Volume 27, No.1 Pages 11 - 14
2. ビームライン/BEAMLINES
SACLAからの低エミッタンスビーム入射
Low-Emittance Beam Injection from SACLA
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター XFEL研究開発部門 XFEL Research and Development Division, RIKEN SPring-8 Center
- Abstract
- SPring-8では、SACLA線型加速器から蓄積リングへのビーム入射を2020年9月より本格的に開始した。将来のSPring-8-II計画を見据えた時、従来の入射器である8 GeVシンクロトロンはエミッタンスが200 nm-radと大きく、入射ビームアクセプタンスが小さいSPring-8-IIには対応できない。またXFEL運転と並行してSACLAからビーム入射を行うことで、老朽化が進む専用入射器にかかっていた設備更新費用や運転経費、電力消費を削減することができる。そこでSPring-8-IIに先駆けて、SACLAの低エミッタンスビームを現状のSPring-8蓄積リングへ入射するシステムを構築し、ビーム入射を実現した。本稿では、SACLAからSPring-8蓄積リングへのビーム入射の概要を紹介する。
1. はじめに
現在世界各国で進められている次世代低エミッタンス放射光施設の蓄積リングでは、マルチベンドで強い集束力をもつ電子ビーム光学系が採用されている[1-3][1] P. F. Tavares et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1291.
[2] P. Raimondi: Proceedings of IPAC2016 Busan Korea May 2016 (2016) 2023.
[3] L. Liu et al.: Proceedings of IPAC2020 Caen France May 2020 (2020) 11.。このため光学系の非線形性が強くなり、入射ビームに対するアクセプタンスが小さい。小さいアクセプタンスに対応するため、電子バンチをリング周回バンチに対してビーム進行方向にずらして入射するlongitudinal injection、周回バンチと入射バンチを完全に入れ替えるswap-out injectionなどのon-axis入射がこれまで提案されてきた[4,5][4] M. Aiba et al.: Phys. Rev. ST Accel. Beams 18 (2015) 020701.
[5] K. Harkay et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 3423.。これに対しSPring-8の次期アップグレード計画であるSPring-8-IIでは、従来のoff-axis入射を踏襲しつつ、SACLA線形加速器を用いた入射ビームの低エミッタンス化、真空封止パルスセプタムによる入射ビームコヒーレント振幅の低減で小さな入射アクセプタンスに対応する[6,7][6] H. Tanaka et al.: Proceedings of IPAC2016 Busan Korea May 2016 (2016) 2867.
[7] S. Takano et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 2318.。
SACLA線型加速器を用いたビーム入射は、入射ビームの低エミッタンス化だけでなく、設備更新費用や運転経費、消費電力削減の面からも利点がある。1 GeV線型加速器と8 GeVシンクロトロンで構成されるSPring-8蓄積リングの従来の専用入射器は、建設から20年以上が経ち受電設備などの老朽化が進んでいた。SACLAを入射器として活用することで、まず老朽化した専用入射器設備の更新費用やメンテナンス費用が不要になる。更に専用入射器の場合、ビーム入射だけのために常に加速器を運転状態に保つ必要があるが、SACLA線型加速器は並行してXFELユーザー運転を行っているため、一部の電子バンチを入射に振り分ければ追加の電力消費やメンテナンス費用が発生しない。
SACLAからの低エミッタンス電子ビームの入射は、SPring-8-II計画に先駆けて現状のSPring-8蓄積リングを用いて開始した。2017年に制御系とタイミング系の開発と実装、2018年から2019年にかけてビーム入射試験を行い、2020年9月よりトップアップ運転を含めユーザータイム中の全てのビーム入射をSACLA線型加速器に切り替えた[8][8] T. Hara et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 24 (2021) 110702.。その後、2021年3月末に従来の専用入射器はシャットダウンしている。
2. SACLAからのビーム入射スキーム
SPring-8キャンパスの全体写真を図1に示す。現在SACLAのアンジュレータホールには、軟X線FELであるBL1と、硬X線FEL(XFEL)であるBL2とBL3の合計3本のビームラインが設置されている[9][9] T. Ishikawa et al.: Nature Photon. 6 (2012) 540.。このうちBL1は、SACLAのプロトタイプであったSCSS試験加速器を移設し、エネルギーを800 MeVに増強した専用の線型加速器で運転されている[10,11][10] T. Shintake et al.: Nature Photon. 2 (2008) 555.
[11] S. Owada et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 282.。BL2とBL3は、SACLA線型加速器で加速した電子ビームを、加速器終端にあるキッカー電磁石で振り分け同時稼働を実現している[12,13][12] T. Hara et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 19 (2016) 020703.
[13] C. Kondo et al.: Rev. Sci. Instrum. 89 (2018) 064704.。電子ビームの繰り返しは60 Hzであるため、2本のビームラインを同時稼働させると、XFELパルスの繰り返しは各30 Hzとなる。
図1 SPring-8キャンパスの全体写真
SPring-8蓄積リングへのビーム入射時は、電子ビームをキッカー電磁石でBL2と逆のSPring-8側へ曲げ、XSBT(XFEL to Storage ring Beam Transport)と呼ばれるビーム輸送路を通して蓄積リングへ入射する(図1)。SACLA線型加速器と8 GeVシンクロトロン出口までのXSBT前半部はSACLA建設時に新たに整備され、XSBT後半部は従来の専用入射器ビーム輸送路をそのまま利用している。
XFELユーザー運転では、実験毎に異なるX線波長のレーザーが求められるため、電子ビームエネルギーなどの加速器パラメータを頻繁に変えなければならない。一方SPring-8へのビーム入射は、8 GeVにエネルギーを固定しておく必要がある。XFEL運転とビーム入射を両立させるため、SACLA線型加速器ではビームの分配先に応じて電子バンチ毎に加速器パラメータを変える制御システムを構築している[14][14] T. Hara et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 16 (2013) 080701.。
60 Hzの電子バンチは、2本のXFELビームラインとSPring-8ビーム入射に分配される。電子バンチの分配先は、1秒分(60個)のパターンを予めテーブルにしてマスターコントローラに格納し、このパターンに従ってマスターコントローラは、次のバンチの分配先をreflective memoryネットワークを介してRFユニットやキッカー電磁石などの機器に送信する。各機器にはバンチの分配先に対応したパラメータがプリセットされており、各機器は次のバンチ分配先の情報を受けて、それに対応したパラメータで動作する[15,16][15] T. Fukui et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 2529.
[16] H. Maesaka et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 3427.。トップアップ運転時は、入射要求を蓄積リングから受け取ると、マスターコントローラは次の1秒間の分配先パターンをビーム入射を含むテーブルに入れ替え、ビーム入射が行われる。
SPring-8の基準クロックは508.58 MHzであるが、SACLAの基準クロックは238 MHzから生成されており、両加速器の基準クロックは逓倍関係にない。このままだと蓄積リングの入射したいRFバケットに対して、入射ビームのタイミングが最大で238 MHzの半周期分(±2.1 ns)ずれてしまう。そこで両加速器のタイミングを合わせるため、最大リング40周回時間分(197 μs)入射を遅らせ、ずれが小さくなるタイミングを待つ。入射を遅延させることで、タイミングのずれを105 ps以下に抑えることができる。更に入射に合わせてSACLAの238 MHzクロックをわずかに周波数変調することで、最終的な入射タイミングのずれを3.8 ps(RMS)以下にまで合わせ込む[17][17] T. Ohshima et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 3882.。これはSPring-8のバンチ長10 ps(RMS)に比べ十分小さい。
3. 低エミッタンスビーム入射
SACLAからのビーム入射時のリング蓄積電流の変化を図2に示す。0 mAから10 Hzで積み上げ入射を行った後トップアップ入射に切り替え、蓄積電流は99.5 mAに保たれている。これまで1 Hzだった蓄積リングへの積み上げ入射は10 Hzで行えるようになり、0 mAから100 mAまでに必要な入射時間は約10分に短縮されている。10 Hz積み上げ入射は通常1週間に1回程度のバンチフィリングパターン変更時に行われるが、この間XFELユーザー運転は中断して入射する。一方トップアップ入射は、蓄積電流減少に応じてリングから出される入射要求のタイミングで実施され、XFELユーザー運転と並行して行っている。トップアップ入射の頻度は、蓄積リングのフィリングパターンや挿入光源の稼働状態などに依存するが、概ね1分間に2~3回程度である。
図2 SACLAからSPring-8へビーム入射時の蓄積電流の変化
図3は、SPring-8蓄積リング入射点近くのスクリーンで観測した入射電子ビームのプロファイルである[18][18] S. Takano et al.: Proceedings of DIPAC2005 Lyon France June 2005 (2005) 72.。SACLAからの入射ビームは、従来の専用入射器8 GeVシンクロトロンのビームに比べはるかに小さく、入射ビームの低エミッタンス化が実現されていることがわかる。
図3 SPring-8蓄積リング入射点付近の電子ビームサイズ、(a) SACLA、(b) 旧8 GeVシンクロトロン。
SPring-8では、核共鳴散乱実験などでバックグラウンドノイズを低減するため、10-8~10-10のバンチ純度が求められている[19][19] K. Tamura and T. Aoki: Proceedings of the 1st Annual Meeting of Particle Accelerator Society of Japan and the 29th Linear Accelerator Meeting in Japan (in English) Funabashi Japan August 2004 (2004) 581.。即ち、空であるべきRFバケットに入る不純電子数が小さくなければならない。当初SACLAからのビーム入射時に、入射したRFバケットから9つ後ろのバケットに電子が観測され、バンチ純度が10-7台まで悪化する現象が起きた。調べてみると、SACLA線型加速器入射部のL-band加速管で一部の電子が減速逆流し、上流にある476 MHz空洞で再び加速され下流に進んでいるということが判明した。即ちL-band加速管と476 MHz空洞の間を一往復して8 GeVまで加速される電子があるため、往復時間分遅れて9つ後のRFバケットに入射され、バンチ純度を悪化させていた。そこでバンチ純度の悪化を防ぐため、以下の2つの手法を採用することにした。
(1)パルス電磁場を印可するスイーパーをSACLA線型加速器入射部の476 MHz空洞とL-band加速管の間に設置し、逆流する電子を除去する。
(2)蓄積リングを周回する不純電子に対してRF電磁場を印可するRFノックアウトを導入し、入射された不純電子を定期的に除去する。
この2つの手法により、10-10のバンチ純度を現在達成している。
4. まとめ
2020年9月よりSACLA線型加速器はXFELユーザー運転だけでなく、SPring-8蓄積リングの入射器としても利用されている。当初ビーム入射時のタイミング信号変動によるXFEL利用実験用同期レーザーへの影響や、キッカー電磁石の磁場ヒステリシスによるXFELパルスのポインティングスタビリティの悪化などの問題があったが、タイミング系の改善やヒステリシス補正を行うことで解消した。
XSBT後半部のビーム輸送路光学系の設計が古いため、SACLA加速器出口では0.1 nm-rad程度であるビームエミッタンスは、蓄積リング入射点では1 nm-radまで悪化してしまう。しかしながら従来の入射器のエミッタンス200 nm-radに比べれば約2桁小さく、SPring-8-IIで要求される10 nm-radを十分満たした低エミッタンス入射ビームが得られている。
参考文献
[1] P. F. Tavares et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 1291.
[2] P. Raimondi: Proceedings of IPAC2016 Busan Korea May 2016 (2016) 2023.
[3] L. Liu et al.: Proceedings of IPAC2020 Caen France May 2020 (2020) 11.
[4] M. Aiba et al.: Phys. Rev. ST Accel. Beams 18 (2015) 020701.
[5] K. Harkay et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 3423.
[6] H. Tanaka et al.: Proceedings of IPAC2016 Busan Korea May 2016 (2016) 2867.
[7] S. Takano et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 2318.
[8] T. Hara et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 24 (2021) 110702.
[9] T. Ishikawa et al.: Nature Photon. 6 (2012) 540.
[10] T. Shintake et al.: Nature Photon. 2 (2008) 555.
[11] S. Owada et al.: J. Synchrotron Rad. 25 (2018) 282.
[12] T. Hara et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 19 (2016) 020703.
[13] C. Kondo et al.: Rev. Sci. Instrum. 89 (2018) 064704.
[14] T. Hara et al.: Phys. Rev. Accel. Beams 16 (2013) 080701.
[15] T. Fukui et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 2529.
[16] H. Maesaka et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 3427.
[17] T. Ohshima et al.: Proceedings of IPAC2019 Melbourne Australia May 2019 (2019) 3882.
[18] S. Takano et al.: Proceedings of DIPAC2005 Lyon France June 2005 (2005) 72.
[19] K. Tamura and T. Aoki: Proceedings of the 1st Annual Meeting of Particle Accelerator Society of Japan and the 29th Linear Accelerator Meeting in Japan (in English) Funabashi Japan August 2004 (2004) 581.
(国)理化学研究所 放射光科学研究センター XFEL研究開発部門
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