Volume 27, No.2 Page 79
理事長室から Giver or Taker ? -相克から相補へ-
Message from President Giver or Taker ? – Transformation of Conflict to Complementary Relation –
JASRIの研究者のミッションは、ユーザーの研究支援と各自の研究テーマの遂行で、この2つを両立することが求められています。この2つは決して相克関係ではなく、相補関係にあることを確信しているものの現実的には挑戦的な課題です。
最近、この挑戦的な課題を考える上で大変に参考になる書籍1)を興味深く読んだので、ここで紹介します。この本では、giver=人に惜しみなく与える人、taker=真っ先に自分の利益を優先させる人、と定義されていて、成功する人はgiver、即ち、人に惜しみなく与える「他者志向のgiver」だと言うのです。世知辛い現代にあって、理想的にはそうありたいが、現実的には難しいという、理想と現実のギャップに苦悶する日々なので、一気に読みました。「きれいごと」の理屈ではなく、豊富な実例とデータに基づく説得力ある、人生の「逆説的な発展法則」と言ってもよい内容に感動しました。是非、一読されることをお勧めします。
ここでは、ポイントとなる図だけを引用します。この図で重要なことは、相克すると思われがちな他者利益と自己利益が2次元直交系でプロットしてあること。即ちお互いに独立であり相克ではないということです。もし、2つの軸を1次元プロットした場合、それらは互いに反対方向を向き打ち消し合う関係になり、これがまさしく相克関係です。この2次元プロットを見て、「多次元化による相克関係から相補関係への思考進化」という言葉を私が勝手に命名しました。
このプロットをJASRIの職務に適用すると、ユーザー支援だけで各自の研究を怠る自己犠牲的なgiverや、各自の研究ばかりでユーザー支援を怠る自己中心的なtakerに陥ることなく、目指すべきは、「他者志向のgiver」になることだと言えます。大学における教育と研究の関係も同様であり、相克的ではなく相補的に考えるべきです。
この図を見て、光の干渉と吸収の関係に似ていると思いました。入射波と散乱波が干渉する場合は2つの波の位相差は90度、吸収する(打ち消し合う)場合は180度の関係があります2)。2つの波の関係が相補的か相克的かは、90度か180度かの違い、即ちその関係が1次元か2次元かの違いです。
現在、世界的な現象として随所に見られる分断化・分極化の傾向は、現象を相克的に捉える唯物弁証法的思考の悪影響ではないかと強く感じます。現象を多次元的に捉えて、相克的ではなく相補的に考える思考習慣と文化の構築の必要性を感じます。
私はこの図に更に次元を1つ追加して3次元に拡大して考えるべき時代であると考えます。その新たなる軸は、環境利益への関心です。その3軸は、自己利益と他者利益と環境利益になります。これはSDGsの考え方でもあるのではないでしょうか。
図 他者志向の成功するgiver
1)「Give & Take「与える人」こそ成功する時代」アダム・グラント著、楠木建監訳、三笠書房(2012)
2)正確に言えば、入射波と散乱源の位相の差は干渉の場合はゼロ、吸収の場合は90度。フレネル回折により散乱波の位相は90度遅延するので、結果としての位相差は、干渉の場合は90度、吸収の場合は180度になる。