Volume 27, No.1 Pages 65 - 68
4. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS
専用ビームラインにおける評価・審査の結果について
Review Results of Contract Beamlines
SPring-8に設置されている専用ビームラインは、登録施設利用促進機関であるJASRIの専用施設審査委員会において、「放射光専用施設の設置計画の選定に関する基本的考え方」に基づき、評価・審査等を実施し、その評価・審査の結果は、SPring-8選定委員会に諮った後に通知・公表されます。
以下の2機関2本の専用ビームラインについては、2021年11月に専用施設審査委員会(以下、本委員会という)で評価・審査を実施し、その評価審査の結果を2022年2月に開催しましたSPring-8選定委員会に諮り、承認されましたので以下、報告します。
記
中間評価・生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)
(設置者:大阪大学蛋白質研究所)
・豊田ビームライン(BL33XU)
(設置者:株式会社豊田中央研究所)
大阪大学蛋白質研究所が設置した生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)および株式会社豊田中央研究所が設置した豊田ビームライン(BL33XU)は、前回2018年の審査結果から次期計画が承認され6年間で契約を更新しており、このたび3年が経過したことから本委員会で中間評価を実施しました。評価結果は、ともに今後の運用を「継続」することとなりました。
評価・審査結果の詳細については、以下、各施設の報告書を参照ください。
生体超分子複合体構造解析ビームライン(BL44XU)
中間評価報告書
設置者である大阪大学蛋白質研究所から提出された書類および口頭による報告発表に基づき、ビームラインとステーションの構成と性能、施設運用および利用体制、利用成果および今後の計画について、11月2日に開催した第34回専用施設審査委員会で評価および審査を行った。その結果、施設運用は順調で、機器整備もほぼ計画通りに実施、利用成果の公開も進んでおり、今後の計画からの成果創出に関しても期待ができる。以上のことから、今期計画の残り3年間について「継続」を勧告することとする。
一方で、生体超分子複合体の構造解析を謳うビームラインとしては、研究分野として過渡期にあることもあって、その特長を十分に示すには至っておらず、SPring-8内の同種のビームラインとのデマケーションにやや課題があること、またそれらを満たすための今後の開発において、来年度以降の資金的な裏付けや人員規模に懸念があると指摘があった。
以下、項目ごとの評価、審査結果の詳細を記載する。
1. ビームラインとステーションの構成と性能
本ビームラインは挿入光源のBL44XUからなる。SPring-8にはタンパク質結晶回折実験に用いられるビームラインとして、共用に使われているいわゆるPX-BLも含め他に6本あって、それぞれが特徴的な試料を対象とする棲み分けが進んでいる。他方、ユーザーインターフェースは理研・JASRIにて開発されたシステムが導入され、設置機器の違いはあるものの全体としてよく統一されており、目的に応じてビームラインを使い分けることに支障がない環境を提供している。
本ビームラインは当初よりタンパク質のなかでも巨大な分子(超分子複合体)を標的とし、回折点間隔が狭くなる大きな単位格子を有する結晶に適用するため、発散角が小さい平行度の高いビームを提供できる特長を有する。一方で、集光比が小さく光子密度も低いため、近年進展が著しい微小結晶の測定にはやや不向きで、露光時間も長くなる傾向がある。しかし、近年実施された縦集光ミラーの導入で光子密度の向上、2018年のPAD(Dectris Eiger X 16M)の導入で測定時間の大幅な短縮、また2016年にサンプル交換ロボットの大容量化で効率的な実験環境を実現した。こうした試料への対応を目的にした高度化により、当該BLの特長はやや失われつつあるが、長格子結晶の測定への最適化をさらに進めるための可動式ビームストッパーや検出器傾斜架台の導入、さらに近年の多軸ゴニオメータの導入で精度の高いデータ測定のみならずタンパク質結晶へのDAFS法の適用も始めている。こうしたことから、特色を損なわずに汎用化を進めることにも成功している。
2. 施設運用および利用体制
ビームタイムの運用については、研究所内の利用のほかに、従来どおり蛋白質研究共同利用・共同研究拠点の理念に基づき共同利用課題を受け付けており、主として国内のアカデミアの利用者に広く、また柔軟な実験時間配分により門戸を開いている。この課題枠として40%程度のビームタイムを用意する一方、台湾NSRRCとの連携協定下での利用とAMED-BINDSの支援ビームタイム利用はそれぞれ10%程度の時間配分となっている。また、第1期以来のユニークな運用として、生体超分子複合体に関する課題の採択に有利となる制度も運用し、当該領域の研究の推進を行っている。一方、やや利用者が固定化されているほか、産業界からの利用については、共同研究ベースの数件に留まり、利用制度の整備も含めた対応は引き続き課題の一つといえる。
利用状況については、前回審査時に述べたとおり高性能化に伴う測定の効率化で、2012年以降の採択課題数は年間80件程度を推移し、それ以前と比べて倍増した。しかし、来所利用が中心となっていることから、2020年からのコロナ禍にあって利用時間数が減少している。この対応として、ビームラインスタッフによる受託測定を実施したほか、一部のPX-BLで運用されている遠隔実験環境も整備し2021B期から利用を始めている。
運用体制は、責任者である中川敦史教授1名のほか、SPring-8サイトに常駐するスタッフは2名(准教授1名、博士研究員1名)となっており、常駐者は近年1名減員の状態が続いている。理研およびJASRI、SPring-8の台湾ビームラインとの連携により、研究開発や機器設置に関する協力が得られる状況にあるとはいえ、自動化等への対応についてやや遅れも見られる。前回審査時にも人員に関する懸念が示されたが、残念ながらその後の改善は見られていない。
安全衛生面については、十分に配慮された運営がなされている。JASRI安全管理室による立入検査においても特段の問題点は見いだされておらず、今後とも安全に配慮した実験の実施をお願いしたい。
3. 利用成果
大阪大学蛋白質研究所内からの研究成果として、NADHデヒドロゲナーゼ様複合体、光化学系I-フェレドキシン複合体、ファージテールファイバー、Wnt-Frizzledシグナル伝達複合体など、本ビームラインの設置の目的の一つである複合体形成によって機能を発揮する蛋白質群の解析で優れた成果を引き続き創出している。
発表論文数においても、2011−2012年以降、年間60−80報前後の原著論文が発表されている。インパクトファクターの高い学術誌に掲載された成果も多く報告されている。この成果は、引き続きSPring-8の他のタンパク質結晶解析ビームラインと比較しても遜色なく、当該ビームラインの特長を活かした成果と相まって、その研究成果は高く評価できる。
4. 今後の計画
本ビームラインの特徴として掲げる生体超分子複合体構造解析は、近年の透過型クライオ電子顕微鏡(CryoTEM)による単粒子解析の進展で転換期を迎えており、分子量に制限がない結晶解析の独壇場であった様相は変化しつつある。その一方で、同所の有する計測技術として、CryoTEMや核磁気共鳴法(NMR)と放射光を連携させる取り組みを今まで以上に進めていく提案がなされた。タンパク質の構造科学的理解は多方面に進んでいるが、本ビームラインの特長を生かした超分子複合体の動的な離合集散に基づく分子ネットワークの理解に取り組む試みは、次世代の構造生命科学研究を見据えており、その取り組みは前回同様概ね評価された。また、同研究所の機能である大学共同利用施設として、これらの普及に取り組むことが盛り込まれていることも評価できる。
しかし、これらの提案は一般ユーザーが利用するSPring-8の共用PX-BLにも共通しているものも多い。当該BL同様に生体超分子複合体の構造解析を得意とするCryoTEMによる単粒子解析が急速に進展している昨今の状況を踏まえると、CryoTEMと当該BLの研究成果が重複して両者を連携させる取り組みに対しては多少の異論もあり、当該BLの特長を十分活かした将来計画が必要である。したがって、従来担ってきた役割からの転換を早急に模索する必要があろう。
その点において、ビームライン高性能化は主として2017年度から導入された大型外部資金AMED-BINDSプロジェクトにて実施されてきたが、今年度に終了する。継続プロジェクトに関する議論も始まっているが、現時点では未定であるため、これをふまえた提案はなされなかった。以上のことから、今後の計画、特に中長期的な計画の策定について、他のビームラインとの役割分担もふまえて検討は急務である。また、大学が設置するビームラインとして、後進の育成にも取り組んでいただくことはこれまでどおり期待したい。
以上のように、全般的な取り組みは評価できる。ただし、運用の体制と中長期的な計画については、過渡期にある本研究分野の現状も踏まえた該当コミュニティーと議論、またSPring-8内の同種のビームラインとのデマケーションについては施設との議論も踏まえ、さらなる検討を進めていただきたい。
以上
豊田ビームライン(BL33XU)
中間評価報告書
豊田ビームライン(BL33XU)は、トヨタグループの研究開発を、原理原則に基づき材料からシステムまで幅広く支え先導していく(株)豊田中央研究所(以下、豊田中研)が管理・運営するビームラインである。豊田中研は1999年より産業用専用ビームライン建設利用共同体(サンビーム)に参画して放射光の利用を開始し、2009年より専用ビームラインBL33XUを運用している。その後、2018年までの10年間の第1期を終え、2018~2024年の6年間の第2期を進めている。
トヨタ自動車は2015年に持続可能な社会の実現に貢献するため「トヨタ環境チャレンジ2050」を発表し、新車平均走行時CO2排出量の90%削減(2010年比)を目標として掲げており、第2期ではハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、電気自動車(BEV)、燃料電池自動車(FCEV)等の電動車に係る技術開発に重点化した取り組みを進めている。
今回、提出された豊田ビームライン(BL33XU)の中間評価報告書と口頭による報告発表に基づき、ビームラインとステーションの構成と性能、施設運用及び利用体制、利用成果、及び次期計画の4項目について11月2日に開催した第34回専用施設審査委員会(以下、本委員会)で評価・審査を行った。その結果、X線発光分光/X線ラマン散乱分光計測システムやX線マイクロCT/ラミノグラフィ計測システム、非破壊3D構造解析、オペランド解析等、第1期から開発してきた技術も含め、本ビームラインの第2期の計画に適した機器整備により、新型MIRAIに向けた燃料電池内で生成するミクロな水の可視化を実現し、その水を効率的に排水するガス流路の設計に繋げるなどの大きな成果が得られており、本委員会は、第2期後半も当該ビームラインの設置と運用を「継続」することを勧告することが妥当であると判断した。
以下、項目毎の評価・審査結果の詳細を記載する。
1. 「装置の構成と性能」に関する評価
豊田ビームラインでは、国内外の放射光施設を利用して研究を行ってきた経験を活かし、第1期では共用ビームラインやサンビームでの実施が難しい、排ガス浄化触媒や二次電池等の機能性材料のオペランド解析と金属や複合材料の非破壊内部構造解析の二つについて重点的な整備を進めており、第2期ではこれらを応用した電動車に係る技術開発に重点化した取り組みの中で、大学や理研、JASRIとの共同研究も活用しながら技術を向上し完成度を高めている。実用材料やシステムに関わる他のBLには見られない未踏X線解析技術、特にオペランド解析技術に関しては、軽元素分析や複数の計測技術によるオペランド環境の深化における進捗が見られている。また、AI利用によるデータ解析で画像の高品質化を実現するなど、製品開発にフィードバックする目的に直結した取り組みも進展しつつある。新たな先進的技術が開発されているとは言えないかもしれないが、第2期は6年という短い期間で、成果の創出時期と捉えれば、適切な進め方と考えられる。
2. 「施設運用及び利用体制」に対する評価
このビームラインは一社専用のビームラインであり、第1期から引き続き、社内の設備と同等に位置付けて安全管理され、常駐者も配置されて着実な運営が進められている。企業から見ると遠地の研究拠点ではあるが、期初にはRA(リスクアセスメント)、各作業前にKY(危険予知)活動を行うという企業内で徹底されている安全活動がこのビームラインでも実施されており、課題ごとに安全担当者を配置し課題実験開始時に1時間の実験引継ぎ、実験責任者による安全活動を実施する等、安全活動の取り組みは模範的である。また、前回指摘された事項に対応し、ビームタイムの運用では緊急時の課題に対応する仕組みを設けることや、実施後の成果公開課題に対しての成果報告トレースも進めるなどの管理が行き届いたビームラインであることが評価できる。
何よりも、重点化した電動車に関する課題に対しては、製品開発者との共同研究体制によりトヨタグループ内での緊密な連携を進め、実験結果を製品の開発や品質向上に資すると共に、委託業務(依頼分析)にも対応する体制で運営されていることは、今後の大きな事業成果につながるものと期待されることから大いに評価できる。
一方で、第2期前半の期中で年次毎に論文登録数と成果専有利用料の双方とも増加傾向にあるが、成果専有利用と成果非専有利用の適切な運用は引き続きお願いしたい。
3. 「研究課題、内容、成果」に対する評価
第2期前半の成果として、燃料電池スタックの高出力化に向けてガス流路の設計改良で高出力化を達成して新型MIRAIの開発に貢献したことや、触媒コート層の細孔を制御した排ガス浄化触媒の実用化へ貢献するなど、実用化における成果が得られただけでなく、走査型3次元X線回折顕微鏡法の開発に成功し2019年にScience誌に掲載されたことや、2020年度文部科学大臣表彰を受賞した人工光合成の実証研究ではFeを用いた高活性酸化触媒の触媒活性メカニズムの解明に放射光解析で貢献するなど、顕著な学術成果も得られている。その他、成果公開利用の成果指標としての査読付き論文数も第2期前半の期中で年次毎に増加していることも評価できる。
4. 「今後の計画」に対する評価
豊田ビームライン第2期は、トヨタグループの放射光解析ニーズに即して第1期から開発してきた技術を活用し、電動化モビリティ普及を加速することを重点計画としたトヨタグループの事業に貢献すると共に人工光合成やCO2還元触媒開発など、カーボンニュートラルの実現に向けた先見的取り組みを支援することが目的であり、引き続き後半もこの方針で進められる。得られるデータが2次元化で膨大になり、その処理などのDX化を進めることは妥当性がある。現時点では新規な測定・計測技術を導入する具体的な計画はないものの、第2期の計画並びに期間が6年と短いことから妥当な計画であると評価する。放射光だけでなく、ラボ装置のような既存技術、中性子やミューオン等の先端技術と併せて実際の製品開発や生産活動に貢献し、その成果を論文だけでなく積極的に見える化を進めて頂くことを期待する。
以上