した。筆者は19日夜のポスターセッション後半の時間帯に参加した。複数の丘にそびえたつ研究棟とそこを繋ぐ広々とした通路、また、道路も欧風の石畳で、日本と思えないような美しい建物と自然溢れる風景で研究の場として理想的な環境であった。フェムト秒分光ユニットのKeshav M. Dani氏の案内で、フェムト秒レーザーユニットと組み合わさったMM装置と収差補正分光型低エネルギー電子顕微鏡(SPELEEM)装置を見学した。パルスレーザー装置一式は波長変調装置や高調波発生機構などを含んだ本格的なセットアップで、MM装置はTOF管2台とスピン分析器を備えた高級な装置で驚嘆するばかりであった。OISTは全体として予算措置が充実しており、研究会の開催などでも外部の企画組織に対しての助成が充実しているとの説明もあった。ツアーの最後には歓談スペースにて、軽食を頂きつつ参加メンバー間で談話する楽しい時間を過ごすことができた。気が付いたら終了時には22時を回っていた。
4. おわりに
図2に、18日の昼に撮影されたgroup photoを載せておく。本土では10月中旬には珍しく10°Cに近づく寒さが襲ったタイミングであったが、本シンポジウムの開催された沖縄では最高気温が30°C近くで朝にはセミが盛大に鳴き声を上げ、ハイビスカスも咲き乱れる快適な環境の中で実りある討議ができた。ランプセッションやポスターセッション、OISTツアーは夜間にわたり、通常の学会・研究会と比べても充実度は非常に高かった。なにより、コロナの自粛明け約3年ぶりの関連研究者との対面での再会で、オンラインではなし得ない議論や連携強化ができたのも大きな成果であった。セッションの進行は押しなべてスムーズであったが、やはり、オンライン発表の時には通信トラブルなどで時間をロスする場面がいくつか見られた。ただし、セッション間の休憩は約30分とあらかじめ余裕をもって設定されていたため、全体の進行に支障が出ることはなかった。ただ、オンライン化の余波と言うべきか、オンサイトでの研究会の合間にもノートパソコン越しにオンライン会議に参加する様子も散見された(休憩中にとある研究者に声を掛けたところ会議中で気まずかった場面もあった)。「世の中が便利になるほど人間は忙しくなる」という皮肉な説を筆者も実感する昨今であるが、便利になった分、時間の運用について自己管理が今まで以上に要求される社会になったということであろう。かくいう筆者も、一度セッションを抜けて、別の研究会の企画に関するオンライン打ち合わせに参加した。本来ならば出張という理由で出席できなかった会議であり、確かに便利といえば便利ではある。
図2 ALC'22の集合写真。
次回の開催予定地はまだ明確に決まっていないようだが(筆者の参加しなかった最終日に通知があったかも知れない)関係者との立ち話によると、昨今の国際経済動向を鑑みてハワイ島ではなく日本国内で開催される可能性が高いとのことであった。コロナ禍の間にも各機関の研究・開発が着実な進展を遂げていることを実感でき、表面・顕微分野という専門的な学術会議でありながら、常に新しい知識や発見を得られる本シンポジウム、2年後も是非ともオンサイトで参加したいと考えている。できるだけ他のオンライン用務を入れない方向で。
参考文献
[1] https://www.jvss.jp/division/mba/alc/alc22/
[2] SPring-8/SACLA利用者情報 23 (2018) 188.
(公財)高輝度光科学研究センター
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