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Volume 27, No.4 Pages 354 - 356

3. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

第12回X線非弾性散乱国際会議IXS2022会議報告
Conference Report: The 12th International Conference on Inelastic X-ray Scattering (IXS2022)

福井 宏之 FUKUI Hiroshi

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室 Precision Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. はじめに
 X線非弾性散乱(Inelastic X-ray Scattering: IXS)に関する国際会議の第12回目が、英国オックスフォード市のSaïd Business Schoolに於いて、2022年8月21日から26日の日程で開催された。この会議はこれまで2年毎に開催されていたが、前回2019年のStony Brook大学での開催から3年ぶりとなった。予定されていた2021年開催が、COVID-19の影響により延期となったためである。本会議は放射光施設が主催することが常であり、今回はDiamond Light Source(DLS)による開催であった。依然ハイブリッド開催も多いこの時期に、原則現地参加での開催であった。世界に先駆けてCOVID-19に対する規制を全廃した英国のお国柄を反映しているように思われた。
 会場となったSaïd Business SchoolはOxford駅のすぐそばにあり、非常に近代的な建物である(図1)。21日のWelcome receptionでは、参加者たちが久しぶりの対面を喜び、親睦を深めていた。

 

図1 Saïd Business Schoolの外観。英国らしい曇天であった。

 

 

2. 会議内容
 Scientific ProgramはDLSのCEOであるA. Harrison氏の挨拶で始まった。セッションは主に研究対象による分類がなされており、Quantum Materials、Functional Materials、Energy & Catalytic Materials、Time Domain Spectroscopy、Novel Instruments & Methods、Soft & Extreme Conditionsの6ジャンルに分けられていた。プログラムはIXS2022のウェブサイト[1][1] https://www.diamond.ac.uk/Conference/IXS2022.htmlで閲覧できる。口頭発表が64件(remarks含む)、ポスター発表が37件であった。Delegate listに挙げられた人数は119人であった。
 口頭発表はNelson Mandela Lecture Theatreにて行われた(図2)。7件のPlenary talkを含めた口頭発表の内訳は、Resonant IXS(RIXS)が34件、フォノン非共鳴IXSが7件、コンプトン散乱が3件、X線ラマンが3件、HERFD-XAS(蛍光検出高分解能X線吸収分光法)が2件、時間ドメイン関係が8件、FELビームライン関係が5件であった。RIXS、特に軟X線RIXSの発表件数の多さが近年の特徴である(RIXS発表中32件、FEL-BL中4件)。

 

図2 主会場となったNelson Mandela Lecture Theatre。

 

 

 別の切り口として、発表者の所属について見てみたい。口頭発表の内、所属が非放射光施設の発表者(ユーザー)によるものは34件、放射光施設の発表者(理論除く)によるものは22件であった。なお、理論計算の発表は6件であった。SPring-8に限ってみると、ユーザーと施設関係者による発表はそれぞれ3件ずつであった。
 もうひとつ、本会議は基本的に完全に現地参加と聞いていたが、11件のバーチャル発表が実施されていた。バーチャル発表者はご自身の発表にだけ参加されており、会議全体を視聴されていなかったようだ。ただ技術的には可能だったように思われるため、もし一般にもバーチャル聴講を許容していれば、「IXSに興味はあるが会議に出向くまでは…」という潜在的ユーザーの掘り起こしになったのではないかと考える。
 セッション中、特に熱い議論が交わされていたふたつの発表を紹介したい。ひとつ目は、Sorbonne大学のH. Elnaggar氏による、Fe2O3ヘマタイト中のFe3+L3 RIXSを測定し、1フォトンによる5マグノンの励起を観察したとの報告である。これに対して多くの質疑がなされ、本当にマグノン励起なのか、単なるspin-flipではないか、d-d遷移を見ているのでは、といった議論が交わされた。筆者はこの分野に詳しくはないが、励起エネルギーの運動量依存性(つまり分散関係)が示されてはおらず、これ無しにマグノンと言えるのかが疑問であった。興味のある方は参考文献をご覧いただきたい[2][2] https://doi.org/10.48550/arXiv.2208.03198。ふたつ目は、Hokkaido大学のK. Asakura氏による、MARX-Raman(Multi Atomic Resonant X-ray Raman)の報告である。Er(C5H5)3に対して、Er L1端に対応したX線を入射すると、エネルギーロススペクトルに、C K端に対応する構造が観測されたという実験例と共に、散乱断面積の理論的解釈を発表していた。これに対するPotsdam大学のA. Föhlisch氏のコメントは圧巻であった。それとは別に、電子-電子相関項が実験系において有限の値を持つのかが指摘された。発表で紹介されたデータからは、Erの共鳴効果が効いたから見えたのか、非共鳴でも見えるものなのかが判別できなかったが、今後の更なる研究の進展が期待される。
 次に、筆者が個人的に注目した発表をふたつ紹介したい。いずれもIXSを用いた応用研究である。ひとつ目は電池の充放電における電極の物性研究である。これについては多くの発表が行われたが、Oxford大学のP. Bruce氏によるPlenary Lectureが纏まっており非常に分かりやすかった。最新世代のリチウムイオン電池の陽極に用いられる過剰リチウム酸化物の酸素の酸化還元反応が、電池の充放電容量を決めているとのことであった。このメカニズムの解明には、陽極物質に対する酸素のK端RIXS測定が活用された。これらの研究の発展として、O K端RIXSを、実際のバッテリーセルを用いた充放電下においてオペランド測定するとの計画が、他の方の発表においても提案されていた。確かに、充放電メカニズムの解明に酸素の詳細な電子状態解析が可能なRIXSが有用である。一方で、オペランド測定にはRIXSによる作動条件での精密電子状態解析だけではなく、X線ラマンによるバルク電池セル測定が必要になるのではないかと筆者は強く感じた。
 もうひとつは、文化自然遺産に対する軽元素XRS研究である。Paris-Saclay大学のL. Bertrand氏は、昆虫入り琥珀や、オーストラリア先住民が利用していた植物浸出液加工物に対し、炭素、窒素、酸素のK端X線ラマン測定を行い、化学種分別イメージングや化学分析を行った研究について講演を行った。ESRF、SOLEIL、SSRL等の放射光ビームラインを目的に応じて使い分けることで行われた研究は、非常に印象的であった。美しいイメージングの例は参考文献をご覧いただきたい[3][3] R. Georgiou, P. Gueriau, C. J. Sahle, S. Bernard, A. Mirone et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaaw5019.; https://doi.org/10.1126/sciadv.aaw5019。この講演で気になったところは、試料の放射線損傷が問題になっているとの指摘であった。バルク試料中の軽元素を非破壊で測定できるというX線ラマン散乱のメリットを生かすはずの測定で、貴重な試料がダメージを受けては堪ったものではない。試料を冷やして測定するという対策が検討されているようだが、よりエネルギーの高いX線をプローブとすることでも試料への放射線損傷を抑えるという方法もあるかもしれない。
 最後にポスターセッションについて触れなければならない。37件のポスターが貼られた会場には、コアタイムになると多くの参加者で賑わいを見せた。人と人の距離が近く、口頭発表会場ではあまり見られなかったマスク姿の参加者も多く見られたが、各所で活発な議論が行われていた。これこそがポスターセッションの醍醐味である。Tea & Coffee Break中の情報交換と共に、現地開催ならではの雰囲気があった。

 

 

3. IXS2024
 Conference BanquetはWadham Collegeで開催された。こちらは発表会場のSaïd Business Schoolとは打って変わってゴシック調の建物で、いわゆるOxfordらしい趣があった(図3)。通りに面した扉を入ると広い芝生の広場があり、さらに進むと広い庭や礼拝堂があった。OxfordのCollage文化を垣間見ることができた非常に良い機会であった。食堂ではそれこそハリーポッターの世界に飛び込んだような錯覚を覚えるほどで、すばらしい体験をさせていただいた(図4)。

 

図3 Parks Roadから見たWadham Collegeの外観。雨上がりの青空が見えていた。

 

図4 Wadham Collegeの礼拝堂(左)と食堂(右)(写真提供:A. Baron氏)。食堂左側の壁の奥にはRoger Penroseの肖像画(白っぽく見えるもの)が掛けられている。

 

 

 さて、Conference dinnerでは次回会議開催地についての発表があった。第13回となるIXS2024はSPring-8がホストとなり姫路にて開催されるとのことで、RIKENのA. Baron氏から挨拶があった。
 最終日には、本会議のInternational Steering Committee会長のA. Bansil氏による閉会の挨拶の後、再度A. Baron氏がスライドを用いて次会開催地である播磨地区のアピールを行った。SPring-8がホストとなるのは2007年に行なわれた第6回以来の17年ぶりとなる。今回は開催地の関係もあり欧州研究機関からの発表が多かったが、IXS2024においては、多くのSPring-8ユーザーによるご発表がなされることを祈念して、擱筆とする。

 

 

 

参考文献
[1] https://www.diamond.ac.uk/Conference/IXS2022.html
[2] https://doi.org/10.48550/arXiv.2208.03198
[3] R. Georgiou, P. Gueriau, C. J. Sahle, S. Bernard, A. Mirone et al.: Sci. Adv. 5 (2019) eaaw5019.; https://doi.org/10.1126/sciadv.aaw5019

 

 

 

福井 宏之 FUKUI Hiroshi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : fukuih@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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