Volume 27, No.3 Pages 274 - 279
3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
回折・散乱IビームラインBL13XUの現状
Current status of X-ray Diffraction and Scattering I beamline BL13XU
[1](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室 Diffraction and Scattering Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI、[2](公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 産業利用・産学連携推進室 Industrial Application and Partnership Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI
1. はじめに
X線回折は、原子レベルでの物質の構造を分析する極めて優れた手法であり、SPring-8においても、複数のビームラインで回折装置が整備されており、目的や対象となる試料に応じてビームラインを選択できるようになっている。一方、近年では、ユーザー層の拡大や計測技術の飛躍的な向上を背景に、測定の自動化やin-situ/operando測定など、より高度な測定技術の確立が求められている。そこで、将来的なSPring-8-IIへの移行も念頭に置いて、汎用的に利用可能な回折装置を集約し、集中的にリソースを割り当てることで効率の良い装置の運用や高度化を進めることを目的として、2020年頃から、X線回折ビームラインの再編計画が専門のワーキンググループによって検討されてきた。
この再編計画に沿う形で、BL13XUでは2021年度末に実験装置の新規整備ならびに移設が行われた。更新後の実験装置の構成は、
実験ハッチ1:多目的6軸回折計
実験ハッチ2:回折計測汎用フレーム
実験ハッチ3:高分解能粉末回折装置
実験ハッチ4:ナノビームX線回折装置
となっている。これらの装置は、従来行われてきた回折実験を極力損なうことなく、新たな機能、性能を搭載して測定の自動化、効率化、拡張性などを実現することを目的としたものである。
また、実験装置の更新に合わせて、ビームライン光学系の更新も行われた。この更新は、単に光学系機器のリフレッシュではなく、高エネルギーX線の利用を想定したアップグレードである。
本稿では、更新後のBL13XUの実験装置について紹介する。
2. ビームライン光学系の更新
以前のBL13XUは、6~50 keVのX線を利用可能なビームラインとして整備されていた。しかしながら、観測可能な逆格子空間が拡大すること、透過配置など実験配置の自由度が高くなること、検出器技術の飛躍的な進歩により効率のよい計測が可能になったことなどから、近年、高エネルギーX線の利用に対する要望が高まってきている。そこで、BL13XUでは、72 keVまでの高エネルギーX線を利用可能とするべく、光学系のアップグレードを実施した。
更新の内容は、モノクロメータのSi(111)/(311)結晶切替機構の導入、およびミラーの更新である。モノクロメータにはこれまでSi(111)結晶が用いられてきたが、高エネルギーX線の分光に対応すべく、(111)/(311)面の切り替えを行うための改造を実施した。Si(111)とSi(311)結晶は光軸に対して平行に配置されており、容易に切り替えが可能である。37 keV以下では111反射、それ以上のエネルギーでは311反射を用いる。また、ミラーはSi/Ptの2種類のコーティングとして、エネルギーに応じた適切な角度に配置することで高調波の除去と試料位置での集光を実現する。
図1に、各エネルギーでのフォトンフラックスを示す。特に40 keV以上のエネルギーでも高フラックスのX線が利用可能になっており、72 keVでも1010 photon/secを超えるフラックスが得られている。このような高エネルギーX線はこれまでBL13XUでは利用できなかったものであり、今後、この高エネルギーX線を活かしたX線回折計測技術の開発を進める計画である。
図1 測定されたフォトンフラックス。アンジュレータ光の次数、モノクロメータの結晶面、ミラーのコーティングを分類してプロットしている。311反射では、ミラーを使用していない。
この他、今回の更新に合わせて、光学系の制御システムとして、新しい基盤技術であるBL-774を導入した。BL-774では、光学系だけでなく各実験ハッチの実験機器も同じプラットフォーム上で制御可能である。これにより、今後、測定の自動化やリモート実験など、利便性の高いビームタイムの運用を実現していく予定である。
3. 多目的6軸回折計(実験ハッチ1)
これまで実験ハッチ1で運用していた高角度分解能X線回折装置の供用を2021年度末に終了し、BL46XU(旧・産業利用III、現・HAXPES II)実験ハッチ1で運用していた多目的6軸回折計を実験ハッチ1に移設した。2022年3月に回折計本体・ケーブル類・周辺機器をBL46XUより移設し、オフラインでの立ち上げ、およびX線を用いた立ち上げ・調整を行い、2022年6月よりユーザー利用を再開し、2022A期には11課題が実施される。これまで産業利用課題を受け入れてきた装置であるが、利用制度や支援体制は維持しつつ、新たに学術系課題の受入れも可能となった。
回折計の写真およびCAD図を図2に示す。本回折計はHUBER社製6軸回折計であり、薄膜・表面X線回折、応力測定、各種in-situ測定などが受入れ可能である。検出器は0次元・1次元・2次元検出器から選択することができ、多目的なX線回折実験を実施することができる。
図2 実験ハッチ1に設置された多目的6軸回折計。
4. 回折計測汎用フレーム(実験ハッチ2)
近年の回折実験では、試料への外場印加、加熱・冷却などの比較的単純な制御に留まらず、材料製造プロセス中のその場観察や、デバイス動作中のオペランド測定など、測定手法が高度化し、試料環境装置も大型化、複雑化している。これに対し、従来用いられてきた回折計は、χサークルや2θアームの存在により試料周辺空間が制限され、これが試料環境装置の設計の制限になることが少なくなかった。そこで、こうした制限を排し、試料周辺に大きな空間を確保して大型の試料環境装置の設置を可能にするために、我々は、回折計測汎用フレームの整備を行った。
回折計測汎用フレームは、主にヘキサポッド搭載試料ステージと検出器保持用ロボットアームで構成される(図3)。ヘキサポッドは、試料の位置X, Y, Zおよび傾きRx, Ry, Rzを自由に制御可能である。本装置では、ヘキサポッドに大型のXZステージおよび回転ステージが組み合わされ、試料の位置、方位の制御が可能である。装置の耐荷重は250 kgとなっており、大型の試料環境装置の設置が可能な性能をもっている。
図3 回折計測汎用フレームの写真。
この試料ステージに、検出器保持のためのロボットアームが組み合わされる。ロボットアームは最大積載荷重25 kg、リーチ範囲約2 mである。ロボットアームの先端には2次元検出器が取り付けられる。カメラ長は0.1~1 m以上(特定の角度では最大1.5 m程度)の範囲で自由に設定できる。散乱角として、カメラ長が1 mの場合に、試料を原点とし、X線の光軸を基準として水平方向に約±60°、垂直方向に約60°の範囲をカバーできるように設計されている(図4)。搭載する検出器は、PILATUS X 300Kである。
図4 カメラ長を1 mとした場合のロボットアームによる検出器位置の角度範囲。
本装置は、主にユーザーが試料環境装置を持ち込んで実験を行うことを想定して設計されたものである。実験室で使用されている装置そのもの、あるいはこれに近い装置を搭載できる他、製造プロセスの再現装置などの大型の試料装置を用いたin-situ/operando測定なども可能になると期待されている。現在、2022Bからの共用開始に向けて装置の立ち上げ調整を進めている。
5. 高分解能粉末回折装置(実験ハッチ3)
実験ハッチ3に新たに設置された高分解能粉末回折装置は、高輝度高エネルギーX線の利用により学術・産業界ユーザーのX線回折、散乱を用いた分析に対する様々な試料環境下におけるプロセスの解明など多様なニーズに対応することを目的として整備している。利用可能なエネルギーは16~70 keV程度であり、高エネルギーX線を利用した高いQ領域の測定から、ミリ秒レベルの時間分解能および高い角度分解能を有する粉末回折パターンを計測することが可能となっている。ターゲットとして、結晶性材料、乱れた結晶材料からナノ粒子に渡り、粉末試料の定性分析、リートベルト解析やPair Distribution Function(PDF)を用いた構造解析により、材料物性研究に至るまで幅広い分野を対象としている。自動粉末回折計測に加え、キャピラリ試料の準備のための自動粉末充填装置とも連携しており、粉末回折実験における一連の作業・計測は自動化されている。また、自動機器切替システムも搭載されており、1辺600 mm程度、耐荷重300 kg程度まで持込装置を自動大型定盤ステージ(θ、XYZ軸)に搭載可能であり、その定盤ステージを回折計側に自動で挿入する機構を有している。この機構により広い試料空間を利用した様々なin-situ/operando X線回折実験が可能である。
導入された装置の写真を図5に示す。回折計はθ/2θの2軸回折計であり、6軸高速スピナー(200 rpm)試料台が回折計に搭載されている。スピナー試料台には小型の試料セルを搭載することも可能であり、試料ホルダーやその他多くの機器において、BL02B2の粉末回折装置と互換性を有している。2θ円盤上には、電動の6軸検出器アームが搭載されており、試料-検出器間の距離(600-1100 mm)は可変である。アーム上には、高エネルギーX線対応の2次元CdTe検出器Lambda750Kが6台搭載されており、試料-検出器間の距離は、630 mm, 1050 mmの距離が典型的な利用であり、角度分解能Δ2θはそれぞれ0.005, 0.003°である。検出可能な2θの範囲は1~80°、オペランド計測用のシングルショットモードでは1~40°が利用可能となる。また、回折計と独立して、窒素ガス低温/高温吹付装置の温度可変ユニット、大面積フラットパネル検出器ユニットを組み合わせた実験も可能である。大面積フラットパネルは、XYZステージ上に搭載されており、試料-検出器間の距離は400–1800 mmまで可変である。図6(a)はLambda750K検出器を用いて35 keVで測定したCeO2試料、図6(b)は大面積フラットパネル検出器を用いて60 keVで測定したLaB6試料の粉末回折データを示している。これらデータはそれぞれ、1秒と10秒の積算時間で計測しており、短時間の計測においても結晶構造解析が可能な回折データが得られている。なお、Lambda検出器はビームラインで利用可能な16-70 keV程度の高エネルギーX線を用いた計測に対応しており、ビームラインの標準的な測定やミリ秒オーダーなど高速なin-situ計測にLambda検出器を用いる。大面積フラットパネル検出器は2θの計測可能な角度領域および角度・時間分解能については多連装Lambda検出器システムより劣るが、アジマス方向の広い領域を撮像することが可能であり、デバイリング全体の可視化が必要となる合成プロセスなどのin-situ計測に活用するために整備されている。試料環境については、窒素ガス低温/高温吹付装置が常設されており、90 Kから1100 Kまで、試料交換ロボットを組み合わせることにより、温度可変を含めて最大100試料の自動測定が可能である。
図5 新たにBL13XUの実験ハッチ3に設置された高分解能粉末回折装置の写真。
図6 (a) 35 keVのX線を利用してLambda750K検出器6連装で計測したCeO2の粉末回折データ。積算時間は1秒である。挿図は、1次元回折データのもととなる2次元回折像の一部を示している。(b) 60 keVのX線を利用して大面積フラットパネル検出器で計測されたLaB6の2次元粉末回折データ。
6. ナノビームX線回折装置(実験ハッチ4)
ナノビームX線回折装置は、装置の変更はなく、以前の装置を継続して利用する。そのため、大きな変更はないが、光学系のアップデートにより、X線の質が向上している。
図7に装置の概要を示す。集光素子として、当初はフレネルゾーンプレート(FZP)を用いて15 keV以下のナノビームを形成していた[1][1] Y. Imai, K. Sumitani, S. Kimura: AIP conf. Proc. 2054 (2019) 050004.。これに加え、屈折レンズ(CRLs)の開発を行い、35 keVまでの高エネルギーX線ナノビームの形成に成功している。各エネルギーにおけるナノビームの性能を表1に示す。
図7 ナノビームX線回折装置の概要。
表1 ビームサイズとフラックス(データはビームライン光学系更新前のもの)
Energy (keV) |
Device | Beam size (μm) | Flux (photon/sec) |
|
H | V | |||
8 | FZP | 0.24 | 0.31 | 1.34 x 109 |
20 | CRLs | 0.26 | 0.34 | 1.52 x 109 |
25 | CRLs | 0.31 | 0.25 | 1.30 x 109 |
30 | CRLs | 0.38 | 0.29 | 1.71 x 109 |
35 | CRLs | 0.59 | 0.32 | 1.00 x 109 |
光学系のミラーの更新に伴い、集光素子に入射するX線の均一性が高くなったことで、より効率よくX線の集光が可能になった。例として、8 keVの場合に、FZPによる集光ビームのフラックスが数倍になっていることを確認している。また、72 keVまでの高エネルギーX線が高フラックスで利用できるようになったことを受け、現在、さらなる高エネルギーX線の集光技術開発を進めている。
7. 最後に
BL13XUでは、2022年の回折ビームライン再編に伴い、大幅な装置の新規導入・移設が行われた。また、2022B期からは年6回募集に移行するなど、制度面での変更も行われる。このため、これまでのユーザーの方々には戸惑われることも多いかもしれない。
今回のBL13XUの整備は、これまでのユーザーが実施してきた実験課題は同じ水準で実施できるように配慮した上で、さらに自動化などの利便性の向上、新たな測定ニーズに対応可能な装置のアップグレードなどを盛り込んだものである。このため、これまで以上に有効にビームタイムを利用していただけると考えている。
なお、紙面の関係で紹介できなかった装置の詳細なスペックなどについては、公式HP[2][2] http://www.spring8.or.jp/wkg/BL13XU/instrument/lang/INS-0000000445/instrument_summary_viewをご参照いただきたい。
謝辞
本稿はビームライン担当である我々が代表して執筆しましたが、理研・JASRIの多くのスタッフが協力し、今回のビームラインのアップグレードが当初計画のスケジュール通りに実現しました。
光学系更新はJASRIビームライン技術推進室(大橋、山崎、仙波、岸本、清水康宏、坪田、小山、齊藤、清水冴月、松崎、竹内、三浦各氏)を中心に、設備更新では理研の菅原氏をはじめとするエンジニアリングチームのスタッフ各位、またビームライン制御系更新では、理研の城地、本村、中嶋、渡邊各氏らが、互いに連携しつつ、それぞれの専門分野の最適設計や更新計画の立案、立上げ調整を担いました。
ビームライン再編について、理研の矢橋ディレクター、JASRI放射光利用研究基盤センターの坂田副センター長、JASRI回折・散乱推進室の玉作室長、杉本TL、今井TL、産業利用・産学連携推進室の佐藤室長代理が取り纏めを行いました。
この他にも、多くの方々のご尽力を頂きました。皆様に心より感謝申しあげます。
参考文献
[1] Y. Imai, K. Sumitani, S. Kimura: AIP conf. Proc. 2054 (2019) 050004.
[2] http://www.spring8.or.jp/wkg/BL13XU/instrument/lang/INS-0000000445/instrument_summary_view
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : sumitani@spring8.or.jp
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