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Volume 26, No.4 Pages 445 - 447

3. SPring-8/SACLA通信/SPring-8/SACLA COMMUNICATIONS

HAXPESビームラインBL09XUの性能
Present Status of HAXPES Beamline BL09XU

保井 晃 YASUI Akira、髙木 康多 TAKAGI Yasumasa

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 分光推進室 Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

1. 新しいBL09XUの概要
 これまで硬X線光電子分光(HAXPES)実験は、BL09XUとBL47XUに分散して実施されるとともに、各ビームラインは他の手法との相乗りで運用されてきた。ビームライン再編の第一弾として、2021年度にBL47XUのHAXPESアクティビティがBL09XUに移設され、BL09XUはHAXPES専用ビームラインとして再整備が行われた。また、再編に合わせて光学系もHAXPES実験に最適化され、HAXPESの測定性能が大幅にアップグレードされた。なお、2019年度までBL09XUにおいてHAXPESと相乗りであった核共鳴散乱(NRS)実験は、2021年度にBL35XUに移設されている。
 アップグレード後のビームラインレイアウトを図1に示す。本アップグレードのポイントは以下のとおりである。

①2つの異なる特徴を持った光電子アナライザーを実験ハッチ(EH)1と2にそれぞれ配置した。EH1のアナライザーは12 keVまでの光電子取得が可能であり、表面からより深い領域の電子状態観測が可能である。一方、EH2のアナライザーは、±32°の光電子取込角を有し、角度分解測定により、表面からバルクまでの深さを分解した電子状態を一度に分析できる。

②光学ハッチには高分解能チャンネルカットモノクロメータ(CCM)であるSi (333/444/555)に加え、Si (220/311)のダブルCCM(DCCM)を導入した。DCCMを利用することにより、エネルギー掃引時の定位置出射化が可能となった。さらに、広範なエネルギー領域で高い縦偏光度(> 90%)を実現する2連のダイヤモンド移相子(DXPR)機構を導入した。

③EH1にはWolter集光ミラーを導入した。高フラックスのマイクロビームを安定的に利用できるだけでなく、再集光時の再現性が非常に高い特徴を持つ。

④新たな制御系として、「BL774」が導入された。BL774は、ほぼ全ての光学系機器・HAXPES機器・試料ステージを同じプラットフォーム上で制御できる。これにより、機器間連携が容易になり、より高度な計測技術開発が可能になる。さらに、将来の自動計測実現につながるなどユーザビリティが向上する。

 本稿では、特に、EH1の高分解能HAXPES装置による共鳴HAXPES計測、および、EH2の三次元空間分解HAXPES装置を用いた局所電子状態解析に関する整備状況について報告する。

 

図1 新しいBL09XUのビームラインレイアウト

 

 

2. 共鳴HAXPES計測に関する整備状況(EH1)
 これまでに、BL09XUでは吸収端近傍でエネルギー掃引を行う共鳴HAXPES計測を開発し、元素・価数選択性を強化した電子状態解析環境が、パワーユーザーとの連携により整備されてきた[1][1] E. Ikenaga et al.: Sync. Rad. News 31 (2018) 10-15.。従来は、高エネルギー分解能モノクロメータにCCMを用いていたため、エネルギー分解能掃引時に入射光の高さが変動するという問題があった。本アップグレードにおいて、2つのCCMを組み合わせたDCCMが導入されたことにより、エネルギー掃引時の入射光の定位置出射の問題が解決された。
 共鳴HAXPES計測の現状の主な利用分野は、強相関電子系物質である。その解析には、3d系のK吸収端、4f、5d系のL3吸収端をカバーするE = 4.9 keV~12 keVにおいて、HAXPESアナライザーの分解能も含めた全エネルギー分解能が300 meV以下であることが求められる。これを満たすために、Si (220/311)の2組のDCCMをエネルギー帯に応じて切り替える方式を採用した。
 さらに、ダイヤモンド移相子による偏光制御と共鳴HAXPES計測を組み合わせることで、電子軌道対称性を強化した解析が可能である。DXPRが導入されたことにより、E = 4.9 keV~12 keVの広いエネルギー領域において、高い縦偏光度を維持することが可能となった。非共鳴条件でのDXPR利用は、すでにBL19LXUで行われており[2][2] H. Fujiwara et al.: J. Sync. Rad. 23 (2016) 735-742.、その機器を参考に再設計しBL09XUに導入した。コミッショニング実験で得られた円・縦偏光度の入射光エネルギー依存性を図2に示す。厚さ0.2 mmの2枚のダイヤモンド結晶を用いることで、少なくとも、5.95 keV~9.5 keVの間で0.9以上の非常に高い縦偏光度が得られた。また、円偏光に関しては、1枚の0.2 mm厚の結晶で同領域において、0.9以上の円偏光度が得られている。DXPRと共鳴HAXPES計測を組み合わせることで、軌道対称性と元素・価数を選別したこれまでに無い化学結合状態解析が可能になった。偏光依存共鳴HAXPES計測は、すでに2021B期のユーザー実験に利用されている。

 

図2 入射光エネルギーと各偏光状態の偏光度とX線透過率の関係(t = 0.2 mm、220 Laue反射、DCCM220)

 

 

3. 三次元空間分解HAXPES計測に関する整備状況(EH2)
 近年、複合材料中の粒界物質やデバイス中の電極間電子状態など幅広い分野で局所電子状態解析のニーズが高まっている。これまで、BL47XUのHAXPESにおいては、Kirkpatrick-Baez(KB)ミラーを用いた1 μm(V) × 5 μm(H)のマイクロ集光ビームを利用した局所HAXPES計測が行われてきた。さらに、BL47XUのHAXPESアナライザーは前段に±32°の広い光電子取込みを可能にする広角対物レンズを有しており、角度分解測定を行うことで、表面から深さ20 nm程度の化学結合状態分布を得ることができるという特徴を持つ。この深さ分解測定とマイクロ集光ビームとを組み合わせることで三次元空間分解した解析が可能であった[3][3] E. Ikenaga et al.: J. Electron Spectrosc. and Relat. Phenom. 190 (2013) 180-187.。この装置を2021AのBL47XUにおける全HAXPES実験終了後にBL09XUのEH2に移設した。集光系には、EH2に既設の長尺のKBミラーを利用する。長尺ミラーであるため、フロントエンドスリットを大きく開けた状態(0.65 mm(V) × 1.2 mm(H))でも、ほぼビームの取りこぼし無く、6.3 × 1012 photon/s以上の非常に明るいマイクロ集光ビームを利用可能である。この場合の集光サイズは、1.5 μm(V) × 11 μm(H)である。さらに、フロントエンドスリット幅を0.03 mmまで狭めることで、集光ビームの横幅を1 μmに縮小できる。フロントエンドスリットを狭めるためフラックスは減少するが、それでも1.3 × 1011 photon/s程度のフラックスが得られ、BL47XUでの1 μm(V) × 5 μm(H)と比べて約1.5倍のフラックスの1 μm集光ビームが利用可能であることが確認された。この1 μm集光ビームを利用して、SiO2基板上に10 μm角のAuパッチを格子状に配置した試料の局所電子状態測定を試行した(図3)。Auパッチ間のSiO2基板領域にビーム照射し得られたHAXPESスペクトルにはAu由来の特徴的なピークが見えないことから、少なくとも10 μm程度の領域の局所電子状態解析が可能であることを示している。この位置で角度分解測定を行うことで、局所領域における深さ情報を得ることができる。

 

図3 Au/SiO2格子パターンの局所HAXPES解析。試料は兵庫県立大学の山口明啓教授、JASRI大河内拓雄様から提供いただいた。

 

 

4. 最後に
 EH1とEH2はタンデムに配置されている。そのため、下流側のEH2で放射光を使用している間でも、EH1装置の保守やユーザー実験の事前準備を行えると、ビームラインの運用効率が向上する。そこで、2022B期には、EH2実験中でもEH1内に立ち入っての作業が可能な、アクセスモードを導入する予定である。さらに、SPring-8-IIでの利用も見据えて、EH2の集光ミラーは100 nm程度の集光ビーム利用のためにアップグレードすることも計画されている。
 本アップグレードは、従来の共鳴HAXPES計測や集光ビームを利用した電子状態解析の性能向上にとどまらず、HAXPES実験の可能性を大きく飛躍させることが期待される。BL09XUを利活用した、利用者からの新たな課題の提案を期待している。

 

 

謝辞
 本ビームラインアップグレードには非常に多くの方々の御尽力をいただきました。光学系全般に関しては、特に、理化学研究所の大坂様、JASRI光源基盤部門の大橋様、仙波様、山崎様、小山様、湯本様の御協力をいただきました。また、現場工事作業では、理化学研究所の菅原様、エンジニアリングチームの皆様、JASRIのテクニカルスタッフの皆様の御協力をいただきました。BL774関連では、理化学研究所の本村様、中嶋様の御協力をいただきました。移相子の調整作業ではJASRIの河村様の御協力をいただきました。本ビームラインアップグレード全体につきまして、理化学研究所の矢橋様、玉作様、JASRIの為則様の御協力をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

 

 

 

参考文献
[1] E. Ikenaga et al.: Sync. Rad. News 31 (2018) 10-15.
[2] H. Fujiwara et al.: J. Sync. Rad. 23 (2016) 735-742.
[3] E. Ikenaga et al.: J. Electron Spectrosc. and Relat. Phenom. 190 (2013) 180-187.

 

 

 

保井 晃 YASUI Akira
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
e-mail : a-yasui@spring8.or.jp

 

髙木 康多 TAKAGI Yasumasa
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0833
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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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