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Volume 27, No.4 Pages 342 - 344

2. ビームライン/BEAMLINES

微小結晶からの高精度/高効率データ収集に最適な測定条件を提案
Guidelines for Highly Accurate and Efficient Data Collection by Small-Wedge Synchrotron Crystallography

馬場 清喜 BABA Seiki

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 構造生物学推進室 Structural Biology Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

Abstract
 タンパク質結晶構造解析では、世界中で回折データ収集の自動化が進められている。SPring-8構造生物学ビームラインにおいても自動測定の開発が進んでおり、BL32XUにおいて開発されたZOOシステムによる自動測定は、結晶の形状や数により、(1)ループ内の複数結晶からsmall-wedge(10°程度)のデータを測定する「small-wedge synchrotron crystallography(SWSX)」、(2)結晶への照射位置を移動しながら測定する「Helical」(3)単点露光データ収集「Single」の測定などを選択できる。凍結した単結晶からのデータ収集においては、吸収線量と放射線損傷、得られるデータ精度の議論が多くなされて、ある程度コンセンサスができつつある。しかし、複数のタンパク質の微小結晶から得られたsmall-wedgeデータをマージして完全データを得るSWSXでは、X線の吸収線量をどの程度まで制限すれば高精度な解析ができるか系統的な調査報告がなかった。そのため我々は、SWXS測定における高精度、高効率なデータ取得の最適な吸収線量の条件を調査し、マージによる吸収線量の平均化の効果を明らかにすることができた。さらに、シグナル量と放射線損傷の効果の低減のバランスが重要であることを示し、特に位相決定などの高精度データを必要とする場合には、1結晶あたり吸収線量5 MGyでの測定を提案できた。
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SPring-8

 

1. はじめに
 タンパク質結晶構造解析では、結晶サイズと照射するX線のビームサイズの組み合わせにより、照射位置で回転させて測定するsingleデータ収集、結晶がビームサイズよりも大きい場合に回転+横移動を組み合わせて測定するHelicalデータ収集、small-wedge synchrotron crystallography(SWSX)、serial synchrotron rotation crystallography(SSROX)実験[1][1] K. Hasegawa et al.: J. Synchrotron Radiat. 24 (2017) 29-41.などのデータ収集方法が用いられている。SWSXは、複数の結晶をマウントしたクライオループをX線でラスタースキャンし、多数の結晶から5-20°のsmall-wedgeデータを収集し、統合することで、完全性の高いデータセットを作成する[2][2] V. Cherezov et al.: J. R. Soc. Interface. 6 (2009) S587-S589.(図1)。BL45XUは全自動測定が可能なビームラインであり、ビームラインの機器はビームライン制御ソフトウェアBSS[3][3] G. Ueno et al.: J. Synchrotron Radiat. 12 (2005) 380-384.によって制御されている。ZOOシステム[4][4] K. Hirata et al.: Acta Cryst. D75 (2019) 138-150.は、BSSと通信することにより、上記の全てのデータ収集の自動化を実現している。SPring-8では、ZOOシステムを用いて膜タンパク質の微小結晶をSWSXで測定している。しかし、SWSXにおける吸収線量が最終的にマージされるデータセットに与える影響については、これまで系統的な研究がなされていなかった。今回我々は、SWSXにおける高精度データ取得のため、各結晶に対する吸収線量(露光条件)を変えて測定を行い、吸収線量のデータ精度への影響を比較した[5][5] S. Baba et al.: J. Synchrotron Radiat. 28 (2021) 1284-1295.

 

図1 SWSXデータ収集の流れ
Aクライオループ内の微小結晶、Bラスタースキャンを行い、回折点の数で評価した結果、Cラスタースキャンの評価から結晶位置を決定し、各結晶から5-20°のsmall-wedgeデータを収集。

 

 

2. SWSXにおける吸収線量のデータ精度への影響を比較した実験条件
 SWSXの最適線量を評価する実験として硫黄-SAD(S-SAD)による位相決定を行った結果を解析し、高精度なデータを得るための最適な線量の検討を行った。実験には、約20 µmの大きさにサイズをコントロールして作製したリゾチーム結晶を用いた。SWSXのデータセットは、SPring-8 BL45XUにおいて、ZOOシステムを用いた自動測定で行った。データ測定のためのビームサイズは18 (H) × 20 (V) µm2を使用した。波長は1.0, 1.4, 1.7 Å、吸収線量は1, 2, 5, 10, 20, 40 MGyの18種類で、各結晶から10°分の条件でsmall-wedgeデータ測定を行い、各条件下で400以上のsmall-wedgeデータセットを収集した。small-wedgeデータの1結晶あたりの吸収線量は、RADDOSE 3D[6][6] O. B. Zeldin et al.: J. Appl. Crystallogr. 46 (2013) 1225-1230.を用いて計算した。各small-wedgeデータの処理とマージは、XDSでKAMO[7][7] K. Yamashita et al.: Acta Cryst. D74 (2018) 441-449.を用いて行った。マージのクラスタリング計算はBLEND[8][8] J. Foadi et al.: Acta Cryst. D69 (2013) 1617-1632.を用いた。マージされた各データセットについて、SHEL[9][9] G. M. Sheldrick: Acta Cryst. D66 (2010) 479-485.のSHELXC, SHELXD, SHELXEを用いて、S-SADの位相決定を行った。

 

 

3. 高効率/高精度なデータ収集に最適なSWSXの実験条件の提案
 波長1.0 Åの条件では、5 MGyだけがS-SADによる位相決定に成功した。波長1.4 Åでは、1, 2, 5, 10, 20 MGyでS-SADによる位相決定が成功し、40 MGyの条件では成功しなかった。波長1.7 Åでは、すべての条件で位相決定が成功した。これは、S-SADにおける硫黄(S)の異常分散寄与f''は、波長1.0, 1.4, 1.7 Åでそれぞれ、f'' = 0.24, 0.46, 0.67であり、寄与が大きい長波長(低エネルギー)であるほどSの異常散乱強度が上がり、位相決定が容易となるためである。さらに位相決定におけるマージしたデータ数の寄与を調べるために、波長1.4 Åと1.7 Åの2種類の波長で、マージするデータの数を8パターン(25, 50, 75, 100, 125, 150, 175, 200セット)とし、各マージデータの数に対してランダムにデータセットを抽出したマージ処理を各10回行い、位相決定直後のマップと正解のマップとの相関(以下CCmap)をプロットした(図2、3)。波長1.4 Åで40 MGyのデータを除き、マージするデータセット数が増加するほど、両波長でCCmapが高くなった。すなわち、どの線量でもデータセット数が増加するほど、位相決定が容易になることが明らかになった。波長1.4 Åと1.7 Å共に、5MGyの吸収線量での測定条件が最も少ないデータ数のマージでCCmapの値が大きくなった。2番目に良い条件は、2 MGyと10 MGyであった。一方、波長1.4 Åで20 MGy、波長1.7 Åで20, 40 MGyの高Dose条件では、放射線損傷が激しく、データ精度は低下した。これらの結果から、S-SADの位相決定には、どの波長でも5 MGy前後の吸収線量での測定条件が最もデータ数が少なく、短時間で測定できることがわかった。また、マージしたデータセット数が増えるほど、位相決定が容易になった。このことから、SWSXでは、マージされたデータセット数が増えるにつれて、データの精度が向上していることがわかる。論文ではさらに、SWSXの大量データセットのマージの際に起きる吸収線量の実質低減の効果についても述べている。

 

図2 波長1.4 Åにおけるマージしたデータ数とCCmapとの相関。

 

図3 波長1.7 Åにおけるマージしたデータ数とCCmapとの相関。

 

 

 上記の結果から、マージするデータ数を増やし、精度を向上させることで、より容易にS-SADによる位相決定が可能となることが明らかとなった。しかし、より高い線量条件である40 MGy波長1.4 Åでは、放射線損傷のために低下したデータ精度をマージ処理で回復することができなかった。一方、低線量条件である1 MGyと2 MGyでは、波長1.4 Åと1.7 Åともに回折点の信号強度が不十分であるが、マージするデータ数を増やすことにより位相決定が可能であった。一般的なドーズスライシング測定では、ランダム誤差を低減するために、同じ結晶、同じ方位からX線強度をN分の1にしてN回回折データを測定し、N個のデータをマージする方法である。我々の低線量(1~2 MGy)の結果はこの測定法の模擬実験になっている。低線量実験では特に繰り返しの、測定時間が必要となり良いデータが得られても、効率的とは言えない。一方で、金属含有タンパク質の放射線損傷による局所的な損傷など、より低い吸収線量の条件での実験が必要な場合もある。解析する試料、目的に応じて最適な吸収線量を評価する必要があることは、留意する必要がある。

 

 

4. まとめ
 SWSXを利用した高精度データ収集において、(1)マージ処理する結晶の数を増やすことで、位相決定は容易になる。(2)波長1.4 Åと1.7 Åの両方で5 MGyの条件が、放射線損傷による精度劣化とマージ回数による精度回復で最も効率的であることを明らかにした。この研究を通し、自動測定での特に位相決定などを目的としたSWSXの高効率・高精度なデータ収集の条件として、1結晶あたり5 MGyの吸収線量の測定条件での1データセットの取得を提案した。

 

 

 

参考文献
[1] K. Hasegawa et al.: J. Synchrotron Radiat. 24 (2017) 29-41.
[2] V. Cherezov et al.: J. R. Soc. Interface. 6 (2009) S587-S589.
[3] G. Ueno et al.: J. Synchrotron Radiat. 12 (2005) 380-384.
[4] K. Hirata et al.: Acta Cryst. D75 (2019) 138-150.
[5] S. Baba et al.: J. Synchrotron Radiat. 28 (2021) 1284-1295.
[6] O. B. Zeldin et al.: J. Appl. Crystallogr. 46 (2013) 1225-1230.
[7] K. Yamashita et al.: Acta Cryst. D74 (2018) 441-449.
[8] J. Foadi et al.: Acta Cryst. D69 (2013) 1617-1632.
[9] G. M. Sheldrick: Acta Cryst. D66 (2010) 479-485.

 

 

 

馬場 清喜 BABA Seiki
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 構造生物学推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : baba@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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