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Volume 26, No.4 Pages 383 - 385

2. 研究会等報告/WORKSHOP AND COMMITTEE REPORT

「meV-Resolved Inelastic X-Ray Scattering」会議報告
Report of Workshop on meV-Resolved Inelastic X-ray Scattering

石川 大介 ISHIKAWA Daisuke、内山 裕士 UCHIYAMA Hiroshi、バロン アルフレッド BARON Alfred

(公財)高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室 Precision Spectroscopy Division, Center for Synchrotron Radiation Research, JASRI

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SPring-8

 

 2021年9月6日~9日(月~木曜日)、meV分解能非弾性X線散乱(meV-IXS)ワークショップがSPring-8をホストとしてオンラインで開催されました(http://mevixs2021.spring8.or.jp)。meV-IXSが利用可能なのは現在4施設(SPring-8、APS、NSLS-IIおよびESRF)で、種々の試料環境下におかれた結晶、液体、ソフトマターにおける原子スケールの振動状態を研究するための手法となっています。今回のワークショップは、特にパンデミック下で渡航制限や情報停滞などに直面している当分野の研究者に最新の研究活動の発信の場を提供し情報共有することを主な目的としています。ワークショップのテーマ設定および主催は、SPring-8(A. Baron)が担当しました。また、本ワークショプは、放射光利用研究基盤センター(CSRR)の承認と事務局のサポート(関澤氏、國武氏および辻氏)のもと行われました。各セッションのプログラムは施設毎に組まれ(SPring-8:A. Baron・内山・石川、APS:A. Alatas・A. Said・T. Gog、NSLS-II:Y. Cai・M. Zhernenkow、ESRF:A. Bosak)、講演内容は、直近2~3年以内に発表された最新の研究に絞られました。

 

 ワークショップは各国の参加者がアクセスしやすいよう1日3時間のセッションを4日間かけて開催されました。開催時間は、米国で早朝、欧州で日中、アジアでは夜遅い時間帯となりました。これは2021年1月SPring-8主催で開催された核共鳴散乱ワークショップ(http://www.spring8.or.jp/en/ExNRS2021/)とよく似た形式となりました。各開催日を一つの施設が担当し、初めに各施設の俯瞰・動向が述べられ、その後6件程度の招待講演が行われました。一つのセッションを短くすることで、どの地域にも過度な負荷が掛からず時差の異なる参加者が容易にアクセスすることができました。
 参加者は最大100名程度でした。以下に概要を紹介します。

 

 施設ごとの特徴を要約すると、背面反射スペクトロメータをもつ施設(SPring-8、APS and ESRF)では着実に一般ユーザープログラムが進められている状況となっていました。ただし、重視している点に若干差が見られました。SPring-8(talk by A. Baron)では、横波の観測が可能な2次元アナライザーを最大限活用しており、また一方で高フラックスと微小(5 μm)ビームサイズのX線により高圧力科学に比重を置いていました。その他不規則系、特に液体のsub-meVの研究も促進していました。APS(talk by A. Alatas)からは、1次元配列のアナライザーをもつスペクトロメータとIXS検出器として新たに導入した位置敏感検出器(CdTe Pilatus)についての報告が行われました。APSユーザーからの多くの報告では、フォノンの非調和性や寿命を丁寧に取り扱った計算手法が活用されていました。複雑な物質のフォノンの測定結果をよく説明でき、実験と計算の連携で高い相乗効果が得られていました。ESRF(talk by A. Bosak)で注目すべき点は、IXSスペクトロメータと並行してサイドブランチにX線散漫散乱装置が整備されていることで、IXSと相補的なX線散漫散乱の測定が可能になっています(これに似たセットアップはSPring-8のBL02B2にも整備されています)。ESRFからは、また、最近アップグレードされたExtremely Brilliant Source(EBS)により、将来1ミクロン程度かそれ以下までビームを集光できる可能性があることが示されました。NSLS-II(talk by Y. Cai)からは、試料位置におけるX線強度について近年顕著な進展が見られたことについて報告がありました。このセッションのいくつかの講演はスペクトロメータの光学系とその高度化に関するもので占められていました。現在の分解能が~1.8 meVであることが強調されていました。最近では測定する対象を軽元素の生物試料からより古典的な結晶フォノンに広げていることも述べられました。特に注目すべき点は、光学系の要である(1.2 m長)フラットアナライザーの詳しい調査がかなり進んだことで、効率化と分解能が共に将来大きく改善される見通しが示されたことでした。

 

 プログラムの詳細は以下の通りです。各講演のアブストラクトは、Webから閲覧可能です。

 

 初日(月曜日)。SPring-8からの講演内容は次の通りでした。高圧力2件-単結晶< 100 GPa(福井:兵庫県立大)、粉末200 GPa超(生田:東北大)。単結晶3件-フォノン角運動量(新居:東北大)、鉄砒素系超伝導体の量子液晶(D. Reznik:U. Colorado)、HfNエピタキシャル薄膜のフォノンバンドギャップ(B. Saha:Nehru Center)。液体3件-液体のパイエルス歪(乾:広島大)、S(Q,ω)からG(r,t)への変換と水溶液の局所ダイナミクス(篠原:ORNL)、超臨界水で動的な視点からgas-likeとliquid-likeを明瞭に区分する尾根線上の境界を発見(P. Sun:Stanford)。

 

 2日目(火曜日)。APSからの講演は次の通りでした。初めの2件は、TaS2の電荷密度波(J. Hong:BIT)と超伝導体のフェルミ面でのギャップの開きがフォノン分散へ与えるインパクトについて(F. Weber:KIT)。次の1件は、非調和フォノンを取り扱った先端的フォノン計算で多くの物質で非調和フォノンの特徴をよく説明できていた(O. Delaire:Duke)。次は、機械学習によるフォノン分散の予測と実験結果との良い一致(M. Li:MIT)。その後、トポロジカルフォノン(H. Miao:ORNL)について。最後に、高圧力下のd電子遷移金属が及ぼすフォノンへのインパクト(J. F. Lin:U. Texas)の講演が行われました。

 

 3日目(水曜日)。NSLS-IIからの講演は、ソフトマターとIXS装置関係で占められました。1件目は、固体の粒子を入り口にして液体系でフォノンがどのように変わるかについて、2件目は、液晶(D. Bolmotov:ORNL)、3件目は、脂質膜ダイナミクスの計算(E. Lyman:U. Delaware)と何箇所かで行われたIXS測定の結果について発表が行われました(M. Zhernenkov:NSLS-II)。CdTeのトポロジカルフォノンについて1件報告がありました(Y. Shen:BNL)。残り2件は、挿入光源の高度化(O. Chubar:NSLS-II)とIXSビームライン光学系の概説についての講演(A. Suvorov:NSLS-II)でした。

 

 4日目(木曜日)。最後の1件を除く全てがESRFからの報告でした。初めにX線散漫散乱について広範な議論が行われました。特に準2次元強相関電子系(A. Bosak:ESRF)とウラン化合物におけるフォノンの構造無秩序の効果(D. Chaney:ESRF)について活発な議論が行われました。その後、フランシサイト化合物におけるソフトモードを伴う強誘電体相転移(M. Gennou:Luxembourg Inst. Sci & Tech)と一軸性歪みを利用した銅酸化物高温超伝導体のCDW制御(M. Le Tacon:KIT)の発表が行われました。ESRFからの最後の講演は、UO2に巨大なフォノン線幅を生じさせる電子格子相互作用に関するものでした。ワークショップ最後には、H. Yavas氏がSLAC/LCLSに計画中のX線レーザーを用いた時分割IXS実験について講演が行われました。講演では、~10 meV程度の分解能をもち5-15 keVでエネルギー可変なIXSおよびRIXS用モノクロメータの設計について説明がありました。

 

 全体を総括すると、この分野は健在で順調に発展していることが確認できました。超伝導体や電荷密度波を含む一般的な原子振動の研究とは別の次に挙げるテーマ・方向性も見られました。(1)微小角入射配置による薄膜の研究、(2)構造無秩序性からのフォノン応答の効果、(3)キラル物質と強磁場下におけるフォノン研究。極限条件下、特にダイアモンドアンビルセルを用いた高圧力の分野も多くの施設で継続して促進されていました。

 

 

 

石川 大介 ISHIKAWA Daisuke
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : disikawa@spring8.or.jp

 

内山 裕士 UCHIYAMA Hiroshi
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : uchiyama@spring8.or.jp

 

バロン アルフレッド BARON Alfred
(国)理化学研究所 利用技術開拓研究部門
物質ダイナミクス研究グループ
〒679-5148 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
(公財)高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 精密分光推進室
〒679-5198 兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL : 0791-58-0802
e-mail : baron@spring8.or.jp

 

 

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[ - Vol.15 No.4(2010)]
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