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Volume 27, No.4 Pages 357 - 360

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第19回SPring-8産業利用報告会
The 19th Joint Conference on Industrial Applications of SPring-8

上原 康 UEHARA Yasushi

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム共同体)、兵庫県、(株)豊田中央研究所、高輝度光科学研究センター(JASRI)およびSPring-8利用推進協議会(推進協)の5団体の共催で第19回SPring-8産業利用報告会が8月31日、9月1日に神戸国際会議場において開催された。
 本報告会は、推進協を除く主催4団体がそれぞれ運用する専用および共用ビームライン(BL)の利用成果の報告会を合同開催する形で運営しており、その目的とするところは、(1)産業分野における放射光利用の有用性の広報、(2)SPring-8の産業分野利用者の相互交流と情報交換の促進にある。一昨年から続くCOVID-19感染症の感染拡大第7波が続くタイミングではあったが、3年ぶりに対面方式で開催され、2日間で計214名の参加を得た。表の開催歴から分かるように、SPring-8サイトで開催された初期の3回を除いては250名前後の参加者があり、それらに比べるとやや少な目ではあるが、口頭発表、ポスター発表共に活発な交流が行われ、報告会の目的達成の上で対面方式が再開できた意義は大きい。

 

表 「SPring-8産業利用報告会」開催歴

*「SPring-8シンポジウム」と同時開催

 

 

 前回に引き続き、主催団体ではないがSPring-8の産業利用に関係する団体からの発表報告があり、また産業利用に力を入れる他放射光施設や量子ビーム利用施設からは協賛機関としてポスターで各々の現状報告がなされた。本報告会が日本全体の量子ビームの産業利用の状況を知ることができる場として定着したと考える。
 SPring-8立地自治体である兵庫県がSPring-8の社会全体における認識と知名度を高める目的で2003年度より設置した「ひょうごSPring-8賞」の第20回受賞式と記念講演が本年も併催された。更に今回は、神戸トヨペット(株)の協賛で、SPring-8利用成果が活用された燃料電池自動車MIRAIの試乗展示会が会場前の広場で同時開催された。

 

 

2. 口頭発表・1日目
 今回は口頭発表の数が多くなったため、1日目は従来よりも早く午前11時から開始された。セッション1(開会挨拶)では、主催団体を代表してJASRI・雨宮理事長から「産業利用を更に進めるためには研究支援体制の充実が重要で、人事交流を含めた人材育成が大切。報告会を通して意見交換をお願いします」と挨拶された。
 続くセッション2(豊田BL研究発表会)では、BL33XUを利用した2件の研究事例が報告された。1件目の加藤氏の報告は昨年度に引き続き燃料電池内部の液水可視化についての取り組みで、触媒層からの液水排出を知るために外部から水蒸気を加えながら時系列的にCT観察を行った結果が報告された。続く坂本氏からは人工光合成用触媒開発の中で、C2化合物を効率よく合成できる“Cu二核架橋ハロゲン錯体”をoperand-XRDで解析した結果が紹介された。両報告共に反応プロセスの時系列的な解析ツールとして高輝度放射光が有用であることを示している。
 昼休みを挟んでのセッション3(サンビーム研究発表会)では、最初にサンビーム共同体幹事の(株)神戸製鋼所・林氏から共同体の活動概要並びに共同体が運用するBL16B2/BL16XUの現状報告がなされた後、共同体参加企業の成果について6件の発表が行われた。6件のうち3件(住友電気工業(株)、三菱電機(株)、名古屋大学/(株)豊田中央研究所)は化合物半導体デバイスの具体的な課題解決に関係する内容で、共同体参加企業の多くがエレクトロニクス関連であるという特徴をよく表した発表となった。幹事の林氏からは、(株)神戸製鋼所が製造しているリチウム電池の電極生産設備で製造される電池電極の構造と装置条件との関係をX線CTで調べた結果が報告された。また(株)神戸製鋼所の大友氏からは、シリコン添加鋼表面に高温プロセス下で生成する酸化膜の状態をXAFSや回折法で複合的に調べた結果が報告された。パナソニック(株)の黒岡氏から同社のサンビーム活用事例の報告があったが、その中で同社のサンビーム利用における成果専有利用比率が年々増加し、2022B期は100%が成果専有利用という統計が紹介された。企業利用の一つの典型例であろう。
 続くセッション4(企画講演1)では、京都大学の安部氏から「放射光による次世代電池の反応解析」というタイトルで講演があった。安部氏は、BL29XUを運用するNEDOプロジェクト“RISING3”のプロジェクトリーダーで、“ポスト・リチウムイオン電池”の実現を目指した研究を推進されている。講演では、既に完了した“RISING2”での研究成果(フッ化物シャトル電池のoperand-XRD解析、亜鉛空気電池・電解液中の金属イオン種の散乱解析、全固体電池校正材料の共焦点XRD解析)を紹介された。盛り沢山の内容で駆け足のお話だったが、電池開発に放射光が重要な役割を担っていることが再認識できる講演であった。
 1日目最後のセッション5(JASRI共用BL実施課題報告会)では、JASRI・佐藤氏から最近のBL再編状況紹介を含む趣旨説明の後、5件の発表が行われた。日本製鉄(株)の西原氏は、ステンレス鋼の硫化ガス雰囲気下で生成した表面腐食層の深さ方向の状態を角度分散HAXPESで調べた結果を報告した。続く住友ベークライト(株)の首藤氏からは、電子材料用エポキシ樹脂と金属との接着性評価のため、樹脂と金属界面における樹脂添加物の元素結合状態をHAXPESで調査した結果が紹介された。更にトヨタ自動車(株)の山重氏は、次世代蓄電池として期待される全固体電池について粒子間接触状態と電池性能との関係を明らかにするため、小型電池に外部圧力をかけながらX線CT撮影と交流インピーダンス測定を同時に行い内部空隙率と特性との関係を定量化した結果を報告した。九州大学の村山氏は、日本酒の香り劣化要因とされる有機硫黄化合物の選択除去を目的に開発したシリカ担持金(Au)ナノ粒子吸着剤に関し、吸着能最適化のために焼成しながらAuの局所構造変化と焼成による生成ガスをXAFSと質量分析で同時測定し、水素中300°Cでの調製が最適という結論を得た。明治大学の吉岡氏は、熱電変換素子として実用化が期待されるシリコン・ゲルマニウム(SiGe)混晶薄膜について、XAFSによるDebye-Waller因子の温度依存性およびX線回折逆格子マッピングによる格子歪緩和の評価結果を報告した。吸着剤、熱電デバイス共に社会実装を行う上で超えるべき壁はまだ高いようだが、SPring-8発の材料が1つでも多く実用化されることを期待したい。
 今回、企業からの発表は、報告対象の材料やデバイスの各社ビジネス上の位置づけをしっかりと説明されたものが多く、「産業分野における放射光利用の有用性の広報」といった報告会の一番目の目的に対する意識が根付いたと考えられる。次回以降も、こういった姿勢の継続が望まれる。

 

写真1 口頭発表会場風景

 

 

3. ポスター発表
 今回は、口頭発表セッションの時間配分の都合で、ポスター発表はコアタイムを2日目午前9時半からと午後1時半からのそれぞれ1時間ずつに分けて、1Fロビーホワイエおよび地下フロアにて行われた。主催団体別にはサンビーム共同体25件、兵庫県20件、豊田中央研究所7件、JASRI共用BL20件、協賛のFSBLから1件の計73件の発表に加え、JASRI共用BLの整備状況や利用制度の説明、SPRUC企業利用研究会、推進協および協賛機関(RIST、CROSS、AichiSR)の活動紹介ポスターも掲示された。特に1Fロビーホワイエは混雑が危惧されたが、想像よりは余裕が確保され且つ参加者は多くのポスターに分散し、密を回避することができた。本報告会では、初回から一貫して、口頭発表者に同一内容のポスターを掲示するようにお願いしており、今回も口頭発表時に十分に討論できなかったと感じる参加者が口頭発表案件ポスターの前で議論している風景が見えた。ポスターの配置は第11回から適用分野別としており、今回も「金属・構造材料(15件)」、「エネルギー(11件)」、「触媒(6件)」、「機械(3件)」、「食品・生活用品・医療(5件)、「半導体・電子材料(11件)」、「有機材料(6件)」、「装置・分析技術(7件)」の区分けで展示発表がなされた。発表者間での意見交換が自然と進む他に、自分の専門とは全く異なる分野のポスターの前で話し込む姿も多く見られた。オンライン学会でもツールの進歩で対面に近いポスター発表も行われるようになったが、マスク越しではあっても対面での意見交換の良さを今回改めて感じた。

 

写真2 ポスター発表会場の様子

 

 

4. 口頭発表・2日目
 2日目の午前10時半からセッション6(兵庫県成果発表会)が行われた。兵庫県は、SPring-8内のBL24XU/BL08B2の2本の専用BLの他に敷地内に兵庫県立大の付属施設である中型放射光施設ニュースバルを設置運営しており、本報告会では第7回からニュースバルでの研究成果も紹介されてきた。今回は最初に、兵庫県立大・渡邊氏より全体概況報告がなされた。専用BLの利用研究発表は3件で、最初に兵庫県手延素麺協同組合の原氏から、茹で麺内のデンプン膨潤や糊化状態の分布可視化の取り組みについて報告があった。次いで味の素(株)の大元氏からは米飯の老化(硬化、パサパサ感)とデンプンの結晶化との関係を明らかにするためにSAXS/WAXS同時測定を行った結果が紹介された。ここ数年、米飯や麺類の食感とデンプンの状態との関係評価は、食品分野における放射光利用の大きいテーマとなっている。(株)コベルコ科研の森氏は、BL08B2とニュースバルの両方を利用した二次電池材料評価の取り組み例を報告した。森氏は、本会直前に現地での発表が困難となってしまったが、昨今の状況からこのような事態に備え事務局側ではオンライン環境を整えており、講演者との接続テストも事前に実施していたため、本会では滞りなく発表いただいた。最後に渡邊氏からニュースバルでの産業利用の状況について報告があり、BLの改造により大気圧雰囲気中で電池材料中のS(硫黄)の吸収スペクトル測定が行えるようになった例が紹介された。
 ポスター発表後半終了後の14時30分から、セッション7(ひょうごSPring-8賞受賞記念講演)が行われた。今年度は(株)豊田中央研究所の加藤悟氏「ミクロ構造機能解明による次世代自動車三元触媒の実用化」と(株)日立製作所の小西くみこ氏「SiCパワーデバイス実用化に向けた動作中デバイスにおける結晶欠陥可視化技術の開発」の2名が受賞された。雨宮理事長(賞選定委員長)からの受賞理由説明、兵庫県知事(代理:産業労働部次長)からの賞状と副賞授与の後、それぞれの受賞内容に関する講演が行われた。加藤氏はX線CT、小西氏はX線トポグラフィ技術をそれぞれ駆使した研究で、共に実用材料内部の違いや変化が「素人でも見れば分かる」ように可視化したというところが評価された。自動車三元触媒やSiCパワーデバイスは一般日常生活では目にすることがないが、いずれも社会の基本を支える重要なパーツであり、こうした分野で放射光材料解析が更に活躍することを期待したい。
 セッション8(企画講演2)では、主催団体以外のSPring-8での産業利用成果として「フロンティアソフトマター開発専用ビームライン産学連合体」(FSBL)と「創薬コンソーシアム」構成企業である中外製薬(株)からの報告があった。FSBL代表の三菱ケミカル(株)・小島氏からは、FSBLの運営体制やBL03XUの状況、最近の研究成果概要について説明があった。中外製薬(株)の鳥澤氏からは、創薬プロセスにおける放射光結晶構造解析の位置づけについて説明がなされた。放射光利用前は約5年を要していたSBDD(Structure Based Drug Design)のサイクルが1.5~数カ月に大幅短縮できるようになっているという紹介があり、放射光利用の更なる効率向上への期待が示された。
 最後のセッション9(講評と閉会の挨拶)では、一昨年、昨年に引き続き、理化学研究所・放射光科学研究センターの石川センター長から全体講評があった。分かり易い発表が増え明らかに年々質も向上しているが、ユーザーと分野の固定化が感じられるというコメントがあった。また、放射光産業利用の効率的拡大に向け、現状をfinal goalとするのではなく、集まって外部補助金獲得に動く等の取り組みや、東北放射光施設とSPring-8の使い分けなどの検討を進めていくことに対する期待が述べられた。
 JASRI・山口常務理事からの閉会挨拶により、第19回SPring-8産業利用報告会は終了した。

 

 

5. おわりに
 冒頭にも紹介したように、会場前にて燃料電池車MIRAIの展示試乗会が併催された。写真に示した展示車は公募による児童絵画をプリントしたカラフルなもので、試乗には別のホワイト車が用いられた。報告会参加者限定の試乗としたが、希望者が多く試乗車が会場前に止まっていることはほとんどなかった。試乗した人はみな、その静寂性に驚いていたようだ。

 

写真3 MIRAI展示試乗会

 

 

 台風接近も危惧されたが、まずまずの天候の下で大きい問題も発生せずに開催できた。主催団体のご尽力と後援団体のご協力に改めて感謝の意を表したい。残念ながら交流会の実施は今回も見送られたが、第20回の区切りとなる来年には交流会も含めてコロナ禍前の状況に戻ることを今から祈りたい。

 

 

 

上原 康 UEHARA Yasushi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-2706
e-mail : yasushi.uehara@spring8.or.jp

 

 

Print ISSN 1341-9668
[ - Vol.15 No.4(2010)]
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